【連載】花いけ道中
2022.09.27
加藤ひろえ(フラワーアーティスト)
第1回「一輪の花をいける」
死者を花と共に葬るという習慣は、約6万年前のネアンデルタール人の化石の周りから花粉が見つかるほど太古の昔から存在すると考えられています。人はなぜ花に惹かれるのでしょうか。そして愛しいものたちに花を捧げたいと思うのでしょうか。フラワーアーティストの加藤ひろえさんに、花の魅力、花いけの魅力、そして、花いけの方法などについて、連載をお願いしました。第1回は、「一輪の花をいける」。
ただ一輪の花をいけるだけの行為の中にとてもたくさんの要素があり、面白さがあります。
一つの花をいけるだけで一つの旅をするような感覚になります。今回からの「花いけ道中」というシリーズで、一つの花をいける旅から、音と花の旅、私自身の花いけに到達するまでの旅、そして実際に花をいける道中までをご紹介していけたらと思います。
古来、仏様に捧げる花から始まり、室町時代には武士が花をいけ始め、華道の流派が生まれました。その後、江戸時代の町人たちがいけ始めた「いけ花」の世界に、西欧の花やフラワーアレンジメントの世界観が加わり、今ではさまざまな花の世界が日本に存在します。
どのいけ方もそれぞれにセオリーがあり、美しさへの哲学があります。今回は「投げ入れ」という手法で器に一輪の花をいけてみるところをご紹介します。
花そのものの自然な魅力を楽しむ「投げ入れ」
たくさんの流派が存在するいけ花、そしてフラワーアレンジメントなどさまざまな花の世界がある中、幾つかを経験してきて今一番美しいと思うのは、いける人そのものが感じられるシンプルな花のいけ方、特に投げ入れの手法でいけた花に心惹かれます。
投げ入れとは花器、または器に見立てたものに、自然に美しく見えるよう花を投げ入れるようにいける方法。剣山*1やオアシス*2は使わずに、枝を切って作った花留めを仕込みながらいけていきます。花はシンプルに一花をいけるときもあれば、数種組み合わせて華やかにいけるときもあります。
*1 剣山:華道において、花や枝の根元を固定する道具。金属の台に、太い針を上向きに植え並べたもの。
*2 オアシス:花を長持ちさせるために使う、吸水性のスポンジ。
こちらの投げ入れは、山アジサイの一花いけ。器に花留めを仕込み、山アジサイの一番美しい表情を引き出す角度でいけました。
こちらは、庭に咲いたクレマチスの花。
クレマチスは蔓性(つるせい)の植物のため、くるくると何かに絡むような茎が特徴です。特有の柔らかさがあるのでその面白さを生かしつつ、庭で咲いていたそのままの姿に感じられるように葉の処理をほとんどせずいけました。幾つかついている花の顔も、あちらこちらに向いているのがかわいらしいのでそのままに。
器はいつもカフェオレを飲むときに使う大きめのマグカップのような器にしました。涼しさを感じられるように、あえてガラスの花留めを見えるように仕込んでいます。こちらも一花いけになります。
こちらは志賀直哉の書斎での投げ入れの花。数種の枝ものと向日葵を大きな壺にいけた、夏の投げ入れです。枯木を何本かいけて、それを花留めにほかの花たちをいけていきました。
広い空間を彩る花を華やいだ雰囲気にいけるときには、このようにボリュームを持たせていけることもあります。花の種類が多くなる分、それぞれの花に目がいくので一花いけの時のような緊張感は薄まり、柔らかく華やかになります。
もう一つ、数種の花を投げ入れたものを紹介します。こちらはライブで即興でいけた花。
椅子を幾つか絡めて器に見立て、そこに数種の枝ものと花を。
ピアニストたちの奏でる演奏の音の世界を具現化するようにいけていきます。
こちらも同じ投げ入れの花です。
今日は一輪の薔薇をいけてみる
何に心を動かされたか、胸を打たれたかを起点にいけていくと、自身の表現したいものが出来上がっていきます。
この花をどの顔の向きでいけたいのか、どんな器にいけてみたいのか、どの空間に花を存在させてみたいのか。
この辺りから自分との対話が始まります。
今日は一輪の薔薇をいけてみます。
薔薇はさまざまな種類があり、一年を通してどこの花屋さんにも並ぶ花。
花の顔がくっきりとしていて、色も豊富。とても選びやすい花だと思います。
爽やかさと凛とした強さを持ち合わせている薔薇。
この薔薇をいけてみるのにふさわしい器はと考えてこちらを選んでみました。
青いガラスのコップ。特別に花の器である必要はなく、コップや片口、蕎麦ちょこなど普段の器も花の器として使うことができ、とても楽しめます。
まずは薔薇をストンとガラスのコップにいけてみます。
少し突っ立ち過ぎの印象。表情はそっぽを向いている感じです。
ここに表情を加えるために、茎を少し短めに切ります。
茎を切るときは、吸水面が多くなるよう、つまりは花が水を吸い上げやすいように斜めにカットします。
今度は器の側面に茎の断面を当てて、角度をつけてみます。
花の顔が見る側に角度をつけて向いたので、主張が強まり、表情がとても感じられます。人と会話するときに、乗り出して相手の眼を見ながら話す方がより伝えやすいのと同じ感覚。
さて、今度は器の縁にもたれ過ぎの印象。器からすくっと立ち上がりながら、その花の一番美しい角度でいけるために、今度は器に仕掛けをします。
一文字留めという花留めの方法です。
器に一文字の形で枝がちょうど留まる直径を計ってぎゅっと器に入れ込みます。
器の縁に寄り添ういけ方もありますが、あまり器の縁に頼り過ぎると傾き過ぎて凛とした美しさは減ります。
器の真ん中であるへその部分から立ち上がり、器の持つ力をも内包させながら、そこから花が会話をこちらに仕掛けてくる、そんな姿に見せるようにいけたのがこちら。
光の向きも意識します。植物は光のある方へ触手を伸ばします。この花は土から生えていたときにどんな向きで育っていたのか。そこを想像しながらその姿に寄せるとより自然に美しく見えます。この場合は光が左側からきているので左向きに顔を向けていけます。
最初にいけた姿との表情の違い、感じられますでしょうか。
シンプルに一輪も美しいのですが、そこにちょっと実を添えてみます。
これは好みによるのですが、少しかわいらしいニュアンスが加わったかなと。
たった一輪の花をいける過程で、その花の育った場所はどうだったのだろうと想像したり、どうすればより自分が感じた花の一番魅力あるところを伝えられるかを考えたり。いけたい形に行き着くまでの自分自身との会話と、その過程を味わう感覚の面白さはまるで一人でどこかに旅をしているような感覚。伝わるとうれしいです。
ぜひ一輪からいけてみてほしいと思います。
次回は、「音との旅」編です。
音楽アーティストとのコラボライブでいける花は、いろいろな化学反応を起こしながら、さまざまな旅をしていきます。音と花それぞれが相互に作用し合い、その時その瞬間ならではのものが構築されていくとても面白い世界です。その世界をご紹介したいと思います。
※記事の情報は2022年9月27日時点のものです。
-
【PROFILE】
加藤ひろえ(かとう・ひろえ)
フラワーアーティスト。学生時代に草月流で初めて花に触れる。その後フラワーアレンジを学ぶ。花いけは上野雄次氏に師事。現在に至る。各種イベント、ギャラリー、オフィス、クリニック、飲食店、個人宅へのいけ込み、撮影や舞台の装花のほか出張レッスンやワークショップの講師活動をメインにオーダーメイドでフラワーアレンジメント、花束、ブーケを制作するアトリエルクールを主宰。近年は花をいける面白さを伝えるため、さまざまなアーティストとのコラボでライブ花いけパフォーマンスを開催。共演者 (順不同)Asu、石井彰、石若駿、伊藤志宏、市野元彦、今西紅雪、ウイリアムス浩子、岩田卓也、岡部洋一、OZ Keisuke Yamaguchi、栗林すみれ、小林真由子、斉藤功、桜井真樹子、澤田譲治、白石雪妃、高橋美術、武元狩、知麻、藤高理恵子、行川さをり、灰野敬二、蜂谷真紀、松田弦、宮嶋明香、山村祐理、山本亜美、吉田朝子、米澤一平、類家心平、azumipiano
現在、東京都目黒区下目黒の蟠龍寺(ばんりゅうじ)、東京都江東区福住のChaabeeにて花いけワークショップ開催中。
加藤ひろえWebサイト
https://linktr.ee/hiroekato
RANKINGよく読まれている記事
- 2
- 筋トレの効果を得るために筋肉痛は必須ではない|筋肉談議【後編】 ビーチバレーボール選手:坂口由里香
- 3
- 村雨辰剛|日本の本来の暮らしや文化を守りたい 村雨辰剛さん 庭師・タレント〈インタビュー〉
- 4
- インプットにおすすめ「二股カラーペン」 菅 未里
- 5
- 熊谷真実|浜松に移住して始まった、私の第三幕 熊谷真実さん 歌手・女優 〈インタビュー〉
RELATED ARTICLESこの記事の関連記事
- 第2回「音と共に花をいける」 加藤ひろえ(フラワーアーティスト)
- 第3回「いつでもどこでも花をいける、ゲリラ花いけ」 加藤ひろえ(フラワーアーティスト)
NEW ARTICLESこのカテゴリの最新記事
- 切り絵作家 梨々|小説切り絵が話題に。日本の美しい文化を伝える精緻な作品作り 梨々さん 切り絵作家〈インタビュー〉
- 鳳蝶美成|"盆ジョヴィ"の仕掛け人が見出した、盆踊りの秘めたる魅力と可能性 鳳蝶美成さん 日本民踊 鳳蝶流 家元師範〈インタビュー〉
- 林家つる子|女性目線で描く古典落語。見えてきた落語の新たな魅力 林家つる子さん 落語家〈インタビュー〉
- 原愛梨|唯一無二の「書道アート」で世界に挑む 原愛梨さん 書道アーティスト〈インタビュー〉
- 南 久美子|漫画が、自分の知らないところでメッセージを届けてくれる 南 久美子さん 漫画家〈インタビュー〉