フィルムエストTV主宰 西井紘輝|現代を映す昭和風動画が大ヒット。不思議な世界を創るエンターテイナー

アート

西井紘輝さん 映像作家・フィルムエストTV主宰〈インタビュー〉

フィルムエストTV主宰 西井紘輝|現代を映す昭和風動画が大ヒット。不思議な世界を創るエンターテイナー

80~90年代の昭和風の映像で今を表現するアナクロ系YouTubeチャンネル「フィルムエストTV」。制作を手がけるのは、"にしい"こと平成生まれの西井紘輝(にしい・ひろき)さんです。2024年9月に公開された長編ドラマ「友近サスペンス劇場『外湯巡りミステリー・道後ストリップ嬢連続殺人』」は428万回再生(2025年6月時点)を突破し、大きな話題となりました。西井さんに、制作の背景や映像作家としての思いをうかがいました。

写真:山口 大輝

チャンネル登録者数41.5万人(2025年6月時点)のYouTubeチャンネル「フィルムエストTV」を主宰する西井紘輝さん。現代の事象を、80~90年代の昭和風の番組やCMのパロディーで表現する"アナクロ映像"を数多く制作する。制作に携わるメンバーは作品によって変わるが、企画から撮影、演出、編集まで、ほとんど全てを西井さんが1人で手がけている。



80年代風の"テレワークCM"で人気沸騰。「今を昔の世界観で見せると、出来事の見え方が変わる」

――いつから昭和の映像に興味を持ち始めたのですか。


YouTubeが登場し、昔の映像にアクセスしやすくなった中学生の頃から本格的にハマっていきました。子どもの頃から興味はあり、小学生の時は、ドリフ(ザ・ドリフターズ)の番組の再放送を観て、弟と一緒にまねをして遊んでいました。


――昭和の映像のどんなところに魅力を感じますか。


1つは、画面がワクワクしていて、作り手が明らかに楽しんでいるのが視聴者としても感じられるところです。今とは違う雰囲気に憧れました。もう1つは、世代的に自分は知らない人が、現場をめっちゃ沸かせていることです。この人は誰なんだろう!? と調べるのが宝探しのようで楽しくて、のめり込んでいきました。


西井さん


10歳から動画編集が趣味だった西井さんは2014年、大学2年生の時にフィルムエストTVを立ち上げた。しかし、初めは再生回数が伸びず、なかなか注目されなかったという。


――どのような経緯でフィルムエストTVを立ち上げたのですか。


高校時代から友達と好きなバラエティー番組のまねをしていて、それをより多くの人に観てもらいたいと思い、YouTubeを始めました。チャンネル名は、フィルム=映画(film)とエスト=最上級系(-est)の造語で、「最上級の映画を作る」という意味を込めています。


最初は鳴かず飛ばずで、大学3年生の時に「単位落としたから記者会見やってみた」という動画が58万回再生されましたが、バズったのはそれだけでした。当時はテレビのまねをしている人が少なかったので、新鮮に映ったんだと思います。でもそれも一時的で、100本ほど作ったのに、ほかは何の反響もありませんでした。


――当初は昭和風の映像ではなかったそうですね。そこからどのように昭和風の映像を作るようになったのでしょうか。


2016年頃から古い画質を再現する研究を始め、2019年夏頃に3年かけてようやく納得できる画質にたどり着いたんです。初めは架空のたばこのCMを作ってみたりしましたが、あまり伸びませんでしたね。昔、本当にあったCMのように見えてしまい、見流されてしまうのが課題でした。


そんな中コロナ禍に入り、バズったのがテレワークをテーマにしたCMです。「テレワーク」って言葉の響きがどこか古臭く感じるのに、最新の言葉として扱われているのが面白くて、80年代風のCMを作りました。これが急にバズり、Xのリポストやいいねの通知が止まらなくなるという初めての経験をしました。この時、"今を昔の世界観で見せると、出来事の見え方が変わってくる"と気づいたんです。この発見がフィルムエストの原点だと思います。


テレワークCMの元になったXの投稿


【80年代】テレワークCM(秋ちゃん頑張るで!篇)


――テレワークCMは、出演する秋ちゃんの演技が絶妙ですよね。今やフィルムエストTVの人気キャラである秋ちゃんも、ここから注目されたのですね。


はい。秋ちゃんは大学時代、同じメディア専攻の学科にいた友達です。彼もお笑いが好きで、話も合うし面白くて、いつの間にか親しくなりました。映像で何か面白いことを一緒にやろうよと、YouTubeを始めた当初から出演してくれています。


秋ちゃんを見て笑う西井さん


――これまでで特に印象に残っている作品は何ですか。


衝撃的だったのは、毎日放送(MBS)とのコラボです。初めてのコラボ案件で、大阪MBSの現役アナウンサー、福島暢啓(ふくしま・のぶひろ)さんにお声がけいただき、出演いただいたのが強く印象に残っています。初めは自分たちだけで作っていたのが、このコラボがきっかけで本物の役者さんにも出演いただけるようになり、輪が広がっていったと感じます。友近さんとのコラボにもつながりました。


MBSニュースライン「タピオカ抜き注文殺到問題」




「友近サスペンス劇場」で初めて脚本を執筆。地方創生にも貢献し大きな話題に

2024年9月に公開された、友近さん主演のYouTubeドラマ「友近サスペンス劇場『外湯巡りミステリー・道後ストリップ嬢連続殺人』」(以下、友近サスペンス劇場)は、1時間半を超える大作で、公開から約40時間で100万回(2025年6月時点で428万回)再生を突破。友近さんに「出身地、愛媛県のストリップ劇場を舞台にドラマを撮りたい」と声をかけられた西井さんは、脚本、監督、編集、美術、主題歌の作詞までを手がけた。


友近さん&モグライダー芝さんと〝あの頃〟っぽいサスペンスドラマを撮ってみた


――話題の「友近サスペンス劇場」、物語も演出も作り込まれていて見入ってしまいました。友近さんの発案からどのように形になっていったのですか。


脚本を書くのは初めてで、まず執筆に3カ月ほどかかりました。それまで僕は本業でテレビ局の報道記者をしていましたが、1年間休職して執筆と撮影・編集に専念しました。脚本の書き方すらも分からず、壁にポストイットをたくさん貼って要素をまとめたり、ストリップも全く知らなかったので、実際に劇場へ行って踊り子さんに取材したり。脚本が完成したのは、撮影の数日前ぎりぎりでした。


友近サスペンス劇場の台本友近サスペンス劇場の台本


キャスティングはほぼ友近さんが担当しました。モグライダーの芝さん、時東ぁみさん、大浦龍宇一(おおうら・りゅういち)さんなどは友近さんのご紹介です。スポンサーや、出演してくださった愛媛のお店や企業の方々も、友近さんのつながりでご協力いただきました。


友近さんが非常に愛媛思いの方なので、地元でも友近さんの人気は半端なく、絶大な信頼を得ているんですよ。最初は予算も少なかったのですが、面白そうと言ってお金を出してくれたり、出演してくれる方がいて。友近さんと多くのスタッフ、現地の方々の思いと協力があったからこそ実現した、手作りの作品です。


――初めて長編ドラマに挑戦してみていかがでしたか。


自分で書いた脚本通りに目の前の物事が動いていくのが新鮮でした。報道は、目の前のことを自分の意思で動かすのは絶対にだめですから。「カット!」をかけるまでの間がとにかく感動しっぱなしで、周りの人にも、異様に楽しそうだねって言われました。


みんなで力を出し合って1つのドラマ作品を作ることも初めての経験でした。YouTubeを始めた当初は、少人数すぎて、エンドロールに別名義など架空の名前を入れて"かさ増し"していましたが(笑)、今回は40人以上が登場する"本物のエンドロール"を流せて、すごくうれしかったです。


台本をめくる西井さん


――劇中には、観光地としての愛媛の紹介や実在する会社のCMも盛り込まれていて、地方創生の側面もありますよね。


それはすごく実感しますね。劇中に登場するホテルでは「友近サスペンス劇場パック」のようなプランを用意されていますし、ロケ地の聖地巡礼をされている方もいました。CM部分は特に再生数が多くて、紹介された商品の売り上げが、YouTube公開後に前年比約16倍になったと聞いた時は、びっくりしました!


スポンサーのおかげで作品を作れて、スポンサーも別の形で潤っていく。テレビの全てがここに詰まっている気がしてうれしいです。実は今、別の土地で第2弾も進めています。


友近サスペンス劇場は、1年間に公開・放送された映画やドラマの中から、最も地域を沸かせ、人を動かした「作品×地域」に贈られる賞「第15回 ロケーションジャパン大賞」にて審査員特別賞を受賞した友近サスペンス劇場は、1年間に公開・放送された映画やドラマの中から、最も地域を沸かせ、人を動かした「作品×地域」に贈られる賞「第15回 ロケーションジャパン大賞」にて審査員特別賞を受賞した




アドリブ撮影、手書きのテロップ、一人複数役のアテレコ......独自の手法で昭和風の映像を創り出す

――企画のアイデアはどのように生まれるのですか。


ニュースや今の流行をフックにして企画にすることが多いです。例えば、去年は猫ミームがTwitter(現X)のトレンドになったというテーマで動画を作りました。事前にロケ日だけ決めておき、直前に猫ミームが流行ったので、急きょ企画にしたんです。ストーリーラインだけ決めて、細かいことはほぼアドリブです。アドリブだと生々しさが出て良いんですよね。


昭和のTwitterトレンド「猫ミーム」決定の瞬間

台本はなく、登場する女性の台詞もアドリブだ。「この役者さんたちは天才の集まりです。その場ですぐに当時風の喋り方で喋ってくれて、僕も撮影しながら吸い込まれるような感覚になりました」(西井さん)


――フィルムエストTVといえば、テロップの文字も見どころです。これは西井さんの手書きと聞いて驚きました。


筆ペンやサインペンの「プロッキー」を使って紙に書いたものを、スマホで撮影してパソコンに取り込んで使っています。文字に関しては他人には任せられないと思ってしまうほど、人一倍こだわっていますね。


実は僕、小学3年生まで字が汚すぎて、夏休みの宿題を全部やり直しさせられたんですよ。それがすごく悔しくて、そこから絵を描くように文字を書くようになり、フォントに関心を持ち始めました。


友近サスペンス劇場の手書きのドラマタイトル(左)と温泉名(右)。「鈍川(にぶかわ)温泉」の文字は、現地で見た看板の文字を思い出しながら書いたそう友近サスペンス劇場の手書きのドラマタイトル(左)と温泉名(右)。「鈍川(にぶかわ)温泉」の文字は、現地で見た看板の文字を思い出しながら書いたそう


筆ペンで昭和風に「アクティオ」を書いてもらった。普段も下書きをせず、ぶっつけ本番で書くという筆ペンで昭和風に「アクティオ」を書いてもらった。普段も下書きをせず、ぶっつけ本番で書くという


西井さんのデスク。編集デスクにカッターボード、紙、ペンなどの筆記用具が充実しているのが、ほかの動画クリエイターと違うところ西井さんのデスク。編集デスクにカッターボード、紙、ペンなどの筆記用具が充実しているのが、ほかの動画クリエイターと違うところ


――人気の架空番組「リアルナイトかんさい」は、中継現場にいる秋ちゃんとスタジオにいるキャストとの掛け合いが、まさに昭和の番組を想起させ、不思議な感覚になります。これもまた衝撃的ですが、スタジオの声は、男性も女性も西井さんが担当されているのですよね。


そうなんです。現場でも撮影しながら、実際に秋ちゃんと掛け合いしているんです。その後、編集時に秋ちゃんのマイクの音だけにして、アテレコしています。彼の発言と合うような面白いコミュニケーションになるように、言葉を紡いでいく作業です。僕の声は、スマホのボイスメモで録音したものを取り込んで、女性の声に加工したりして使っています。


リアルナイトかんさい「秋ちゃんの突撃!生中継」CM入り前

大学生の頃、「架空の情報番組を作ったら面白そうだね」という秋ちゃんとの会話から生まれた番組。「何年か経つと本当に懐かしく感じてくるのが不思議です」(西井さん)


――どのように古い映像に仕上げているのですか。


今もテレビの現場で使われている普通のカメラで、16:9のハイビジョンサイズで撮影し、後から編集して古い画質にしています。何回も書き出すことで画質を落としているので、1回書き出すと修正ができません。修正する場合、また1から書き出さないといけないのが、めちゃくちゃ大変です。自分でも意味不明なことをしているなと思います(笑)。


動画を編集する西井さん




不思議な世界にのめり込んでもらい、ワクワクさせたい

――苦労してでも、今の時代に昭和風の映像を作り続ける理由とは何でしょうか。


ただ面白いことがしたいだけなんです。先日、18年ぶりに東京ディズニーシーに行って、フィルムエストと近しいものを感じ、やりたかったことはこういうことかもしれないと思いました。視聴者の方に映像体験という形で、不思議な世界にのめり込んでもらいたいということです。


また、今という時代を昭和のフィルターを通して見ることで、一歩引いた見方ができる面白さもあります。一方で、友近サスペンス劇場のような作品は、郷愁の魅力を前面に押し出したもので、"今"を感じさせるアナクロは減らさなくてはいけない。テイストは同じでも、映像の方向性が異なります。でも、共通しているのは、とにかく皆さんをワクワクさせたい、笑ってほしいということなんです。


西井さん


――映像をYouTubeで発信することの意義については、どう考えていますか。


YouTubeはアーカイブ性が強く、何年経ってもずっと観られることに価値があると思います。数年前に公開した昭和風の映像が、今後時を経てどう感じられるのか、みんなで一緒に楽しめるんじゃないかと。友近サスペンス劇場については、友近さんと「動画配信サービスじゃないよね。タダで何度も観られるのが一番いいよね」という話で盛り上がりました。無料だからこそ、繰り返し観てもらいたい。それもコンテンツの1つの形だと思います。


――今、新たに挑戦していることや今後の夢はありますか。


新たな挑戦として、スキドラ(KDDIとテレビ朝日が共同で制作・配信するスマホ特化型ショートドラマ)で「」というショートドラマを制作していて、6月30日から順次公開する予定です。


2時間サスペンスのパロディーで、毎週代わるがわる登場する犯人を、崖に追いつめるところだけをやります! 友近さん主演で、さらに内藤剛志さん、船越英一郎さんといった豪華なキャストの方々を撮影させていただくなんて、夢にも思いませんでした。良い経験になりました。


#崖 #友近 主演 ショートドラマ版2時間サスペンス!


今後の夢としては昔の事件を題材にした硬派な映画など、事実とフィクションを織り交ぜた大型作品に挑戦したいですね。あとは、フィルムエストの世界を体験できるテーマパークがあったら面白そうです。究極の夢は、やっぱりタイムスリップしたいんですよ。それはまだずっと諦めていません。


――夢は広がりますね! 普段観ているフィルムエストTVの制作秘話や、手間をかけてでも視聴者を楽しませたいという熱い思いをうかがえて、とても楽しい時間でした。フィルムエストTVが生み出す、笑えてどこか懐かしい不思議な世界を、これからも楽しみにしています!


西井さんは1年間の休職後、テレビ朝日映像に復職。現在は報道記者を退任し、フィルムエストTVで受けた仕事を会社で行っている。フィルムエストTVが本業となり、「今が一番、撮影現場がワクワクしていて楽しい」と語った西井さんは1年間の休職後、テレビ朝日映像に復職。現在は報道記者を退任し、フィルムエストTVで受けた仕事を会社で行っている。フィルムエストTVが本業となり、「今が一番、撮影現場がワクワクしていて楽しい」と語った


※記事の情報は2025年6月24日時点のものです。

  • プロフィール画像 西井紘輝さん 映像作家・フィルムエストTV主宰〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    西井紘輝(にしい・ひろき)
    映像作家、YouTubeチャンネル「フィルムエストTV」主宰
    1994年、兵庫県神戸市生まれ。関西大学社会学部卒業。2014年からYouTubeチャンネル「フィルムエストTV」を主宰。映像作家「にしい」として、現代の事象を80~90年代の昭和風の映像で表現する“アナクロ映像”作品を多数制作する。2018年「テレビ朝日映像」入社後も自主制作を続け、2024年9月に公開されたYouTubeドラマ「友近サスペンス劇場『外湯巡りミステリー・道後ストリップ嬢連続殺人』」は、公開から約40時間で100万回(2025年6月時点で428万回)再生を突破し、第15回 ロケーションジャパン大賞にて審査員特別賞を受賞した。

    YouTube「フィルムエストTV」 https://www.youtube.com/channel/UCYi00JlMubJ0MPY9eqPXhoQ
    にしい X  https://x.com/nishii_dec9

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