週3日の練習で花園を目指す。限られた時間で成果をあげるための考え方とは

教育

静岡聖光学院高等学校 ラグビー部〈インタビュー〉

週3日の練習で花園を目指す。限られた時間で成果をあげるための考え方とは

静岡市にある静岡聖光学院高等学校のラグビー部は、学校で定められた週に3日という練習時間の制約がありながら、何度となく全国大会に出場する実績を残しています。監督、副校長、部員に、練習の工夫や、「時短」だからこその強み、さらに教員の働き方改革についてもうかがいました。

文:藤本 幸俊 / 写真:三井 公一

限られた練習時間で実績を残すラグビー部

中高一貫のミッション系私立男子校である「静岡聖光学院中学校・高等学校」は、文武両道の理念実現のため、創立当時から部活動の時間に厳密な制限を設けている。すべての部活動が火曜日・木曜日・土曜日のみで、火曜・木曜はそれぞれ90分(冬季は60分)、土曜日は120分の活動が可能だが、授業がある土曜のみでだいたい月に2回。


同高等学校のラグビー部は、このような制限のある練習環境下にもかかわらず、2009年に「花園」(全国高等学校ラグビーフットボール大会)初出場を果たして以来、実に8回の出場を重ねている。


同校の保健体育教員でもある監督の細野太郎(ほその・たろう)先生は、神奈川県の公立中学に勤めながらラグビーの名門・帝京大学で週末コーチを務め、2023年にコーチとして静岡聖光学院高校のラグビー部に招へいされた人物だ。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部監督の細野太郎先生ラグビー部監督の細野太郎先生


──年間でみると、部の活動日数はどれくらいですか。


細野先生:年間の日数としては120日くらいかと思います。僕が前職で顧問を務めた中学校のソフトテニス部は毎日練習していましたから、実際にやってみるとかなり練習時間が短いと感じました。


特に夏休み中は練習の機会が限られていて、長野県の菅平(すがだいら)高原*での合宿が5日間、合宿の前に暑さ慣れのために3日間、そして8月下旬にある学校での夏期講習明けに3日間。この11日間だけです。


*菅平高原: 標高1,300m前後の高地に100面以上のラグビーグラウンドがあり、夏には全国から多くのチームが合宿に訪れる、「ラグビー合宿の聖地」。


──そうすると、他校との練習試合は、菅平での合宿のときくらいですか。


細野先生:合宿と大会参加以外で宿泊を伴う活動は禁止なので、普段から宿泊を伴う遠征をしての練習試合はしていません。ただ2023年と2024年は、夏休み前の7月の7人制の全国大会(全国高等学校7人制ラグビーフットボール大会)に出させてもらえておりました。その菅平での大会の4日間は、メンバー外の部員も連れて行って、強化練習という形で他のチームと15人制の練習もしました。




二兎を追うのなら二兎を得よう

──そのような限られた練習時間で全国大会のレベルまで強化するのは大変ではないですか。


細野先生:部としての活動は限られているのですが、空いた時間に個人で取り組むという余地はあるので、そこを活用するようにしています。


まず部活がない月曜・水曜・金曜の放課後。ここは勉強や部活の自主練に充ててもいいし、帰宅してもいいし、各自の判断です。僕としては火曜・木曜のチーム練習を通して、各自の足りないところや個人の練習でもスキルアップできるところを指摘して部員たちに気づかせ、チーム練習以外の時間もがんばらなきゃって思ってもらえるように努めています。


部室を整理整頓し、自分の用具をすぐ取り出せるようにしておくのも、時間を無駄にしないための工夫。ショーケースのようにスタイリッシュに置かれたシューズに、学生らしい美意識が垣間見える部室を整理整頓し、自分の用具をすぐ取り出せるようにしておくのも、時間を無駄にしないための工夫。ショーケースのようにスタイリッシュに置かれたシューズに、学生らしい美意識が垣間見える


細野先生:それから本校では、朝のホームルームが9時5分から、1時間目の授業が9時20分からというスケジュールで、スタートが遅いんですね。これは2020年の新型コロナウイルス禍のときに時差登校を実施したことがきっかけなのですが、このほうが遠方の生徒が登校しやすいと、いまもそのままのスケジュールになっています。


それでも早い生徒は8時頃には登校します。図書館で勉強してる子もいれば教室で勉強する子もいる。その時間をラグビー部員は、もちろん勉強する選択肢もあるのですが、ウェイトルームでトレーニングしたり、グラウンドを走ったりして、筋力・体力の強化に充てることができます。


──朝のトレーニングは何人くらいが実行しているのでしょうか。


細野先生:2年前に僕が来たときにはまだ少なかった。いまは多くの部員がトレーニングしていますね。3年生が2年生・1年生と組むという縦割のグループができていて、3年生中心に声かけしてもらって。体づくりをしないと怪我のリスクもあるので、そこを3年生がしっかりと声をかけながら、本当に主体的にやってくれています。


本格的なマシンやフリーウェイト器具がそろえられたウェイトルーム


本格的なマシンやフリーウェイト器具がそろえられたウェイトルーム本格的なマシンやフリーウェイト器具がそろえられたウェイトルーム


──部活動がない日の自主練、朝の自主練などは、あくまで個々の判断ですよね。


細野先生:はい。例えばテストが近いから今週は勉強に時間を割きたい、ということも実際にあります。けれども僕は監督であり教員でもある立場として、選手たちには「一兎を追うのなら一兎でもいい。二兎を追うのなら二兎を得よう」って話しています。それが静岡聖光学院らしいところだと思うからです。


なにか1つのことに打ち込むことはもちろん大事だけど、週の半分は部活以外にもがんばれっていう時間を学校が設定している。ラグビーと勉強と、両方ともがんばることで、見えてくるものがあるのではないかと。


去年の3年生で、かなりの難関大学に合格した選手がいました。彼は塾があって練習に来られない日があったりして、それは僕も了承していた。でも彼は妥協をせず、土曜日みんなが帰ったあとの夕方に1人で残ってトレーニングをして、塾でできなかったラグビーの時間を埋め合わせていました。そのようにセルフコントロールできる能力って、ラグビーだけじゃなくてとても大事なことだと思います。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部監督の細野太郎先生




選手の「意志」を作り上げる

神奈川県出身の細野先生は、小学1年からラグビーを始め、中学3年まで横浜ラグビースクールでプレー。高校は日本大学高等学校にラグビー推薦で進学した。ところが高校2年の夏に髄膜脳炎(ずいまくのうえん)という病気になり、10日ほど意識不明・左下半身不随になる。


──先生ご自身は、高校時代に選手としてかなり厳しい状況に立たされたのですね。


細野先生:奇跡的に治って退院できたんですけど、もうラグビーはできないかもしれない、1カ月間は様子をみてくださいとドクターに言われました。なのでその間は、同級生や1年生の部員のコーチ役に回っていたのです。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部監督の細野太郎先生


そのうち、自分が上達する以上に、自分が一生懸命関わったチームメイトが上達したときのほうが嬉しいというか。その選手が喜んでくれると、僕も嬉しい、喜びが倍みたいな経験をしました。


それを当時の監督が評価してくださったんです。大学でもラグビーをやるか迷っているときに、「お前がラグビー選手になったところで誰も幸せにならねえと思うけど、お前みたいなやつが指導者になったら多分いろんな人を幸せにできるから、支えるとか指導のほうが向いてんじゃねえのか」って言われまして。それで高校を卒業してからも、しばらく母校でコーチをやらせていただいてました。


大学卒業後は、スポーツ専門学校のインストラクター、定時制高校の教員を経て、横浜市の中学校の保健体育の教員になり、女子ソフトテニス部の顧問になりました。それと並行して、帝京大学ラグビー部で週末コーチとして11年ほど勉強させていただきました。


それで2年前に、以前からつながりがあった本校ラグビー部の松山吾朗(まつやま・ごろう)前監督から、コーチとしてやってみないかと声をかけていただいた。横浜で公務員となってそれなりのキャリアを重ねていましたので、迷いもありましたが、ラグビーの指導者になりたいっていう目標はずっとあったので、こちらにお世話になることに決めました。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部


──そうした経緯から現在は高校ラグビーの監督になられているわけですが、コーチとしての信条、大事に思っていることはなんでしょうか。


細野先生:一番大切なことは、選手の「意志」をどう作り上げていくかだと思っています。最初はコーチの側から、ある程度強制というか、やらせることも必要だと思うんです。ただそのようなことを継続していくなかで、意識させるよう働きかけ続けることで、選手それぞれが意識するようになり、「意志」が形成される。やらされてやっていたことが、無意識に自分からできるようになってくる。


──そういったコーチングのポイントは、自主性を重んじるという静岡聖光学院の校風とも重なってきますね。


細野先生:ラグビーだけではなく、学校の勉強もそうだろうと思います。いかに一人ひとりに、前向きになる動機とか「意志」を作るかっていうことが、コーチングでいちばん大切にしているところですね。やはり最終的には、そこに自分の「意志」があるかないかが大きく左右すると思うので。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部




新たなスタイルにチャレンジする"戦い方改革"が進行中

──いまが監督就任1年目。監督としても、またチームとしても、新たなチャレンジの年ではないかと思います。


細野先生:これまでの静岡聖光学院ラグビー部は、少ない練習時間をやりくりするなかで、戦術については、ある程度割り切ったシンプルなものに絞ってやってきた面があります。それはディフェンス主体で、キックで前へ出る、というスタイルですね。でも昨年、前任の松山監督のもとで、選手たちの意見も聞きながら、そこをガラっと変えたのです。やっぱりアタック(攻撃)の幅をもう少し広げていきたいと。そうすると、すべきことが増えるので、時間がどうしても足りない。


その結果、以前は選手たちにかなりの部分を任せていた火曜・木曜のチーム練習の内容に関して、コーチが介入する割合を高めることになりました。つまり、練習プログラムをある程度僕が作り、ある程度僕が主導して練習を進行する、というやり方です。


とはいえ、「自分で考えて判断・決断する」というところがラグビーのいちばんの楽しさだと僕は思ってるので、そこのところは大事にしています。よく、ラグビー選手は社会人としても通用することが多いといわれますが、その背景には、ラグビーが「自分で考えて判断・決断する」スポーツだということがあると思います。そういった意味でも、そこは大切にしていきたいなと思っています。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部




部活動を通じて10年後、20年後、活躍できる大人になってほしい

続いて、静岡聖光学院副校長の小山祥史(こやま・よしふみ)先生に、学校としての部活のとらえ方、また部活動に関わる教員の働き方についてお話をうかがった。


──部活動の時間を週3日と定めている背景をお聞かせください。


小山先生:学校生活の大前提にあるのが学習。そのうえで部活もがんばるけれど、他にもやれることがあるのに部活があるからできませんということは避けたい、という考え方がベースにあります。


火曜・木曜・土曜は部活でがんばる、月曜・水曜・金曜は勉強も含め、やりたいことをすればいいし、どんどん新しいことに挑戦してもらいたいと考えています。ラグビー部もそのような中で活動していて、自分たちで考えて時間を見つけて自主練などやりくりしながら、全国大会出場など結果も出してくれている。


けれども学校としては、絶対に花園に行ってくれっていうわけでもないですし、ラグビーの推薦とかで選手を集めるということも一切していません。部活を通じて10年後、20年後、活躍できる大人になってほしいというのが本校の考えです。


静岡聖光学院副校長の小山祥史先生静岡聖光学院副校長の小山祥史先生


小山先生:運動部に関しては、半分以上が中学からその競技を始める生徒。私自身が関わっているサッカー部もそうです。中高一貫なので、6年かけてやり遂げることが大事なことであって、初心者でも全員にチャンスがあると思って取り組んでもらっています。


ラグビー部は中学1年でも経験者が多いですが、中学では楽しくやっていて、高校から本格的にという感じです。


──近年、学校の部活動について、教員の働き方改革という視点からも見直しの機運が高まっています。静岡聖光学院で部活動にあたる先生方の働き方はどのようなものなのでしょうか。


小山先生:顧問の人数でカバーできるようにしています。現在、サッカー部とラグビー部は6人、バスケットボール部も5人の顧問がいます。


教員は教科ごとに、平日に「研修日」が決まっていて、基本はこの研修日と日曜日が休日となります。教員によっては部活がある火曜日とか木曜日が研修日になっているので、その顧問が休めるように副顧問がいるのです。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部


──顧問をしていても週に2日休める環境を整えているのですね。


小山先生:この研修日のシステムは2024年で3年目。横浜にある姉妹校の聖光学院ではもっと前からそのようにしています。その結果、教員が全員そろうのは土曜日だけ。職員会議はそれまでは月1回の開催でしたが、現在は年3回です。でも成り立っています。


朝の出勤時間は8時10分。けれども朝のホームルームは9時5分から。新型コロナウイルス禍のときに、人との接点を減らすために始業時間を後ろにずらしたのを、いまも続けているわけです。その結果、朝会や学年ごとの打ち合わせを済ませても、始業前に余裕があるんですね。そこで教員同士のコミュニケーションが取れる。これで職員会議を減らすこともできました。




毎日の練習じゃないからこそ、やらなきゃいけないことを考えてやれる

3年生で2024年度のラグビー部キャプテン・鈴木然(すずき・ぜん)さんは、父親がラグビーをしていたことから、幼稚園の年長で地元のラグビースクールに入り競技を始めた経験者として、静岡聖光学院中学校のラグビー部に入部した。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部キャプテンの鈴木然さんキャプテンの鈴木然さん


──中学の進学先に静岡聖光学院を選んだ理由は何だったのでしょうか。


鈴木さん:静岡聖光学院でラグビーをしたくて、ここを選びました。毎日練習する部活じゃないっていうのは知っていましたが、入学前に部活動体験会に複数回行っていたし、それで、この学校いいなと思って。


中学時代は、平日は学校でラグビーをして、週末は、静岡の長泉町の自宅から神奈川県のラグビースクールに通っていました。


静岡聖光学院高等学校ラグビー部


──鈴木さんご自身、個人練習はどれぐらいやっていますか。


鈴木さん:基本的に部活がない日もグラウンドには毎日出てますね。それから、朝の時間もウェイトトレーニング中心にやってます。結果、毎日なにかしら練習・トレーニングをしている感じですね。


太郎さん(細野監督)のもとで、チームとしての練習は火曜・木曜、月に2回の土曜しかないですけど、やっぱり他の高校はその(自分たちが練習していない)時間もラグビーの練習を積んでいるので、自分たちで考えてやれることをやって補わないとと思っています。毎日じゃないからこそ、やらなきゃいけないことを考えてやれる、自分たちが伸ばしたいところをやれる、っていうところが、時短部活の強みだなと思います。


このインタビュー取材から半月後の2024年11月10日、第104回全国高等学校ラグビーフットボール大会静岡県予選の決勝が行われ、静岡聖光学院はライバルの東海大学付属静岡翔洋高校に0対10で敗れ、残念ながら2年連続での花園出場の道は断たれた。2025年度の静岡聖光学院、そして細野太郎監督のチャレンジに期待したい。


※記事の情報は2024年12月24日時点のものです。

  • プロフィール画像 静岡聖光学院高等学校 ラグビー部〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    静岡聖光学院中学校・高等学校
    1968年11月創立。静岡県静岡市にある中高一貫のカトリック系男子校。部活動は基本週3日・平日は1日当たり90分以内という制限を設けながら、ラグビー部は全国大会に8回出場する実績を上げている。県内の通学生のほか、広域から多数の生徒が寮生として在籍。聖光学院中学校高等学校(神奈川県横浜市)、セント・メリーズ・インターナショナル・スクール(東京都世田谷区)は姉妹校。
    http://www.s-seiko.ed.jp/

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