スポーツ
2021.01.26
廣瀬俊朗さん 元ラグビー日本代表〈インタビュー〉
中学から日本代表まで、走り続けた「キャプテン」
ラグビーファンには東芝ブレイブルーパスや日本代表でキャプテンを務めたプレーヤーとして、一般の方にはTBSテレビのドラマ「ノーサイド・ゲーム」の浜畑譲役として、最近では日本テレビのニュース番組「news zero」木曜日のレギュラー出演でも知られる廣瀬俊朗さん。ラグビー選手としての華々しいキャリアに留まることなく、現在では異なる分野に貪欲にチャレンジし、実に多彩な活動をされている廣瀬さんに、ラグビーのこと、キャプテンのこと、ビジネスのことなど、いろいろうかがいました。
キャプテンになるたびに感じた強いプレッシャー
廣瀬俊朗さんは5歳のときラグビーに出合い、中学3年生の部活動で初めて「キャプテン」を任される。以来、高校、高校日本代表、大学、トップリーグ(東芝ブレイブルーパス)、そして日本代表と、所属したあらゆるカテゴリーで「キャプテン」に任命され、その重責を果たしてきた。スポーツの種類によりキャプテンの役割はさまざまだが、ラグビーにおいては、試合中のプレーの選択、レフェリーとのコミュニケーション、さらにトップリーグや代表チームでは取材対応なども担う。そのようにラグビーのキャプテンの役割は、相当な重責である。廣瀬さんにお会いしてまず聞いてみたかったのは「キャプテンシー」(キャプテンとしてチームを統率する力)についてだった。
──廣瀬さんご自身は各年代でキャプテンを任せられ、重荷に感じていたのでしょうか。それとも軽々とこなしていたのでしょうか?
めちゃくちゃプレッシャーを感じていました。キャプテンを辞めたり、外されたりしたときは、寂しい思いもありましたけど、どちらかというとホッとする気持ちのほうが強かったです。
──大変なのはプレーの面ですか? それとも精神面ですか?
両方ありますね。最終的にはプレーの面できちんとパフォーマンスを出さないといけないところがありますけれども、それと共に、チーム全体のことを考える必要があって、その複合的なところかなと思います。
──今までキャプテンをやってきて、日本代表も含めて、いつが一番しんどかったですか?
何をもってしんどいか、という定義にもよりますが、プレッシャーという面では日本代表のキャプテンが重かったですね。でもチームを作る上で簡単だったのも日本代表でした。日本代表では選手がどんどん淘汰されいくから、選手のモチベーションが常に高い。その点、大学やクラブチームではいろんな考えの人がいますし、モチベーションもさまざまです。そうしたメンバーでチームを作らないといけないので難しかったりします。
あらゆる年代でキャプテンを経験しながら、自分にキャプテンとしての資質があると思ったことはあまりない、という廣瀬さん。キャプテンとして自分は何をすべきか、常に悩み考え続けた。2012年、エディー・ジョーンズヘッドコーチに任命されて日本代表のキャプテンになったとき、まずチーム内の「心の距離を近くする」ことを考えた。選手はニックネームで呼ぶようにして、キャプテンとして毎日、全員に声をかけた。小さなことでも、積み重ねていけば絆は深まるという考え方だ。
そして「場をつくる」こと。東芝ブレイブルーパス時代から行っていた試合前日に全員で輪になってスパイクを磨く習慣を、日本代表にもとり入れた。その場が和みチームの雰囲気も良くなったという。また「一人ひとりに居場所を与える」ことも心がけた。居場所つまり役割はオフィシャルなものでも、そうでなくてもいい。チームに貢献できていると実感できれば、その人もポジティブになれる。廣瀬さんはそう考えた。
廣瀬主将が率いるラグビー日本代表は、2012年の欧州遠征で欧州開催のテストマッチ初勝利(対ルーマニア代表)。翌2013年には秩父宮ラグビー場で強豪ウェールズ代表に歴史的な勝利をあげた。代表キャプテンは2015年にリーチ・マイケル選手に引き継がれ、日本代表はワールドカップ2015で、優勝経験2回(当時)の南アフリカ代表を破る「ブライトンの奇跡」を起こし、世界を驚愕させる。
──ラグビー選手って、キャプテンになりたいものですか、それとも嫌な役割なのでしょうか。
たいていの選手は嫌と思ってるんじゃないですかね(笑)。
──廣瀬さんご自身は?
キャプテンって、僕は「選ばれるもの」だと思っているので、やりたいかどうかってあんまり気にしないですね。でも、この監督と一緒にチームを作るのは面白そうと思ったらやりたいなって思いますし、この監督とは......みたいになると乗り気がしない......そういう気持ちにはなります(笑)。
軸がブレなければ、たとえ負けても次世代につながる
廣瀬さんは著書『なんのために勝つのか。』(東洋館出版社)の中でキャプテンとして自分のスタイルを見つけることが大事だと書いている。「身近にすごい人がいると、つい真似をしたくなる。でも真似をしているだけでは本当の力は身につかない」と。自身、東芝でキャプテンに任命された1年目のこと、圧倒的なカリスマ性があった前任の冨岡鉄平キャプテン(後に東芝監督に就任)のあとを引き継ぐにあたり、言動や振る舞いなど前任のキャプテン像を「トレースすることで乗り越えようとした」。しかし前任者を追いかけすぎ、自分のスタイルを見失って失敗したとも言う。
大切なのは「軸」です。結局、自分の軸をちゃんと持てるかどうかが一番大事で、それを元にした言葉を発し、態度をとらないとうまくいかない。
──例えばリーチ(マイケル)選手のように背中で語るようなキャプテンもいれば、よく話をして言葉によるコミュニケーションを重視するようなキャプテンもいますね。
そうです。もちろん背中で引っ張るタイプの人が前よりしゃべるようになったら、それはそれで素晴らしいことですけど、もともと持っているのは何なのかということです。プレーで引っ張っていける人はそれを大事にしてほしい。
そこを見失って、しゃべろうしゃべろうってなると頭でっかちになってしまって、周りの人からは「なんなのお前」みたいに見られてしまう。
どんなふうに生きていきたいかとか、なぜラグビーをやってるか、何でそのスポーツをやってるのかってことをちゃんと持っていたら、軸がブレないような気がするんですよ。判断基準を勝ち負けに置いてしまうとしんどい。負けたとしても、本当に頑張ってる姿が次世代につながったりする。そのための軸が大事だと思います。
──それは例えばビジネスの世界でも参考になりますね。
本当にそうですね。そこがミッションとかビジョンとかバリューにあたるものですよね。
──キャプテンは最初に自分を見つめることが大事だと。
そう、最初に自分を見て、それから周りの人とみんなの話を聞きながら、どうチームを作っていこうかと考えるんです。
2度目の大学院でキャプテンシーを追究する
廣瀬さんは2020年4月、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科に入学。キャプテンシーの研究に取り組み始めている。現役引退後の2016年にはビジネス・ブレークスルー大学大学院 経営学研究科で学びMBAを取得しており、今回は2度目の大学院での挑戦となる。
──研究テーマはキャプテンシー。大学院では2年間勉強されるわけですか?
2年で卒業される方もいますし、6年ぐらいかかる方もいます。みんな仕事をしながらの勉強なので、3年で卒業できたらいいかなぐらいの感じです。
──キャプテンシーとリーダーシップの違いは何でしょうか。
例えば2人1組で「どこかへ行こうや」となって、それで行くことになったら、それは言い出した人のリーダーシップですから、リーダーシップの概念は少し広いと思います。それに対してキャプテンは、スポーツチームの中での選手のリーダー的な役割の人のこと。チーム全体の中でリーダーシップをどうとるか、というのがキャプテンの役割ですね。
──研究されているテーマはスポーツのキャプテンシーですか。
おいおいスポーツ全般を対象にしたいと思いますけど、この研究では範囲というものがけっこう大事なので、まずはラグビーからです。ラグビーである程度めどが立ったら、スポーツ競技によるキャプテンシーの違いについて掘り下げていくのも、面白いのかなと思っています。
──ラグビーはとりわけ、キャプテンの責任が重いといえるでしょうか。同じフットボールでも、アメリカンフットボールでは誰がキャプテンだとかあまり聞きませんね。
はい、競技による違いは大きくて、アメリカンフットボールでは、どちらかというと攻撃においてはクオーターバックが大事というイメージですし、野球だったら、特に高校生ぐらいまでは監督の采配が占める割合が大きい。あるいは男女差という面も結構ありますし、日本と海外の違いもありますね。それに対戦型の競技と採点制の競技でも変わってきますし、人数によっても違うかなとか、とても面白いテーマだと思っています。
その中でまずラグビーはどうか。大人数で相手もいるし、状況もいろいろ変わる中で決断していかないといけない。社会と比較すると、チームづくりというところにも親和性とか共通項が多い。ラグビーをやってきた人が後に企業で活躍するケースが多いのはそのためではないか、そんなところも見えてくるのかなという気がしています。
──各年代のカテゴリーでキャプテンを歴任されて、本当に希有なキャリアをお持ちだと思うのですが、それがキャプテンシーについて後世に伝えていきたいという、大学院での今の学びにつながっているわけですか。
まさにそうですね。自分自身キャプテンをやっているときはけっこう大変で、どうしたらいいかなって日々悩んだところがあったので、そこをアカデミックな視点で改めて考えながら、1個の指標というか、こういうふうに考えたらいいというものがあれば、高校生でもトップチームでも、キャプテンをやっていることが楽しくなるかもしれない。もしくは自分はこのスタイルでいいんだって思えて、チームと向き合えるようになる。研究成果をそのように社会に還元できるようにしたいと思っています。
ビジネスパーソンにも役立つルーティン
廣瀬さんは東芝ブレイブルーパスでのルーキー時代、トップリーグのレベルの高さについていけなかったという。しかし地道なトレーニングをルーティンとして続ける中で、2年目からレギュラーの座を得るようになった。前述の著書で、現役時代のルーティンについてこう書いている。
「ルーティンは大事である。僕は、そのときになりたい自分に合わせてルーティンを変えてきた。もちろん、すぐに結果が出るわけではない。でも、1日の積み重ねは確実に自分を成長させてくれる。そして、数カ月もすると、少しずつ差が生まれてくる。地道に続けられるかどうか。質の高いルーティンは本当に大事である」
──廣瀬さんはラグビー以外のふだんの生活のなかでも、実践されているルーティンはありますか。
ちゃんとできているかどうか分からないですけど、日々の生活を規則正しくして、良い状態でその日を迎えたいなというところは気をつけています。それと運動習慣をつけるというのもルーティンかなと。週に何回かは体を動かしています。
──良い状態で1日を迎えるということは、睡眠や食事ですか。
そうですね。そうして、ある程度の体重をキープして、コンディショニングというところは意識してますね。たまにはやっぱりお酒もたくさん飲みたいし、夜更かしもするんですけど、基本的には一日一日うまく積み重ねられたらいいなと思います。そこはアスリートでもビジネスパーソンでも一緒だろうと思います。
──気分が高揚することもあれば、気持ちが沈んでしまうこともある。その気持ちをコントロールするというか対処法というのが何かあれば、アドバイスをいただきたいのですが。
自分の気持ちが整理されるとか、落ち着くにはどうしたらいいか知っておくっていうのが一つ大事なのかなと思っています。僕の場合はまずランニング、それから自宅が海に近いので海でボーッとしたりとか。自然に触れるのが好きなので。
あと家族との時間もすごく大事だと思います。何気ないこと、子どもの寝顔とか、すごく楽しそうに遊んでいるところを俯瞰して見る。そうした瞬間に、自分にはいろいろなことがあったけど、この人達がいてくれるだけでありがたいというような、そんな瞬間があると頑張れますよね。
それから、自分の状態がどうなのかなって知る、気づく習慣を持つようにしています。今日の自分は不機嫌なんやとか、今日は機嫌がいいんやみたいな確認をしていますね。ちょっと不機嫌気味だったら「なんか人に当たっちゃうかもな。気い付けなあかんな」みたいなことですね。そんなときは、楽しいことを考えるだけでも脳への影響が変わってくるらしいので、好きな色とか、季節とか、食べ物とか......、例えば今日だったら(雨模様で外での撮影ができるかどうか危ぶまれた天候だったが、途中で雨が上がってくれたことを受けて)「雨やんでくれてありがとう」みたいなことです。「なんでこんな雨降ってんねん」と思ったら不機嫌になってしまいますけど、「雨はコントロールできへんけどやんでくれてうれしいなあ」と思っていれば気分も高揚してきますよね。
──なるほど、自分の状態に気を配って、不機嫌になりそうだったら楽しいことを考えるように思考を切り替える。ビジネスパーソンの日常にも役立ちそうですね。ありがとうございます。
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※記事の情報は2021年1月26日時点のものです。
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【PROFILE】
廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)
元ラグビー日本代表(代表キャップ28)。トップリーグでは2016年まで東芝ブレイブルーパスに所属。ポジションはウイング、スタンドオフ。1981年10月17日大阪生まれ。5歳から吹田ラグビースクールでラグビーを始め、豊中市立第14中学校、大阪府立北野高校、高校日本代表、慶應義塾大学、東芝ブレイブルーパス、日本代表とキャリアを積む中、あらゆるカテゴリーでキャプテンを歴任。2016年に現役を引退(2018年までは東芝ブレイブルーパスコーチ)、10月にビジネス・ブレークスルー大学大学院 経営学研究科 経営管理専攻に入学。2019年9月に修了(MBA)。2019年に(株)東芝を退社後はTBSテレビの連続ドラマ「ノーサイド・ゲーム」に浜畑譲役で出演するなど活動の幅を広げ、現在ではラグビー、スポーツの枠を越えてさまざまな事業・プロジェクトに携わる。2020年から慶應義塾大学大学院に入学、キャプテンシーをテーマに研究。著書に『なんのために勝つのか。』(2015年、東洋館出版社)、『ラグビー知的観戦のすすめ』(2019、角川新書)
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