ホースの先に仲間がいる。伝統の「南部もぐり」で学ぶ信頼の心【後編】

AUG 10, 2023

岩手県立種市高等学校 普通科・海洋開発科〈インタビュー〉 ホースの先に仲間がいる。伝統の「南部もぐり」で学ぶ信頼の心【後編】

AUG 10, 2023

岩手県立種市高等学校 普通科・海洋開発科〈インタビュー〉 ホースの先に仲間がいる。伝統の「南部もぐり」で学ぶ信頼の心【後編】 岩手県北部の洋野町(ひろのちょう)に、125年間受け継がれてきた「南部もぐり」。岩手県立種市(たねいち)高等学校海洋開発科の大向光(おおむかい・あきら)先生と生徒さんたちに、南部もぐりの伝統を次世代へ伝えることの意味や感想をうかがいました。

文:三上美絵


前編はこちら

全国から生徒が集まる海洋開発科

種市高等学校は全校生徒103人のうち、普通科と海洋開発科がおよそ半々の割合だという。海洋開発科には取材時の2023年5月時点で、1年生9人、2年生15人、3年生23人の生徒が在籍し、潜水技術と施工技術を学んでいる。



――地元はもちろん、海洋開発科には全国から生徒が集まっているのですね。


大向先生:そうですね。県内でも遠い地域や、北海道、茨城、東京、神奈川、大阪、広島から来ている子がいます。"あまちゃん効果"も続いているかもしれません。2019年に一般社団法人日本潜水協会の支援で念願の学生寮ができ、今は遠方からの生徒13人が寮に入っています。卒業生は即戦力に近いので、企業からも期待されています。


――潜水の実習はどのくらいあるのでしょうか。


大向先生:2年生と3年生は2週間に1回、丸1日6時間の実習があります。1年生は2週に1度、半日の実習です。3年生で潜水が得意な子は、さらに3時間の潜水実習を選択することもできます。プールで技術を習得した後は、実習船「種市丸」に乗って、海での実習も行っています。


――女子生徒もいますね。


大向先生:現在、海洋開発科には女子が4人います。私が以前、ダイバーとして勤めていた会社にも女性の先輩がいましたが、水中写真を撮って計測をしたりするような繊細な作業が得意で、とても重宝がられていましたね。




南部もぐりの体験を多くの人に伝えたい

実習の合間に、生徒さんに話を聞いた。地元種市出身の吉川千鶴(よしかわ・ちづる)さんと、広島出身の渡部仁和(わたべ・とうわ)さん、ともに3年生だ。


――なぜ海洋開発科を選んだのですか。


吉川さん:海のすぐ近くで育ったので、昔から海の仕事に興味がありました。兄も種市高校の卒業生で、潜水実習の様子が楽しそうだったのと、女子も活躍できると聞いて選びました。


海洋開発科3年の吉川千鶴さん海洋開発科3年の吉川千鶴さん


渡部さん:もともと海上保安庁に入りたくて入学したのですが、実習をするうちに海洋土木もいいなと思えてきて、今では潜水士を目指しています。


海洋開発科3年生の渡部仁和さん海洋開発科3年生の渡部仁和さん


――南部もぐりについて、どう思っていますか。


吉川さん:小さい頃から種市高校のことは知っていて、女の人がヘルメットをかぶって南部もぐりをするのはかっこいいな、と思っていました。実際にやってみると、もぐったら髪も触れないし、鼻をこすることもできなくて(笑)。空気が減り過ぎてもいけないし、多過ぎてもだめ。その調節が難しいです。


南部もぐりの歴史は、小学校でも習いました。自分が南部ダイバーになることはできなくても、ここで体験したことをたくさんの人たちに伝えたいと思っています。


左端が南部もぐりのドライスーツ左端が南部もぐりのドライスーツ。右に並ぶマスク式潜水用のドライスーツよりもかなり大きい


渡部さん:入学するまで、南部もぐりは知りませんでした。スキューバ潜水とはまったく違うので、経験できてよかったです。ちょうどいい空気量は人によって変わるので、最初のうちは水中で思うように動けませんでしたが、調節のコツを覚えてからは楽しくなりました。装具を脱いだ瞬間は、2mぐらいジャンプできそうなぐらい、体が軽く感じます(笑)。


実習中の渡部さん実習中の渡部さん。プール棟の円窓の外からカメラを向ける繁田めぐみ先生に向かってにっこり(写真提供:繁田めぐみ)


――卒業後の夢について教えてください。


吉川さん:スキューバダイビングのインストラクターか、ダイバーとしての仕事に就きたいです。


渡部さん:海洋土木会社に潜水士として入り、海外の大きな現場で働いてみたいです。




大好きだった潜水士の職を辞して、後継者の育成へ

海洋開発科の教師たちは全員が潜水士としての実務経験を持ち、種市高等学校の卒業生も多い。大向先生自身もOBであり、海洋土木会社を経て現職に就いた。


海洋開発科の大向光先生海洋開発科の大向光先生


――潜水士から教師に転職されたのは、なぜですか。


大向先生:後継者の育成にあたる指導者が足りない、と聞いたからです。30歳の時でした。潜水士の仕事は大好きで、やりがいを感じていたので、ものすごく悩みました。東南アジア、メキシコ、パプアニューギニアにも行ったし、発電所の取水口を海中に建設する工事で半年間、サウジアラビアに行っていたこともあります。


ひとまず実家の親に相談しようと思いましたが、新幹線に乗ってしまったら、そのまま潜水士を辞めることになりそうな気がして、当時住んでいた千葉からなんとなく歩き始め、気がついたら東京駅まで5時間も歩いていました(笑)。結局、「後継者を育てることも大事だ」と決意して、非常勤職員として在籍しながら採用試験にトライし、3年目でやっとの思いで合格することができました。


海洋開発科の大向光先生


――今のお仕事に、どんな魅力を感じていますか。


大向先生:今は、教え子が全国の港湾工事などで活躍している様子が耳に入るのが、何よりの楽しみです。高校3年間の生徒たちの成長ぶりにもやりがいを感じますが、卒業後もそれが続くことは、ここで教師をする魅力ですね。


生徒たちとは家族のような関係で、週に何日かは寮にも泊まります。潜水のこと以外にも、高校生らしい悩みごとの相談に乗ったりもしますよ。


――南部もぐりの伝統を守ることと、最新技術を取り入れることのバランスについては、どうお考えでしょうか。


大向先生:南部もぐりの技術を伝えていくのは、僕らにしかできない大事な役割です。ただ、海洋土木の現場でも機械化が進んでいますから、生徒たちには「水中ドローン」や、最新のマスク式潜水機器である「カービーモーガン」のような新しい技術もどんどん学んでもらって、現場で求められる人材に育ってほしいと思っています。


最新のマスク式潜水機器「カービーモーガン」のヘルメット最新のマスク式潜水機器「カービーモーガン」のヘルメット


――生徒たちが南部もぐりの技術を学ぶ意義は何でしょうか。


大向先生:「信頼」の大切さを実感することです。南部もぐりは1人ではできません。ダイバーは送気ホースを持つテンダーを信頼するから安心してもぐれるし、テンダーは「命を預かっているんだ」という自覚があるから、決して持ち場を離れません。信頼し合う生徒たちを見ていると、素晴らしいなと思います。


「種市高校の生徒が欲しい」という会社は少なくありませんが、そういう南部もぐりの精神を会社に吹き込ませたいと考えているのだと思います。


この日の実習に参加した生徒さんと先生たちこの日の実習に参加した生徒さんと先生たち


※記事の情報は2023年8月10日時点のものです。

  • プロフィール画像 岩手県立種市高等学校 普通科・海洋開発科〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    岩手県立種市(たねいち)高等学校 普通科・海洋開発科
    潜水と土木の施工技術を教える全国で唯一の高等学校。海洋開発科にて、「南部もぐり」の潜水士を育成している。2013年に放送されたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」で、主人公が通う高校のモデルとなった。
    https://www2.iwate-ed.jp/tan-h/

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