125年間この地に伝わる「南部もぐり」を教える唯一の高校【前編】

教育

岩手県立種市高等学校 普通科・海洋開発科〈インタビュー〉

125年間この地に伝わる「南部もぐり」を教える唯一の高校【前編】

岩手県北部の洋野町(ひろのちょう)で、明治時代に生まれた「南部もぐり」。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で、主人公の恋人が南部もぐり(ダイバー)を目指していたのを覚えている人も多いのではないでしょうか。ドラマの撮影にも協力した岩手県立種市(たねいち)高等学校は、最新の潜水法に加えて、今でも南部もぐりの技術を教える唯一の学校です。海洋開発科の大向光(おおむかい・あきら)先生に、南部もぐりの特徴や実習の様子をうかがいました。

文:三上美絵

今から125年前の1898(明治31)年、種市の沖で貨客船が座礁した。翌年、船を引き上げるために、千葉からやって来たのが「房州もぐり」と呼ばれる潜水作業員たち。組頭の三村小太郎(みむら・こたろう)に補助係として雇われた地元の若者・磯崎定吉(いそざき・さだきち)は、体調を崩した三村の代役として、初めて潜水作業を体験する。定吉の才能を見抜いた三村は定吉を直弟子に抜擢し、本格的に技術を伝授。独り立ちした定吉は、親類縁者を中心に徒弟制度を組み、「南部もぐり」の基礎を築いた。

1952(昭和27)年には、岩手県立久慈高等学校の種市分校に潜水科が開設され、潜水士の養成を開始。1970(昭和45)年に普通科3学級、別科潜水工業科(現在の海洋開発科)1学級の種市高等学校として独立した。



南部もぐりの装備は、120年以上ほとんど変わっていないという南部もぐりの装備は、120年以上ほとんど変わっていないという


種市高等学校海洋開発科のトレードマークは、南部もぐりのヘルメット種市高等学校海洋開発科のトレードマークは、南部もぐりのヘルメット




潜水技法と土木の施工技術の両方を学ぶ

――「南部もぐり」とは、どういうものですか。


伝統的な南部もぐりの技術は、「送気式潜水」の一種である「ヘルメット潜水」で、ダイバーのヘルメットに水上からホースで空気を送りながら水中作業を行う方法です。


今日の実習は南部もぐりですが、当校では最新のマスク式潜水機器「カービーモーガン」を使った潜水技術や、ダイバーがボンベを背負ってもぐる「スキューバ潜水」なども教えています。それぞれにメリット・デメリットがあり、水中で行う作業の種類や場所の条件によって使い分けられているからです。現在では南部もぐりのニーズは少なくなっていますね。


南部もぐりの銅製ヘルメット1つの重さが約20kgに及ぶ南部もぐりの銅製ヘルメット。製造する会社はすでになく、職人もほとんどいない。先輩から後輩へ、既存のヘルメットを大切に受け継いでいる


屋内プールでの実習の様子屋内プールでの実習の様子。送気ホースからドライスーツの上半身とヘルメット内に常時、空気が送り込まれる


――海洋開発科の卒業生はどんな仕事に就いていますか。


全国の海洋土木の会社で、潜水士として活躍しています。埋め立て、浚渫(しゅんせつ)、護岸(ごがん)、橋梁基礎工事、海底トンネル工事などの調査、計画、設計、施工、維持管理など、水中作業が必要となる場面は多くあります。


どこの会社に入っても、たいてい種市高校の先輩がいて、後輩の面倒を見てくれるので、こちらも安心して送り出せますね。大きな現場になると、隣の工区にクラスメートがいる、ということも少なくありません。


海洋土木の実務では、ただもぐるだけでなく、陸上の工事と同様の作業を水中で行うスキルが求められるので、本校では玉掛け(クレーンのフックに荷を掛けたり外したりする作業)やケーソン基礎(函体を地盤に設置して基礎や構造物を建てる工法)のならしを想定した作業の実習なども行っています。潜水技術と施工技術の両方を学べる学校は、全国的にもほとんどありません。


岩手県立種市高等学校。普通科と海洋開発科がある岩手県立種市高等学校。普通科と海洋開発科がある




装備は全身で65kg。ヘルメット内の空気量は自分で調節する

南部もぐりの実習を見学させてもらった。屋内プールのプールサイドで、潜水機器の装着が始まる。生徒は3人1組になり、ダイバー1人に対し、2人が両脇からテキパキと介添えをしていく。まず、Tシャツと作業ズボンの上に、防水素材でできたドライスーツを着る。服の中に空気をためられるようになっているので、サイズはかなり大きめだ。底が鉄でできた潜水靴は、両足で重さが15kg程度もあり、1人では履けない。

ヘルメットは銅製で、「シコロ」と呼ぶ胸当てと、ガラスの窓が付いたカップで構成されている。これも合わせて20kgの重さ。シコロを着け、カップを被ってシコロと接続する。これで、ドライスーツとヘルメットが密閉状態になった。カップには送気ホースがつながっていて、常時、空気が送り込まれる仕組みだ。腰ベルトを着け、送気ホースを固定。シコロの前後に30kg程度の重りを付けて、ようやく装着が完了する。

銅製のヘルメットや宇宙服のようなドライスーツを作ることのできる職人は、もうほとんどいないという。種市高等学校では、先輩から代々受け継がれた潜水具を補修しながら大切に使っている。


潜水靴は片足で7.5kg。靴の上から縄で縛る潜水靴は片足で7.5kg。靴の上から縄で縛る


ドライスーツの胸部分をヘルメットのシコロで挟んでネジ止めし、密着させるドライスーツの胸部分をヘルメットのシコロで挟んでネジ止めし、密着させる。さらにヘルメットのカップをはめれば、水はまったく入ってこない


装着が完了したことを確認し合う。事故を防ぐための大切な合図だ装着が完了したことを確認し合う。事故を防ぐための大切な合図だ


――全身で65kgもの重さというのは、すごいですね。


海底で土木作業をするには、立った姿勢を保つ必要があるからです。ヘルメットのカップには弁が付いていて、ダイバーが頭を傾けて内側のコックを押すことで、空気が抜けるようになっています。コンプレッサーからの空気が送気ホースを通して常に入ってくるので、体が浮いてしまわないように、ドライスーツ内の空気量を自分で調節するのです。潜水法の中でも、ヘルメット潜水が一番難しいといわれるのは、このためです。


シコロの前に15kg、後ろにも15kgの重りを付けるシコロの前に15kg、後ろにも15kgの重りを付ける


――南部もぐりのニーズは減っているとのことですが、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。


スキューバ潜水はボンベの圧縮空気を吸うときに呼吸抵抗がかかり、呼吸をするだけで体力を消耗します。これに対し南部もぐりはヘルメット潜水なので、水中でもダイバーは呼吸が楽なんです。ヘルメットの中に空気が満たされていて、陸上と同じ状況ですから。ドライスーツの浮力を利用して、水中で重いものを押して動かしたりする作業も、南部もぐりは得意ですね。


ただ、潜水機器が重く、1人では装着ができないし、ダイバーのほかに送気ホースを操作する「テンダー」という役割の人員も必要になる。テンダーも誰でもいいわけではなく、技術が要ります。新しい潜水法に比べると作業効率は高くありません。


しかも、この方法では水深40mまでしかもぐれないのです。5~6年前までは深さの制限がなかったんですが、今は法律が変わり、それ以上もぐる時は、空気ではなくヘリウムと酸素のミックスガスを使うことになりました。


送気ホースを持つテンダーは、ダイバーが水中にいる間は決して持ち場を離れない送気ホースを持つテンダーは、ダイバーが水中にいる間は決して持ち場を離れない




水中カメラやマイクを使って、水上から作業を指示

装備を終えたダイバーたちは、プールのはしごを伝って静かに水中へ入っていく。水深1.5mから10mまで、階段状に深くなるプールをゆっくり進み、熟練度に応じた深さで練習をする。装備を手伝っていた生徒たちは、テンダーとしてコンプレッサーからの送気ホースを手に持ち、ダイバーの様子をじっと見守っている。


送気ホースから常時送り込まれる空気で、ドライスーツの上半身が膨れる送気ホースから常時送り込まれる空気で、ドライスーツの上半身が膨れる。空気量は、ダイバーが頭を傾けてヘルメット内部のコックを押して調節する


――今やっているのは、どんな練習ですか。


まだ慣れていない生徒は、潜水機器の扱いを覚えるために、沈んだり上がったりを繰り返す基本練習をしています。水深10mになると、2~3mとは別の世界になりますから、1つのミスもないように、比較的浅いところで基本をしっかり覚えてもらう。


(モニター画面を示しながら)この子は今、沈みすぎず浮きすぎず、ちょうどいい位置を保ちながら、谷を越える想定で動いています。午前中は、底に角石を並べる想定の実習も行いました。港湾工事などでは、防波堤を構築するためにケーソン(函体)を沈めますが、海底が凸凹だとケーソンが斜めになってしまうので、基礎の下面を平らにならす必要があります。とんでもない面積に、とんでもない時間をかけて、ダイバーたちが手作業で石を並べるのです。


海底に石を並べ、基礎の下面をならす練習海底に石を並べ、基礎の下面をならす練習。橋脚やケーソンの海洋工事で必要とされる作業だ


――水中カメラのほか、音声でも水中とつながっているんですね。


そうです。ダイバーが装着したマイクとスピーカーを通じて、会話ができるようになっています。実際の仕事でも、カメラで水中の様子を見ながら、水上から作業の指示を伝えます。


人間は呼吸ができなくなれば5分で命を落としますから、スピーカーから流れてくるダイバーの呼吸音も重要な情報です。少しでも異常があれば、すぐに対応できるよう、水上でも集中力が欠かせません。


――送気ホースを持つのも、重要な役割なんですね。


そのとおりです。ダイバーの命綱ですから、仲間がもぐっている間は、テンダーは決して送気ホースを手から離しません。たとえトイレに行きたくなっても、交代の人が来るまでは持ち場を離れない。そういうことを学ぶのも大切です。


モニター画面で水中カメラの映像を見ながら、マイクでダイバーに指示モニター画面で水中カメラの映像を見ながら、マイクでダイバーに指示。ダイバーの声も水上に聞こえるようになっている


※記事の情報は2023年8月8日時点のものです。


〈後編〉へ続く

  • プロフィール画像 岩手県立種市高等学校 普通科・海洋開発科〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    岩手県立種市(たねいち)高等学校 普通科・海洋開発科
    潜水と土木の施工技術を教える全国で唯一の高等学校。海洋開発科にて、「南部もぐり」の潜水士を育成している。2013年に放送されたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」で、主人公が通う高校のモデルとなった。
    https://www2.iwate-ed.jp/tan-h/

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