"進化"とは進むだけではない/世界最大のトカゲがすむコモド群島(インドネシア)

APR 12, 2022

旅行&音楽ライター:前原利行 "進化"とは進むだけではない/世界最大のトカゲがすむコモド群島(インドネシア)

APR 12, 2022

旅行&音楽ライター:前原利行 "進化"とは進むだけではない/世界最大のトカゲがすむコモド群島(インドネシア) "創造力"とは、自分自身のルーティーンから抜け出すことから生まれる。コンフォートゾーンを出て、不自由だらけの場所に行くことで自らの環境を強制的に変えられるのが旅行の醍醐味です。異国にいるという緊張の中で受けた新鮮な体験は、きっとあなたに大きな刺激を与え、自分の中で眠っていた何かが引き出されていくのが感じられるでしょう。この連載では、そんな創造力を刺激するための"ここではないどこか"への旅を紹介していきます。

※本文の内容や画像は1999〜2017年の紀行をもとにしたものです。

赤道上の東西約5,000km、南北約1,800kmにわたる海域に約1万8,000もの島々が浮かぶ国、インドネシア。その端を北海道の北端に置くと、もう片方の端はベトナムのホーチミンあたりに届く。地域の多くは熱帯雨林気候だが、そのほかにも雨季と乾季が交互にある熱帯モンスーン気候、より雨が少ない熱帯サバナ(サバンナとも)気候の島々もある。そんな熱帯サバナ気候の島々のひとつ、コモド群島には、ここにしか生息しない貴重な生き物がいる。それが「コモドドラゴン」とも呼ばれる、世界最大のトカゲのコモドオオトカゲだ。今回はそのオオトカゲが生息するコモド群島への旅を紹介しよう。




「ウォーレス線」の東にあるコモド群島

「ダーウィンの進化論」は知っていることだろう。ただしその内容を誤解している人も多い。生物は原始的な生き物から進化して現在に至る多種多様な生物相を形成したが、「進化の先であればあるほど高等な生き物になる」と思っている人もいる。それは「人間が進化の頂点である」という"驕(おご)り"からくる思い込みかもしれない。進化は人の考える方向だけでなく、あらゆる方向に進む。動物が海から地上に上がって手足が生えたのも進化だが、クジラのように再び海に戻って手足を捨てたのもまた進化だ。その生物が生きる環境によって、生き延びる確率が高い方へと変わっていくのが"進化"なのだ。そう考えると、新しいものを生み出すだけでなく、自然が行ってきたように必要ないものを捨て去ることも、「創造」や「革新」の一部ではないだろうか。


オーストラリアやニュージーランドがあるオセアニアには、かつて哺乳類との生存競争に負けた有袋類が生息している。彼らが生き延びた理由は、この地域が海によって他の世界から孤立していたからだ。その2つの世界を分ける、生物学的には「ウォーレス線」と呼ばれている海峡が、インドネシアのバリ島とロンボク島の間にある。幅はわずか約25kmだが、水深は約1,300mで、氷河期にもこの間がつながることはなかった。そのためアジアの動物たちが海峡を越えることは、鳥や海洋生物などを除いてほとんどなかった。そのウォーレス線の東に、コモドオオトカゲがすむコモド群島があるのだ。コモドオオトカゲの全長は最大で約3m、体重は70kgほど。世界最長のトカゲはニューギニア島に生息するハナブトオオトカゲだが、こちらは尾の部分が長いので、見た目の大きさならコモドオオトカゲの方が大きく見え、「世界最大」と言ってもいいだろう。


コモド群島上空を通過しラブアンバジョーへコモド群島上空を通過しラブアンバジョーへ


最初に私がコモド群島を訪れたのは、2000年代の初頭だったと思う。アジア通貨危機の後で、インドネシアの物価が非常に安かったのを覚えているからだ。その後、2006年と2015年にもコモド群島を訪れているが、今回の話は一番印象に残った最初の訪問のときのことだ。




コモド群島への起点となる町ラブアンバジョー

バリ島を発った小さな飛行機は1時間半ほどで、小スンダ列島の中心となる島であるフローレス島の西の玄関口にあるラブアンバジョーの町に着いた。人口6,000人に満たないが、コモド群島への観光の拠点となる町で、ホテルやゲストハウスの数もそこそこある。私は港のそばにある丘の中腹のバンガローに荷を下ろした。エアコンやホットシャワーはないが、海を見下ろすベランダが気に入った。


さっそく宿でボートの手配をする。訪れるのはオオトカゲの名前にもなっているコモド島とその隣のリンチャ島で、2島を訪れると1日がかりになるという。料金は今から思えば驚くほど安かったが(現在の4分の1ぐらい)、当時のインドネシアの物価はそんなものだった。


バンガローのベランダからラブアンバジョーの港を見下ろすバンガローのベランダからラブアンバジョーの港を見下ろす


早朝5時、日の出と共に宿のスタッフの青年と港に行き、1隻の小さな漁船に乗り込んだ。船の乗組員は2人。船はすぐに出発したが、自転車よりも遅いぐらいのスピードしか出ず、道理で1日がかりになると納得した。太陽が上り、雲ひとつない青空の下、船は島々の間を進んでいく。珊瑚礁が広がる澄んだ海を見ていると、ここがダイビングにも人気の場所というのもうなずけた。




熱帯サバナ気候の島、コモド島

コモド群島のうち、コモド島、リンチャ島、パダール島の3つの島が「コモド国立公園」として保護され、1991年にはユネスコの世界遺産にも登録されている。ただし、現在はパダール島ではコモドオオトカゲはすでに絶滅しているという。代わりにフローレス島の一部や他の小さな島にも少数が生息しているという報告もある。


このオオトカゲが世界に初めて知られたのは1910年。島に不時着したオランダ人航空機パイロットが目撃してからだという。当時インドネシアはオランダ領だったが、支配者であるオランダ人も奥地の島については詳しくは知らなかったようだ。


恐竜が出てきそうな熱帯サバナ気候の島恐竜が出てきそうな熱帯サバナ気候の島


船は2~3時間かけて45kmほど離れたコモド島に着いた。公園事務所で手続きをし、レンジャーと共に2時間ほど島を歩くコースを選ぶ。コモド島は種子島ほどの面積があるので、2時間で歩けるのは事務所近辺だけだ。すでに太陽は高く、丘を上り下りすると汗が出てきた。島の景色は、木々がまばらな場所も多い熱帯サバナ気候で、私が見慣れている他のインドネシアと景色が大きく違う。その景色は昔映画で観た「ジュラシック・パーク」を思い起こした。かつて大型恐竜はこのような風景の中で暮らしていたのだろうか。


島には野生化した水牛がいた島には野生化した水牛がいた


コモドオオトカゲは、島にすむシカや水牛、ブタ、サルなどの動物を食べて生きている。水牛やブタは人間が持ち込んだものが野生化したものだ。小さなオオトカゲの餌になるのは、ほかの爬虫類や同族の子どもだ。そのためコモドオオトカゲの子どもは、仲間に食べられないように木の上で生活している。


コモドオオトカゲが産卵した跡だというコモドオオトカゲが産卵した跡だという


最初に見つけたコモドオオトカゲは、体長1.5mぐらいの随分と痩せた個体だった。その後も同じぐらいの個体2、3頭に遭遇したが、動きも少なく、思っていたよりも迫力を感じなかった。後から知ったが、日が上ってからまだ2~3時間なので、活発な活動をするほど体温が上昇していなかったのだろう。変温動物であるコモドオオトカゲは、太陽の光を浴びて体温を上げないと体が動かないのだそうだ。




動き回るオオトカゲを目撃。リンチャ島

コモド島を出て、また2時間ぐらいかけて次のリンチャ島へと向かう。こちらは石垣島より少し小さいぐらいの島だが、この島の方がオオトカゲを見つけやすいと聞いていた。島に着いたのは1日の中でも一番暑い時間帯だった。桟橋から公園事務所へと歩いていく途中で、さっそく1頭を目撃。レンジャーステーションの建物の下では、コモドオオトカゲが10頭ほどゴロゴロと昼寝をしており、人慣れしていることに少し拍子抜けした。


レンジャーたちが暮らす家のすぐそばで日光浴するオオトカゲたちレンジャーたちが暮らす家のすぐそばで日光浴するオオトカゲたち


トレッキングコースを歩いている途中で、レンジャーが棒で指した方向に水牛の白骨があった。コモドオオトカゲの餌食になったという。コモドオオトカゲの口の中にはノコギリ状の歯があり、噛まれると出血する。人を襲うことは滅多にないが、それでも噛まれた傷がもとで死んだ島民はいる。10年ほど前までコモドオオトカゲは、口の中の腐敗菌により噛まれた動物が弱って死ぬまで待ち、それを食べていたと考えられていた。しかし最近の「ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト」の記事によれば、近年では歯の間から毒を注入して失血死させ、獲物を倒すという説が有力なようだ(「ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト」2009年5月18日付記事「毒で獲物を仕留めるコモドオオトカゲ」)。どちらにせよその場で捕食できなくても、その鋭い臭覚でコモドオオトカゲは獲物が弱って動けなくなるまで追跡するらしい。


やがて、レンジャーが草むらにコモドオオトカゲを発見した。人間の大人ぐらいの大きさのコモドオオトカゲが、こちらの存在を気にもかけずにのそのそと這っていた。2mぐらいの距離を取って一緒について回り観察する。今まで見てきたコモドオオトカゲはたいていじっとしていたので、動く個体を見るのはなかなか迫力があった。その後も、数頭のコモドオオトカゲを見つけた。昼を過ぎていたので、皆、餌を求めて活発化して動き回っていたのだ。これが全力で突進してきたらやはり怖いだろうと感じつつ、スリルも楽しんだ。


近くで見るとなかなかの大きさだ近くで見るとなかなかの大きさだ


リンチャ島を出たのは午後4時過ぎ。出発したラブアンバジョーの港に着く頃にはもう夕暮れになっていた。長い1日だった。




なぜこの群島だけに生息しているのか

数億年前、地上を支配した爬虫類だが、大型恐竜は生存競争に負けて滅んでしまった。ただし、爬虫類から進化した鳥類は種としては大成功した。それまで昆虫ぐらいしか活動していなかった空中をほぼ独占することができたからだ。水辺に暮らすことで体重を動かすエネルギーを節約できたワニ、四肢を退化させて移動能力を上げたヘビには大型のものもいるが、たいていの爬虫類は小型化していった。そんな中で、コモドオオトカゲが種として存続したのは、この群島から外の世界に出ないという"ガラパゴス化"を選んだからだろう。彼らは環境に順応し、この地で生き残ったが、逆に大型化したことでこの地から拡散することもできなくなった。


人に見られることがうっとうしくなったのか、やがてオオトカゲは去っていった人に見られることがうっとうしくなったのか、やがてオオトカゲは去っていった


その後、私は2回この地を訪れた。観光客は数倍に増え、ラブアンバジョーの郊外には次々と高級リゾートホテルが建ち、コモドオオトカゲを見に行くのにも旅行会社のツアーで行けるようになった。しかしコモドオオトカゲの数は年々減少しているという。密猟や観光化の影響もあるが、餌となるシカや野生のブタが乱獲されているということが大きいらしい。


現在まで、種として生きながらえたコモドオオトカゲにも絶滅の危機が迫っている。人間が環境を変えていくスピードは、自然の創造のスピードを上回っているのだろう。この自然の創造物を失うも失わないのも、今では人間の意思にかかっているのだ。

  • プロフィール画像 旅行&音楽ライター:前原利行

    【PROFILE】

    前原利行(まえはら・としゆき)
    ライター&編集者。音楽業界、旅行会社を経て独立。フリーランスで海外旅行ライターの仕事のほか、映画や音楽、アート、歴史など海外カルチャー全般に関心を持ち執筆活動。訪問した国はアジア、ヨーロッパ、アフリカなど80カ国以上。仕事のかたわらバンド活動(ベースとキーボード)も活発に続け、数多くの音楽CDを制作、発表した。2023年2月20日逝去。享年61歳。

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