島根から山口へ、山陰のドボ旅

【連載】ドボたんが行く!

三上美絵

島根から山口へ、山陰のドボ旅

土木大好きライター三上美絵が、毎回さまざまな土木構造物を愛で、紹介していくドボク探検倶楽部、略して「ドボたん」。身近にあるどんなことにも遊びを見出してしまう好奇心こそ、本当のクリエイティビティ。ドボたん三上は山陰地方への"ドボ旅"で何を見つけたのでしょうか!

飛行機の小窓から富士山を見下ろす

2025年1月、山陰地方へ出張しました。とても寒い朝、羽田空港から萩・石見空港へ。シートベルト着用サインが消えた頃だったでしょうか、「ただいま富士山が見えています」という機長のアナウンスがありました。自宅のベランダからも富士山が見えて毎日のように見ているのに、それでも「富士山」と聞くと「どこ、どこっ?!」と探してしまうのは、私だけではないでしょう。どうして日本人は、こんなにも富士山が好きなのでしょうね。


機内モードにしてしまい込んだスマートフォンを慌てて取り出し、写真を3枚撮りました。これでよし。さて、肉眼でもしっかり見ておくか、と飛行機の小窓に顔を押し付けるようにして覗きましたが、すぐに富士山は雲に隠れてしまいました。残念だけれど、写真が撮れたからいいか、と思って席に座り直すと、客室乗務員さんに声を掛けられました。


「富士山、ご覧になれましたか?」。


私が必死に窓にへばりついていたので、心配してくれたのでしょう。「ええ、まあ」と答えたら、少し後に戻ってきて「あの、よかったらこちらをどうぞ」と絵ハガキを手渡してくれました。見れば、真っ青な空を背景に、雪をかぶった純白の富士山と、銀色に輝く飛行機の翼。私が撮った写真とほぼ同じ構図ですが、プロによる写真はさすがに神々しいほど美しい。


「どんだけ富士山好きやねん」と思われたかなと、子どもじみた自らの行為を少し恥ずかしく思いながらも、客室乗務員さんの心遣いが嬉しく、ありがたくいただくことにしました。


羽田-萩・石見の飛行ルートは富士山の近くを通り抜ける。上空から見る富士山は、スカートのように広がる裾野が美しい羽田-萩・石見の飛行ルートは富士山の近くを通り抜ける。上空から見る富士山は、スカートのように広がる裾野が美しい




進化を続ける道の駅第一号「道の駅阿武町」

萩・石見空港からはレンタカーの助手席に乗せていただき、日本海沿いを走る国道191号を通ってJR山陰本線の阿川駅を目指します。ワタクシゴトながら、父が島根県と山口県の県境に近い小さな町の出身で、私自身は2、3度しか訪れたことがないものの、何となくこの辺りの風景には懐かしさを覚えます。


さて、途中で昼食をとるため立ち寄ったのが、「道の駅阿武町(あぶちょう)」です。ここは、1993(平成5)年に、第一号として登録された103カ所の「道の駅」のひとつである「道の駅発祥の地」。


当初から新鮮な海産物や特産品を販売する直売所や温泉、温水プールなどがあり、人気施設になっていました。さらに2022年3月には、道の駅に隣接する遊休地に、阿武町の地域創生事業「まちの縁側プロジェクト」として、拠点となるビジターセンターと「ABUキャンプフィールド」がグランドオープン。阿武町役場のウェブサイトによれば、初年度の年間来場者の目標である1万人を8カ月半で達成したそうです。


「発祥の地」というブランドだけに安住せず、新たな付加価値を創造してよりプレミアムな道の駅へ。地方創生に懸ける自治体の本気を感じます。


「道の駅阿武町」は奈古湾に面しており、海が目の前に見えます。冬の日本海といえば、「荒波ザッバーン!」というイメージがありますが、ここは内湾なので波は穏やか。のどかな海の景色が広がっていました。湾に夕日が沈む美しい夕景も有名です。


「道の駅阿武町」から見た奈古湾。冬でも波は穏やかだ「道の駅阿武町」から見た奈古湾。冬でも波は穏やかだ


ビジターセンターにはカフェや広々としたデッキがあり、奈古湾の風景をゆっくり味わうことができるビジターセンターにはカフェや広々としたデッキがあり、奈古湾の風景をゆっくり味わうことができる




まるで「カフェのある公園」、生まれ変わった無人駅・阿川

国道191号は、萩・石見空港のある島根県益田市から阿川駅のある山口県下関市まで、ほとんどの区間がJR山陰本線と並行しています。空港から昼食休憩を入れて約2時間半、ようやく阿川駅に到着しました。


阿川駅は2020年に老朽化した駅待合室を新設し、敷地内にカフェ「Agawa(アガワ)」をオープンしました。クラフトビールや地元の食材を使った軽食などが楽しめるカフェで、待合室とともにガラス張りのおしゃれな空間が話題を呼びました。ホームが目の前にあるので、飲食を楽しみながら1両編成のかわいらしい山陰本線の電車がやってくるのを見ることができます。


「Agawa」には地元はもちろん、遠方からも観光客が訪れ、大賑わいだったそうです。ただ、2023年夏の大雨の影響で、長門市駅から小串駅間は現在も一部区間が不通になっており、阿川駅にも電車の姿はありません。カフェも取材時には休業していましたが、山陰本線が復旧すれば再開の予定とか。


全国の地方鉄道は大半が赤字と聞きますが、民間と協力して魅力的な施設を付け加えることで、あらゆる人に開かれた「駅」という場の持つポテンシャルを最大限に生かすことができそうです。阿川駅はその好事例だと思いました。


(左)「JR AGAWA」のサインもかっこいい (右)ホームの向こうには旅情をかき立てる田園風景が広がっている(左)「JR AGAWA」のサインもかっこいい (右)ホームの向こうには旅情をかき立てる田園風景が広がっている


右が駅の待合室、左がカフェ。待合室前のイチョウの大木は、旧駅舎時代からあったもの右が駅の待合室、左がカフェ。待合室前のイチョウの大木は、旧駅舎時代からあったもの




ウエハースみたいな"ラチス"がドボかわいい「徳佐川橋梁」

阿川駅から萩市まで戻り、同行者と別れて翌日は一人、JR山口線の「ラチス橋」を見に行くことにしました。「ラチス」とは、ガーデニングでツタ状の植物を這わせるなどして飾る柵「ラティス」と同じで、「格子」という意味です。橋の荷重を支える水平な桁(けた)部分が格子状になっていることから、こう呼ばれます。


山口線徳佐(とくさ)駅の近くに架かる鉄道橋「徳佐川橋梁」は、日本に3橋しか残っていないラチス橋のうちの貴重なひとつ。残り2橋はJR山陰本線に架かる竹野川橋梁と田君(たきみ)川橋梁で、いずれも兵庫県にあります。


ラチス橋の格子は、細い山形鋼(断面がL字形になった鋼材)を組み上げ、リベットで交点を留めたもの。第一次世界大戦の影響で欧米から大型鋼板が輸入できなくなった大正期に、厚く大きい鉄板を桁とする「鈑桁(ばんげた)橋」の代用品としてつくられたもので、わずかな期間にしか製造されなかったのです。


徳佐は中国山地に囲まれた盆地の中の小さな町。東萩駅前からバスに乗り、1時間少々で着くことができました。徳佐駅入口のバス停から沖田川に沿って7〜8分歩くと、山口線が川を跨ぐところに、徳佐川橋梁が見えました。長さ16mほどしかない小さな橋です。うっすら雪化粧の山を背景に、赤い格子がとてもフォトジェニック! ラチスの部分は、お菓子のウエハースのようにも見えました。


全国に3橋しか残っていないラチス橋のひとつ、徳佐川橋梁。細い格子がウエハースのよう全国に3つしか残っていないラチス橋のひとつ、徳佐川橋梁。細い格子がウエハースのよう


徳佐駅から乗った山口線の1両編成ワンマン電車徳佐駅から乗った山口線の1両編成ワンマン電車




有機的なフォルムがユニークな「ゴム堰」に遭遇

徳佐駅から山口線に乗り、萩・石見空港へのリムジンバスが出ている益田駅に戻ります。車窓から見える景色は、トンネル・トンネル・盆地・トンネル...。中国山地をくり抜いたトンネルが続き、その合間にチラッと集落が見えます。「やまかげ」と書いて山陰(さんいん)と読む、まさに日本の風景の原点ともいえる美を感じました。


山襞(やまひだ)に沿うような小さな盆地に集落が見え隠れする。車窓からは山陰らしい風景が味わえた山襞(やまひだ)に沿うような小さな盆地に集落が見え隠れする。車窓からは山陰らしい風景が味わえた


益田駅に着くと、空港行きリムジンバスの発車時刻まで3時間近くありました。そこで、市内にある「雪舟庭園」を見に行くことに。益田は雪舟禅師の終焉の地でもあり、医光(いこう)寺と萬福寺の2カ所で山水庭園を築いています。


医光寺は拝観がお休みだったので門だけを拝み、10分ほど歩いたところにある萬福寺へ。到着したときには雪の降る曇天でしたが、案内された本堂の濡れ縁に座り、雪舟作の山水庭園と向き合っている間にサーッと雲が晴れ、ほんの一瞬だけ奇跡のように陽光が差し込みました。短時間の劇的な風景の変化に、私は一人、呆然と庭を眺め続けました。


帰り際、受付の年配の女性から「お庭はいかがでしたか?」と尋ねられ、そのことを話すと、「お庭との出合いも一期一会でございますからね」と微笑まれました。不思議なことに、その方の面影が、亡くなった父方の祖母と重なりました。


萬福寺の山水庭園。光と風と庭が一体となって感じられた萬福寺の山水庭園。光と風と庭が一体となって感じられた


山襞(やまひだ)に沿うような小さな盆地に集落が見え隠れする。車窓からは山陰らしい風景が味わえた鎌倉時代の建築様式を伝える萬福寺の本堂は国の重要文化財に指定されている


一期一会という言葉をかみ締めながら門を出ると、すぐに益田川が見えました。川面を覗くと堰があります。ふと、堰の端部がムニュッとした妙な形をしていることに気づきました。コンクリート構造物とは思えない、有機的なカタチです。なんだかドボかわいい。


この写真をSNSに上げたところ、土木技術者の方がコメントで「#ゴム引布製起伏堰(ゴムびきぬのせいきふくぜき)」とハッシュタグを付けて教えてくれました。ゴム引布とは、ゴムを貼り合わせたシートのこと。起伏堰は、ゲートを起こして水をせき止めるタイプの堰のこと。洪水などのときにはゲートを倒して放流します。


ゴム引布製起伏堰では、ゴム引布のチューブがゲートの役割を果たします。チューブ内に水を入れればゲートが起きた状態になり、水を抜けば倒した状態になるわけですね。「コンクリート構造物とは思えない」のは当たり前、コンクリートではなく布製の堰だったのです。


庭との出合いも一期一会なら、ドボクとの出合いも一期一会。そしてもちろん、人との出会いも。1泊ながら、たくさんの素敵な経験をしたドボ旅となりました。


チューブの端を絞ったような形状がユニークなゴム引布製起伏堰。手前には、堰を越えられない魚が行き来できるようにするための「階段式魚道」も見えるチューブの端を絞ったような形状がユニークなゴム引布製起伏堰。手前には、堰を越えられない魚が行き来できるようにするための「階段式魚道」も見える


(参考サイト〉
阿武町役場
『道の駅』の経緯
JR西日本ニュースリリース


※記事の情報は2025年4月22日時点のものです。

  • プロフィール画像 三上美絵

    【PROFILE】

    三上美絵(みかみ・みえ)

    土木ライター
    大成建設で社内報を担当した後、フリーライターとして独立。現在は、雑誌や企業などの広報誌、ウェブサイトに執筆。古くて小さくてかわいらしい土木構造物が好き。
    著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員。
    建設業しんこう-Web 連載「かわいい土木」はこちら https://www.shinko-web.jp

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