【連載】流転のパラダイス人生
2019.08.27
パラダイス山元
盆栽ハラスメント
あるときはマンボミュージシャン、あるときはカーデザイナー、そしてあるときは餃子レストランのオーナーシェフ、またあるときはマン盆栽家元、さらにグリーンランド国際サンタクロース協会の公認サンタクロース、入浴剤ソムリエ、飛行機のプロ搭乗客?......。あらゆるジャンルを跨ぎながら、人生を遊び尽くす「現代の粋人」パラダイス山元さんに「遊びの発想の素」を教えてもらいましょう!
ボンサイ大好き外国人
日本へ観光に来る外国人が急増していますね。
海外から初めて日本を目指す観光客へ日本でしてみたいことをアンケート調査したところ、1位は富士山に登る、2位は秋葉原へ行く。3位がふたつあって、新宿歌舞伎町のロボットレストランへ行くと、盆栽ガーデンに行くという結果だったそうです。まぁ、例えるなら日本人が初めてイタリアに行く時、ピサの斜塔とローマのコロシアム見て、本場のスパケッティナポリタンを食べたいみたいなことなんでしょうが、盆栽が日本独特、固有のものとして世界中に認知されていることは疑いようがないです。
しかし、実のところ、日本人で盆栽を育てている人はごく少数です。
周りの友人を見渡しても、盆栽育てている人っておりますか?
立派な盆栽を、入学式の舞台や、総理官邸の記者会見の背後で見たことはあっても、実際に育てたこともなければ、触ったことすらないという日本人がほとんどではないでしょうか。古くから学校では華道部、茶道部、弓道部、柔道部、剣道部など日本の伝統を伝える部活動は存在していても、小・中・高・大学と、盆栽を教えている正規のカリキュラムは皆無ですし、部活でも盆栽部なんて聞いたこともありません。
日本=盆栽と、同列に映る外国人の期待とは裏腹に、日本の空港に降り立った盆栽目当ての外国人観光客は狼狽えます。無料の観光案内パンフレットの巻末に、ロボットレストランの割引券は印刷されていても、盆栽に関わる情報は皆無です。もしかしたらそこらじゅうの家々の庭に、盆栽がごろごろしているんだろうと想像している人は、さらに嘆きます。
自国語で吹き替えされた日本の代表的なアニメ作品、サザエさん、ドラえもん、ちびまる子ちゃんで観た、日本の家には庭か、庭がない家でも玄関入って、すぐ横の靴箱の上には必ず盆栽が飾ってあるという常識的な風景は幻だったと落胆することになります。
日本人より外国の方が、ボンサイ好きかもしれません。
盆栽チルドレン
小さい頃、昆虫採集に勤しんだことはあっても、植物にはまったくと言っていいくらい興味がなく、近所の公園の中にあったバラ園のバラの花をむしり取ってこっ酷く怒られたりして、さらに植物への憎悪が深まってしまった私が、大学を卒業して自動車会社のカーデザイナーとして入社した直後、ふとあるきっかけで「苔」に目覚めてしまいました。(詳細は『マン盆栽の超情景』誠文堂新光社刊 参照)
苔を愛することから盆栽へと目覚めてしまうのに、それほど時間はかかりませんでした。
無機質なカーデザイナーという職種だけでは得られない、試行錯誤しながら植物を育てる面白さにハマってしまってからというもの、デパートの催事場や美術館、町の公民館の会議室みたいなところで開かれていた盆栽展などにも足を運ぶようになりました。わざわざ地方の盆栽園まで出かけて行って、感銘を受ける盆栽作品に出会ったりと、知識、体験としての収穫は多かったです。
子どもができて、一緒に盆栽を見に連れて行ったりしていた時、ある盆栽園の方からこんな話を聞きました。
要約すると、絶大な人気を誇っていたアイドルグループのあるメンバーのおとうさんがたいそう盆栽好きで、そのメンバーが小さい頃、休日のほとんどを父との盆栽屋巡りに付き合わされ、やがて盆栽が嫌いになってしまったという。
実際、うちの子どもも幼稚園くらいまでは、盆栽園に連れて行くと、園内を探検したり、お茶菓子でもてなされたり、とても楽しんでいたように見受けられましたが、自我が目覚め始めると「きょう、いつもの盆栽屋さんに行く?」と聞いても「行かなーい」と、つれない返事をするようになって、もうそれ以降、庭で手伝ってくれていた盆栽いじりもピタッとしなくなってしまいました。アイドルグループのメンバーのおとうさんのような、それほど過剰な刷り込みもしていなかったのですが、成長過程で離れて行ってしまうものは盆栽に限らずたくさんありますから、それはしょうがないことです。
〝日本の伝統美〟などと言われている割に、国を挙げて盆栽の普及、啓蒙に取り組んでこなかった盆栽も今さらな感じがしますが、盆栽界自体に複雑な事情があって・・・という見方をする人もおります。
そんな私も、ある時を境に、盆栽の展覧会に行ったりするのをヤメてしまいました。
リアル神成さんのお宅訪問
何気なく近所で開かれていた盆栽展に行った際、入り口で芳名帳に連絡先を書きました。前の人が、そうしていたので、まぁ、それは書くものだと。会場は、出品者一人に畳半分ほどの1区画が割り当てられていて、それぞれ自慢の盆栽を飾っていました。出品者以外で見に来ている人はまばらで、そのほとんどはお年を召した方たちばかりでした。そんなところに、20代後半の若造が紛れ込むと、格好のターゲットになります。
「どんな木を育てているの?」
「何鉢くらい育てているの?」
「いつから盆栽が好きなの?」
「なんかわからないことがあったら、いつでも聞きにおいでよ」
「今度うちに遊びにいらっしゃい」
同じような質問を、何人からも受けました。
盆栽展が終了してすぐに、そこで出会った盆栽を出品していた方から、自宅に電話がかかってきました。
「今度の週末、うちにおいでなさい」と。
芳名帳に、電話番号は書いていなかったのですが・・・。
断る理由もなかったので、いそいそと出かけて行ったら、ドラえもんの中にたびたび登場する、のび太とジャイアンとスネ夫が空き地で野球をしていて、決まってのび太が打ったボールが、ガラス窓や盆栽を直撃して壊されてしまう神成さん(かみなりさん)のようなお庭のある一戸建てでした。
庭の盆栽を見せてもらう前に、賞状がたくさん飾られている応接室兼書斎のようなヒンヤリする薄暗いお部屋で、ケーキと紅茶をご馳走になりました。バイオグラフィーを語られ始めて小一時間が経過したところで、ようやく庭に出て、ひとつひとつ丁寧に盆栽の解説が始まりました。
「こんな手のひらにのるような大きさでも樹齢は約80年。私以前に、何人もの手がかかっているんだよ」
「こうして太い針金で幹を固定して、枝は細い銅線で巻いていって、樹形を整えていくんだよ」
初心者の私に、知らないことを一度に、一気に教えて下さることのありがたさに感動しました。
「これは、貴重な品種で、盆栽愛好家の間では垂涎の的なんだよ。これあなたにあげるから、がんばって育ててみてよ」
「いやいや、そんな貴重な盆栽を、初心者の私が滅相もない。遠慮しておきます!」
「なにを言う、私があなたにタダであげると言っているんだ、黙って貰っていきなさいっ!」
「い、いや、お気持ちはありがたいのですが、万が一枯してしまったりしては、目も当てられませんので、お願いです、お気持ちだけで充分ですので、やっぱり遠慮させて頂きます」
「御子息様とか、盆栽にご興味は?」と私が尋ねたところ、
吐き捨てるように、
「盆栽嫌いでね」とひと言。
それ以上は、深く突っ込めませんでしたが、なんとなく理解できました。
なんだかんだと半日、お宅にお邪魔して、奥様から夕飯もご一緒にどうですかとのお誘いも、丁寧にご辞退申し上げました。帰り際に、初心者向けの古い盆栽の育て方の本や、盆栽専門の月刊誌など、何冊も頂いてしまいました。
そして、次の週も、また次の週も、お誘いの電話がかかってきました。
盆栽展でご挨拶した他の方からも、同じようなお誘いの電話が頻繁にかかってくるようになりました。
前触れなく家に訪ねてくる方までいらっしゃいました。
「◯◯さん(神成さん)の家よりも、うちの方が数倍サツキの鉢があるから見においでよ」
「今度の展覧会は来ないと絶対に損するからね。初日には苗木のプレゼントがあるから、朝一番においでよ」
なんでこんなに自分のような者が、気に入られてしまっているんだろう???
結局、お誘いを受けた方の家には、すべて出向きました。
最初のうちは、盆栽自慢のイイおじさんという認識でしたのに、会うたびに、偏屈な悪口おじさんだったり、私を愚痴の聞かせ役と思ってしまって話がとまらなくなったり、変貌ぶりに徐々についていけなくなってしまいました。
それが一人ではなく、ほとんどみなさんが同じように、妬みや、
「あの人の盆栽なんて一円の価値もねぇーよ」などと罵ったり。
盆栽展ではお互いヘラヘラ、ニコニコしていても、蔭では散々罵倒するという特殊な人間関係に慄いてしまいました。
私が、盆栽が嫌いになってしまうのに半年とかかりませんでした。
「盆栽の上に人形を置く不届き者が現れた」
「盆栽の価値を著しく下げる若造がいる」
「あんなにいろいろ教えてやったのに」
他にも、盆栽から距離を置くようになった理由は『マン盆栽の超情景』に記してあります。
マンボ+盆栽=マン盆栽
NHKの教養番組や、「タモリ倶楽部」で、マン盆栽の特集が組まれるたび、誰にも迷惑をかけるようなこともなんにもしていなくて、ただ、盆栽の上にフィギュアを置いただけなのに、嘆かわしいと言われる始末。
ただ「パンドラの箱が開いてしまった。マン盆栽の出現は、望む望まざるに関わらず、盆栽界にBC/ACが刻まれたことに他ならない」などと持ち上げて下さった紫綬褒章を受章された文学者の先生もおりました。
私の存在を疎ましく思っている古くからの盆栽愛好家の方々のご批判が、実は私の肥やしになっています。
1987年にマン盆栽を創案したので、今年で32年目ということになります。
昨今のミニチュアブームの元になったことなど、平成生まれの若い世代にはほとんど知られておりません。
遊んでいるようで、実は真面目に育てて、フィギュアをのせているのです。
※記事の情報は2019年8月27日時点のものです。
-
【PROFILE】
パラダイス山元 (ぱらだいす・やまもと)
マンボミュージシャンの傍ら、東京・荻窪で、招待制高級紳士餃子レストラン「蔓餃苑」を営む。1962年北海道札幌市生まれ。他に「マン盆栽」の家元、グリーンランド国際サンタクロース協会の公認サンタクロース、入浴剤ソムリエとして「蔓潤湯」開発監修者、ミリオンマイラー「プロ搭乗客」と、活動は混迷を極める。趣味は献血。愛車はメルセデスベンツ ウニモグ U1450。著書に「餃子の創り方」「GYOZA」「うまい餃子」「パラダイス山元の飛行機の乗り方」「なぜデキる男とモテる女は飛行機に乗るのか?」「マン盆栽の超情景」などがある。
RANKINGよく読まれている記事
- 2
- 筋トレの効果を得るために筋肉痛は必須ではない|筋肉談議【後編】 ビーチバレーボール選手:坂口由里香
- 3
- 村雨辰剛|日本の本来の暮らしや文化を守りたい 村雨辰剛さん 庭師・タレント〈インタビュー〉
- 4
- インプットにおすすめ「二股カラーペン」 菅 未里
- 5
- 熊谷真実|浜松に移住して始まった、私の第三幕 熊谷真実さん 歌手・女優 〈インタビュー〉
NEW ARTICLESこのカテゴリの最新記事
- 神田澪|140字ちょうど。X(Twitter)に綴られる、切ない恋の物語 神田澪さん 作家・作詞家〈インタビュー〉
- スペイン、韓国、チベットの文学――読書の秋、多様な世界の物語を味わう 翻訳家:金原瑞人
- 主人公の名前がタイトルの海外の名作――恋愛小説からファンタジーまで 翻訳家:金原瑞人