【連載】マインドを整える「コーチング」
2019.08.20
石見幸三
組織作りの原点はコーチングにあり
企業の人材育成において注目を集める「コーチング」。現代人のマインドを整えるためのコーチングとは何か。コーチングができる人、できない人。コーチングが効く人、効かない人。現場のエピソードを盛り込んでコーチングの最前線を紹介します。
危機に瀕した介護施設経営
私はコーチとしてコーチングも行っていますが、今現在の事業としては企業の「組織作り」をサポートする「チームビルディング・コンサルタント」をメインにやっています。チームビルディングそのものについては、いずれ詳しくご紹介できればと思っていますが、今回はそのチームビルディングを始めることになったエピソードになります。
こちらの記事で、私がコーチングを始めたキッカケを書いているのですが、その会社を退職する頃の話です。懇意にしていた知人から、とある介護施設を買収したので、介護施設の経営に参加してくれないかと誘われたんですね。私はいずれ経営の一切を任せてもらえるなら、という条件でその話を受け、事務局長というポジションで介護施設の経営に参加することになりました。24時間、365日運営の認知症専門のグループホームです。
ところが参加して数か月後に、この施設がとんでもないトラブルに巻き込まれます。というのは、施設を買収した際の登記申請に不備があったということで、元の持ち主から、新オーナー(私を誘った知人)が訴えられたんですね。詳細は省きますがとてもとても煩雑なやり取りがあり、施設の経営権を争う裁判にまで発展しました。
経営権争いの裁判のため、施設自体はずっと動いているのに、経営者がいないという異例の事態に陥ったわけです。その間、弁護士が管財人としてかりそめの経営者になりました。そしてその弁護士から、私が業務を行う執行者として任命されたんですね。だから私が実質的に業務のトップになりました。
買収云々は私が参加する前の出来事なので、一連の流れにただただびっくりだったのですが、好むと好まざるとにかかわらず、私もその渦中に放り込まれてしまったんです。経営者が不在ということで現場もパニックです。働いているスタッフや入所しているお客さん(被介護者とその家族)にも不信と不安しかありません。もともと決して好調ではなかった経営は一気に傾き、いつ潰れてもおかしくない、危機的状況に陥りました。
追いつかないコーチング
本当にこれは自分が体感した話ですが、経営が危ない時って、仕事がデキる人、能力が高い人からどんどん辞めていくんです。まぁ当然ですよね...。呆然としつつも雑誌や本に書いてあることがホンマに起きるんやな、みたいなことを思いました(笑)。
辞めずに残っている人はここを辞めたら他に行くところがない、と思い込んでいる消極的な人が多く、仕事のパフォーマンスはどうしても落ちるんです。経営は悪化していくし、優秀な人材は外部に流出していく。
どこから手を打てばいいのかわかりませんでしたが、ひとまず足りなくなった人を補充するためにリクルーティングをするかたわら、自分にできることをしようと、現場のリーダーとコーチングセッションを始めました。コーチングで少しずつでも業務体制を改善していければいいと思ったんです。ただこの目算は甘かった。個別のコーチングをコツコツ続けるのでは、会社が傾くスピードに追いつかないんです。ぜんぜん良くならないし、状況は悪くなる一方でした。
困り果てた時に漠然と思ったのは、個人ではなく組織全体を早急に向上させる、改善させることが必要ということでした。個人個人へのコーチングが有効な場合もありますが、短期間で経営を改善させるという課題においては、スピード面で劣ります。「個」ではなく、チームとか組織といった「面」を一気に引き上げるようなイメージ。それが今「組織作り」とか「チームビルディング」と呼んでいるものです。
ただそうはいっても、当時はどうすればいいのか、全く見当もつきませんでした。どこかで誰かが「組織作りハウツー」みたいなものを確立していないかと、セミナーや研修などに行ってみたりしましたが、求めていた答えはどこにもありませんでした。
行きついたのは楽しさの追求
わからない、できないことでは埒もあかない。それで私が最終的に出した答えは、改めて現場に戻って目の前の人たちに向き合うこと、「働いている人に楽しさを提供する」ということでした。
経営がそんな状態なので、現場で働くスタッフたちも常に経営サイドに不信感を持ちながら仕事をしていました。施設は24時間365日稼働していて、お客さん(被介護者とその家族)も不安を感じています。その中で、自分が提供できることは何だろうと考えると、スタッフが「こういう施設だったらいいな」とか、「こういう働き方をしてみたい」と思うことを自由にやらせてあげることだと気づきました。
介護職につく人は、介護の仕事が好きでやっている方がほとんどなんですね。体力的にもきつい仕事なので、好きじゃないと続かない。だからそういう人たちが少しでも、やりたいことができる、ここなら自分がやってみたい介護が実現できる、と思える職場環境をつくる、私にはそれしかできないと思ったんです。
徹底的に向き合ってもらう
かといって、それぞれが好きなことをバラバラにやっていたら、ある人にとっての楽しさが、他の人の楽しさを打ち消すこともあるかもしれない。それではみんなが楽しいと思えない。だから次に考えたのは、「みんなの楽しさ」に繋がる、楽しさのカタチを決めなくてはならない、と思いました。
そこで、みんながやりたいと思えるような「介護理念」を作ろうと話しました。それはスタッフだけで決めることが重要だったので、施設長はじめ、現場をまとめるフロアリーダーを集めて月に2~3回の頻度で話し合いの場を設定し、私はコーチとして参加しました。コーチなので「こうしたらいいんじゃないか」というような、内容について具体的なアドバイスは一切しません。会議は困難の連続でした。10人いれば10通りのやりたいこと、理想があります。だから議論はいつもぶつかり合い、空中分解しかけることもしばしば。
3ヵ月くらいすると、みんな議論に疲弊してしまい少し投げやり気味に「これでいいんじゃない...?」というような内容で固まりつつあったんですが、「そんなものは求めていない」とその場で突き返しました。
なんとなく良さそうに見える、それっぽい理念、というごまかしでは絶対ダメだと思ったんです。厳しかったと思いますが、徹底的に自分と、自分の仕事に向き合ってほしかった。どう働きたいのか、自分たちはお客さんに何を提供したいのか、自分たちはなぜこの仕事を選んだのか。
そんなこんなで介護理念の策定を始めて半年ほどたった頃、ついにみんなが納得のいく「介護理念」ができたんです。その後、私が言ったのはひとつ「自由にやって」ということでした。「介護理念」に沿って動くなら何をしてもいい、私の許可をとる必要はないから、各リーダーの責任において速やかに、自由にやってもらうことにしました。
しばらくすると、働いているスタッフたちの表情がみるみるうちに明るくなっていきましたね。こんなイベントをやってみたいとか、音楽療法を試験的に導入してみたいとか、どんどん活発に意見がでてくるんです。施設の雰囲気も少しずつ良くなって、入所しているお客さんにも波及していきました。そしていつの間にか不安感や不信感といった、施設に蔓延していたネガティブな空気は消えていました。
実際私がしたことといえば、スタッフのやりたいことをサポートする、背中を押すだけでした。スタッフが自らの考えで動くようになり、そのおかげで経営が安定して回るようになったんです。
会社は経営者のものでもありますが、社員一人ひとりのものでもあるんです。自分の会社、自分の仕事。やらされるのではなく、やりたいという意識の芽生え。私が業務執行の責任者として入ってから1年がたつ頃には、危機的状況を脱することができ、2年もすぎる頃には増収増益に成功し、給与といったカタチでみんなに還元することができました。
チームビルディングの誕生
私自身でいえば、厳しい状況の中でなんとかできると信じられたのは、コーチングというスキルがあったからだと思っています。現場スタッフとの対話、理念を作るときのコミュニケーションに、「相手がすでに持っているはずである答えや力を引き出す」コーチングのスキルはすごく生かされました。それがなければ、あの困難を乗り越えるのは難しかったでしょう。
そして、この成功体験からコーチングも1対1だけではなく、複数人に対するコーチング(グループセッション)や研修も積極的に行うようになり、さらに「組織作り」にも目を向けるようになりました。これからの時代、中小企業が生き抜いていくためには、組織としての強さ、力が必要とされるのではないかと思ったんです。それが今の「チームビルディング」をメインにした事業の立ち上げに繋がっていきます。時はまさにリーマンショックが吹き荒れる前夜...(笑)。このエピソードについても、いずれお話ししたいと思います。
※記事の情報は2019年8月20日時点のものです。
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【PROFILE】
石見幸三(いわみ・こうぞう)
株式会社コーチングファームジャパン 代表取締役
http://saikyou-team.com/
<専門分野>
ビジネスコーチング、経営者・エグゼクティブコーチング
チームビルディング、チームコーチング(ファシリテーション)
事業仲介(ファシリテーション)リーダーシップ
<資格>
ギャラップ社認定ストレングスコーチ
ハーマン・インターナショナル認定ハーマンモデル・ファシリテーター
米国NLP(TM)協会認定NLPマスタープラクティショナー
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