コーチングでサポートする事業承継

【連載】マインドを整える「コーチング」

石見幸三

コーチングでサポートする事業承継

企業の人材育成において注目を集める「コーチング」。現代人のマインドを整えるためのコーチングとは何か。コーチングができる人、できない人。コーチングが効く人、効かない人。現場のエピソードを盛り込んでコーチングの最前線を紹介します。

社会的な問題として表面化する事業承継

いま中小企業を顧客に持つコーチやコンサルタントの間で注目されているのが事業承継の問題です。家族経営が多い中小企業では、団塊世代の引退に際して子の世代にどうやって事業を承継するか、そもそも事業自体を続けていくかどうかなど、ここから数十年単位の事業計画やビジョンを考える大きな転換期がきています。

こうした背景から企業の廃業も増加しています。政府は廃業を増やさないための施策の一つとして、平成30年から事業承継に関する優遇税制をスタートしました。事業承継は今まさに社会的な問題として表面化しつつあって、これから少なくとも5年ぐらいは続くムーブメントだと思っています。



寝耳に水の引退宣言

私も昨年の2月ごろ、ある地方都市で小売店を営む会社から事業承継について依頼を受けました。家族経営の会社で、市内に2店舗を展開する中小企業です。もともとはその企業を担当している顧問税理士から話があり、人間関係で少し問題があるそうだから相談にのってあげてくれないか、と言われたのが発端です。

紹介され、はじめて経営陣が集まる話し合いの場に呼ばれていきました。経営陣といっても家族経営ですので、その場にいるのは社長である母親と、長女とその夫、長男とその妻の5人です。初対面でしたので、会社経営とか人間関係について何かふんわりと相談されるのかと思っていたら、いきなり社長から「そろそろ引退したいから、次の社長を誰にするか決めたい」と言われました。

実はそのことは誰にも知らされていなくて、寝耳に水、まさに青天の霹靂といった感じで、社長である母親の言葉で家族全員が凍り付いたのが印象的でした。そこから月に2回ぐらいのペースで、社長、長女、長男と家族一人ひとりの個別面談から、長女とその夫、長男とその妻といったように、2人ペアでの面談を行い、コーチングをすることでそれぞれの思い、抱えている問題を探っていきました。



家族経営ならではの複雑さ

社長としては、昔から長男である息子に後を継がせたいと考えており、その思いで仕事においては長男のほうを優遇してきた事実がありました。ただ実際の現場を見ると、長女の娘のほうが経営者としての能力が高いことが明らかであったりと、それぞれの思いと現実が噛み合わず、亀裂が生じることがありました。

また家族であるがゆえに、言わなくてもわかるだろうといった空気が、必要なコミュニケーションを覆い隠していました。逆に距離が近すぎて本音で話すのが怖いといった心理も働いていたりと、事業の承継という移行期間でみれば一年ほどであったとしても、家族として過ごした数十年の時間が常にそこに侵食していました。

さらに財産相続などの話も出てきますので、問題は複雑です。感情のもつれもあります。コーチとしては、慎重さが求められる場面が多く、誰も不幸にならないよう気を配りながら、うまく話し合いの場を作る難しさもありました。そして約一年の間、関係者全員に丁寧にコーチングをすることでそれぞれが納得のいくかたちとなり、最終的にその会社では、長女の娘さんが後を継ぐことになりました。

承継後の事業は順調で、月間の売上でいえば前年同月比130%を常に記録している状況です。新しい社長とは現在も経営者コーチングを通してつき合いを続けています。事業承継はビジネスをどう継続させるか、という点が重要なポイントですので、コーチングの技術のほかに経営のことがわかるコンサルタントの視点も必要です。



コーチングの技術で突破口を開く

実はこの話、最初の段階でいったん立ち消えになったという経緯があります。というのも身内で経営する会社の問題を、外部の人間に相談するなんてありえないという考えがあったんですね。引退した前社長からすれば、身内の恥を外にさらすような感覚です。ですので、これまでの経営と同じように、家族だけで解決しようと試みたけれど、結局はどうにもならなくて、改めて私に相談が来たという流れでした。

でもこの会社だけがそうなのではなく、見えないだけで、身内のことを外に出したくないという感覚を持った家族経営の中小企業はとても多いと思っています。それがより事業承継を難しくさせ、廃業という結果に至らしめている可能性があります。

コーチングというのは、具体的に何かを教えるということではなく、質問を投げかけることでその人の中にある答えを引き出す、気づいてもらうといった、会話をすることで相手をより良い方向へ導いていく技術です。その技術を使ってコミュニケーションを促すことで、事業承継といった複雑な問題でも突破口を開き、取り組みやすくします。

コーチングはこうしたビジネスの現場はもちろん、あらゆる問題の突破口を開くための有効な技術だと思っています。



多様化時代のコーチング

多くは語らなくても、みんながひとつの目標を追いかけられる時代は終わり、多様化時代はさまざまな価値観や考えがあることを前提に、より多くのコミュニケーションが求められると思っています。そういった場面ではコーチングの技術が大いに役立ちます。私がやっているのは主に企業を相手にしたビジネスコーチングですが、他にもさまざまなジャンルでコーチングが行われています。

人生をどう生きるかといった人生設計、キャリアコーチングもあれば、恋愛や家庭などパーソナルな問題をコーチングする、パーソナルコーチングもあります。何かに行き詰った時には、気軽にコーチングの世界をのぞいてみていただければと思います。


※記事の情報は2020年2月18日時点のものです。

  • プロフィール画像 石見幸三

    【PROFILE】

    石見幸三(いわみ・こうぞう)

    株式会社コーチングファームジャパン 代表取締役
    http://saikyou-team.com/

    <専門分野>
    ビジネスコーチング、経営者・エグゼクティブコーチング
    チームビルディング、チームコーチング(ファシリテーション)
    事業仲介(ファシリテーション)リーダーシップ

    <資格>
    ギャラップ社認定ストレングスコーチ
    ハーマン・インターナショナル認定ハーマンモデル・ファシリテーター
    米国NLP(TM)協会認定NLPマスタープラクティショナー

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