【連載】マインドを整える「コーチング」

石見幸三

思考の整理を助けるコーチング

企業の人材育成において注目を集める「コーチング」。現代人のマインドを整えるためのコーチングとは何か。コーチングができる人、できない人。コーチングが効く人、効かない人。現場のエピソードを盛り込んでコーチングの最前線を紹介します。

ひとつの失敗も許されない、自転車操業の会社を立て直す

私が独立して少したち、法人のクライアントや経営者個人にコーチングをしながら「組織作り」や「チームビルディング」についてノウハウも確立しはじめていたころの話です。前回に引き続き、自分が経験したコーチング、組織作りの現場エピソードを書いてみます。

お客さまは水質浄化プラントを提供する、とある技術系の会社(以下、A社とします)でした。ダムや工場、埋立地などで排水や汚水を浄化する資材の研究開発、販売などを手掛けています。社員数は当時で20名に満たないくらいの規模でした。

とある勉強会の場で知り合ったA社の社長から依頼があり、経営者コーチングをはじめました。端的にいうと会社の経営悪化で非常に苦しい状況だったので、どうにかして立て直したいという相談でした。そもそもの経営悪化の発端は2009年のリーマンショックでした。リーマンショックはなんとか切り抜けたものの、経営がギリギリ自転車操業の状態。聞くと当時の年間の売上げが5億円弱ぐらいだったのですが、営業利益が1%前後の500万~1000万円程度しかありませんでした。

ひとつのプラントでも数千万規模になる事業なので、もし一回でもこけたら一気に赤字転落です。ひとつの失敗も許されない状況でした。そこから会社を立て直すには、どうすればいいのか、何から着手していけばいいのか。私はコーチングと経営コンサルタント、両方を行う立場として参加することになりました。



経営者の決断をサポートするコーチング

幸いにして、といったら語弊があるかもしれませんが、A社の社長ご自身に、今後こんなことをしたい、という明確なビジョンがありました。また研究開発を通してオリジナルの製品を開発し、ゆくゆくはユニークな環境エンジニアリングメーカーとして世界で勝負したいという高い志もありました。ビジョンがどこかぼんやりしている経営者も多い中、その部分をコーチングする時間は省けました。

目標へ到達するまでの道筋をクリアにして、行動の取捨選択、思考の整理からはじめます。 話を聞いていく中で、社長の頭には新規事業の立ち上げ、水処理プラント開発以外の事業を立ち上げなくてはいけないという思いがあることがわかりました。事業がひとつしかない場合、経営が苦しくなった時にジリ貧になるからです。

社長が新たにやりたいと思っていたのは太陽光、ソーラー発電事業です。ただその時の経営状況から、もしソーラー事業がうまくいかなかったら、すべての事業が沈んでしまうという大きなリスクがあり、踏み切るかどうか悩まれていました。

もうひとつの悩みもありました。それは会社の基幹事業である水処理プラントを自分以外の誰かに任せても大丈夫なのか、ということです。ソーラー事業が軌道にのるまでは、今までどおり水処理プラントで利益を回さなくてはならない。それを部下に任せられるのか。コーチングセッションを何度も重ねた末、最終的に決断され、自分はソーラー事業を担当し、部下の一人に水処理プラント事業の全権を託しました。結果はうまくいき、A社の基軸となる事業をひとつ増やせたのです。

例えばこのように誰かに仕事を任せる局面でのコーチングでは、「部下の〇〇さんならできそうだから、任せてみてはどうですか」というアドバイスはしません。あくまでも、クライアント自身から答えを引き出すのがコーチの仕事です。「事業を成功させるにはどんな人材がいいと思いますか?」「どんな人に引き継いでほしいと思っていますか?」と、質問をすることで社長自身の考えや、意思を明確にしていきます。

ソーラー事業も軌道にのったところで部下に任せ、自分はまた新しい事業であるバイオガス事業(家畜の飼料や糞尿などを利用した発電事業)へと乗り出し、経営もうまく回っていくようになりました。

行きついたのは楽しさの追求



失敗からの学びを大切にする

やがてA社では役員や管理職のコーチングも行うようになりました。そうすると、それぞれの部署の雰囲気や、能力の高い人、人望が厚い人、また問題点などの情報がどんどん私に集まりはじめます。そうした流れで、A社の人事パートナー的な存在としてのサポートも行うようになっていきました。2019年現在ではバイオガス事業も軌道にのりそうな見通しで、経営危機だった時期からの約8年(昨年度決算)で、売上げは約20億円(4倍)、営業利益は10%(10倍)と大きな成長をとげました。でも、社員数は大きくは変わっておらず、20~30名程度の規模のまま。少数精鋭で世界にチャレンジする、それもA社のこだわりです。

とはいえ8年間なんの問題もなかったか、といえばそんなことはなく、問題は大小たくさんありました。一番大きな問題だったのは、4人の中堅スタッフが半年の期間で一気に辞めていったことです。

技術畑の社長は技術開発の面でとても優秀な方なので、業務そのものでグイグイ経営を引っ張ろうとするのですが、人間関係や社員へのケアをおざなりにしすぎた部分がありました。結果、社員の不満や人間関係の歪みが修復できないほど大きな問題になってしまったんです。小さな技術系の会社で、中堅スタッフが一気に4人も辞めてしまうのは、かなり大きな痛手です。

でも失敗から学ぶことができます。そのことがあってからは、技術だけではなく社員同士の対話を重視していく経営方針を打ち立てました。会社が今後どういう事業をやろうとしているのかを全員でシェアし、3年ごとのビジョンをつくります。2017年には3年後の2020年、会社としてどんな事業をやっていたいか、個人としてどんなことをしていたいか、社員全員が集まる機会をつくり、意見を出し合ってビジョンを明確にします。そうすることでひとり一人の意識が変わり、仕事に対する誇りや目標が持てるんですね。



ビジネスの現場で求められるコーチング

短いようで長い8年の間、思い切った施策や事業の方向転換をはかる時に、コーチングで思考を整理しなかったら、いつまでたっても決断できなかったと思う、と社長がおっしゃっていました。忙しい業務の中で、間違いのない決断をしなくてはいけない、常にそんなプレッシャーがある経営者をコーチングでサポートするのは、ビジネスコーチの役割のひとつです。

また経営に深く関わっていくと、コーチングと経営コンサルタント両方の役割を果たすこともあります。私は「適所適材」と呼んでいますが、今回でいうと、社長の経営戦略に合わせた人員配置を行う、いわば人事パートナーを担う部分もそのひとつです。組織への関わり方で、その貢献の仕方やかたちを柔軟に変えていくのも、ビジネスの現場で求められるコーチングだと思っています。


※記事の情報は2019年11月12日時点のものです。

  • プロフィール画像 石見幸三

    【PROFILE】

    石見幸三(いわみ・こうぞう)

    株式会社コーチングファームジャパン 代表取締役
    http://saikyou-team.com/

    <専門分野>
    ビジネスコーチング、経営者・エグゼクティブコーチング
    チームビルディング、チームコーチング(ファシリテーション)
    事業仲介(ファシリテーション)リーダーシップ

    <資格>
    ギャラップ社認定ストレングスコーチ
    ハーマン・インターナショナル認定ハーマンモデル・ファシリテーター
    米国NLP(TM)協会認定NLPマスタープラクティショナー

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