
仕事
2026.07.14
浅川ふみさん 株式会社ハッシュ代表取締役〈インタビュー〉
洗濯を"面倒くさい"から"楽しい"に。洗濯は"自分をととのえる"素敵な時間
暮らしの未来に、新しい洗濯の価値を提案したい──東京都大田区にある株式会社ハッシュは、オリジナル洗剤の開発、ランドリーサロンの開催などを通して、面倒くさいと思われがちな洗濯を楽しんでもらうための挑戦を続けています。ヒット商品であるシミ抜き剤「スポッとる」は、累計販売個数が90万個を突破。真摯に洗濯と向き合う代表の浅川ふみ(あさかわ・ふみ)さんに、画期的な商品の開発秘話や現在進めている研究、浅川さんが思い描く洗濯の未来についてお聞きしました。
写真:山口 大輝
「失敗」ではなく「うまくいかなかっただけ」
――どういうきっかけで「洗濯」にまつわるハッシュを立ち上げたのでしょうか。
家業が東京・大井町で50年以上続くクリーニング店なんです。幼い頃からお店を手伝っていたので、自然な流れで、高校を卒業してすぐに家業に入りました。
ハッシュの創業は2008年。クリーニング店で使っていたシミ抜き剤を「スポッとる」として販売するための会社として立ち上げたのが始まりです。そこから少しずつ視野と事業を広げ、今は「きれいを、もっと楽しく」を理念に、洗濯にまつわるさまざまな「きれい」を提案しています。
創業当時の家業のクリーニング店「日米クリーニング」。浅川さんの曽祖父で、映画配給の第一人者である佐生正三郎(さしょう・しょうざぶろう)が米国で目を付けたクリーニング業を、祖父にすすめたのが始まり。浅川さんは今でもときどきクリーニング店を手伝っているという(画像提供:ハッシュ)
――クリーニング店が原点なのですね。
私が入った頃は、「石を投げればクリーニング店か美容院に当たる」というくらいクリーニング店が多く、常に競合を意識していました。うちはいわゆる「街のクリーニング屋さん」で、家族経営の小さなお店なので「自分の給料は自分で稼がないといけない」という意識も強かったですね。
そこで、私が入ってすぐに富裕層をターゲットとした集配サービスを始めたんです。それまでは、決まった曜日にお客様のもとに御用聞きにうかがっていたのですが、それでは集荷の数は限られてしまう。なので、電話をもらったら「いつでも行きます!」という集配の仕方に変えたんです。家業に入ったばかりの素人同然の私が、ほかと同じことをやっていても勝てるわけがありませんから。
ヒントとなったのは、当時流行っていたピザ店のデリバリー。お客様が出したい衣類があるときに、すぐに対応できる集配スタイルに変えました。
クリーニング店で働いていた両親の背中を見て育ち、幼い頃からクリーニング後の洋服を畳んだり袋に入れたりする作業や店番を手伝っていたという
「電話1本で!」をキャッチコピーとしたチラシを自分でつくって配布して。家族経営の小さなお店で外注する余裕はなかったので、自分でやるしかなかったんです。当時はちょうどWindows 95が出た頃で、自分で秋葉原にPCを買いに行き、父に紹介してもらった商店街の方にPCの使い方を教えてもらって、チラシをつくりました。
すぐに「チラシを見て」と電話がかかってくるようになり、達成感を感じて、仕事が楽しかったですね。当時は洋服をクリーニングに出すご家庭が多かったので、時代にも支えてもらって、売り上げを伸ばすことができました。
しかし、全てが順調に進んだわけではなく、ある日大きな失敗をしてしまいました。その時の失敗が、のちの「スポッとる」の誕生につながることになったんです。
2008年に発売した、ハッシュの看板商品であるシミ抜き剤「スポッとる」
――「スポッとる」の開発につながった失敗とは、どういうものだったのでしょうか。
ある日、「このシミを落としてください」と言われてお客様の服を預かったのですが、当時の店のやり方ではシミを落とせず、シミが残ったままお返しすることになったんです。お客様からは「シミが落ちなかったら出さなかったのに」と言われてしまいました。
シミ抜きには熟練の技が必要で、店でシミ抜きができたのは父だけだったのですが、シミ抜きはクレームにつながるリスクがあるので、父は難易度の高いシミ抜きはやらない方針だったんです。
でも、お客様とやり取りするのは私であって、できないと言ってそのままお返しするのは嫌だなと思ったんです。それで、こっそり自分でシミ抜きをしたのですが、服の一部を脱色してしまって......。さらなるクレームとなり、父からはひどく怒られました。
――聞いているだけでもヒヤヒヤするお話ですね......。
でも、私はそこで「もうシミ抜きをやめよう」とはならなかったんです。集配を担当し、「お客様の生の声を一番聞いているのは自分」という自負がありましたし、シミ抜きができていない服を戻すのは悔しくてたまりませんでした。
お客様の大切なお洋服をダメにしてしまったことは反省しなければいけませんが、かといって「シミ抜きは二度とやらない」としてしまったら、商売につながりません。「もうやらない」ではなく「"ダメにしないこと"をやらなきゃいけない」と奮起したんです。
――逆境をチャンスとして捉えられたのですね。
とはいえ、父からは私がシミ抜きをすることは禁じられ、教えてもらうどころか外に学びに行くこともできませんでした。そこで頼りにしたのが、ほかの店舗で働いていた祖父でした。
祖父のいる店に集配に行くたびに祖父に教わりながら、毎日2時間近くシミ抜きの研究に費やしました。国家資格のクリーニング師免許を取得し、薬品についてある程度は勉強していましたが、特別に化学の知識があったわけではありません。実務での気づきをひたすら研究に取り入れ、少しずつ慎重に、薬品の調合の改良を重ねました。そして約7年かけて、ようやく「これだ!」というシミ抜き剤をつくることができたんです。
――7年も! 通常の業務をこなしながらの研究は簡単ではなかったと思いますが、諦めようと思ったことはありませんでしたか。
うまくいかなくても、「失敗」ではなく「うまくいかなかっただけ」と考えていたので(笑)、研究を続けることは苦ではありませんでした。競合がひしめく中で、生き残るためには「他社に抜きんでた技術が必要」という思いも原動力となりました。
――のちに「スポッとる」となるシミ抜き剤は、どのようなメカニズムで頑固なシミを落とすことができるのでしょうか。
ポイントは「酵素の力」です。酵素がシミの汚れ分子と結合し、分解後に分離します。汚れ分子をじわじわ細かくしていくメカニズムで、特許も取得しました。「スポッとる」を塗布して24時間放置するという作業を数回繰り返して水ですすげば、古くて頑固なシミも落とすことができます。
酵素に着目したのは、ある日、リンゴを食べていた時のことです。頭に浮かんだのが、胃液でした。胃液は食べたものを消化するのに骨までは溶かさない。「胃液って不思議だな」というところから、消化酵素の存在にたどり着き、酵素の力を使ってシミを抜く発想につながりました。
――リンゴというのが「万有引力の法則」を発見したニュートンのようで、物語性を感じてしまいます!
お客様の"困りごと"を見過ごすと罪悪感
――オリジナルのシミ抜き剤は、当初から販売しようと考えていたのでしょうか。
当初はシミ抜き剤をつくろうとも思っておらず、ただただ「お客様のお洋服のシミを落としたい」という気持ちでした。販売目的ではなく、純粋にお店で使うために開発したんです。
しばらくすると「あの店はシミ抜きがうまい」と評判になり、うれしいことに遠方からもお客様が来てくださるようになりました。売り上げの面でも、例えばジャンパーは通常のクリーニングだと780円のところ、シミ抜きをすると3,000円になるので、客単価と利益率が上がったことで、私のシミ抜きに反対していた父も認めてくれるようになりました。
販売することになったのは、お客様の声がきっかけです。ある日、汚れのついたラグマットをお持ちになったお客様が「さすがにこのシミは落とせないわよね?」とおっしゃるので、「大丈夫ですよ!」とお預かりしてシミ抜きをしたら、「すごい! 新品みたい。どうやって落としたの?」と聞かれたんです。
それで、「お客様はシミ抜きのやり方を知りたいんだ」というニーズに気づき、容器に入れて説明書を付けて販売したら喜ばれるかなと思ったんです。
「きれいにシミが落ちた服を見て、お客様がびっくりされた表情を見るのが一番のご褒美」という
――お客様に何気なく言われたひと言を聞き流さなかったのですね。
クリーニング店をやっているだけでは、対応できるシミ抜きの数に限界がありますが、シミ抜き剤を販売すれば、シミで困っているお客様に届けることができます。海外でも販売できたら、世界中の人がシミに困らなくなると思ったんです(笑)。
それに、お客様の困っていることを聞くと、解決したくなってしまう。それが自分の仕事だと思っていますし、困りごとを見過ごしてしまったら、罪悪感を感じてしまうんですよね。
シミに直接塗布して使う「スポッとる」。食品、化粧品、水性絵具、黄ばみ、血液など、多くのシミに効果を発揮する(画像提供:ハッシュ)
――海外での販売も視野に入れていらっしゃるのですか。
アジアは少しずつ広げているところで、これからチャレンジしたいと思っているのは、ファッションの本場であるパリです。衣類のケアに対してどういう考えを持っているのか、リサーチを進めているところです。
――2023年には、2つ目のオリジナル商品として、洗濯機不要のスプレー洗剤「ルーシーミスト」も発売されました。こちらはどんな洗剤で、どのようなきっかけで開発されたのですか。
「ルーシーミスト」の開発も、クリーニング店でのお客様とのやり取りがきっかけです。バレエの衣装をお預かりしたことがあったのですが、とてもデリケートな素材で、洗濯機を使うと傷めてしまう危険がありました。そこで、洗剤をスプレーして洗い流すことにしたのですが、そこからスプレータイプの洗剤を思いついたんです。
コンパクトで持ち運びに便利な「ルーシーミスト」
コロナ禍でのオンライン会議の画面もヒントになりました。滞在先のホテルから参加している人の背景に、洗濯物が干してあったんです。それで、コンパクトで手軽に使える洗剤があれば、出張時にも役立てていただけるかなと考えました。
「ルーシーミスト」は、シュッと吹きかけて、シャワーの水で約30秒間流し、軽く絞って自然乾燥させるだけ。高い洗浄力、泡切れのよさ、生地に優しいのがポイント。室内干しを想定し、生乾きの臭いを防ぐ天然精油もブレンドしている
――オンライン会議で見つけた小さな違和感を見逃さなかったのですね。
お客様の困りごとを見逃すわけにはいきません(笑)。おかげさまで「ルーシーミスト」は、旅行用洗剤としてもご好評いただいています。出張の多い旦那様のために購入してくださる女性も多いようです。
最初につくった「スポッとる」は、「シミに困ったときに助かりました」というお声がほとんどで、困らないと使ってもらえません。でも、クリーニング店としては「きれいな服を着て、自分が美しくあることがうれしい」と思ってもらえることが、本当の望みなんです。「ルーシーミスト」は出張中でも旅行先でも、いつでもそう思ってもらえるように開発しました。
さらにその先の「きれい」を追求するために、今取り組んでいるのがオリジナルのアイロン台の開発です。
洗濯を楽しむカルチャーをつくりたい
――アイロン台! 洗剤とはまた違った分野に挑戦されているのですね。
はい。ハッシュ初の家電製品です。セルフランドリーのオープンを計画していて、その目玉とする予定です。お客様ご自身でアイロンをかけていただき、クリーニング店のような仕上がりを気軽に体験していただけたらと思っています。
インテリアになじむアイロン台をつくりたくて、化粧品の什器をつくっているメーカーにお願いして、アイロン台を入れるテーブルをつくってもらいました。真ん中が開く仕様になっていて、その中にアイロン台が入っています。
開発中のアイロン台。見た目は大理石調のテーブルで、ぱっと見ではアイロン台とは分からない(左)。真ん中が開く仕様になっており、中に実際のアイロン台(右)が入っている
アイロンって面倒くさいと思っている方が多いと思うのですが、それを覆すのが私の挑戦です。「わあ、すごい!」という感動があれば、アイロンをもっと身近に感じてもらえるのではないかと考え、バキュームの力で衣類を吸い付かせる仕様にするなど、クリーニング店さながらのアイロン体験を楽しんでいただけるようにしたいと思っています。
2026年6月に発売したばかりのアロマプロテクトスプレー「NUNOTECT(ヌノテクト)」。衣類や布製品にスプレーするだけで、香りを楽しみながら消臭・除菌できる。100%ピュアな精油を配合しており、アイロンがけの前に吹きかけると、ほんのり優しく爽やかな香りが持続する
洗濯やアイロンって、美容と同じだと思うんです。美しくなることを楽しんでいただけたら、面倒くさい思いはなくなるのではないかなって。誰しもきれいになることはうれしいと思いますし、洗濯やアイロンがけは、自分を整えるための素敵な時間だと思うんです。
シミ抜きだけでは、洗濯を楽しむカルチャーの醸成にまでたどりつけなかったけれど、シミ抜き、洗い、仕上げ、全てを網羅することで、新しい洗濯カルチャーを広めていきたいと思っています。
2025年には初めての試みとしてブランドブック「暮らしの句読点」を制作。かわいいイラストとともに、暮らしにまつわるエッセイや洗濯の豆知識などを紹介している。「よくある洗濯のハウツー本ではなく、"洗濯は自分をととのえる素敵な時間"だということを伝えたかった」という
――家業がクリーニング店なので、アイロンがけは浅川さんの得意分野ですね。
それが、アイロンがけは得意とはいえなくて......。クリーニング店ではシミ抜きばかりやっていて、仕上げはやってこなかったので。
でも、せっかくオリジナルのアイロン台もつくりますし、自分も最高の技術を身に着けたいと思い、知る人ぞ知る、業界人向けの「アイロン塾」に通っているところです。テーラーの方などと一緒に学んでいるのですが、日本の最高峰の仕上げ技術に触れることができて楽しいです。
アイロンをかける時の浅川さんは、一瞬でプロの表情に
洗濯にまつわる新しい価値を提供することはクリーニング店の使命
――今後の夢はありますか。
ひとつは、石油に頼らない、天然素材のみを使った洗剤の開発です。環境保全に向けた取り組みや資源の有効活用を進めることは、洗剤をつくって売る会社としての責任でもあると思っています。「きれい」を追求しつつ、地球と仲良くできるものづくりを進めていきます。
環境に配慮した洗剤の研究を進めている
具体的には、天然の界面活性剤「サポニン」を含むムクロジという落葉高木の実を使った洗剤の研究・開発を進めていて、千葉県富津市でムクロジの植林も行っています。
ムクロジの苗と実
もうひとつの夢は、リユースサービスの展開です。昨今の世界情勢もあり、高級な天然素材を手に入れるのが難しくなってきています。一方で、ある調査によると、家庭で眠っている高級衣料は終活で処分されてしまうことが多いそうで、もったいないですよね。
クリーニングの技術を活用すれば、ビンテージの高級衣料なども蘇らせることができるので、眠っている高級衣料を買い取って販売するという、衣類を循環させる仕組みをつくれたらと思っています。
――まだまだ挑戦が続きますね。
これからも誰もやらなかったようなことに挑戦していきたいので、2024年12月にオフィスがあるビルの1階に「ハッシュラボ」を開設しました。ハッシュラボは、研究施設であり、コンテンツづくりのための撮影スペースでもあります。研究ができれば、ハッシュをもっといろんな方向に羽ばたかせることができますから。
「ハッシュラボ」では研究を行うほか、毎月、近所の方々などを招いて「ランドリーサロン」を開催。洗濯にまつわる悩みなどを聞いてアドバイスをしたり、アイロンがけを体験してもらったりしている
クリーニング店の使命として、「洗濯にまつわることで、どんな新しい価値を提供できるか」は常に考えています。これからも、暮らしの未来に、新しい洗濯の価値を提案していきます!

※記事の情報は2026年7月14日時点のものです。
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【PROFILE】
浅川ふみ(あさかわ・ふみ)
株式会社ハッシュ代表取締役
東京都大田区生まれ。幼少期から家業のクリーニング店「日米クリーニング」の手伝いを始め、シミ抜き技術を独学で研究。2008年に株式会社ハッシュを設立し、シミ抜き剤「スポッとる」やスプレー洗剤「ルーシーミスト」の製造・販売、植物由来の洗剤の研究開発、ランドリーシーンから提案するプロダクトの企画・開発などを行っている。
株式会社ハッシュ
https://www.hush08.com/
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