北川啓介|建築の真逆の発想で実現したインスタントハウス。「強いものをつくる」からの脱却

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北川啓介さん 名古屋工業大学大学院工学研究科教授〈インタビュー〉

北川啓介|建築の真逆の発想で実現したインスタントハウス。「強いものをつくる」からの脱却

テントシートを空気で膨らませ、内側にウレタン断熱材を吹き付けることで、数時間で立ち上がる簡易住宅「インスタントハウス」。東日本大震災を原点に生まれたこの技術は今、仮設住宅の枠を超え、廃材やフードロスまでを取り入れた次世代の住まいとして広がりを見せようとしています。開発者である名古屋工業大学大学院工学研究科教授の北川啓介(きたがわ・けいすけ)さんに、その思想と未来を聞きました。

写真:大谷 次郎

インスタントハウスとは?

インスタントハウスは、名古屋工業大学の北川啓介教授が2016年10月に開発した簡易住宅。テントシートを空気で膨らませ、その内側にウレタン断熱材を吹き付けて構造体とすることで、数時間で施工できる。高い断熱性を特徴とし、震度6強の地震でも崩壊せず、風速80m/sの暴風、60cm(実証では300cm)の積雪に耐えるなど、耐久性も実現。被災地の仮設住宅だけでなく、グランピング、イベントスペースなどとして活用されるほか、国内外で実装と改良を重ね、用途と可能性を広げ続けている。




人生を変えた被災地の小学生の言葉

──インスタントハウスとは、どのような経緯から開発に至ったのでしょうか。


もともと私は、大学で建築設計を専門に、教育や研究に携わっていました。ニューヨークの設計事務所に勤めていたこともあり、どちらかといえば、美しさや格好よさ、快適さを追求する建築を考えていたんです。その自分にとって大きな転機になったのが、2011年の東日本大震災でした。授業中の大学でも大きな揺れを感じて、ただ事ではないことは直感しました。ただ、その時点では、震災に対してはどこかで「構造や地盤、防災の専門家が考える領域だ」と思っていて、自分事にはなっていなかったんです。


しかし、その数週間後、ある新聞記者の方から、被災地の避難所の住環境を見てほしいと声をかけていただき、1泊2日で石巻と仙台を見て回ることになりました。そこで見た光景が、自分の中の建築観を根底から変えました。


特に忘れられないのが、初日の夜に訪れた石巻中学校の避難所でのことです。校舎と体育館それぞれに数百人の被災者が身を寄せていました。人の密度が高く、空間としての余裕もほとんどない体育館の中で、周囲に遮るものがない場所で若い女の子が着替えていました。トイレで着替えればいい、と思うかもしれません。けれど、避難所のトイレは、衛生面でも心理面でも、安心して使える場所ではないことが多い。行列も長く、臭いもある。行きたくない場所になってしまうことすらあります。


建築は本来、人が一時的にでも身を寄せる場所を守るべきなのに、自分はその場で何もできない。建築の専門家として現地に呼ばれているのに、目の前の状況に対して無力でした。その悔しさは、今でもはっきり覚えています。


さらに、その避難所で、校舎を案内してくれていた小学校中学年くらいの男の子2人に呼び止められました。ゆがんで閉まらない扉の前まで連れて行かれ、グラウンドを指さしながら「なんで仮設住宅ができるまで3カ月も6カ月もかかるの」と聞かれたんです。続けて「大学の先生だったら来週建ててよ」と言われました。その言葉が、もう頭から離れなくなりました。


被災地を訪れた時の思いを語る北川さん。人生を変えた出来事だったという




40項目を書き出した仮設住宅の課題から見えてきた答え

──被災地で受けた衝撃が先生を突き動かしたのですね。インスタントハウスはどのような発想から生まれたのでしょうか。


その日の夜に泊まった小さなペンションの4畳半の部屋で、私はずっと考えていました。来週建てられる家とは何だろう、と。最初に思い浮かぶのはテントです。でも、それでは寒いし、一時しのぎにしかならない。木造も思い浮かびましたが、プレカットしたとしても施工に時間がかかってしまいます。


そこで、なぜ仮設住宅の施工に時間がかかるのかを、思いつく限りノートに書き出しました。「手間がかかる」「人手がいる」「建材の運搬が必要」「コストが高い」......そうして並べていくと、40個の項目が挙がりました。最後には「利益ファースト」とまで書いていました。書き終えた時には、ため息が出ると同時に、なぜこんな仕組みになっているのかという悔しさが込み上げてきました。


名古屋工業大学の正門近くにある自身の研究室もインスタントハウスを使用している


私はその40項目の反対側に何をおくべきかを考えました。「重い」に対しては「軽い」、「コストが高い」に対しては「安い」といった具合に1つずつ対義語を書いていきました。「利益ファースト」に対しては「住まい手ファースト」と書き出しました。どれか1つだけ解決しても意味がないし、来週建てられる家はできません。40項目すべてに通底する考え方が必要だと思ったんです。


北川先生が実際に挙げた40項目。それに対する対義語を列挙した


翌日も被災地を見ながら考え続け、夜、名古屋に戻ってきました。まだ少し肌寒い時期だったので、駅に着いてリュックからダウンジャケットを取り出して羽織りました。その瞬間に「これだ!」とひらめきました。表地と中綿できていて、暖かい。自分の体温を利用するから、大きなエネルギーもいらない。小さくたためて、軽くて、運びやすい。高価すぎるものでもない。自分が探していた40項目すべてに通底する概念は、「空気だ!」と気づいたんです。


──建築に空気が大切とは、普通の建築家なら思いもつかない発想ですね。


帰宅してすぐに妻にもその話をしました。妻も大学で一緒にインスタントハウスを研究していますが、当時はかなり驚かれました。来週建てたいとか、軽くてダウンジャケットみたいな家をつくりたいとか、急に言い出したわけですから(笑)。それからすぐに試作をしていきましたね。


研究所内にかけられたダウンジャケット。ウレタンに爪楊枝を差し、ハンガーでかけられている


──インスタントハウスが発表されたのが2016年ですから、2011年の東日本大震災から5年ほど経っています。それまでに多くの試行錯誤もあったのでしょうか。


2016年までの約5年半で、150回以上の試作を行いましたね。身近にある材料で、安価なもので、すぐに試せるものから始めていきました。最初は、ペンシルバルーン、大道芸などで使う細長い風船ですね。それを編み込むと造形物になるんです。バルーンだけではありません。その後もマットレスのスポンジとか、新聞紙とか、身近にあるあらゆるものを試しました。


途中、かなり無茶な実験もしました。気球のようにした膜を小さくたたんでおいて、手づくりした大きな花火(爆竹)で膜を一気に膨らませ、その内側に紙粘土を固着させれば構造体になるのではないか、と考えたこともあったんです。その実験を夜中の大学で行ったら破裂して、その音が近くの病院にまで聞こえたようで、守衛さんにまで連絡がいってしまった。今振り返ると危ない実験ですが、それくらい手探りで、失敗すると分かっていても実物で実験を重ねていきました。


そうした試行錯誤の末、空気膜を膨らませ、その内側に、断熱材として広く流通しているウレタンを吹き付けて構造体にする方法にたどり着きました。2016年10月、大学でこの実験が成功した時、ようやくインスタントハウスの核となる技術が形になったんです。


2017年の実証実験。30㎡のインスタントハウスを試作した




強いものをつくるのではなく、弱いところをつくらないという発想

──インスタントハウスはかわいらしいフォルムも特徴ですね。なぜ、この形になったのでしょうか。


実はこの形は、私がデザインしたというよりも、合理性の結果だと考えています。例えば、屋根の角度は45度なんですが、必然的にこの角度になりました。


北海道・南富良野での実験では、急すぎると風の影響を受けやすく、緩すぎると雪がたまりやすいことが分かりましたし、この角度には、断熱という室内環境も考慮されています。断熱材は厚くすれば構造性能も環境性能も上がりますが、その分コストも上がってしまいます。一般的には高断熱と呼ばれる住宅には80mm以上の断熱材が使われますが、インスタントハウスで使うのは30mmのウレタンです。それでも断熱効果があるのは、全体が断熱材で包まれていることと、空間の上部にためた空気そのものを断熱層のように使えるからなんです。


──そのほかにも合理性の中で生まれた部分にはどのようなものがありますか。


特に産業革命以降のものづくりは、しばしば「強いものをつくる」という方向に進んでいきます。でも私は、インスタントハウスを考える中で、「弱いところがないものをつくる」という発想に行き着きました。


実は開発の途中では、自分の頭の中に既存の建築の平面形状の感覚がかなり残っていると分かったんです。初期段階では、建築物は四角い底面でなければならないという感覚に引っぱられ、四角い木枠を組み、それに合わせてテントシートを膨らませ、断熱材を吹き付ける形で進めていました。けれど、空気は円形に近い形で膨らんでいきます。それを四角い底面に合わせてテントシートを膨らませると、四角い平面形状から空間形状へ切り替わる境目の強度が弱くなるんです。だから、インスタントハウスの平面は円形を基本としているんです。


インスタントハウスに柱や梁がない点も、弱いところを排除した結果です。一般的な建築では、強い部材同士を接合して全体をつくります。柱と梁は、それぞれに強度はあっても接合部が弱点になりやすいんです。大きな地震ではその部分に力が集中して負荷がかかり壊れやすくなる。だったら、最初から特定の弱点をもたない仕組みにできないかと考えました。局所で力を受けるのでなく、力を全体で受け流すイメージです。


小型空調機を取り付けるだけで、外気より、夏で-20℃、冬で+20℃の室温を実現する


──無駄を削除していかないと、「強いものをつくる」という従来の発想からは離れられませんね。


そうなんです。インスタントハウスを開発するにあたり、「引き算」という考えが大切でした。それと「合わせ技」ですね。通常の建築では当たり前になっている要素をひとつずつ見直し、本当に必要なものだけを残す。そうして合理性を突き詰めると自然に近いというか、無理のない形になっていきました。


一方で「合わせ技」というのは、インスタントハウスをいかに早く建てるかという点で重要になります。従来の建築では地盤をチェックする調査と施工のプロセスを分けて行いますが、その工程を分けずにできるようにしました。例えば、インスタントハウスの固定方法では、空気圧による引き抜き力を計算し、1本あたり約20kgf(キログラムフォース)に耐えるペグを100本打ち込みます。そうすれば2tと同様の基礎として考えられるんです。工程を分けずに行う「合わせ技」ですね。




安く届けるために、長く使うために

──実用化の過程で、耐久性やコスト面ではどんな更新がありましたか。


災害地に届けるとなると、安さはそのまま届く数に直結します。半額にできれば、同じ予算で2倍の人に届けられる。そこで、使う断熱材も見直しました。初期に使っていた30倍発泡のウレタンは性能が高い半面、単価が高くなります。


そこで、木造住宅でも使われるものより安価な100倍発泡ウレタンの断熱材を採り入れる実験を進め、2023年のモロッコ地震の被災地では実際にそれを使いました。100倍発泡の方が膨らみが早く施工に時間がかからない。被災地では、後々問題になるゴミの量も抑えられますし、復旧から復興の段階に移った時、片付けやすいこともまた性能だと考えたんです。


耐用年数についても実際に使っていると見立てが変わってきました。当初は「2年ほど使えれば十分で、その後5年、10年は厳しいかもしれない」と考えていたんです。ところが、モロッコ地震で建てた100倍発泡ウレタンを使ったインスタントハウスは今も現場で使われています。弱いところがないようにつくっていますから、30倍発泡だろうが、100倍発泡だろうが長く使えるのではないか、ということも分かってきました。


実は、今国内で建っている一番古いインスタントハウスが6年半前のものです。群馬県のみなかみ町という豪雪地帯のグランピング施設で使われているものですが、2026年1月の大雪の際もインスタントハウスへの影響はなにもありませんでした。プロとしての感覚的には20年くらいもつのではないかと考えています。


日本クリエイション大賞2024、グッドデザイン・ベスト100など、数々の賞を受賞している




2026年、新しい7つのインスタントハウスが動き出す

──今後の展開として、これから発表されるものについて教えてください。


今、大学から出願準備を進めているものも含めて、世界中の多様なニーズに合わせた新しい7つのインスタントハウスを開発しています。現在のインスタントハウスの派生ではなく、それぞれ構造も方向性も違う、別々のインスタントハウスです。2026年には、その幾つかを順次出していくことになると思います。個人的には、現在のインスタントハウスより、これから出るものの方が大きな話題になる可能性があると思っています。


今のインスタントハウスは、テントシートと吹き付け断熱材を使って、速く、軽く、強く建てる家です。ただ、実際に被災地や海外で使っていく中で、もっと安くできないか、もっと小さく運べないか、もっとその場にあるもので成り立たせられないか、という思いがどんどん強くなってきました。今試作している新しいインスタントハウスは、まさにその先を目指したものです。


──公表できる範囲では、どのようなものがありますか。


1つは、ポテトチップスの袋のようなサイズから立ち上がる家です。袋を開けてボタンを押すと、数分で人が入れる直径3mくらいの大きさの住居空間ができます。子どもでも扱えるようなものを考えています。仕組みの核心はまだ言えませんが、ただ膨らむだけではなく、暑い場所ではほどよく涼しく、寒い場所ではほどよい暖かさを実現できます。アフリカなどの難民キャンプに行くと、前日まで元気だった子どもが翌日には命を落としていることがあります。原因は蚊や感染症です。そうした地域で使ってもらえるようなものにしたいと考えています。


もう1つは、お米やパンなどに含まれるでんぷん質を使うものです。難民キャンプではでんぷん質由来の食材が多く廃棄されます。また、難民キャンプの人々には、洗濯するという概念がなく、衣類がいっぱい届きますので服は数日とか1週間着て捨ててしまう。そこに着想を得ています。


どういうことかというと、廃棄食材のでんぷん質を水で溶けば、でんぷん糊になります。そこに着なくなった服や紙のような身近な素材を組み合わせ、膨らませた膜にでんぷん糊で貼り重ねて乾かす。すると、空気層をもつ構造物ができるので、居住空間がつくれます。


いわば「インスタントエディブル」。食べ物そのものを家にするという意味ではなく、廃棄される食材の性質を、次の住まいの材料へつくり替える試みです。


開発段階にある試作品。でんぷんを粘着剤にし、布や新聞紙を貼り付け空気層をつくる


この発想は、フィリピンで始めようとしている「ホーム・フォー・ホームレス」という活動にもつながっています。難民キャンプの子どもたちが、地域にある捨てられる食材や素材を使って「アイム、ホーム!(ただいま!)」といえる家をつくり、それを生業にしていく。生業を誇りにでき、収益を得られれば、難民からも脱却できて、いい意味で自立できるのではと考えています。


──最後に、北川先生の今後の夢や目標について教えてください。


建築家としたらどれだけかっこいい建築を建てたかも大事かもしれません。でも、これまでにいろんな世界を見ることができて、いろんなことを想像することができるようになったからこそ、今は1人でも多くの人に、1日でも早く家を届けたいという思いしかありません。そのために、あと10年、20年、動けるあいだに困っている場所へ行き、何ができるかを考えたいと思っています。


※記事の情報は2026年6月23日時点のものです。

  • プロフィール画像 北川啓介さん 名古屋工業大学大学院工学研究科教授〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    北川啓介(きたがわ・けいすけ)
    名古屋工業大学大学院工学研究科教授、株式会社LIFULL ArchiTech 代表取締役社長
    1974年愛知県名古屋市北区の和菓子屋生まれ。1999年ニューヨークの建築設計事務所にて建築設計に従事。2001年名古屋工業大学大学院工学研究科社会開発工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。同大学助手、講師、准教授を経て、2018年から現職。約25年にわたる国内外での建築設計や建築教育の経験を経て、知財をもとにした未来志向の建築や都市を考案し、実用化した上での事業化を推進。2017年米国プリンストン大学客員研究員。建築構造物領域のプロフェッショナルであり、インスタントハウス技術の考案者。主な受賞歴に、グッドデザイン・ベスト100、日本クリエイション大賞2024、日本建築学会賞(業績)、科学技術分野の文部科学大臣表彰などがある。

    北川啓介研究室 https://instanthouse.jp/
    X  https://x.com/_instant_house_
    Instagram  https://www.instagram.com/keisukekitagawa326/

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