丹羽悠介|倒産危機でフィットネス実業団を立ち上げ。業界に風穴をあける"マッチョ介護"とは!?

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丹羽悠介さん 株式会社ビジョナリー 代表取締役社長〈インタビュー〉

丹羽悠介|倒産危機でフィットネス実業団を立ち上げ。業界に風穴をあける"マッチョ介護"とは!?

2018年にフィットネス実業団「7SEAS(セブンシーズ)」を立ち上げ、「マッチョ介護」として大きな注目を集める福祉・介護会社「ビジョナリー」。福祉・介護の会社が、なぜ実業団を立ち上げたのでしょうか。はたまた実業団をつくったことで、会社にもたらした変化とは何か。2008年の設立当初は従業員わずか3名だった会社も、今では190名ほどの従業員を抱え、7道県に25の施設を展開するまでに成長。「ビジョナリー」が経験した紆余曲折と、今後の展望を、代表取締役社長の丹羽悠介(にわ・ゆうすけ)さんにうかがいました。

写真:鈴木拓也

ビジョナリーの倒産危機!? 募集をかけても人が集まらない

──ビジョナリーといえば、いまや「マッチョ介護」で一躍話題になっています。丹羽さんがやられている事業が、なぜ「マッチョ介護」と呼ばれるようになったのでしょうか。


マッチョ介護と呼ばれるようになったのは、2018年に会社で立ち上げた「7SEAS(セブンシーズ)」というフィットネス実業団がきっかけです。福祉・介護事業のスタッフとして働いてもらう実業団の選手たちを、SNSを通じて募集をかけると、それが大きな反響を集めたんです。


いつも人材不足で、スタッフの募集をかけてもなかなか集まらないことは、この業界の昔から変わらない問題です。どうにかして、若者に注目されるような業界にすることはできないかと考えて生まれたのが、フィットネス実業団の構想。力や体力が必要である福祉・介護の仕事と、筋骨隆々な介護士という親和性もわかりやすく、マッチョなスタッフが介護をする会社として「マッチョ介護」と呼ばれるようになりました。


現在では、採用難といわれる福祉・介護業界で、年間800を超える応募があり、従業員約190名のうちマッチョ介護士が30名ほど在籍しています。そんなこともあって「マッチョ介護」「日本一マッチョが多い介護の会社」として注目されるようになりました。


丹羽悠介さん


──フィットネス実業団「7SEAS」の構想は昔からあったのでしょうか。


実業団を立ち上げたのが2018年4月だったのですが、実は実業団構想が生まれたのはその半年くらい前。ビジョナリーも、福祉・介護業界が抱える人材不足、採用難が大きな問題となっていました。


それまで、ビジョナリーは、訪問介護*1をメインとして事業を展開していました。2008年にわずか3人という人数で起業してから8年ほどが経って、スタッフも20名くらいに増えていったなかで、訪問介護だけでなく施設介護*2を始めたいと考えていくようになったんです。


*1 訪問介護:要介護者に対して、介護福祉士やホームヘルパーが自宅に赴き、入浴・排泄・食事などの介護、掃除・洗濯・調理などの援助、通院時の外出移動サポートなど、日常生活上のお世話を行うサービス。


*2 施設介護:介護保険施設に入居して受ける介護サービスで、自宅での介護が困難な場合に利用でき、食事や入浴、排泄などの身体介護やリハビリテーション、医療的管理などを受けることができます。


銀行も自分たちが積み重ねてきた結果を信頼してくれ、お金を貸してくれることになったのですが、融資は施設介護の運営資金だけ。施設を新たにつくる資金までは貸してくれるはずがありませんでした。そんな時に知り合いの紹介で、施設を建ててくださるオーナーさんと知り合うことができたり、名古屋を中心にナーシングホームや老人ホームなどを展開する会社の社長さんのお力添えがあったりと、施設介護事業を始められることになりました。


──念願の施設介護ができるようになり、介護事業はそこから波にのっていくのでしょうか。


ここからがむしろ大変でした。新たに施設介護を始めるのはいいのですが、施設のオーナーには毎月100万円以上の家賃を払わなければなりません。それまで20名ほどのスタッフを抱えておりましたが、新たに施設介護を運営していくには最低でも5名のスタッフ増員が必要でした。


その5名がとにかく集まらなかったんです。募集をかけてもかけても、とにかく人が集まらない。集まらないからといって施設を止めるわけにもいかず、家賃も払い続けなければなりません。会社にとってはまさに死活問題。幹部が寝泊まりしながら、とにかく寝る間も惜しんで働いて、なんとか家賃を捻出してくという日々。一刻も早くなんとかしないといけないという状況が続きました。


丹羽悠介さん




「7SEAS」結成。やがて若者にも届いた、福祉・介護への情熱

──その後、どのようにしてフィットネス実業団へとつながっていくのでしょうか。


昔から変わっていないのですが、介護で働く人の多くは、中高年の女性たち。ただ、力が必要な仕事ですし、体力的にも大きな負担があります。若い人たちの人材不足は大きな問題であり、どうしたら人を集めることができ、若者に注目してもらえるかを幹部たちの間で考えました。その過程で出てきた案が、企業スポーツへの取り組み、つまり実業団の結成でした。


わたしたちが、オリンピックなどに出場するアスリートたちを応援したくなるのはなぜかといえば、それはその目標に向かってひたむきに努力する姿に心を動かされるからだと考えたんです。ただ、実業団を始めるにもネックはお金です。サッカーや野球、バレーボールなどの団体競技は、練習場の確保、用具の準備など、とくに資金が必要になります。


そしてたどり着いた答えが、フィットネスでした。偶然にもその1年ほど前から体力の衰えを感じていた自分は、ジムで筋トレを始めていました。コンテストへ出場した経験もあって、そこに出場する選手たちが、どれほど過酷なトレーニングを重ね、ダイエットに励んでいるかも知っていました。そんな己としっかりと向き合うことができる人たちだからこそ、どんな仕事にもひたむきに向き合ってくれるはずですし、体力仕事でもある福祉・介護という仕事との親和性が高いのも間違いありません。何よりフィットネスにかけるその姿、その熱量は、素直にかっこいいと思えるもので、誰もが応援したくなるものだと考えたんです。


一方で、フィットネス選手の問題としては、仕事を続けながらコンテストへ向け過酷なトレーニングに励まなければならないことと、周囲の理解でした。また、せっかく鍛え上げた肉体を披露する場がコンテストしかないことも課題のひとつでした。


そんな彼らの研ぎ澄まされた体を露出する場を、SNSなどを駆使してつくることは選手のモチベーションに直結しますし、その活動が広告塔となって福祉・介護業界への認知度拡大になると思いました。そのかっこよさは必ず若者にも届く、と。だからこそ、実業団としてトレーニングにもしっかり励むことができる環境をつくってあげれば、人が集まってくるのではないかと考えたんです。


施設入居者と雑談する丹羽さんとスタッフ


──トレーニングのしやすい環境を整え、彼らが輝ける場をつくる。それが自然に会社の広告にもなり、注目度も上がるというわけですね。選手を集めるための策は何かありましたか。


実業団に入ってくる選手には、福利厚生として勤務時間の8時間のうち2時間までの筋トレを勤務扱いにしています。また、全国に170店ほど展開する「フィットイージー」というジムの利用料無料化、月2万円までのプロテイン代のほか、コンテスト出場にかかる費用・交通費の支給などもあります。ジムの利用は健康づくりも踏まえ、選手でないスタッフも無料で利用可能で、トレーニングという共通の話題がスタッフ同士の関係性にも好影響をもたらしていますね。


ジムにてトレーニングに励む宮崎康央さんジムにてトレーニングに励む、「7SEAS」の選手でもある宮崎康央さん


──実際に実業団の選手たちは、求人情報などを使って集めたのでしょうか。


単なる求人だけでは集まらないのは知っていましたし、自分たちの発信力だけでは情報が広がりません。そこで、1万人以上フォロワーがいるフィットネス系のインスタグラマーに力を借りました。DMを送り、自分たちの考えや思いに共感してくれたその方は、介護施設のある一宮に転居までしてくれて、現場を見て、介護やフィットネス実業団、その可能性について発信してくれるようになりました。


それまで募集をかけても1名いるかいないかの状況で、SNSを使った初めての募集で30名以上の応募がありました。選手とは関係なしに応募してきた方も含めると40名ほど。その中から5名を採用して、フィットネス実業団「7SEAS」が立ち上がることになりました。


──その後、ビジョナリーとして、「7SEAS」としてどのような活動、取り組みをされているのでしょうか。


実業団は、広告塔ではありますが、話題作りをして終わりではありません。コンテストに出るのは当たり前として、これまで個人競技だったコンテストに、チーム対抗戦という新カテゴリーをつくり、コンテストの運営団体と協力して「VISIONARY CUP」という大会も創設しました。また、日本トップクラスのプロフィジーカーであるエドワード加藤選手をトレーナーとして招聘、今後は障害のある方のボディコンテストの開催も考えています。


選手としても旬を過ぎたら契約解除ではありません。それでは福祉・介護業界の人材不足の解決にはなりませんし、選手として第一線を退いても「ビジョナリー」で仕事を続けているスタッフもいます。実業団第1期生では1人になってしまいましたが、丹羽凌也のように今も選手として頑張ってくれている選手もいます。



APF VISIONARY CUP 2023 | 株式会社ビジョナリー


──選手、スタッフを採用するにあたり大切にしていることや、福祉・介護という大変な仕事を続けることができる人材を見極めるポイントはありますか。


介護の仕事をするにあたって大切に考えているのが、「介護する人ほど遊び人でないとダメ」ということで、「自分の生活が充実していない人が、他人を助けて笑顔にできない」という考えがあります。そういう意味でいうと、己と向き合い、自分を磨き、体づくりに突き進むことができる選手たちは、私生活も充実している人が多いと思っています。


施設入居者とスタッフがマッスルポーズ




日本の未来のためにも福祉・介護業界が抱える問題を解決する

──丹羽さんが考える、日本の福祉・介護業界の問題点とは何でしょうか。


いろんな軸があると思っていますが、まずは人材不足ですね。この福祉・介護業界の問題点を解決していくことがビジョナリーのミッションでもあります。日本の人口が減っていっているなかで、福祉・介護業界にもテクノロジーの力が必要になってきます。時代をつくるのはいつだって若者ですし、テクノロジーを浸透させていくにも若者の力がないといけません。もっともっと時代をより良くしていくために、人材不足を解消するために、若者が憧れる業界にすることは一番大きなミッションです。


次に、介護に対する不安や悩み、介護疲れ、ヤングケアラー*3などの解消です。そうした介護で困っている人たちを少しでも減らしていくことが大切です。利用者だけでなく、将来いつ介護が必要になるか不安な人、今は面倒を見られている障害のある子どもの将来に悩みを抱えている人、いろんな人がいろんな悩みを持っています。


*3 ヤングケアラー:一般に本来大人が担うと想定されている、家族の介護やケア、身の回りの世話を担う18歳未満の子どものこと。


介護の悩みというのは必要のないものです。介護に労力や集中力を費やされるから、本当はもっと勉強をしたいのに勉強ができない子どもがいます。もっと働きたいのに働けない人が多くいます。もしかしたら、ものすごくIQが高くて海外に行けばもっと天才的なことができるかもしれないのに、介護のために日本を出られない人だっているかもしれません。そうだとしたら、それは本当に日本の経済発展のためになっていません。そうした介護の不安や悩みを安心してプロに任せられる仕組みをつくりたいですね。


もうひとつは福祉の制度をしっかりとあるべき姿にしたいと思っています。ここに関しては、もっともっとビジョナリーが影響力のある会社にならないといけません。「この制度のここがおかしいですよね」という声をしっかり届けられるような会社にしていきたい。この3つが福祉・介護業界の問題であり、それをクリアしていくことが会社として掲げているミッション。それがひいては世の中のためになると思っています。


施設入居者と談笑する「7SEAS」第1期生の丹羽凌也さん施設入居者と談笑する「7SEAS」第1期生の丹羽凌也さん




直近の目標は全国展開。「マッチョ介護」で海外進出も見据える

──現在、7道県で25の福祉・介護施設を展開しているかと思います。今後の目標をお聞かせください。


まずはあと2年くらいで日本全国に展開していくことですね。自分もまもなく40歳になり、ビジネスキャリアも折り返しになりますので、そんなにのんびりしていられません。ビジョナリーには若いスタッフもいっぱいいますのでそうした若い力を借りながら、質の高いサービスを提供しつつ、企業として成長できたときに、この業界でどのくらいの影響力を持つことができているか。福祉の制度をしっかりとあるべき姿にするためにも、そこはクリアしておかないといけないところです。


──全国展開の後は、海外進出も視野にいれているのでしょうか。


もちろんです。マッチョ介護でアメリカやドイツなどから取材を受けたことがあるんですが、福祉に関しては世界共通だと感じました。人口が増えている、もしくは減っていない国では、「家族で支えれば大丈夫」という考えから、福祉や介護がビジネスになっていません。逆に人口が減りだした国は、もはや福祉や介護をビジネスにしないとやっていけません。


福祉の考え方はいろいろあると言われるものの、どこの国も、自国がどのフェーズにいるかが違うだけで考え方は一緒だというのが自分のイメージです。アメリカでいえば今まさに人材不足で困っている状況ですよね? けれど、少子高齢化という意味では日本の方が先をいっていますし、アメリカでも日本と同じ問題を抱えているのなら、チャンスも十分あると思っています。構想ですが、今はニューヨークへ初の海外進出を目論んでいます。


いずれにせよ、まずはしっかりと国内で影響力を持つ福祉・介護の会社になること。介護があるからやりたことができないのではなく、自分たちが業界を変えることで、「なりたい自分を諦めなくていい」社会にすること。日本の未来のためにも、そんな業界にしないといけないといけません。


多目的室やギャラリーのある生活介護施設「atto」(左)一宮市にある生活介護施設「atto」 (右)障害のある、なし関係なく、誰でも自由な発信ができるようアトリエなどを設置


※記事の情報は2024年10月15日時点のものです。

  • プロフィール画像 丹羽悠介さん 株式会社ビジョナリー 代表取締役社長〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    丹羽悠介(にわ・ゆうすけ)
    1985年、岐阜県羽島市生まれ。美容師、営業などの仕事を経て、23歳で株式会社ビジョナリーを設立。「筋肉介護士」「マッチョ過ぎる介護福祉士」として、愛知県一宮市を中心に障がい者、高齢者への介護事業を展開。著書に「マッチョ介護が世界を救う! 筋肉で福祉 楽しく明るく未来を創る!」(講談社)。2024年3月には「マッチョ介護」が商標登録を受けた。

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