食
2023.07.25
MINORI 代表 小池勇輝さん, プロデューサー 朝倉一紗さん〈インタビュー〉
宮城・七ヶ浜の海苔を世界へ伝えたい! いとこ同士が二人三脚で挑む、未来につなぐ漁業
高品質でありながらまだ全国的な認知度の低い宮城産の海苔。山形県出身、いとこ同士の若者2人がその魅力を全国に伝えようと立ち上がりました。2020年に設立した「MINORI(魅のり)」は、宮城県七ヶ浜町(しちがはままち)で育てた海苔を「魅力的な海苔」「思いの"実り"」からMINORIと名付け、ブランド化して販売するプロジェクトです。宮城県の花渕小浜漁港を訪ね、漁師の小池勇輝(こいけ・ゆうき)さんと、商品化や販売を担当する朝倉一紗(あさくら・いっさ)さんに、立ち上げの経緯や宮城の海苔への思い、その特徴などについてうかがいました。
就職活動に失敗し、フリーターを経て七ヶ浜の漁師に
MINORI代表の小池勇輝さんは漁師として宮城県七ヶ浜で海苔の養殖・生産を手がけ、プロデューサーの朝倉一紗さんはECサイトの構築、新商品の開発など、商品化から販売までの統括マネジメントを担当する。山形県米沢市で仲の良い、いとこ同士として育った2人。兄貴分で今28歳の小池さんが、先に海苔の世界に飛び込んでいった。
──小池さんは山形県米沢市ご出身。なぜ宮城県の七ヶ浜で海苔の養殖を始めることになったのですか。
小池さん:僕は大学から仙台にいたのですが、就職活動に失敗して、卒業後1年ほどフリーターとして宮城県に留まっていたんです。でもそろそろ働くかという気持ちになり、あまりほかの人にはできないような仕事に就きたいと思って、海の仕事に興味を持ちました。
フリーター時代に期間雇用で5カ月ほどワタリガニ漁の仕事をした時、海の仕事は楽しいな、思ったより儲かるなと思ったんですよね。期間が終わってもこの仕事を続けたいという気持ちがあって。当時の彼女で今の奥さんが七ヶ浜出身だったこともあり、七ヶ浜は海苔の生産が盛んだから、海苔の養殖がいいと思いました。
それで2018年に漁協が開催していた漁業就業支援フェアに行って、「僕を使ってくれないか」と頼んだんです。今の親方に「じゃあ明日から来て」と言われて、そこから海苔漁師になりました。
──隣の県から小池さんが突然やってきて、周りの漁師の皆さんはどんな反応でしたか。
小池さん:担い手不足で跡継ぎがいない漁師も多かったので、喜ばれましたよ。期待されています。一部では「よそ者」「若僧」などと言われることもありましたが。
──2019年には漁業権を取得されました。ほかの地域から来た人が漁業権を取得するのは、珍しいのではないですか。
小池さん:前例はゼロではないですが、少ないです。漁業権がなくて見習いだった時は、給料も安くて苦しかったですよ。海苔の仕事が終わってから宅配便の運転手のアルバイトをして、生活費を稼いでいました。漁業ってここまでしなくちゃいけないのかな、と思っていました。
漁業権は漁協に入って実績を積んだり、出資金を出したりすれば取得できるけど、申請が通るまでは簡単じゃない。僕も3年目でようやく取得できました。
いとこ同士の親戚トークから始まった
──その翌年、2020年にお2人はMINORIを設立されました。朝倉さんは、どういうきっかけでMINORIのプロジェクトに参入したのですか。
朝倉さん:小池くんは小さな頃から兄弟くらい「距離」が近くて、自分にとって兄貴のような存在でした。小池くんが作った海苔を実際に食べてみて「おいしい」と純粋に感じたことが、ひとつのターニングポイントでした。
小池さん:自分で作った海苔を「おいしい」と言ってほしいから、家族や親戚に食べてもらいたくなるわけです。朝倉くんにも食べてもらって、「商品化して販売しようよ」と軽く話したのが始まりでした。
朝倉さん:親戚の集まりの中で、小池くんから「品質にブランド力が伴っていない」と相談を受けたんです。七ヶ浜の海苔は、東日本大震災からの復興を経て生産性や品質は向上したのですが、震災のイメージがまだ残っていることもあり、ブランド力が低い状況でした。
僕は中学時代に病気になってしまい、学校にあまり行っていないんです。机に向かうことができなくなって以降、勉強よりもビジネスに興味を寄せて、ビジネス書を読みあさっていました。小池くんから相談を受けたのが高校1年生の時で、自分だったらこうするとアドバイスしていたんです。そこから話が広がり、自分たちの思いに賛同して協力してくださる方が次々と現れて、気づいたら形になっていました。
──例えばどんな方が協力してくれたのですか。
朝倉さん:漁師の親方さんたちをはじめ、デザイナー、ECサイトやホームページを組み立てる方、プログラマーの方とか。あと、僕が今通っている東北芸術工科大学の企画構想学科の教授にも賛同いただき、後押ししていただきました。
小池さん:ECサイトの制作やパッケージのデザインは、漁師ではできないわけですよ。それを形にしてくれたのが朝倉くんだったり、デザイナーであったり。人のつながりのおかげですね。
──品質が良くても、漁師の手だけでは売るのは難しいのですね。
朝倉さん:漁師が生産に注力して真摯に向き合っているからこそ、販売に目が向かずブランド力を築き上げられない。それがもったいないから、自分が手助けしたいと思いました。海苔は品質や見た目の違いが分かりにくくて、"有明産"とか、産地や名前によるブランド力の影響が強い商品だと感じているので、MINORIもブランド力をもっと上げていきたいと思っています。
──先ほど七ヶ浜での漁業について、「復興を経て、生産率や品質が向上した」というお話がありましたが、震災の前後で、具体的にはどのような変化があったのですか。
小池さん:震災前は個人の漁家経営で、一家単位で漁業を行うことが多かったのですが、震災で家が流されてしまったり、亡くなられた方も多かったので、国の政策として協業化が図られたんです。複数の漁師たちが網や施設を共同で使うようになり、設備が一本化されたことで、作業が効率化されました。
漁家のリーダーが集まることで「個人でやっていた時の方が儲かった」「あいつとはやりたくない」など文句も出て大変だったみたいですが、生産性が上がったので結果的には良かったと思います。
天候に左右される海苔の養殖。収穫から製造作業まで漁師が行う
海苔の養殖というと、有明海など鏡のように穏やかな遠浅の海、たくさん立った支柱の間を行き交う養殖業者の舟、というイメージを思い描く。しかし宮城の海苔養殖は、浅瀬に支柱を立てるのではなく、海苔網に浮きと重りをつけ海の深いところで育てる「浮き流し式」。仙台「湾」と呼ばれてはいるものの、ほぼ外洋に近い荒い波間での作業は体力を奪い、危険も伴う。そこで育った海苔は常時海水に浸かっていることでしっかりとした葉をつけ、製品は水分を吸っても崩れないため、おにぎりなど時間が経ってから食べるものにとても適している。
──海苔の養殖はどのように行われるのですか。小池さんの生活スタイルを教えてください。
小池さん:8月、9月頃に準備を始めて、10月に海苔の種付けをします。毎日見守りながら育て、11月に初摘みがあります。翌年3月頃には全ての収穫が終わります。海苔漁師って収穫だけではなくて、工場での製造作業もやるんです。生海苔を裁断して細かくし、四角い形にして乾かす作業まで行い、乾燥海苔といわれる段階まで加工して出荷します。
漁期は朝から昼まで海に出て、午後は工場で仕事をします。最盛期は夜中まで働くこともありますね。その年に捕れた海苔を1年かけて販売します。漁期には決まった休みはなくて、土曜も日曜も働きます。ただ台風や豪雨の時は海に出られないので、そういう時だけ、自然に助けられて、休む時間ができます。
漁期以外のオフシーズンは、素潜りでウニやアワビを捕って生活しています。そっちの漁業権も持っているからできるのですが、僕はその仕事もけっこう好きなんです。
──養殖作業で一番苦労されていることは何ですか。
小池さん:冬はすごく寒いですし、肉体労働という大変さはもちろんですが、天候に左右されることが一番苦労するところです。低気圧でしけがきたり、台風で高波がきたりすると、せっかく育てた海苔が流出してしまうわけです。網ごと流されて、探しに行くこともあります。あと夏から秋の境目は特に水温が不安定なので、海苔が病気や生育不全になります。そうすると、品質だけでなくて生産量がガクッと落ちます。
すごく儲かる年もあれば、当たらない年は負のスパイラルに陥ってひもじい思いをすることもあります。ギャンブル性が高いので、漁師にはギャンブル好きな人が多いかもしれないですね(笑)。
厚みがあり、旨みが強い七ヶ浜の海苔。「主役として食べてほしい」
──七ヶ浜産の海苔にはどのような特徴があるのでしょうか。
朝倉さん:旨みが強いです。"寒流のり"といって寒い地域で育った海苔は、旨みが詰まっていて、繊維がしっかりしています。ただし口どけが悪いわけではなく、口の中でほどけた後に、海苔の繊維の食感が残るという感覚ですね。
小池さん:厚みを感じるよね。有明海は川が幾つも流れる内湾で、栄養が流れてくるような地域なのですが、七ヶ浜は外洋に面していて波も食らうし、水温も低くてすごく寒いので、育つ環境が全く違います。厚みのある締まった海苔ができるんです。
朝倉さん:繊維自体に厚みがあるので、食べた瞬間の香りというより、しっかりかんだ時の旨みが、ほかの海苔にはない最大の特長です。"青混ぜ"といって、あおさ海苔が混ざった海苔で香りが立つものもありますが、そうしたものには香りでは負けるかもしれません。しかし僕たちはそこまで香りに力を入れているわけではないので、あおさ海苔を混ぜることはしません。
飲食店のシェフや評論家などに試食していただいた結果、最も多かった感想が「単体で、主役として食べたい」という声でした。僕自身もそう感じていました。「海苔チップス」はそうした思いから生まれた商品です。
──「海苔チップス」は言ってみれば「味付け海苔」ですね。普通の味付け海苔とどんな違いがあるのでしょうか。
朝倉さん:一般的な味付け海苔は、等級の低い海苔を有効活用するために味を付けているような側面があるのですが、僕たちは等級のいい海苔を使っています。「いいものを食べてほしい」という小池くんの思いが強かったので、そこを妥協しないことにしたのです。味付けに負けない海苔本来の旨みを主軸に置いているので、ほかの味付け海苔よりも、"海苔を食べている"という感覚をより強く味わっていただけると思います。
──「厳選一番摘み」もMINORIのこだわりなのでしょうか。
朝倉さん:MINORIとして売り出す海苔は、全て "一番摘み"です。一番摘みは漁期の最初にしか捕れない、とても貴重な海苔です。例えば追加生産で二番摘み、三番摘みを使うことも1つの方法ではあるのですが、小池くんの意思は「七ヶ浜の海苔ってこんなにおいしいんだ!」って思ってもらうことなので、一番摘みに最もこだわっています。ただ追加生産はできないので、たまに一部の商品が売り切れてしまうこともあります。
小池さん:一番摘みは、二番摘み以降と比べるとやっぱり品質が違いますね。お茶と一緒で、最初にできた若い海苔なので、柔らかくて、香りや旨みも強いといわれています。
──商品はどこで販売されていますか。
朝倉さん:ホームページでの販売が主で、地域のつながりで何店舗かお店に置いていただいたり、イベントで売ったこともありました。山形県にある山菜料理の名店「出羽屋」さんでは、夏の天然うなぎのコースで、うなぎを包む海苔として一番等級の高い海苔を使っていただいています。また、海苔チップスは、埼玉県の蒲生駅近くにある焼き鳥店でもお通しとして使っていただいています。
七ヶ浜の海苔を世界へ。ICT化や雇用の改善を進め、次の世代につなげたい
──「海苔で世界を笑顔に」を理念に掲げていますが、海外展開も考えているのですか。
朝倉さん:「七ヶ浜の海苔を世界に伝えたい」というのが2人の共通の目標です。海外の知り合いの方に話を聞くと、海苔はすごく需要が高まっているのに、海外の海苔は日本人からすると全然おいしくないらしいんですよ。輸出すると割高になるので、等級の低い海苔が高い値段で売られている現状があります。そういう海苔が日本の海苔だと思ってほしくないので、「僕たちが最初にいい海苔に触れさせてあげたい」、「おいしい海苔を知ってほしい」と思っています。
海外版のECサイトも開発中です。輸出業者や日本の食品を売っている海外の知り合いと話を進めながら、卸し売りも検討しています。
──最後に、今後の展望や挑戦したいことをお聞かせください。
小池さん:誰でもやれる仕事ではないのだから自分が何としても生き残って、一人前になって親方から引き継いだことを次の世代につなげたいです。また、僕は親方たちと次世代をつなぐ世代だと思うので、ICTやIoTといった新しい方法は積極的に取り入れたいと考えています。
漁業は農業と比べて、ICT化が遅れていると感じます。例えば海洋観測ブイを設置して、水温をリアルタイムで確認することで、早めに対策を図ったり効率的に給餌できるようになります。今はベテランの勘に頼っている状況ですが、ICTを取り入れることで、生産の効率や精度を高められると確信しています。
朝倉さん: 今「6次産業化*」といわれていますが、給料や環境の面で1次産業者に還元できるような仕組みをつくる必要があると感じています。具体的には、卸売りや小売を挟まないことで、生産や運送のコスト、販売ロイヤリティーを削減して、その分を1次産業者に還元するような取り組みです。
すごく頑張っていて、味も評価されているのに、苦しい思いをしなければならない生産者さんを見ていると、悔しいんです。漁師とは別にアルバイトをしないと生活できない人や辞めていく人も多いなか、僕たちができることのひとつは、ブランド力を高めることだと思います。小池くん自身が商品を売り出して、その売り上げを地域や施設に使うことで、雇用の環境も整っていくと考えています。
* 6次産業化:1次産業である農林漁業を、製造や小売といった2次産業、3次産業の事業と一体的に推進し、地域の生産物のもともと持っている価値をさらに高める取り組み。
──海苔の生産に情熱を注ぐ漁師の小池さんと、彼の思いを伝えるプロデューサーの朝倉さん。互いに支え合う姿に、こちらまで胸が熱くなりました。自分たちが次の世代へつなげる役割だという使命感が強く、七ヶ浜に新しい風を巻き起こす、頼もしい存在だと感じます。今後もMINORIの未来を楽しみにしています!
取材協力:Art Cafe Bar SEA SAW(現:カフェレストラン SEA SAW)
※記事の情報は2023年7月25日時点のものです。
※追記:2024年8月15日に再編集しました。
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【PROFILE】
小池勇輝(こいけ・ゆうき)
MINORI代表。海苔漁師。山形県出身、1994年生まれ。宮城県仙台市内の大学に進学し、4年の時に就職活動に励んだものの適職に出合わず、1年間フリーターとして過ごす。漁に関わるアルバイト経験から漁師の仕事に興味を持ち、宮城県が主催する漁業就業フェアをきっかけに、2018年9月、海苔漁師となった。2019年10月、漁協の組合員となり漁業権を取得。2020年9月、プライベートブランドMINORIを設立。 -
【PROFILE】
朝倉一紗(あさくら・いっさ)
MINORIのプロデューサー。山形県出身、2002年生まれ。東北芸術工科大学企画構想学科3年(2023年7月現在)。高校1年の時、いとこである小池勇輝から七ヶ浜の海苔について「品質に対してブランド力が伴っていない」と相談を受け、以降MINORIのプロジェクトに参入。現在、大学での活動の傍ら、MINORIの商品化から販売までの統括マネジメントを手がけている。
■MINORI(魅のり)
小池勇輝と朝倉一紗のいとこ2人によるプロジェクト。2020年9月14日設立。皇室献上品として名高い宮城県七ヶ浜の魅力的な海苔を「MINORI」と名付け、ブランド化して販売する。「海苔で世界を笑顔に」を理念とし、歴史ある七ヶ浜海苔の伝統の継承や、海苔の魅力を世界中の人々へ届けることを目指している。
公式サイト:https://www.minori2020.com/
Instagram:https://www.instagram.com/mi_nori2020/
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