【連載】ドボたんが行く!
2023.10.17
三上美絵
青森・岩手、みちのくの土木遺産めぐり
遊びは創造の源泉。身近にあるコトやモノ、どんなことにも遊びを見出してしまう。そこに本当のクリエイティビティがあります。このドボク探検倶楽部、略して「ドボたん」はさまざまな土木構造物を愛でるコーナー。土木大好きライター、ドボたん三上は今回、青森・岩手の旅でどんな土木遺産を見つけたのでしょうか!
無人駅でさまよい、青岩橋で運がつく
5月下旬の澄み渡った空の下、私はひとり、青森県最南端の鉄道駅、目時(めとき)駅に降り立ちました(地図①)。東京から東北新幹線で二戸(にのへ)駅まで行き、そこからいわて銀河鉄道線に乗り換えて3駅目。ホームから階段を下りて改札へ......と思いましたが、それらしきものがありません。無人駅のようです。
ひと気のない待合室を抜け、外に出ようとしたら、扉が閉まっています。出口を間違えたのかと戻ってみましたが、別の出口も見当たりません。誰かに尋ねようにも、人影がない。少し焦りつつ、ウロウロすること数分。裏側に鍵のかかっていない扉を見つけ、無事に脱出することができました。
今回の旅の主目的は、「南部もぐり」を教える全国唯一の高校として知られる岩手県立種市(たねいち)高等学校を取材することです。そのお話は、こちらの記事をご覧ください。
種市高校のある洋野町(ひろのちょう)は、岩手県北部に位置し、少し足を延ばせば青森県です。そこで、事前にこの周辺の土木遺産を探してみたら、あるある! 土木学会選奨土木遺産に選ばれている「青岩橋(せいがんばし)」、一般からの投票による「日本の灯台50選」のひとつ「鮫角灯台(さめかどとうだい)」。さらに、種市高校の大向光(おおむかい・あきら)先生からは「八戸キャニオン」こと八戸石灰鉱山の情報をいただきました。そこで、南部もぐりの取材の前後に、この3カ所に立ち寄る計画を立てたのでした。
目時駅ラビリンスを脱出した私は、青岩橋へ向かいました。駅のすぐそばを川が流れています。これが、青岩橋の架かっている馬淵川(まべちがわ)。川沿いに20分ほど歩けば、橋にたどり着けるはずです。
ふと見ると、いま電車で渡ったばかりの橋も、丸くて太い橋脚がドボかわいい鉄道橋でした。横には工場のような建屋があり、「東北電力 舌崎発電所」という看板が出ています。馬淵川の水で水車を回し、電気をつくっているんですね。
同社の公式アカウントによるツイートによれば、「岩手県二戸市にある水力発電所『舌崎発電所』は1923年(大正12年)6月に運転を開始し、先月100周年を迎えました✨」とのこと。私が訪れたのは、その直前だったようです。建屋は建て替えられていますが、背後の石垣などは当時のものでしょうか、風格があってかっこいい!
スマートフォンの地図と位置情報を頼りに、青森県道149号をてくてく歩きます。やがて、トラックが行き交う国道4号の青岩バイパスにぶつかりました。横断歩道を渡り、旧道を左へ曲がったところに青岩橋があるはず。まずは、橋の"横顔"を愛でるために、バイパスに架かる「青岩大橋」へ行ってみましょう。
ありました! 青岩大橋の歩道から、200mほど上流に見える橋。鉄塔のようなテーパー状の橋脚が並ぶ美しい「トレッスル橋」、青岩橋に違いありません(地図②)。
トレッスルとは「架台、うま」の意味で、トレッスル橋は、やぐらのような橋脚で橋桁を支えた橋のこと。2010(平成22)年に廃止となって一部が保存されている、山陰本線の旧余部(あまるべ)鉄橋が有名です。青岩橋の橋長は189m。国土交通省の十和田国道維持出張所のサイトには、「余部橋梁が供用を停止してからは、青岩橋が日本最長のトレッスル橋である」とあります。
いいね、いいね、ドボかわいいね、と夢中でシャッターを切っていると、髪を何かがかすった気がしました。手をやると、粘り気のある液状の何かが指に触ります。えええええっ。信じたくありませんが、紛れもなく鳥の糞です。髪だけでなく、ジャケットの肩から右腕にかけて、ドロドロしたものが付着しています。
慌ててカバンからティッシュを取り出そうとしたら、なんと、路上に置いたカバンの中にもドロドロが! カメラを出したとき、ファスナーを開けっ放しにしていたところに、容赦なく空中から爆弾が投下されていたのでした。見上げると、大きなカラスが1羽、電線に止まってのんびりと毛づくろいをしています。
ありったけのティッシュで汚れを拭き取り、しばし呆然。こんなとき同行者がいれば、「運がついちゃった、きっといいことあるね」と笑い合えたことでしょう。けれど、いまは一人。咳をしてもくしゃみをしても一人。気を取り直して撮影を続けた後、近くのコンビニでアルコール除菌ティッシュを買って髪・服・カバンを拭きまくりました。
青岩橋はコンビニからすぐ。せっかくなので、歩いて橋を渡ってみようと思い、橋のたもとへ近づいてみると、通行止めの看板が出ています。少し前まで、車両は通行止めでも歩行者は渡れたようですが、いまは全面的に通行止めになっています。竣工から90年近くたって、老朽化が進んでしまったのでしょう。残念です。
青い海、青い空へ羽ばたきそうな鮫角灯台
青岩橋から目時駅に戻り、青い森鉄道線で八戸駅へ(地図⑦)。30分もかからず八戸に着き、今度はJR八戸線に乗り換えて鮫(さめ)駅へ(地図③)。ここからは、種差(たねさし)海岸遊覧バス「うみねこ号」に乗り換えます。海岸線の道をのんびり進むうみねこ号。すぐに、たくさんの鳥が舞っている小島が見えてきました。ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されている蕪島(かぶしま)です。
蕪島を過ぎて5分ほどで「旧シーガルビューホテル」のバス停に到着し、うみねこ号を下車。旧ホテル敷地の裏手に回ると突然、目の前に白亜の灯台が現れました。八戸港を出入りする船の目印として、1938(昭和13)年に建設された鮫角(さめかど)灯台です。
海を背にして高台に建っているため、周りに見えるのは真っ青な空と海だけ。洗いたての白シャツをまとった若者が背筋を伸ばして立っているかのような佇まいに、思わずため息が漏れそうです(地図④)。
灯台を存分に味わい、帰りのバスを待つ間、閉館したホテルの庭に石碑があるのを見つけました。表面に刻まれた文字は、俳句のようです。「燈台の羽撃つかに見え鳥渡る」。裏面には解説がありました。それによるとこの句の作者は、地元八戸の俳人・加藤憲曠(かとう・けんこう、1920~2016年)。
「燈台」は灯台と同じ。「羽撃つ」は「はうつ」と読み、「鳥がはばたく」という意味です。この句は、「渡り鳥が通っていき、灯台も羽ばたいているように見える」と詠んでいるのでしょう。たったいま、見てきたばかりの鮫角灯台の姿を思い浮かべると、たしかに、白い大きな翼を広げて舞い上がっていきそうな気がしてきました。
なんだかとても清々しい気分でうみねこ号に乗り込み、鮫駅から八戸駅へ戻りました。
八戸キャニオンの大パノラマに感動!
さて、翌日は八戸駅で編集のIさん、カメラマンのKさんと合流し、レンタカーで種市高校へ(地図⑤)。伝統の「南部もぐり」と最新の潜水技術、水中での土木技術を学ぶ生徒さんたちの真剣な姿と、指導に当たる先生がたの熱意に触れて、こちらも胸が熱くなりました。
取材後はスタッフ全員で、「八戸キャニオン」こと八戸石灰鉱山へ立ち寄ることに。来るときに通った海岸線の道ではなく、内陸の道で向かいます。20分ほどで到着。自由に見学できる展望台からは、広大な露天掘りの採掘場が見渡せます。きっと特撮マニアのみなさんには、たまらない景色でしょう(地図⑥)。
この鉱山の歴史は古く、石灰の採掘が始まったのは江戸時代。八戸鉱山株式会社のサイトによると1973(昭和48)年には、八戸港に船積み出荷のための専用埠頭や港頭出荷設備を整備し、鉱山からセメント工場、専用埠頭を地下ベルトコンベアで結んだ近代鉱山が完成。水平なベンチ(階段)で安全に採掘できる「階段採掘法」を採用し、現在も採掘を続けるとともに、掘削跡地や堆積場に落葉樹を植林しているそうです。総延長10kmにも及ぶベルトコンベアでここから八戸港へ直接、石灰を運んでいるとはすごい!
バイパスができて現在は使われていないものの、東京と青森を結ぶ国道4号の橋として長い間、物流を支えてきた青岩橋。八戸臨海工業地帯の要として、地域産業を担ってきた八戸港の関連施設である鮫角灯台。そして、セメントの主原料やコンクリートの骨材のほか、製鉄やガラスの生産にも欠かせない石灰石を産み出し続ける八戸キャニオン。今回のドボたん(ドボク探検倶楽部)は、みちのくの中でも「北奥羽(きたおうう)」と呼ばれるこの地域の発展に、深く関わる施設を巡る旅となりました。
※記事の情報は2023年10月17日時点のものです。
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【PROFILE】
三上美絵(みかみ・みえ)
土木ライター
大成建設で社内報を担当した後、フリーライターとして独立。現在は、雑誌や企業などの広報誌、ウェブサイトに執筆。古くて小さくてかわいらしい土木構造物が好き。
著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員。
建設業しんこう-Web 連載「かわいい土木」はこちら https://www.shinko-web.jp
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