【連載】創造する人のためのプレイリスト
2019.10.01
スーパーミュージックラバー:ケージ・ハシモト
本家を超えろ! カバーバージョン特集
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。新企画「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
本家を超えろ! それがカバーバージョンの醍醐味
音楽ってものは、創造そのもの。その中で、よりクリエイティビティについて考えさせてくれる音楽といえば、何かと考えてみた。わかりやすいのは、カバーバージョンだ。
あるミュージシャンが他のミュージシャンがすでに発表した曲をカバーする時、なぜその曲を採り上げたのか、その曲をどんな風に表現したのか、といった観点で原曲とカバー曲を聴き比べると、カバーしたアーティストの音楽性が浮き彫りになる。何を捨て、何を残し、そしてどう料理したのか、そしてその曲にどんな新しい命を吹き込んだのか。そして、結果的に本家を超えたのか。そこに注目しながら、ご紹介する。ぜひ一曲一曲比較しながら読んでほしい。
1. Satisfaction
まずは、泣く子も黙るザ・ローリング・ストーンズの代表曲「Satisfaction」この曲を知らない人はいないと思うが、まずは黙って聞いてくれ!
The Rolling Stones 「Out Of Our Heads」より
そしてロックの魅力を固めたようなこの曲を、思いっきり逆説的にカバーしたのが、ニューウェーブ初期に大活躍したDEVOだ!
DEVO「Q: Are We Not Men? A: We Are Devo!」より
ブルースを基調としたザ・ローリング・ストーンズのロックのルーズなノリが、見事なまでに逆説的に継承されていて、機械仕掛けの痙攣したロックンロールになっているわけだが、古典的なロックをぶち壊そうとして誕生したニューウェーブ(それすらももはや懐かしいが......。)のモチベーションやコンセプトが良くわかるカバー。まさに逆説的継承としてのカバーの最高傑作と言えるんじゃないかと思う。
というわけで、オリジナルの偉大さも桁外れだが、ここはオリジナリティとクリエイティビティを最大限に発揮して本家を見事に乗り越えたといっていいだろう。ここはあえてDEVOの勝ちとする!
2.Without you
この曲は90年代を代表する歌姫、マライア・キャリーの有名曲だが、年若い音楽ファンはこれがカバーであることはご存じないかもしれない。マライアの歌唱力がふんだんに生かされた曲なので、マライアの曲だと思っても無理はない、だからある意味、本家を超えたカバーと言える
Mariah Carey「グレイテス・ヒッツ」より
しかし、ちょっと年期がはいった音楽ファンなら、「いや、やっぱりニルソンのオリジナルのほうが泣ける」と言うだろう。もちろんだ! ま、ちょっとこちらも聞いてみてほしい
ハリー・ニルソン「Nilsson Schmilsson」より
これを聴くと、実はマライアの「Without you」はニルソンの曲からたいして変わっていない、むしろ、そのまま歌ってるのに近いことがわかるだろう。ニルソンは男性だが、声が高くて優しく女声的なので、印象も似ているし、サビで1オクターブ上げて歌って盛り上げるところも、実はニルソンのバージョンと同じだったのだ。なら、マライアの負け?
いやいや、この話には、まだまだ続きがある。コアな音楽ファンならご存じだろう。このニルソンのバージョンも実はカバーなのだ。
オリジナルの「Without you」は、こちら。バッドフィンガーだ! まぁ聴いてくれ。
Badfinger「No Dice」より
どうですか! ぐっとロックっぽく男らしい「Without you」、カッコイイでしょう。 このオリジナルは、サビの歌い方も、マライアやニルソンのように声を伸していない。ザクっと「I can't Live」と歌うところが潔い。バッドフィンガーはサウンド的にもある意味ビートルズっぽいとも言える。それもそのはず、バッドフィンガーは1969年にビートルズの弟分としてアップルレコードからデビューしたバンドなのだった。
「Without you」は1970年にはバッドフィンガーのセカンド・アルバム「No Dice」に収録されている。ちなみにビートルズに見込まれるほど才能豊かなバンドだったのだが、メンバーが2人も自殺してしまう不遇のバンドだった。ニルソンのカバーはオリジナルのわずか2年後の1972年、マライア・キャリーのカバーは22年後の1994年。というわけで、カバーとして生き返らせたニルソンが、本家超えカバーと言える。カバーのほうがはるかに有名になったと言う意味では、この曲をピックアップしたのもニルソンの慧眼だ。
3.You Really Got me
昔も今もギター小僧ならこの曲を知らないとは言わせない。ギターを弾く私も、この曲を初めて聴いたときは唖然とした。ヴァン・ヘイレンのデビュー曲「You Really Got me」だ。
ヴァン・ヘイレン「Van Halen」より
エディ・ヴァン・ヘイレンのギターは、それまでに聴いたことのない圧倒的なテクニックで、両手を使って弦を弾くライトハンド奏法には度肝を抜かれたのだった。完全にオリジナルだと思い込んでいたわけだが、あるときこれがカバーだと知った。オリジナルは60年代にイギリスの悪ガキバンド、キンクスだ。というわけでキンクスを聴いてほしい。
ザ・キンクス「Kinks」より
元気なアメリカンハードロックの原型となったヴァン・ヘイレンを聴いてからロンドンの悪ガキ、キンクスを聴くと、ずいぶんと緩い、そして悪い、しかし深いグルーブだ。そして今聴くと、こっちのほうがカッコいい。とはいえ、ヴァン・ヘイレンがこの曲を選んだのは、目の付け所がシャープだし、エディ・ヴァン・ヘイレンのギターテクニックの凄さを十二分に見せつける素材としては、最高の選曲だったと言えるだろう。これもオリジナルへの深いリスペクトを持った本家超えカバーと言っていいと、私は思う。
4. I Shot The Sheriff
「I Shot The Sheriff」はレゲエの王様、ボブ・マーリーの大ヒット曲だが、ボブ・マーリーが世界的なアーティストとなる直前、エリック・クラプトンが名盤「461 Ocean Boulevar」の中でカバーしていてシングルカットされており、日本でもヒットさせていた。
エリック・クラプトン「461 Ocean Boulevard」より
クラプトンの「I Shot The Sheriff」が流行った1974~5年当時、私はまだ中学生になったかどうかという年齢だったのでまだ本格的なレゲエは聴いたことがなかったが、エリック・クラプトンの「I Shot The Sheriff」の不思議なビート感にはすっかりと心を奪われてしまった。そしてずいぶんと後に本物のボブ・マーリーのバージョンを聴いて、さらにぶっ飛んで本格的にレゲエの虜になる。こちらが、本家のボブ・マーリーだ。
ボブ・マーリー「Burnin'」より
レゲエとして、ボブ・マーリーを超えるというのは、誰であろうと不可能だろうが、まだ世界的にブレイクしていなかったボブ・マーリーを採り上げてロック的に解釈して演奏したエリック・クラプトンは、レゲエの魅力を世界に広める水先案内人の役割は十二分に果たしたと言えるだろう。ただ本家を超えたかというと、さすがに偉大なるボブ・マーリーを超えてはいないかな。でもクラプトンのバージョンも最高であることは間違いない。
5.Behind the Mask
エリック・クラプトンで、もう一曲採り上げる。エリック・クラプトンはたくさんヒット曲を持っているが、そのうちのひとつが「Behind the Mask」という曲。こちらです。
エリック・クラプトン「August」より
実は、この曲、日本が誇るYMOのカバーなのだった。しかもYMOのデビューアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」に収録されている曲であり、クラプトンが採り上げるのが不可解なぐらい、どテクノな曲だ。それがこちら
イエロー・マジック・オーケストラ「Solid State Survivor」より
クラプトンといえば、有無を言わせぬロックギターの大御所であり、ロックギターの基礎を作ったといっても過言でない特別な存在だ。そんなクラプトンが極東の日本のテクノバンドであるYMOをカバーするのは偉いし、ボーカルの感じもブルースギターも、元はテクノだと思えないほど、ブルースっぽくバッチリはまっていて、たいしたものだ。日本が誇るYMOのオリジナルに最大限のリスペクトをしつつ、本家超えカバーとして認定したい。
ところが「Behind the Mask」も話はここで終わらないのだった。
実はあの、キング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンも「Behind the Mask」のカバーをしている。
マイケル・ジャクソン「Michael」より
ただ、これは生前はボツにされていて(理由は諸説アリ)、マイケルが亡くなった後、2010年になって発売されたアルバムに収録されたものなので、カバーバージョンとして正式にカウントしていいかどうかは微妙だ。
ただクラプトンのカバーも、実はマイケル・ジャクソンのバージョンに影響された、という節もある。真相はわからないが、YMOよりも、クラプトンよりも、段違いでめちゃくちゃカッコイイ。ぜひこの3つバージョンを聴き比べてほしい。
それにしても日本のバンドの曲がクラプトンにも、マイケル・ジャクソンにもカバーされて世界の音楽ファンに聴かれているのは、日本の音楽ファンとしては誇らしいところだ。
6.Purple Rain
さて、マイケル・ジャクソンとくれば、プリンスが来るのは必然。最後にピックアップしたいのがプリンスのカバー「Purple Rain」だ。
プリンス&ザ・レヴォリューション「Purple Rain (Soundtrack from the Motion Picture)」より
プリンスは大好きだが、もっとファンクな「KISS」などの曲が好みで、この「Purple Rain」は、ちょっとお涙頂戴のバラードっぽいところがあまり好きではなかったと白状しておく。
ただし、この曲をブルース・スプリングスティーンが歌ったカバーバージョンを聴くまではだ。
ブルース・スプリングスティーン公式サイト
「BARCLAYS CENTER BROOKLYN,NY」SET ONE
プリンスは2016年に急死した。驚くほど唐突だった。
多くのミュージシャンが巨大な才能を惜しんだ。そして多くのトリビュートが行われたが、私はプリンスとは対極にあるような白人ロックンローラーであるブルース・スプリングスティーンがプリンスを追悼して歌った「Purple Rain」に強く心を打たれた。プリンスが亡くなったのは2016年4月21日。そしてわずか2 日後の4月23日、ブルース・スプリングスティーンの公演でプリンスを追悼して「Purple Rain」が演奏されたのだそうだ。
そして、カバーの内容だが、正直言って、今回採り上げたカバーバージョンのような、批評性やこだわり、あるいは自らの美点を浮き立たせることが出来る素材だから、というようなクリエイティビティは微塵もない。ここにあるのはブルース・スプリングスティーンからプリンスへの敬愛と、追悼と、友情だ。しかし、それが実はカバーバージョンで一番大切なことなのだと私は思う。友人が最近スペインでブルース・スプリングスティーンのライブを見たが、やはり「Purple Rain」は歌っていたという。さすがだぜ、ボス!
※記事の情報は2019年10月1日時点のものです。
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【PROFILE】
ケージ・ハシモト
あるときは音楽ライター、あるときはミュージシャン、あるときはつけ麺研究家と正体不明の超音楽愛好家。音楽の趣味もジャンルレスでプライスレス。
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