Spring Songs 春に聴きたい、春を感じる曲

【連載】創造する人のためのプレイリスト

ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ

Spring Songs 春に聴きたい、春を感じる曲

クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回は春に聴きたい音楽をシブヤモトマチさんに選んでもらいました。古今東西の名曲から絶妙にセレクトされた春らしい曲を、ぜひご堪能ください。

さあ春。春といえば、花が咲き自然の息吹を感じて、旅や観光に、展覧会に、イベントにと出かけたくなる季節ですね。また、新しいことを始める気力が湧いてくる季節でもあります。昔から春を歌った曲はいろいろあります。タイトルに春が入った曲もあれば、春と言わなくても新しい扉を開く春のような気持ちを歌った曲もあります。


今回は、古いものから最近の録音まで、さまざまなジャンルから"春"を感じる曲をピックアップしました。このプレイリストが皆さんの前向きな春の気分を盛り上げてくれることを願って。



〈Spring Songs 春に聴きたい、春を感じる曲 目次〉

  1. エリス・レジーナ「Corrida de Jangada(帆掛船の疾走)」
  2. キャロル・キング「Sweet Seasons」
  3. エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング「April in Paris」
  4. マイケル・マヨ「Spring Can Really Hang You Up the Most」
  5. 細野晴臣「冬越え(New ver.)」
  6. コリーヌ・ベイリー・レイ「Call Me When You Get This」

1. エリス・レジーナ「Corrida de Jangada(帆掛船の疾走)」


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1曲目は、軽快な曲です。エリス・レジーナ(Elis Regina、ブラジルポルトガル語の発音ではエリス・へジーナ)は、ブラジルのポピュラー音楽を代表する不世出のシンガー。小柄な身体から発せられるパワフルで小気味よい歌声と情熱的なパフォーマンスで知られ、「ピメンチーニャ(小さな唐辛子)」や「台風エリス」の愛称で広く親しまれました。


アルバム「Elis Regina in London」は、そのキャリアの充実期に行われた欧州ツアー期間中に録音され、1969年にリリースされました。1曲目「Corrida de Jangada(帆掛船の疾走)」は、文字通り疾走感のあるリズミカルな楽曲で、彼女の生気に満ちた歌唱とバックバンド、さらにオーケストラのエネルギーが見事に融合した名演です。


"Ora, Vamos Embora!" (さあ、行きましょう!)というフレーズをエリスのハスキーボイスでたたみかけるようにリフレインされると、聴く者は何か急き立てられるように何かを始めなきゃ! という気持ちになるから不思議です。この曲は新しい季節や何かの始まりを歌っているようでもありますが、帆船レースはそれぞれの人生の比喩のようでもあり、ひょっとすると恋の駆け引きのことなのかもと思えてきます。


高速テンポのメロディーに歌詞を小気味よくのせて歌うタイム感の良さに驚かされますが、何よりエリスの素晴らしさは、聴く者の心に歌詞をストレートに届ける表現力と「熱量」にあると思います。バックバンドは当時の欧州ツアーを務めたブラジル人ミュージシャンで固め、そこにロンドン交響楽団が加わり一発同時録音、アルバムはわずか2日間で録音し終えたのだとか。ライブパフォーマンスのような集中力で一気に歌い切る当時24歳のエリスのボーカルはまるで新鮮な果実のようです。


エリス・レジーナは残念ながら1982年に36歳の若さで亡くなりましたが、彼女の歌唱と音楽は今でも多くの人に愛され続けており、後の音楽界に遺した影響力は計り知れません。アルバム「Elis Regina in London」を聴くと、若き日の彼女のずば抜けた力量と魅力を存分に感じることができるでしょう。


エリス・レジーナの名唱は数々ありますが、アントニオ・カルロス・ジョビンとのコラボレーションアルバム「Elis & Tom」収録、ボサノヴァの名作として知られる「Aguas de Marco(3月の水)」などが特に有名です。余談ですが、南半球のブラジルでは3月は春ではなく、夏の終わりや秋の訪れを感じる季節にあたるのだそうです。

2. キャロル・キング「Sweet Seasons」


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キャロル・キング(Carole King)の「Sweet Seasons」は、人生の新しい季節の始まりとその喜びを感じさせます。1971年のアルバム「Music」収録、気持ちのいいビートにのせた明るく爽やかなメロディーが印象に残るこの曲は、1972年1月にシングルカットされ、ビルボードHot 100で9位を記録するヒットとなりました。


人生にはうまくいく時も、そうでない時もあるけれど、そうしたアップダウンを受け入れて、喜びと充実感に満ちた自分だけのいい時間(素敵な季節)を心に持ちましょうよと歌うキャロルの言葉が心に沁みます。


そして、曲の後半では、いい未来には大海原を行くセーリングのように簡単に行き着けるよ、とも歌っています。傷ついた人を癒やし、行く先をやさしく指し示すようなメッセージをもつこの曲は、新しい人生の始まりを歌っているかのようでもあります。キャロル・キング独特の温かく包み込むような歌声と軽快なリズムが心地よく、春の季節にふさわしい曲といえるでしょう。


この曲が出た当時は30歳前後だったキャロル・キングですが、80歳を超えた今も元気な姿をSNSなどで見せています。彼女の「Sweet Seasons」はまだ続いているようです。

3. エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング「April in Paris」


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さて、軽快な曲が続いたところで、ここからは少しジャジーな雰囲気にチェンジしましょう。曲名に春の入る名曲が2つ続きます。


「April in Paris」は、1932年にミュージカルソングとして生まれました。作曲はヴァーノン・デューク(Vernon Duke)、作詞はエドガー・イップ・ハーバーグ(Edgar 'Yip' Harburg)という当時のゴールデン・コンビ。デュークは「Autumn in New York」、イップ・ハーバーグは「Over the Rainbow」や「It's Only a Paper Moon」の作者としてそれぞれ有名です。


パリの春の美しさとロマンスを歌うこの曲は、メロディーの美しさと情緒豊かな詩の魅力により、カウント・ベイシー・オーケストラやチャーリー・パーカーをはじめ数々のアーティストに取り上げられ、ジャズのスタンダードナンバーとなりました。


多くのカバーの中で注目すべきは、このエラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)とルイ・アームストロング(Louis Armstrong)のデュエットでしょう。彼らの「April in Paris」は、1956年にヴァーヴ・レコードからリリースされたアルバム「Ella & Louis」に収録。ジャズのレジェンドである二人の共演から生まれた音楽は今日も多くのジャズファンに愛されています。


このバージョンの魅力は、エラの澄んだ声と繊細な表現が、ルイの独特な(ダミ声に近い雑味のある)ハスキーボイスとトランペットの響きに絶妙な形で融合し、曲に新たな命を吹き込んでいる点にあります。エラのスキャットとルイのトランペット・ソロも聴きどころで、まさにジャズの真髄を感じさせるパフォーマンスです。この録音は、今は亡き二人の才能が最も美しく花開いた瞬間を捉えたもののひとつであり、音楽ファンにとっては必聴です。


4月のパリは、花々が咲き誇り、街全体が色とりどりの花で溢れるのだそうです。春の訪れとともにパリジャンや観光客たちがカフェのテラスに座り、また、セーヌ川沿いや公園では、のんびりと散歩を楽しむ人々が増える季節でもあります。「April in Paris」は、この新たな季節の始まりと希望に満ちた春のパリの美しさ、ロマンティックな雰囲気を表現しています。


エラとルイのバージョンでは、彼らの温かな音色と軽やかで洗練されたアレンジが4月のパリへの憧れをいっそう抱かせます。特に、メロディーラインを誠実にトレースするエラの歌唱が実に素敵です。

4. マイケル・マヨ「Spring Can Really Hang You Up the Most」


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ここまでの3曲が共通して歌っているのは、春の訪れに躍る心。しかし、一番楽しい季節とされる春が来ても、ときには憂うつな気分になる人もいますよね。例えば、冬の間に失恋した人、心に傷を負って完全に復活しきれない人など、皆が活動的になり楽しげであればあるほど逆に疲れて最悪の気分になる人だっているはず。


「Spring Can Really Hang You Up the Most」は、そんな人たちの気持ちに触れる名曲です。春の訪れとともに感じる孤独や切なさを描いた歌詞が特長で、多くのアーティストによってカバーされ続けています。原曲は1950年代半ばに作詞フラン・ランズマン(Fran Landesman)、作曲トミー・ウルフ(Tommy Wolf)のコンビによって作られました。


タイトルにある"Hang You Up"というのは「いやな気持ちにさせる」とか「憂うつにさせる」といった意味の英語のインフォーマルな表現。そこに最上級のThe Mostがつくので、ラフな言葉遣いをするなら、このタイトルは「春ってほんとサイアクな季節」みたいな感じでしょうか。


「Spring Can Really Hang You Up the Most」は、春の季節感を繊細に描写しつつ、恋愛や人生における感情の揺れを巧みに表現しており、聴く人の心に忘れられない印象を残します。単なる春の歌ではなく、感情の深みや失恋、孤独感といった普遍的なテーマを描いた曲といえるでしょう。


この名曲は、これまでにエラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、そしてノラ・ジョーンズなどの著名なアーティストがカバーし、それぞれの捉え方で再解釈していますが、ここでは最近の録音を選んでみました。気鋭のジャズ・ボーカリスト、マイケル・マヨ(Michael Mayo)のバージョンです。


マイケル・マヨは、器楽的なボーカルテクニックと多層的なボーカルアレンジで現代のジャズシンガーの中でも特に注目される存在です。母親がバックボーカリスト、父親がサクソフォン奏者という音楽一家に生まれ育った彼の音楽は、高い技術と音楽への深い理解に裏打ちされており、ジャズ、R&B、ネオソウルなどのジャンルを融合させた独自のスタイルが特長です。


この曲は2024年リリースの、ジャズの名曲カバーとオリジナル曲を織り交ぜたアルバム「Fly」に収録されています。バックミュージシャンも豪華な顔ぶれです。ピアノはシャイ・マエストロ(Shai Maestro)、ベースはリンダ・メイ・ハン・オー(Linda May Han Oh)、ドラムはネイト・スミス(Nate Smith)。ミュージシャンの間でも高い評価を受ける名手たちの演奏がマイケル・マヨの端正なボーカルを引き立て、現代的なアプローチでスタンダードナンバーに新しい色彩を与えています。

5. 細野晴臣「冬越え(New ver.)」


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春の到来を待つ気持ちは、"冬越え"という言葉に強く表れていると思います。この曲のモチーフとなった季節はひょっとして春ではないのかもしれませんが、冬から早春にかけての淡い期待感のようなものを感じる曲なのでセレクトしてみました。


細野晴臣の「冬越え」は、1973年リリースの名盤「HOSONO HOUSE」に初めて収録されました。このバージョンは、彼がはっぴぃえんど解散後に住んでいた埼玉県狭山市の「米軍ハウス」でホームレコーディングしたもので、アコースティックなサウンドとシンプルなアレンジが特長。細野晴臣の温かみのある歌声が印象的です。


2019年にリリースされた「HOCHONO HOUSE」には、新たに録音された「冬越え」が収録されています。ここに紹介する新録バージョンは、オリジナルとは少し異なるアプローチが採られています。全曲の演奏・歌唱・アレンジ・プログラミング・エンジニアリングを自身で新たに構築、プログラミング音や弦楽器の響きが加わることで、より現代的で洗練されたサウンドに仕上げられています。


細野晴臣はこの曲を制作する際に、ザ・バンドやジェームス・テイラーといったアメリカのアーティストから影響を受けていました。彼らの素朴で温かみのある音楽スタイルは、2019年の「冬越え」のサウンドにも息づいています。


歌詞には、消えかかる街の灯りや星屑、雨、曇空などの情景が描かれ、季節の移り変わりを感じさせるとともに春の訪れを待ち望む気持ちが描かれています。繰り返される「クシャミをひとつ」というフレーズが、寒さや季節の変わり目の象徴としてのクシャミの音をコミカルに印象に残します。花粉アレルギー体質の筆者は、この歌詞を聴くと春の訪れを実感として感じるのですが、そんな感想もアリでしょうか?


さらに、歌詞には「来ては去る人の影」や「行き交うお茶と情け」といったフレーズがあり、季節の変わり目における人々の交流や関係性が描かれています。これらのおかげで、「冬越え」は単なる季節の歌ではなく、人間関係の温かさを感じさせる曲として多くの人に愛されているのだと思います。

6. コリーヌ・ベイリー・レイ「Call Me When You Get This」


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春に聴きたい歌声といえば、コリーヌ・ベイリー・レイ(Corinne Bailey Rae)は外せません。「Call Me When You Get This」は、彼女のデビューアルバム「Corinne Bailey Rae」に収録されており、軽快で心地よいメロディーが、まるで暖かな春のそよ風のように心を癒やしてくれる曲です。


恋人に語りかけるような歌詞をベイリー・レイの柔らかく透き通った声で歌われると、春の日差しを浴びたような気持ちになるから不思議。このアルバムは2006年にリリースされ、世界中で400万枚以上を売り上げました。同じアルバムには、彼女を一躍有名にした大ヒット曲「Put Your Records on」も収録されています。


ベイリー・レイは、イギリスのシンガーソングライター。そのオーガニックな音楽性としなやかなグルーヴ、情感豊かな美しい歌声で世界中のファンを魅了しています。彼女は1979年にイギリスのリーズで生まれ、音楽の才能を早くから開花させました。彼女の音楽は、ソウル、ジャズ、R&Bなどさまざまなジャンルの影響を受けており、その多様性が作品に深みを与えています。


筆者は2019年に来日したベイリー・レイのステージを見る機会がありましたが、屋外のフェスティバル会場全体を柔らかな空気で包み込むような歌声の魅力、存在感とスター性に感動しました。この春、彼女の「Call Me When You Get This」や「Put Your Records on」を聴いて、心地よいひとときを過ごしてみませんか。


※記事の情報は2025年4月8日時点のものです。

  • プロフィール画像 ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ

    【PROFILE】

    シブヤモトマチ
    クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。ジャズ、南米、ロックなど音楽は何でも聴きますが、特に新譜に興味あり。音楽が好きな人と音楽の話をするとライフが少し回復します。

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