【連載】創造する人のためのプレイリスト
2021.12.21
音楽ライター:徳田 満
歌う女優たち 21世紀篇
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃(ひらめ)きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
洋の東西を問わず、優れた女優は優れた歌手でもある。天は二物を与えず、ではないのである。とはいえ、かつては女優でなければとてもレコードは出せなかっただろうという人も存在したが、J-POPの目覚ましい発展やカラオケの普及とともに日本人の音感が進化した結果、このAktio Noteにインタビューが掲載されている高岡早紀のほかにも、「本職」顔負けの歌唱力を持つ女優が続々と現れるようになった。今回は2000年以降に発表された、そんな名唱の数々を紹介してみたい。(並びは五十音順)
1.adieu(上白石萌歌)/よるのあと
まさに2000年生まれの上白石萌歌(かみしらいし・もか)は、「東宝シンデレラ」オーディション史上最年少の10歳でグランプリに選ばれ、2012年から女優業をスタート。2019年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の前畑秀子役で一気に知名度を上げ、2022年上半期のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」にもヒロインの妹役で出演するなど、まさに今が旬の女優であるが、並行してadieu(アデュー)という名前で歌手活動も行っている。クセのない伸びやかな歌声が印象的な、この「よるのあと」(2019年発表)がアップされたYouTube公式チャンネルの登録者数は10万人以上。これから、大人の歌手としてのさらなる成長も期待される存在だろう。なお、実姉の上白石萌音(かみしらいし・もね)も、女優・歌手の両方で活動している。
2.綾瀬はるか/マーガレット
もはや日本人でその名を知らない人はいないだろうと思われる国民的女優なので、女優としての実績はいまさら紹介するまでもないだろう。2000年の「ホリプロタレントスカウトキャラバン」で審査員特別賞を受賞し、翌年に女優として活動を開始。歌手活動を始めたのは2006年だが、広く注目されたのは2010年に歌った「赤いスイートピー」のカバー。当時の松田聖子を凌ぐとも劣らぬ豊かな表現力は、作詞した松本隆をも感動させ、この曲と同じ松本隆+呉田軽穂(松任谷由実)コンビによる同年発表のオリジナル曲「マーガレット」につながった。ここ数年は本業の女優業が忙しく、新曲のリリースもご無沙汰だが、ぜひ歌手活動も再開してほしい。
3.大竹しのぶ/願い
1973年デビュー、キャリア50年に達しようかという大ベテラン女優となった大竹しのぶだが、若き日の彼女はコケティッシュな魅力にあふれ、共演した男性たちはみな彼女にまいってしまったという伝説がある(あのプレイボーイ・明石家さんまが一時結婚したことでも分かるだろう)。一方、歌手としても阿久悠+大野克夫コンビで手がけた1976年のデビュー・シングル「みかん」以降、断続的に活動。その優れた歌唱力は2016年のNHK紅白歌合戦で歌ったエディット・ピアフの「愛の讃歌」や、東京2020オリンピック競技大会の閉会式で披露した宮沢賢治作詞・作曲の「星めぐりの歌」などでも広く知られることとなった。この「願い」は、山崎まさよしによる2017年発表のオリジナル曲。若い頃のアイドル的唱法から、声を張った大人の歌い方へのシフトチェンジが見事である。
4.小西真奈美/Here We Go
現在では中堅どころの女優として知られる小西真奈美。一般的には2001年のNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」で主人公の恋敵を演じたことで知名度を得たが、それ以前から「寝盗られ宗介'98」や「蒲田行進曲」などのつかこうへいの舞台に立っていた実力の持ち主で、2009年公開の映画「のんちゃんのり弁」で毎日映画コンクール女優主演賞を受賞したのは遅すぎる評価だとも言える。音楽活動については歌だけではなく、この「Here We Go」を含む2018年のファーストアルバムでは全曲の作詞作曲を手がけるなど徹底している。聴いていただければお分かりのように、本格的なラップにまで挑戦するのは日本の女優としては珍しい。2021年もレコード会社を移籍して新曲を発表するなど、意欲的な音楽活動を続けている。
5.柴咲コウ(RUI)/月のしずく
2000年、深作欣二監督の映画「バトル・ロワイヤル」で鮮烈な女優デビューを飾った柴咲コウ。その後も「Go」(2002年)、「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年)、「メゾン・ド・ヒミコ」(2005年)、「大奥」(2010年)などの映画や、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」(2017年)などのテレビドラマで、数々のヒット作・話題作に主演してきた、現在の日本を代表する女優のひとりだが、歌手としても29枚のCDシングル、6枚のオリジナル・アルバム、15曲の配信限定シングルを出し、毎年のように新曲を発表するなど、女優業と同様に力を入れており、ライブ活動もコンスタントに行っている。この「月のしずく」は、2003年の映画「黄泉(よみ)がえり」の主題歌で、作中の役・RUI(ルイ)名義で発表され、現在も重要なレパートリーとなっているバラード曲。その優しい歌いまわしに癒やされるというファンも多い。動画は、2019年に行われたコンサートツアーでのライブバージョン。
6.のん/エイリアンズ
東日本大震災・原発事故後の暗い世相を、笑いと涙と感動で包み込んだ2013年のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の主役としてデビュー。その後、事務所からの独立に際し、本名である能年玲奈(のうねん・れな)の名が使えなくなり、一時は芸能界からオミットされながらも、声優に初挑戦したアニメ映画「この世界の片隅に」(2016年)が大ヒットして見事に再ブレイクを果たした。もともとアーティスト志向で、デビュー前はギターでバンドを組んでいたこともあり、2017年以降は歌、作曲、CDリリース、ライブなどの音楽活動も本格化させている。初リリースがアナログ盤で「タイムマシンにおねがい/I LIKE YOU」という超強力カバーであることからも、ミュージシャンにもとても愛されている女優であることが分かる。今回はキリンジの名曲を、弾き語りでしっとりとカバーした「エイリアンズ」をどうぞ。
7.橋本愛/木綿のハンカチーフ - From THE FIRST TAKE
のんと「あまちゃん」で好対照なコンビを組んでいた橋本愛。年齢はのんの2歳下ながら、女優デビューは2010年と先輩にあたり、「あまちゃん」以前から数々の映画やテレビドラマに出演していた。どこからどう見ても文句のつけようのない正統派美人という容姿は、昭和30年代頃の映画産業黄金期であれば間違いなく大スターだったと思うが、複雑怪奇な現代社会では、それが仇となっている面もある。実は今回紹介する女優の中では唯一、ソロシンガーとしてのオリジナル曲をリリースしていないのだが、2020年末、この「木綿のハンカチーフ」を一発撮りで歌った動画が460万回以上視聴され、大きな話題になった。テクニック以前に、真摯(しんし)な歌心がストレートに伝わってくる、これぞ一期一会の名唱である。
8.原田知世/夢の人(I've Just Seen a Face)
筆者には、1983年の映画デビュー作「時をかける少女」の初々しさがいまだに忘れられない。当時は角川春樹率いる角川映画が一世を風靡(ふうび)しており、薬師丸ひろ子、のちに引退した渡辺典子とともに「角川三人娘」の1人として、1980年代の映画界を引っ張っていた。歌手としても「時かけ」の主題歌など、女優業と同時に活動をスタートさせているが、1990年代には鈴木慶一やスウェディッシュポップの立役者であるトーレ・ヨハンソンのプロデュースにより、一気にアーティストとしての素質が開花。2007年には高橋幸宏や高野寛、高田漣(たかだ・れん)らと「pupa(ピューパ)」というバンドを組んでボーカルやキーボードを担当し、ライブも行っていた。今回紹介するのは、2015年にリリースされた全曲カバーアルバム「恋愛小説」からのビートルズのカバー。デビューから40年近く経過したが、女優としても歌い手としても、みずみずしさや透明感が損なわれない稀有な存在である。
9.松下奈緒/泣けるほど逢いたい
歌手だけでなくピアニストでもある女優、それがこの松下奈緒である。3歳のときからピアノを習っており、女優デビュー以前の2003年にはモデル活動と並行して東京音楽大学音楽学科ピアノ専攻に入学。2010年のNHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」に主演したことで人気がブレイクしたが、作曲家・ピアニストとしてのソロデビューアルバム「dolce(ドルチェ)」はそれより前の2006年であり、このアルバムが全曲インストゥルメンタル(歌の入らない楽器だけの演奏)というのも、女優としては異例である。歌手デビューはその翌年で、以降は約1年おきに全国コンサートツアーを行うなど、むしろ音楽活動の方に比重を置いた活動を展開。この「泣けるほど逢いたい」は、2013年発表のアルバム「WOMAN」の収録曲で、華麗なピアノ演奏とともに優しい歌声を披露している。
10.薬師丸ひろ子/戦士の休息
このプレイリストのトリは、現在も女優・歌手として精力的に活動し続けているこの人。筆者と同い年で、デビューから現在まで同時代を生きてきたという意味でも(筆者にとって)特別な存在だが、なかでも歌手デビュー曲「セーラー服と機関銃」で歌声を初めて耳にしたときの不思議な感動は、今でもよく覚えている。高校では合唱部に入っていたため、ビブラートしない唱法に非アイドル的な浮世離れ感があり、それが独特の魅力にもなっていた。以降、主演映画の主題歌はほとんど自身で歌い、映画とともにヒットしていたので、日本の女優としては最もヒット曲の多い存在でもある。21世紀以後は、歌手としての作品発表に加え、以前よりも積極的にコンサートを行っているが、それが懐メロ的に聴こえないのは、謙虚な性格と、よりうまくなりたいという歌手としての強い意欲あってのことだろう。今回は2016年に行われた春日大社(奈良市)でのコンサートから、自らの女優デビュー作となった映画「野性の証明」のラストに流れる町田義人の主題歌のカバーを聴いていただきたい。
※記事の情報は2021年12月21日時点のものです。
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【PROFILE】
徳田 満(とくだ・みつる)
昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。
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