1970年代・シティポップの歌姫たち

JUN 16, 2020

音楽ライター:徳田満 1970年代・シティポップの歌姫たち

JUN 16, 2020

音楽ライター:徳田満 1970年代・シティポップの歌姫たち ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。新企画「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。

いま、世界中のリスナーを虜にしている70's TOKYO発ポップスの果実・女性アーティスト編

ここ数年、日本国内や欧米の若い音楽ファンたちの間で、「シティポップ」が人気を博している。シティポップとは、1970~80年代に日本で作られた大衆向け音楽のなかで、それまでの歌謡曲とも、フォークやロックとも異なる、都会的で洗練された歌詞やメロディー、サウンドを持つ楽曲のこと。オリジナル盤のリリース当時から人気を呼んでいた曲やアルバムはもちろん、あまり評価されなかったものも、CDや配信による再発時にリマスターされ、音質が向上したことも手伝い、魅力が再評価されている。今回はそのなかから、女性アーティストによる70年代のシティポップテイストあふれる作品を集めてみた。時代を経ても決して古びない歌の力と、凄腕ミュージシャンたちが描く芳醇な音世界を、とくと味わってみてほしい。


1.荒井由実「中央フリーウェイ」(1976年「14番目の月」収録)

もし、シティポップの真髄が「メロウネスとグルーヴィー」にあるとしたら、この「中央フリーウェイ」はひとつの到達点だと言いたくなるほど、洗練の極みのようなサウンドだ。新宿から、荒井由実の実家がある八王子まで、中央自動車道を使った束の間のドライブ。実際には、左右に見えるビール工場や府中の東京競馬場も、決してフォトジェニックではないが、そんなありふれた風景さえ、彼女の作家的センスと、それぞれがプレイヤーとしての絶頂期を迎えていたミュージシャンたちの手にかかると、まるで星空の中を駆け巡っているように思えてくる。この頃は、荒井由実の初期作品を支えたキャラメル・ママ(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)の全員が演奏に参加することはなくなっており、サウンドプロデュースは、このアルバム「14番目の月」の発売直後に荒井由実と結婚した松任谷正隆が担当。ことにこの「中央フリーウェイ」は、彼の奏でるフェンダー・ローズが、ドリーミーさを醸し出していて素晴らしい。また、テンションコードや転調も絶妙な効果を上げている。



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2.吉田美奈子「駆けてきたたそがれ」(1977年「TWILIGHT ZONE」収録)

今回紹介する女性アーティストのなかで、最も過小評価されていると筆者が思っているのが、この吉田美奈子。通算5枚目のアルバム「TWILIGHT ZONE」に収録されたこの曲は、村上"ポンタ"秀一のドラムス、高水健司のベース、吉田美奈子自身の弾くピアノが生み出すミディアムテンポのグルーヴが心地よい。しかも驚くべきことにこのアルバムは全曲、歌を含めて一発録りだという。「ソウルフル」などと簡単には言い表せないほど、卓越した歌唱力とソングライティング力を持つ彼女は、ユーミン同様、1973年にキャラメル・ママの全面バックアップによるアルバム「扉の冬」でデビュー後、紆余曲折がありながらも、現在まで着実にキャリアを重ねてきている。筆者は、日本に「逆輸入」デビューした宇多田ヒカルが騒がれていた頃、「日本にも吉田美奈子という人がいて......」と細野晴臣がコメントしたことをよく覚えているが、自他共に妥協を許さず、常に我が道を歩いてきた吉田美奈子が正当な評価を受けるのは、むしろこれからではないだろうか。


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3.大貫妙子「サマー・コネクション」(1977年「SUNSHOWER」収録)

最近では、しっとりとした歌を得意とするイメージのある大貫妙子だが、シュガー・ベイブ解散後、ソロ2作目となるアルバム「SUNSHOWER」では、ブラスやパーカッションを大幅に導入して、当時流行していたニューソウルやフュージョン、クロスオーバーのような「跳ね系」のサウンド作りを、アレンジ担当の坂本龍一とともに行っている。その冒頭を飾るのが、この曲。ただし、売れ行きはまったく振るわず、彼女がブレイクするのはYMOのようにシーケンサー(音楽用コンピューター)を導入し、サウンドも歌い方もガラッと変えた1980年の「romantique」を待たなければならなかった。が、しかし。近年のシティポップブームで、この「SUNSHOWER」はにわかに再評価の声が高まり、わざわざ海外からこのアナログ盤を買うために日本を訪れるリスナーまでいるという。確かに、坂本をはじめ、渡辺香津美や細野晴臣、Stuffにも参加したクリストファー・パーカー(Dr)など、国内外の超一流ミュージシャンがバックを務めた全10曲は聴き応え十分。もしかすると「30年早すぎた」アルバムだったのかもしれない。


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4.佐藤奈々子「サブタレニアン二人ぼっち」(1977年「Funny Walkin'」収録)

「わたしたち どうかと言えば...」アルバムの冒頭から、疾走感あふれるサウンドに乗って、こんな不思議な言い回しのメロディーが不思議な声で聞こえてくる。筆者が初めて耳にしたのは、初めてCD化された1993年頃だったと思うが、ため息か吐息のようなウィスパー・ヴォイスにすっかり心奪われてしまい、しばらくはこのアルバムばかり聴いていた。おそらく、リアルタイムでこのLPに針を落とした人たちは、もっと強い印象を抱いたに違いない。しかも、この「Funny Walkin'」は彼女が大学卒業直後にリリースされたデビュー・アルバムなのだ。他にも名バラード「土曜の夜から日曜の朝へ」など、プロデビュー以前の佐野元春とのコラボレーションで作り上げたこのアルバムは粒揃いで、歌唱法も彼女自身が手掛ける歌詞も、すでに完成されている(編曲は大野雄二)。その後、佐藤奈々子はニューウェイブバンド・SPYを経て一時音楽活動を休止。フォトグラファーとして活躍するが、1993年頃より音楽活動を再開している。



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5.大橋純子&美乃家セントラル・ステイション「シンプル・ラブ」(1977年)

1978年の「たそがれマイ・ラブ」や1981年の「シルエット・ロマンス」のヒットで知られる大橋純子。だが、小柄な見た目からは想像もつかない、パワフルでエモーショナルなヴォーカルがいかんなく発揮されている作品を選ぶなら、この通算5枚目のシングルにとどめを刺す。松本隆の作詞、のちにプライベートでもパートナーとなる佐藤健の作曲で、美乃家セントラル・ステイション(佐藤や土屋昌巳などが所属)によるファンキーな16ビートの演奏を得て、乗りに乗った歌声を堪能できる。大橋純子は2015年の松本隆作詞家45周年記念イベント「風街レジェンド」でも、この曲を披露。約40年という歳月をまったく感じさせない、素晴らしい歌声を聞かせてくれた。2018年に初期の食道がんにかかったことを公表するが、現在でもライブツアーなどで精力的に活動している。


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6.笠井紀美子「バイブレイション」(1977年「TOKYO SPECIAL」収録)

1998年に音楽活動から引退するまで、30年間にわたり主にジャズのフィールドで歌い続け、確固たる地位を築いた笠井紀美子。彼女が1972年の「アンブレラ」に続き、ポップスのアルバムとして発表したのが、現在ではシティポップの名盤として誉高い、この「TOKYO SPECIAL」だ。かまやつひろしのプロデュースによる「アンブレラ」は演奏もヴォーカルスタイルもロックテイストが強かったが、本作では、山下達郎、鈴木勲、筒美京平、矢野顕子、鈴木宏昌らが曲を提供。演奏にも日野皓正、伊集加代子、村岡建、岡沢章、松木恒秀といった豪華な顔ぶれが揃い、ソウルフルかつソフィスティケートされたサウンドを作り上げている。また作詞は、すべて安井かずみが担当。自由に恋を追い求める大人の女性を主人公とした世界を、笠井紀美子はセクシーなフレーバーを随所で振りまきつつ、軽やかに歌い上げている。ちなみに、この「バイブレイション」は、2018年に亡くなったラッパー・ECDが「バイブレーション」として引用。作曲者の山下達郎によるセルフカバー(「ラブ・セレブレーション」)もあるので、聴き比べてみるのも楽しい。




7.しばたはつみ「はずみで抱いて」(1979年)

惜しくも2010年に亡くなってしまったしばたはつみも、シティポップブームに乗って再評価されつつあるシンガーのひとり。父母ともにミュージシャンという恵まれた音楽環境で育ち、9歳にして米軍キャンプで歌い始めたという。一般に広く知られるようになったのは、1977年の「マイ・ラグジュアリー・ナイト」のヒットから。1982年の角川映画「化石の荒野」主題歌が特徴的だが、演歌系ではない(コブシを使わない)ポップスのジャンルで、「情念」を感じさせる歌手としては、おそらく日本で一番の存在ではないかと個人的には思っている。それは、この「はずみで抱いて」のようなアップテンポのナンバーでも言えることで、どんな曲調でも官能性と哀愁を醸し出せる表現力はさすが。しばたはつみは1970年代にTBS系で放送されていた音楽番組「サウンド・イン"S"」にレギュラー出演しており、同じくレギュラーの伊東ゆかりやゲストの歌手とともに、古今東西の名曲を楽しそうに歌いこなしていた姿も忘れられない。



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8.石川セリ「フワフワ WOW WOW」(1976年)

1971年公開の映画「八月の濡れた砂」の同名主題歌でデビューした石川セリの、通算6枚目となるシングル。作詞はみなみらんぼう、作曲はピコこと樋口康雄が手掛けており、曲名のとおり、ふわふわと浮遊しているような独特の声質と歌い方を生かしたミディアムテンポのナンバーとなっている。石川セリの作品としては、のちに夫となる井上陽水が彼女の気を引くために短時間で作ったという「ダンスはうまく踊れない」が有名だが、ほかにも、この「フワフワ WOW WOW」のB面である「セクシー」や「気まぐれ」「ひとり芝居」「遠い海の記憶」「野の花は野の花」など佳曲が多く、なかでも「ムーンライト・サーファー」や「ときどき私は......」は、シティポップとして再評価されるべき名曲だと思う。現在は歌手活動を休止しているようだが、またぜひ歌ってほしい。




9.ラジ「IT'S ME...IT'S YOU」(1977年「HEART to HEART」収録)

ラジは、本名を本田(旧姓・相馬)淳子と言い、高校生フォークグループの一員として1973年にデビュー。その後、グループを脱退してCMソングなどを手掛け、1977年にシングル「HOLD ME TIGHT」と、アルバム「HEART to HEART」でソロデビューした。彼女の持ち味は、クセのない透き通るような歌声。「透明感のある声」という表現を目にすることは多いが、彼女ほどこの表現がぴったりなシンガーは少ないのではないだろうか。また、ラジはスタッフにも恵まれている。このアルバムにも収められた「愛はたぶん」は、高橋信之が作曲した日産スカイラインのCMソングで、その縁から高橋信之の実弟である高橋幸宏や後藤次利といったサディスティックスのメンバーなどが作曲や演奏に参加。ラジのヴォーカルとも相まって、「これぞシティポップ」という洒落たサウンドを作り上げている。ラジは現在もバックシンガーとして活動しているが、大滝詠一の「ベルベット・モーテル」や高橋幸宏の「プレゼント」などでも、存在感のあるヴォーカルを披露しており、シティポップに欠かせない存在といえる。


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10.いしだあゆみ&ティン・パン・アレー・ファミリー「私自身」(1977年「アワー・コネクション」収録)

シティポップ・70年代女性編の最後は、いしだあゆみとティン・パン・アレーが組んだ「アワー・コネクション」から、オープニング曲を。このアルバムは全12曲とも、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」などの歌謡曲やグループサウンズを手掛けていた作詞家・橋本淳が、いしだあゆみ自身をも思わせる都会の女性を主人公に書き上げた短編小説のような詞に、細野晴臣が曲をつけており、曲調はバラエティに富みながら、どれも「粋」を感じられる出来だ。演奏にはティン・パンの4人(細野・鈴木茂・林立夫・佐藤博)のほか、矢野顕子、岡田徹(key)や山下達郎、吉田美奈子(cho)なども参加。それまでアイドル的な歌を歌っていたいしだあゆみも、ここではクールを装いながら可愛気も備えた大人の女性を、声で演じているかのような名唱を聞かせてくれている。1990年代初頭に初めてCD化された際は「歴史的名盤」というキャッチコピーが付いていて、当時はやや大げさにも感じたが、今ではその言葉がぴったり当てはまり、個人的にも年に一度は必ず聴くほどの愛聴盤だ。(動画はコンピレーションCDのダイジェストで、9:00あたりから「私自身」が流れる)



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  • プロフィール画像 音楽ライター:徳田満

    【PROFILE】

    徳田 満(とくだ・みつる)
    昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。

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