【連載】創造する人のためのプレイリスト
2019.11.26
音楽ライター:徳田 満
日本が世界に誇るテクノポップ、その創作の秘密
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。新企画「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
40年前のスーパークリエイター・YMO、「現在」との比較で創作の秘密を探る
昨年(2018年)に結成40周年を迎えたYMO(YELLOW MAGIC ORCHESTRA)は、今なお新たなフォロワーを世界各地で生み出し続けている。メンバーである細野晴臣・坂本龍一・高橋幸宏の3人ともが、日本が世界に誇れるアーティストであることは言うまでもないが、その3人が組み合わさったときに化学反応のように発生する圧倒的なクリエイティビティはまさに世界レベルだった。その源泉はどこにあったのか。そして40年後のYMOの音楽は、かつてと何が変わり、何が変わっていないのだろうか。3人のYMO活動当時の作品と、現在の作品を比較しながら、一世を風靡したスーパーグループの創作の秘密に迫ってみたい。
1. RYDEEN / YELLOW MAGIC ORCHESTRA(1979年)
日本で生まれ、暮らしてきた人なら、世代を問わず、一度は「レーミーファー」で始まるこの曲を耳にしたことがあるはずだ。当時は街を歩けばどこからでもこの曲が聞こえてきたという印象があるが、日本という「歌謡」の国で、なぜ歌のないインスト曲がそこまで流行ったのだろうか。筆者が考えるに、1.覚えやすいキャッチーなメロディでシンプルなエイトビートだったこと。2.歌詞をつければピンクレディーあたりが歌いそうな「歌謡」テイストがあること。3.間奏部分に当時流行していた映画「スター・ウォーズ」で聞こえるような、子供の好きなSE(効果音)が入っていること。......あたりが理由ではないだろうか。ともあれ、一般にはほとんど知られていなかった3人の腕利きスタジオミュージシャンの運命は、この「RYDEEN」と「TECHNOPOLIS」の2曲によって一変したのである。
2. ホタル / 細野晴臣(1982年)
YMOの活動時期(1978~1983年)に唯一発表された細野のソロアルバム「フィルハーモニー」の中の1曲。このアルバムは、歌もの・インスト曲を問わず、全曲で「サンプリング」という手法が使われている。サンプリングは、他のアーティストの音源の一部を使ってトラックを作るヒップホップのアーティストたちによって一般的に知られるようになったが、細野はこの前年の1981年、YMOの「TECHNODELIC」で初めてサンプリングを導入した経験を活かし、人の声や物を叩いた音などの自然音を加工してリズムやフレーズに取り入れていて、当時聴いたときは音の感触がとても新鮮だったことを覚えている。この「ホタル」でも、ガムランのリンのような音によるミニマルなフレーズが延々と繰り返されるなか、「ホ」と「タル」の言葉が巧妙にリズム化されている。
3. 洲崎パラダイス / 細野晴臣(2017年)
2017年に発表された21枚目のオリジナルソロアルバム「Vu Ja De(ヴジャデ)」の収録曲。「フィルハーモニー」当時はもちろん、80年代の細野はシンセサイザーやMC-4(シーケンサー=音楽用コンピューター)なしでの楽曲制作は考えられなかったが、2000年のTin Pan(細野・鈴木茂・林立夫)の頃より生演奏へ回帰。リンクしている動画は2017年11月のライブバージョンだが、近年はボーカルにも目覚め、ライブ活動も盛んに行っている。この「洲崎パラダイス」は、1956年公開の映画「洲崎パラダイス赤信号」(監督・川島雄三、音楽・眞鍋理一郎)の劇中音楽にインスパイアされて作ったという1曲。上記の「ホタル」とは一見(一聴)落差があるようだが、ミニマムをやろうがアンビエントをやろうが歌ものをやろうが、細野の作る曲にはどこかノスタルジックな響きがあり、そこが人々に親しまれる理由になっていると思う。
4. PARADISE LOST / 坂本龍一(1984年)
YMOが「散開」した翌年に発表されたソロアルバム「音楽図鑑」の中の1曲。坂本や高橋はYMOと並行して毎年ソロアルバムを作っていたが、高橋がYMOをよりポップに展開した作品を発表していたのに対し、YMO(人気)に嫌気が差していた坂本は、パンクと即興性とダブの手法をミックスしたアルバム(「B-2UNIT」)など、YMOを仮想敵にしてソロを作っていた。ところが、いざYMOがなくなると、今度はどこに焦点を絞って作ればいいかわからなくなったようで、1年以上スタジオにこもって完成させた「音楽図鑑」は、タイトルどおりの幕の内弁当的な内容。ただ、完成度の高い楽曲も多く、この「PARADISE LOST」も、「戦場のメリークリスマス」や「ラストエンペラー」のテーマに通ずるアジアン的なメロディをレゲエのリズムに乗せて仕上げた、隠れた名曲だと思う。
5. andata / 坂本龍一(2017年)
2017年に発表されたソロアルバム「async」の中の1曲。クラシックと現代音楽の深い素養を持つ坂本ならではの、教会音楽のような王道的なインスト曲である。上記の「音楽図鑑」以後の坂本は、ロックやポップスへのコンプレックスもあってか、黒人ヴォーカリストを使ってやたらフィジカルなライブを行っていた時期もあったが、「ラストエンペラー」でアカデミー作曲賞を得て、ニューヨークに移住してからは、映画音楽の仕事と並行しながら、徐々にポップスとは一定の距離を置いた活動をするようになった。この「andata」のように、美しいメロディと確固たる音楽理論に支えられた楽曲構成能力が本来の坂本龍一であり、それはこの40年来不変である。そして、その才能が「共作」という形をとって結実した唯一の例が、YMOだったのだなと、つくづく思う。
6. Drip Dry Eyes / 高橋幸宏(1981年)
YMOが「ファン切り離し」のために作ったアルバム「BGM」の直後に出たソロアルバム「ニウロマンティック ロマン神経症」の中の曲。「BGM」の「バレエ」や、YMOの2ndアルバム「SOLID STATE SURVIVOR」のタイトル曲などもそうだが、高橋のフレンチやブリティッシュなどのヨーロピアンなセンスが、YMOのサウンドを奥深いものにしていることがよくわかる楽曲だと思う。特にこの「ロマン神経症」は、ロキシー・ミュージックのアンディ・マッケイやトニー・マンスフィールドも参加してロンドンで録音されたということもあってか、とても日本人離れした音になっており、筆者が一番好きな高橋幸宏のソロアルバムでもある。なお、リンクの動画は2014年に「高橋幸宏&METAFIVE」として行ったライブから。一部分ながら「Drip Dry Eyes」もプレイされている。
7. シェー・シェー・シェー・DA・DA・DA・Yeah・Yeah・Yeah・Ya・Ya・Ya / THE BEATNIKS(2018年)
ソロではないが、高橋幸宏とムーンライダースの鈴木慶一によるユニット・THE BEATNIKSの最新アルバム「EXITENTIALIST A XIE XIE」から。THE BEATNIKSは、YMOが活動していた1981年に1stアルバムを出して以来、アルバムごとに音楽性を変えながら断続的に活動している。YMO散開後、高橋は基本的にはずっと、シンセサイザーやシーケンサーを使った歌ものの楽曲を作ってきたので、サウンド的にはYMOを最も継承していると言えるだろう。また、バンド志向も強く、YMO当時からライブを一番精力的にやってきたのも彼で、ステージでYMO時代の作品を取り上げることも多いが、どの時期のソロでも違和感がない。それは、それぞれの時代に合うようアレンジしているという時代感覚の鋭さもあるが、YMOのポップさとは、結局、高橋幸宏が普遍的に備えているポップセンスのことだったのかもしれない。
8. 体操 / YELLOW MAGIC ORCHESTRA(1981年)
最後に、もう一度YMOを。一般にはあまり知られていないが、ファンの間では「BGM」と並んでYMOの最高傑作と言われるアルバム「TECHNODELIC」から、唯一シングルカットされた曲。スティーヴ・ライヒのミニマル・ミュージックに影響を受けていた坂本が、ピアノでミニマルなフレーズを繰り返したものがベースになっているが、全体の構成がブルース進行になっているため、実験性とポップさが合わさって独特な感触となっている。YMOはアルバムによって、3人の個性が分裂してしまっているものと、うまく溶け合って別の次元に到達しているものに分かれるが、この「TECHNODELIC」は、「RYDEEN」や「TECHNOPOLIS」を収録した大ヒットアルバム「SOLID STATE SURVIVOR」と同様、後者の方だと思う。また同時に、日本のポップ・ミュージックのひとつの到達点でもあるとも考える。未聴の方は、ぜひ。
※記事の情報は2019年11月26日時点のものです。
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【PROFILE】
徳田 満(とくだ・みつる)
昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。
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