【連載】創造する人のためのプレイリスト
2022.07.12
スーパーミュージックラバー:ケージ・ハシモト
ネットのコミュニティーから生まれた新たな音楽ジャンル「ヴェイパーウェイヴ」とは何か
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。本連載「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
「Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)」と呼ばれるジャンルの音楽を聴いたことがあるだろうか。ヴェイパーウェイヴとは、2010年代あたりに、ネット上で活動するニッチな音楽愛好家たちのコミュニティーの中で生まれた新しい音楽ジャンル。
「1980~90年代のポピュラー音楽をいかに見つめ直すか」という視点から、それらの曲をパソコンの音楽制作ソフトを使って細切れに切り刻んだり、それをリピートさせたり、極端にテンポを速くしたり遅くしたり、リバーブなどのエフェクトを強力にかけ、原曲の原型を留めないほど加工する。それによって80~90年代の大量生産・大量消費社会への懐古を含みながら、批判的、あるいは懐疑や風刺、皮肉などの視点を含んだものだった。
それゆえ初期のヴェイパーウェイヴのジャケットには日本のバブル経済を想起させるようなイラストや、ニューヨークにあった世界貿易センタービルなどが描かれることがある。またジャケットのアートワークも音楽制作と同様の方法を用いて、絵や彫刻を無秩序に並べたり、70~80年代当時の古い疑似3Dの技術を模した人工的な背景を素材として使うこともある。
とはいえ、時代を経るごとにそうした思想的な観点は薄れて、各々のアーティストたちが独自に音楽的な探求を進めることでヴェイパーウェイヴはさまざまな方向へと進化を遂げた。その派生ジャンルの1つ、ビート性がより強調された「Future Funk(フューチャーファンク)」は素材として80年代の日本で流行したシティポップを多用し、それが結果的に世界的な日本のシティポップ再興に一役買うこととなった。今回は現代の音楽シーンを考える上で欠かせないジャンルの1つとなったヴェイパーウェイヴをご紹介する。
1.MACINTOSH PLUS「リサフランク420 / 現代のコンピュー」
ヴェイパーウェイヴというジャンルを語る上で欠かせないのが、この1曲である。この曲が収録されているのは2011年に発表された「Floral Shoppe」※1というアルバムだが、このアルバムで採られた方法論が、その後の基礎となった、ヴェイパーウェイヴの金字塔的なアルバムである。本アルバムの名義はMACINTOSH PLUS(マッキントッシュ プラス)であるが、本来のアーティスト名はVektroid(ヴェクトロイド)であり、ジャンルの最初期にさまざまなクレジット名で数多くの楽曲を作成しジャンルの隆盛に貢献していることから、ヴェイパーウェイヴというジャンルの草分け的存在の1人とされている。
また、無理やり日本語に機械翻訳したかのような曲のタイトルも特徴的であり(ジャケットにはタイトルである「Floral Shoppe」の直訳である「フローラルの専門店」という言葉が描かれている)、これもヴェイパーウェイヴの展開を方向づける1つとなった。この曲の元曲は、アメリカを代表する女性シンガーの1人、Diana Ross(ダイアナ・ロス)の「It's Your Move」である。
※1 著作権の問題でリンクを貼ることができないが、YouTubeなどで「リサフランク420 / 現代のコンピュー Floral Shoppe」と検索すれば視聴できる。
2.Blank Banshee「Eco Zones」
Blank Banshee(ブランク・バンシー)もヴェイパーウェイヴの初期から活発に活動していたアーティストだ。この曲のサンプリング※2元はスーパーファミコン用ソフトとして発売された「スーパードンキーコング」というゲーム内の音楽なので、このゲームに触れたことのある人なら一聴すれば、すぐに「ああ、あの曲か」とお分かりいただけるはずだ。
こちらは原曲の持つ幻想的なイメージを生かしながら、リバーブやリズムマシンを加えることでサウンドにメリハリをつけている。原曲の水中感のあるサウンドをしっかりと残すことで原曲との橋渡しに成功しており、美しい1曲だ。また、ミュージックビデオもヴェイパーウェイヴ独特の原色、中間色のグラデーション、人工的な空間の表現、ポリゴンの粗い3D映像などの要素を多用している点にも注目してほしい。
※2 サンプリング:ある録音された楽曲や音源の一部を切り出し、それを新たな楽曲の一部として用いる手法。
3.ESPRIT 空想「SUMMER NIGHT」
ESPRIT 空想は、現在は本名であるGeorge Clanton(ジョージ・クラントン)の名義で活動している。このアーティストはノスタルジックな観点を重視しており、ヴェイパーウェイヴ的なものを用いつつ、スムースで聴きやすい曲に仕上げることから人気の高いアーティストである。アニメのワンシーンが短い間隔で繰り返され続けるミュージックビデオも、ヴェイパーウェイヴの音楽制作の方法論を映像にも適用したものだ。またこの頃になるとエレクトリックピアノやリズムマシンを印象的に導入する楽曲が増えており、これが後のジャンル発展につながっていくこととなる。
4.猫 シ Corp.「Emerald 都市 2070」
アーティスト名である猫 シ Corp.は、キャット・システム・コーポレーションの略。この曲は2014年に発表したアルバム「Hiraeth」に収録されており、これはヴェイパーウェイヴシーンの中で彼の名を一躍有名にしたアルバムである。中でもこの「Emerald 都市 2070」は日本人シンガーソングライターである杏里の楽曲「Gone With the Sadness」を用いているところに注目すべきであろう。冒頭のインスト部分を切り取ってスローダウンさせ、繰り返すことでリズム感をつくりながら、随所に変拍子を挟み込みテーマを印象づけるとともに無秩序感を演出している。このように曲の速度をスローダウンさせて独特の空気感を生じさせる手法は、ヴェイパーウェイヴに通底したものだ。
また、猫 シ Corp.を語る上で外せないのは同じく2014年に発表されたアルバム「Palm Mall」である。このアルバムタイトルを冠した楽曲「Palm Mall」は22分の超大作で、リバーブなどのエフェクターを積極的に用いて浮遊感のあるサウンドを創出し、さらに日本の古いコマーシャルや足音、広い空間での反響音などを加えてショッピングモールの環境音のようなサウンドをつくり出すことで、楽曲に不思議な空間感を演出している。
そうした空気感は、ジャケットのアートワークも相まって、本来は人がいるはずの広い空間に人がいない不安感、孤独感を表現しているとして注目され「Mallwave(モールウェーブ)」と呼ばれるヴェイパーウェイヴのサブジャンルへと発展していくこととなった。こうした空間感は音楽のみならず「Liminal Space(リミナルスペース)」という芸術ジャンルへとつながることとなり、現在の全世界的なインターネットミーム※3として創作活動が盛んな「The Backrooms(バックルーム)※4」にまで強い影響を与えている。
※3 インターネットミーム:インターネット上で流行拡散される、文章や語句、画像、動画などの総称。
※4 The Backrooms(バックルーム):アメリカの匿名掲示板にアップされた、オフィスビルの一角のような黄色を基調とした画像を発端として、その世界観を発展させた画像や動画などの創作群の総称。インターネットミームの1つとして、海外を中心に近年話題となっている。
5.t e l e p a t h テレパシー能力者「永遠に生きる(Live Forever)」
ヴェイパーウェイヴが発展するにつれ、切り刻んだり短い間隔でループを繰り返すという従来からの方法論から離れて、リズムマシンなどを用いてよりビート性の強いサウンドづくりを行うアーティストが現れた。その中間的な立ち位置といえる楽曲としてこの曲をピックアップした。t e l e p a t h テレパシー能力者は「仮想夢プラザ」という名義でも活動しており、どちらもヴェイパーウェイヴにおいて著名なアーティストとして知られている。
6.SAINT PEPSI「Better」
ビート性の強いサウンドへ傾倒したヴェイパーウェイヴの一部のアーティストたちは、そのうちにヴェイパーウェイヴの持つハウスやディスコといった側面を強調し、よりはっきりとしたリズムを軸とした派生ジャンルとして「Future Funk(フューチャーファンク)」を確立しはじめることとなる。SAINT PEPSI(セイント・ペプシ)は、フューチャーファンクがジャンルとして確立する以前からこうした試みを行っており、フューチャーファンクのジャンル確立に大きく貢献したアーティストである。
ヴェイパーウェイヴの特徴であるスローダウンから脱却し、バスドラムがすべての拍の頭に入るいわゆる「4つ打ち」のダンスミュージックやディスコファンクに近いリズムによって曲全体を疾走感でまとめ上げながら、同時に強いエフェクトを掛けたり曲を細切れに切り刻んでリピートするというヴェイパーウェイヴの方法論を引き継いでいる。こうした楽曲作りはヴェイパーウェイヴシーンに衝撃を与え、フューチャーファンクが確立されていくきっかけとなった。
7.Flamingosis feat. Yung Bae「Groovin'」
Flamingosis(フラミンゴーシス)もまた、フューチャーファンクがジャンルとして確立する以前から精力的に活動してきたアーティストである。彼の特徴は楽曲作りの幅広さであり、フューチャーファンクのリズミカルなディスコサウンドはもちろん、Kool & the Gang(クール&ザ・ギャング)※5の楽曲をスローダウンさせたゆったりとしたサウンド、あるいは電子音を多用したテクノミュージック的なサウンドなど、ジャンルにとらわれないアプローチが持ち味である。
またYung Bae(ヤング・ベー)もフューチャーファンクを代表するアーティストとして知られており、特に80年代に日本で流行したシティポップに着目し積極的に取り入れたことで有名。本作のように、他のアーティストとのコラボレーションにも積極的だ。Yung Baeはヴェイパーウェイヴの特徴であるスローダウンとは反対に原曲をスピードアップさせ、速度が速く音程も高い楽曲に仕上げることを得意とし、フューチャーファンクの特徴であるダンスミュージックやディスコファンクに近いリズムを強調した楽曲が多く、フューチャーファンクの方向性を決定づけたアーティストの1人である。この「Groovin'」についてもそうした傾向を感じ取ることができる。
※5 Kool & the Gang(クール&ザ・ギャング):50年以上のキャリアを誇るアメリカのソウルグループ。
8.Night Tempo & 八神純子「黄昏のBAY CITY (Night Tempo Showa Groove Mix)」
シティポップとフューチャーファンクの関係を語る上で外せないのがNight Tempo(ナイトテンポ)というアーティストだ。彼はたくさんの日本のシティポップをフューチャーファンク風味にリミックスしていることで有名で、日本のクラブでDJとして自ら持ち込んだフューチャーファンクを流すなど、活動は多岐にわたっており、フューチャーファンクのアーティストとしては日本国内で随一の知名度を誇っている。
また「Night Tempo presents ザ・昭和グルーヴ」と銘打って日本のアーティストたちとも公式なコラボも行っており、Night Tempoの存在は日本の音楽シーンに大きな変化を与えているといえるだろう。そして、それは原曲であるシティポップへの世界的な再注目のムーブメントにもつながっており、一度は忘れ去られた日本の曲が突如として世界的に再生数を伸ばし、発売元のレコード会社を驚かせるような事態になっている。
9.マクロスMACROSS 82-99 feat. Sarah Bonito「Horsey」
マクロスMACROSS 82-99もYung Baeとともにフューチャーファンクをけん引するアーティストの1人として知られている。彼のスタイルはシティポップのみならずアニメのセリフや80~90年代の日本のコマーシャルなどをサンプリングし楽曲中に挿入するなど、日本の大衆文化への造詣の深さと遊び心を感じさせる曲作りが特徴だ。「Horsey」ではバックグラウンドにT-SQUARE (ティー・スクェア)※6のサンプリングを流しながら、日英ハーフのアーティストであるSarah Bonito(サラ・ボニート)をフィーチャリングしてボーカルをのせるなど、フューチャーファンクというジャンルの拡張可能性という面でも目が離せない。
※6 T-SQUARE(ティー・スクェア):日本のフュージョンバンド。1976年、安藤正容を中心に結成。1978年、アルバム「LUCKY SUMMER LADY」でCBSソニーよりデビュー。海外でも精力的に活動し、各地で絶大な人気を得ている。
10.Desired「Wake Up」
山口美央子※7の「いつかゆられて遠い国」をサンプリングした「Wake Up」はフューチャーファンクの中でも有名な1曲。フューチャーファンクの特徴であるスピードアップや4つ打ちのリズムを強調しつつ、中盤は原曲の複雑なリズムをそのまま大胆に採用してリズムにメリハリをつけている。そして終盤からヴェイパーウェイヴ的な細かい切り刻みとリピートによってリズムマシンを際立たせつつコード進行を演出しており、4つ打ち一辺倒のリズムづくりに一石を投じる名曲だ。
※7 山口美央子:シンガーソングライター。1980年にキャニオンレコードからアルバム「夢飛行」でデビュー。シンセサイザーの音色にマッチする彼女の歌声から「シンセの歌姫」といわれた。職業作曲家としても活動しており、多くのアーティストに楽曲を提供している。
11.Versake「outside」
最後に比較的近年の楽曲を紹介する。Versakeは新進気鋭のアーティストであり、リリースの頻度もかなり高く、近年注目を集めている。中でも「outside」は彼の代表曲として知られている。フューチャーファンクの特徴はそのままに、リズムマシンとともに印象的なギターリフが曲を通して流れ続けており、曲全体が締まって聴こえるところに斬新さを感じさせながらも、ヴェイパーウェイヴ的な細かい切り刻みとリピートの繰り返しを随所に差し込むことで展開をつくっている。フューチャーファンクのジャンルとしての成熟を感じ取れる1曲。
※記事の情報は2022年7月12日時点のものです。
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【PROFILE】
ケージ・ハシモト
あるときは音楽ライター、あるときはミュージシャン、あるときはつけ麺研究家と正体不明の超音楽愛好家。音楽の趣味もジャンルレスでプライスレス。
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