【連載】創造する人のためのプレイリスト
2020.09.25
音楽ライター:徳田 満
「U40(アンダー・フォーティ)世代が伝える 懐かしくも新しい歌たち」
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
「J・POP」という言葉がすっかり定着した、日本の大衆音楽。その上位売上枚数は、数百万枚に及ぶことも珍しくない。一方、まだ「歌謡曲」や「ニューミュージック」という言葉が生きていた時代では、ミリオン(100万枚)でも大ヒット。しかし、現在のメガヒット曲がごく一部の世代にしか知られていないのに対し、昭和の時代の歌は幼児からおじいちゃんおばあちゃんまでが口ずさんでいた。その理由はいろいろ挙げられるが、間違いなく言えるのは、歌詞・メロディー・アレンジ・歌唱の全て、つまり作品として優れていたからだということ。昭和の終焉から30年以上が経ち、当時を知らない世代が好んで昔の歌をカバーするのも、それが大きな理由だろう。今回は、そんな40歳以下の若手アーティストたちの新鮮な視点で解釈し直された昭和の名曲たちを聴き、改めて歌の持つ素晴らしさを味わいたい。
1.May J.「RIDE ON TIME」
東京生まれの女性アーティスト、May J.がデビュー10周年を記念してリリースしたカバーアルバム「Sweet Song Covers」の冒頭を飾る1曲。このアルバムは、「木綿のハンカチーフ」や「SWEET MEMORIES」「う・ふ・ふ・ふ」「異邦人」など、昭和の名曲ばかりをカバーしたもので、その意味ではどれを選んでもよかったのだが、女性ながら、あえてこの40年前の山下達郎初の大ヒット曲に挑戦した心意気を買った。他の収録曲同様、この「RIDE ON TIME」も基本的なアレンジは原曲を踏襲しており、どちらかといえばしっとり系の歌を得意とする彼女には難しかったように思えるが、山下達郎の突き抜けたソウルネスの代わりに明るく爽やかなイメージで歌い上げており、これはこれで新鮮な印象。
2.クリス・ハート「やさしさに包まれたなら」
アメリカ・サンフランシスコ生まれのクリス・ハートは2009年に日本へ移住、2013年にソロデビューし、同年のNHK紅白歌合戦に出場して松田聖子とデュエットを披露したことでも知られる。その、生粋の日本人としか思えないほどの流暢な日本語で歌われるクセのない優しい歌声には、女性ファンも多い。荒井由実が1974年に発表した、この「やさしさに包まれたなら」は、宮崎駿監督の映画「魔女の宅急便」に使われたこともあり、数多くのアーティストにカバーされているが、こんなにやわらかなニュアンスで歌える男性アーティストは、おそらく彼だけではないだろうか。なお、2017年に日本国籍を取得している。
3.手嶌葵「風の谷のナウシカ」
宮崎駿映画つながりで、この楽曲へ。手嶌葵のデビューシングルは、やはり宮崎駿監督の「ゲド戦記」の主題歌「テルーの唄」で、同映画ではヒロインのテルー役の声優も務めている。また、「風の谷のナウシカ」は、1984年に安田成美のやはりデビュー曲として作られた、同名映画のイメージソング。この手嶌葵のバージョンは、2015年に松本隆作詞活動45周年記念としてリリースされたカバーアルバム「風街であひませう」に収録されているが、おそらくそうしたつながりでこの曲をカバーすることになったのだろう。ドラマティックなストリングスをフィーチャーしたイントロで始まる原曲とは対照的に、アコースティックな室内楽のような抑えたアレンジ。彼女のささやくようなヴォーカルも、周りの音に溶け込むかのような静謐さで心癒される。
4.THE TOKYO「男達のメロディ」
今回紹介するアーティストの中では、もっとも年若と思われる(非公表だがメンバー全員20代らしい)のに、昭和歌謡を大リスペクトしているバンド。2018年に発表したカバーアルバム「男」はそのタイトルどおり、1979年にSHOGUNがリリースしたこの「男達のメロディ」をはじめ、全曲昭和の男性アーティスト作品のみ。サウンド的にはストレイ・キャッツや初期のエレファントカシマシのようなシンプルなギターロックで、ヴォーカルも特に上手いとは思えないが、今の時代にこれだけ女性に媚びない、男くさい歌い方を堂々とできるだけでも貴重だ。メンバーが出演しているこの曲のPV(プロモーションビデオ)も、昭和感にあふれていて必見。最近ギターとドラムスが脱退したようだが、このテイストを継続させてほしい。
5.倖田來未「め組のひと」
今年デビュー20周年を迎え、すっかり大御所となった感のある倖田來未。この「め組のひと」は、2010年発表のカバーアルバム「ETERNITY~Love & Songs~」に収録されていたが、2018年、ソーシャルアプリTik tokで女子高生が動画を投稿したことから再注目されたという。1983年にラッツ&スターの初シングルとして発表された、跳ね系の要素もあるが、どちらかといえば歌謡曲テイストが強いこの曲を、倖田來未は21世紀のデジタル・ダンスミュージックとして換骨奪胎。動画の人気が再燃したことでも分かるように、ナイスバディの女性ダンサーたちとともに、彼女がキレッキレのダンスを披露するPVも必見だ。
6.青山テルマ「ラヴ・イズ・オーヴァー」
その倖田來未に次ぐディーバ(歌姫)として、女子高生を中心に不動の人気を誇る青山テルマ。バラードからラップまで対応できる豊かな表現力が強みだと思うが、彼女はもともと洋楽志向で、洋楽だけのカバーアルバムはあるものの、和モノのカバーは少ない。その数少ないひとつが、1982年の欧陽菲菲による大ヒット曲「ラヴ・イズ・オーヴァー」。欧陽菲菲のオリジナル曲は歌唱力を活かした壮大なアレンジのもと、ドラマティックに歌い上げられていたが、青山テルマはクールなレゲエサウンドに乗せて、比較的感情を抑えた感じで愛の終わりを綴っている。それでいて、別れゆく相手への誠実さが伝わってくるのはさすが。
7.秦基博「なごり雪」
2006年にデビュー、決して派手さはないが、着実にキャリアを積み重ね、ファンを獲得してきた21世紀のフォークシンガー、それが秦基博である。アコースティックギターを爪弾きながらクセのない伸びやかな声で歌うのは、基本的に全て自作曲と、まさにフォークの王道を歩んでいる存在と言えるだろう。そんな彼がカバーする「なごり雪」は、イルカの大ヒット曲として知られているが、オリジナルは1974年にかぐや姫が発表したアルバムに収録されていたもの。この曲も数多くのアーティストにカバーされているが、秦基博のバージョンは歌詞の切なさがしみじみと伝わってくる名カバーだと思う。
8.やくしまるえつこ「メトロポリタン美術館」
さる知人が「戸川純以来の衝撃を受けた」という女性アーティストが、このやくしまるえつこ。一般的な知名度はさしてないかもしれないが、ポップスから前衛ジャズまでジャンルレス、ボーダーレスな活動でカルト的人気を誇っている。彼女の特徴は、どこかやる気がなさそうな、ぶっきらぼうでいてカマトト(死語)ぶってもいるような独特の歌唱法。だがこれにハマってしまうと抜けられなくなるので要注意だ。原曲は1984年のNHK「みんなのうた」で人気だった大貫妙子の作品。このカバーが収められた2013年のアルバム「RADIO ONSEN EUTOPIA」では、アコースティックギター1本で奏でられる「北風小僧の寒太郎」もいい。
9.三浦祐太朗「いい日旅立ち」
最後は、リアルにオリジナルアーティストの「チルドレン」である、この人に登場してもらおう。三浦友和と山口百恵の子息の三浦祐太朗。当初はその事実を伏せてバンドでデビューしていたが、のちにソロに転向している。この「いい日旅立ち」は、2017年に山口百恵が歌ったシングルヒットを集めたカバーアルバム「I'm HOME」の中の1曲。歌声は素直な印象で、女性で、しかも実の母の曲ということでやりづらかったと思うが、微妙なニュアンスも表現しているのはさすが、このふたりの血を引いているだけのことはある(三浦友和も以前は歌手活動もしていた)。同時に、改めて山口百恵の歌手としての凄さも思い知らされた。旅行すら満足に行けない昨今だが、この歌を口ずさみつつ、気兼ねなく旅立てる日が一日でも早く訪れることを祈りたい。
※記事の情報は2020年9月25日時点のものです。
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【PROFILE】
徳田 満(とくだ・みつる)
昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。
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