【連載】流転のパラダイス人生
2019.06.25
パラダイス山元
原点は「郵便局前に朝から並ぶということ」
あるときはマンボミュージシャン、あるときはカーデザイナー、そしてあるときは餃子レストランのオーナーシェフ、またあるときはマン盆栽家元、さらにグリーンランド国際サンタクロース協会の公認サンタクロース、入浴剤ソムリエ、飛行機のプロ搭乗客?......。あらゆるジャンルを跨ぎながら、人生を遊び尽くす「現代の粋人」パラダイス山元さんに「遊びの発想の素」を教えてもらいましょう!
デザインに興味を抱くきっかけは「切手集め」
子どもの頃、誰しも一度はハマったものの、今、それに夢中になっている人は、ほぼ絶滅危惧種扱いになってしまった趣味といえば「切手集め」。男の子なら、家に遊びに行ってはコレクションを見せびらかしあったり、交換したりなんてしたことの一度や二度は誰もが経験済みでしょう、といいつつ昭和生まれ限定かもしれませんが。かくいう私も、幼稚園の頃から、家に送られてきた郵便物の切手部分の外周を切り取り、それをぬるま湯に浸して古切手を集めるということに目覚めて以来、それがほとんど日常で習慣化して成長していきました。
巷では、今度の記念切手は特別な価値がある、後々高値になるなどという噂が飛び交うなど、今のようにネットでなんでも売り買いできる環境もなければ、実際にはその本当の価値すら不明というものを、切手カタログの値段表だけを頼りに、そのあるんだかないんだか本当のところよくわからない価値に翻弄されつつ、ひたすら切手を集めていた人のなんと多かったことでしょう。
確実に記憶に刻まれているのは、1972年の札幌五輪の記念切手を買い求めるのに、母親と早朝近くの郵便局まで向かったことです。たかだか記念切手を買うために「行列ができる郵便局」になっていました。朝6時には家を出たものの、郵便局前には50人以上の列ができていて、同じクラスの子も親と一緒に並んでいて、静寂ではあったものの現場の状況は沸騰していました。「ここの小さな郵便局では割り当て枚数が少ないかも、せっかく並んでも売り切れてしまうかもしれない。今から本局へ行って並んだ方が確実かもしれない」と、母親に導かれるまま札幌中央郵便局まで、電車に乗って向かいました。
もしかして買えなかったらどうしようという不安が、ガタゴト揺れる市電の中で炸裂していました。本局近くの電停に降り立ったら「急いで!走って!」と、母から檄が飛びました。生まれて初めて味わう母との切羽詰まった感。正面玄関から郵便局の裏手にまで延びた大行列の最後尾についた際、私が「ダメかもね...」と呟くなり、母は「この位置なら絶対買えるから...」と言い切りました。列はその後もどんどん増え続け、販売開始時間の頃には後ろにできていた列の最後尾も角を折れてどこまでなのかわからなくなっていました。
結局、全種類の切手シートを買うことができました!家の近くの郵便局に並んでいた友は、全種類は買えなかったと残念がっていました。母の、あの一瞬の判断で本局へダッシュした作戦勝ちでした。そわそわ感や、もし買えなかったら...の残念感など、おそらくその日を境に、様々な感情が自分に備わった記念すべき日となりました。
さらには、記念入場券とか、何か並んでものを手に入れるという行為が、体内で標準化されてしまったきっかけにもなりました。
切手の何がそんなに面白いの?
やはりデザインでしょう。あの小さなスクエアなスペースに、金額と「日本郵便」「NIPPON」という決まり、さらには「〇〇国定公園」など、しっかり、キチッとレイアウトされているものの美しさに、子ども心に絵心が刺激されました。また、年を追って、印刷技術も向上し、凹凸のあるものや、特殊なインクで印刷されたものなどが出回ると、単に価値があるからコレクションするというより、「愛でる」方に趣を置くようにもなりました。とはいえ、未使用の切手は、「額面以上の価値」があることには変わりないのですから、その価値とのバランスも収集する上での楽しみになっていきました。
拙著「ザ・マン盆栽2」(文春文庫PLUS刊)の巻末で解説を書いて頂いたみうらじゅんさんが、「崖」の図柄の切手ばかりを集めていると知った際も、上には上がいるものだ、ふむふむと感心しました。ちなみに私は、崖の上にそびえ立つ「灯台」の切手を集めていました。
いろいろと集めていく中で、外国の切手には正直あまり興味が湧きませんでした。実は、同時に大好きだった鉄道趣味も、地元札幌を走る市電、地下鉄、国鉄には興味があっても、関西の私鉄とか、九州のローカル線とか、さらには海外の鉄道とかにはまったく触手が伸びませんでした。これは熱烈な地元愛だったのかどうかもよくわかりませんが、やはり実際目にしたものではないものに対して、ストレートに興味が湧きにくかったのでしょうか。とくに外国の記念切手の中で、南太平洋の島国が発行する記念切手は、なにか猛烈にウソ臭くて、自分の目ではどうにも「切手」には見えなくて、所詮シールか、何かの付録についてきたステッカーといった感じで、友人がどこかで手に入れたものを目にしても、自分が収集したいと思ったことは一度もありませんでした。ただし自分宛に送られたものは別で、この記事のカバー写真にのせている、北欧のデザイン大国、スウェーデンの友人から送られてきた、記念切手が貼られた丈夫な封筒は、かわいすぎてそのまま書類入れとして愛用しています。
高校生になって「切手のデザイナー」になりたいと思うようになったことがありましたが、現役、一浪、二浪と、東京芸大をはじめ他の美大のグラフィックデザイン科のどこにも引っかかることがなかったため、諦めました。「切手のデザイナー」なんかより、目指すは「カーデザイナー」だぜ!と息巻いて、変わり身も早かったです。
海外の友人へのお土産に額装した切手シート
グリーンランド国際サンタクロース協会の公認サンタクロースに選出されてからというもの、オモチャとか、食べものとか、いろんなものを日本からお土産として、毎年スーツケースに詰めて持って行きましたが、それも20年以上経過すると、ネタ切れというか、ノルウェーの公認サンタさんからは「サーモンにつけて食べるからチューブのわさびを三本だけでいいからね。他なにもいらないから、今年もまたお願いね!」とか言われたり...。
以前、来日したアラスカの公認サンタさんが、私の家のトイレの壁に額装して飾ってあった切手の額縁を指さし「これが欲しい!どうしても欲しい!」と懇願されてしまいました。それは、1967年発行の第一次国宝シリーズ第1集「広隆寺弥勒菩薩」の額面15円が20枚綴りになったシートを、たまたま使っていなかった小さな額に入れて、釘の穴隠しとして壁にかけていたものでした。まぁ、喜んでくれるのなら、どうぞどうぞと差し上げると、大喜びしていました。ついでに、イースターが近かったので「こんな切手もあるけど、どう?」と差し出した、うさぎ柄の額面2円切手100枚綴りの通常シートを見せると、さらに歓喜の雄叫び「HoHoHo~カワイイ!」を連発。私があげた1シートだけでは、どうやら足りないらしく、一緒に郵便局を数カ所回ってあげて、大量に購入してご帰国されました。1シート、たったの200円ですからね。
荷物にもなりませんし、額そのものは現地の蚤の市とかで安価で手に入れることができますから、切手を額装して飾る、贈るという文化をこれから広めていけたらといいなと思っています。
まさかの額面割れ・・・
結局大人になっても、コレクションの微増はあっても、減ることはまったくなく、本棚にスタンプブックをストックしたままになっています。
先日、チケットショップへ、航空会社の株主優待券を購入しに出かけたところ、ガラスのショーケースの中を一目見て、心臓を抉られるような衝撃を受けてしまいました。母と早朝、あの熾烈な争奪戦を勝ち抜いて手にした、あの札幌五輪の記念切手シートが「額面の97%で販売」されていたのです。後世何倍にも高く売れると信じ、今でもスタンプ帳のパラフィン紙の間に挟んで大事に50年近くも寝かせている、あの思い出の切手がまさかの額面割れで販売されているとは...。母との思い出も、なんだか3%引きになってしまったような気になってしまいました。
※記事の情報は2019年6月25日時点のものです。
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【PROFILE】
パラダイス山元 (ぱらだいす・やまもと)
マンボミュージシャンの傍ら、東京・荻窪で、招待制高級紳士餃子レストラン「蔓餃苑」を営む。1962年北海道札幌市生まれ。他に「マン盆栽」の家元、グリーンランド国際サンタクロース協会の公認サンタクロース、入浴剤ソムリエとして「蔓潤湯」開発監修者、ミリオンマイラー「プロ搭乗客」と、活動は混迷を極める。趣味は献血。愛車はメルセデスベンツ ウニモグ U1450。著書に「餃子の創り方」「GYOZA」「うまい餃子」「パラダイス山元の飛行機の乗り方」「なぜデキる男とモテる女は飛行機に乗るのか?」「マン盆栽の超情景」などがある。
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