イグアスの滝のボートツアー|水煙と落下する水の圧力を体で感じて。

【連載】創造する人のための「旅」

旅行&音楽ライター:前原利行

イグアスの滝のボートツアー|水煙と落下する水の圧力を体で感じて。

"創造力"とは、自分自身のルーティーンから抜け出すことから生まれる。何不自由のないコンフォートゾーンを出て、不自由だらけの場所に行くことで自らの環境を強制的に変えられるのが旅行の醍醐味です。異国にいるという緊張の中で受けた新鮮な体験は、きっとあなたに大きな刺激を与え、自分の中で眠っていた何かが引き出されていくのが感じられるでしょう。この連載では、そんな創造力を刺激するための"ここではないどこか"への旅を紹介していきます。

※本文の記事で書かれている内容や画像は2000~2018年の紀行をもとにしたものです。

1990年代半ば、フリーのライターを始める前、仕事を辞めて西へ向かって世界一周の旅をしていたことがある。しかし途中で時間もお金も尽き、アメリカ大陸まで渡ることができずに帰国。その後、北米・中米には何度か行く機会があったが、南米に行くチャンスはなかなかなかった。数年前にようやく私は3カ月の休みが作れ、念願だった南米への旅に出た。


ベネズエラからブラジルに入り、アマゾンなどの大自然を堪能した後、私は途中の都会をスキップしてイグアスの滝へ向かった。都会には都会の魅力があるが、既に南米ならではの風景に魅入られていた私は、限りある旅の時間を見たことがない自然の絶景が見ることに費やしたいと思ったのだ。



ナイアガラの滝をしのぐスケールの滝

イグアスの滝は、ブラジルとアルゼンチンの国境にまたがる世界最大級の滝だ。北米のナイアガラの滝、アフリカのビクトリアの滝と合わせて「世界三大瀑布」と呼ばれているが、その水量は他の2つを大きく上回る。滝は1つではなく、全長約4kmの間に落差40~80mの滝が合わせて275段もあるのだ。


ロバート・デ・ニーロ主演の歴史映画「ミッション」(1986年)の冒頭で、十字架に縛り付けられた宣教師が滝壺に落ちていくという印象的なシーンがある。それが撮影されたのがこのイグアスの滝だ。


タイトルの「ミッション Misson」とは「伝道」のこと。18世紀、イエズス会の宣教師がスペイン統治下の先住民のグラアニー族に布教を行うが、険しい自然や先住民の抵抗にあって布教はなかなか進まない。そのハードルの高さをビジュアルでわかるように、「滝」という高低差のあるものを通して描いた、映画ならではの優れた表現だ。このシーンに主人公たちは出ていないにもかかわらず、この映画を象徴する名場面になった。滝はまたここでは、天国と地上を結びつける唯一の階段でもある。映画は小説とは違う。映像を通して伝えなければならない。そこでこのシーンがクリエイトされたのだろう。


かつて人の行く手を阻んでいた滝も、その後は南米有数の観光地になった。1944年にここを訪問したアメリカ大統領セオドア・ルーズベルト夫人は、このイグアスの滝の威容を見て「My poor Niagara...(私のかわいそうなナイアガラ)」と言ったというのは有名な話だ。もろちん世界遺産にも登録されている。


雨季になると水量は倍増するという雨季になると水量は倍増するという


イグアス最大の滝「悪魔の喉笛」をブラジル側から見る

滝から落ちた水はイグアス川となり、ブラジルとアルゼンチンの国境になっている。川に流れ込む滝の約8割はアルゼンチン側にある。つまり滝を近くから見るならアルゼンチン側がよく、全景を見るなら向かいのブラジル側のほうがよい。2000年8月、私はブラジルの町フォス・ド・イグアスからイグアス国立公園を訪れた。公園内を走る巡回バスを降りて川沿いの遊歩道に出ると、正面にアルゼンチン側の滝が見えてきた。崖上からいく筋もの水流が流れ落ちている。天気は良く、滝壺から上がる水煙がきれいな虹を作り出していた。


ブラジル側遊歩道から悪魔の喉笛方面を見る。水煙が虹を作り出していたブラジル側遊歩道から悪魔の喉笛方面を見る。水煙が虹を作り出していた


約1.2km続く遊歩道の終点は、「悪魔の喉笛」と呼ばれる滝壺の前に張り出した展望橋だった。悪魔の喉笛はイグアス最大の滝で、名前の由来は滝の轟音が悪魔の唸り声のように聞こえるからだという。映画「ミッション」の十字架落下シーンもこの滝での撮影だ。水量は多くない時期だったが、それでも近づけば滝の音は人の声を聞き取りにくくするほど大きかった。落ちる水の迫力以上に印象的だったのは、滝が作り出す大量の水煙だった。展望橋に立つとずっと霧雨を浴びているような状態だ。



滝が作り出す水煙を浴びて身体をリフレッシュ

その日はTシャツ1枚の陽気で、乾燥もしていたので体全体で浴びる霧雨が実に心地よかった。滝の水煙を浴びながら、かつて流行った「マイナス・イオン・ブーム」を思い出した。科学的には効能は証明できなかったと思うが、気化熱による体の冷却効果は単純に身体をスッキリさせるし、滝が作り出す轟音のノイズは心を落ち着かせてくれる。アーティストの横尾忠則が、大の滝好きであることは有名だ。やはり滝には脳をリフレッシュさせる力があるのかもしれない。


悪魔の喉笛の前に延びる展望橋。天気が良くても、下はずっと霧雨状態だ悪魔の喉笛の前に延びる展望橋。天気が良くても、下はずっと霧雨状態だ


アルゼンチン側はトレイルが充実

翌日、私は国境を越えてアルゼンチン側の町プエルト・イグアスへと向かった。川を挟んで直線で5kmほどしか離れていないが、町はブラジル側とはかなり雰囲気が異なっていた。ブラジルがアメリカ的だとしたら、アルゼンチン側はヨーロッパ的とでもいうべきか。コーヒーを飲むところに困ったブラジルとは異なり、田舎町とはいえここにはカフェがある。外に向いたオープンな造りの店も多く、町を歩く人の多さからも治安がそれほど悪くないと感じられた。ブラジルでは田舎町でも、街歩きに緊張を強いられていたからだ。


アッパートレイルからは滝の上部から滝を見ることができるアッパートレイルからは滝の上部から滝を見ることができる


天気は良く、この日も観光には絶好の日だった。アルゼンチン側の国立公園には、ジャングル内を行く2つのトレイル(遊歩道)があり、そこを歩きながら滝を見ていくようになっていた。最初に歩いたアッパートレイルの終着点は、「サン・マルティンの滝」を望む展望台だ。「悪魔の喉笛」に次ぐイグアス第2の水量を誇るだけあり、間近で見る滝はかなりの迫力があった。もうひとつのロウアートレイルは、その名のように低い位置から滝を見るコースで、折り返し地点は3番目に大きな「ポセッティの滝」の展望台。合わせて4~5時間のウォーキングコースだった。


展望台から見たサン・マルティンの滝。アルゼンチン側は滝に近づけるのが魅力展望台から見たサン・マルティンの滝。アルゼンチン側は滝に近づけるのが魅力


滝の水に打たれるボートツアーに参加

トレイルウォーキングを終え、その日の後半は「アベントゥラ・ナウティカ Aventura Nautica」というツアーに参加した。これは約20分のボートツアーと1時間程度のジャングルツアーがセットになったもので、目玉は乗ったボートが滝に突っ込み、滝の水を浴びることだ。ここまで来たら滝を眺めるだけでなく、滝に打たれたいと思う人も多いようで、これがなかなかの人気だった。トレイルを歩くだけでも楽しいが、展望台ではスリルは感じない。もっと滝に近づきたくなるのは当然だ。


滝壺に近づくボート。この後、滝の水が落ちるところへとボートは入っていく滝壺に近づくボート。この後、滝の水が落ちるところへとボートは入っていく


園内の熱帯雨林を周るジャングルツアーの後、お待ちかねのボートツアーの乗り場へ。乗船前に防水袋を渡され、濡れては困るものは中に入れるように指示される。実際その通りで、後で袋に入れなかったものは全てびしょ濡れになった。こちらはずぶ濡れになると分かっていたので、短パンの下に海水パンツ、足元もサンダルに履き替えて乗船した。もちろん着替えとタオルもバッグの中に入れてある。満席で出発したボートは、川面を少しジャンプしながらかなり速いスピードで進んで行く。シートベルトなどないので、しっかりつかまっていないとイスから落ちそうになる。遊園地のアトラクション気分だ。


ボートが滝に入っていく。たちまち水以外何も見えなくなるボートが滝に入っていく。たちまち水以外何も見えなくなる


滝の水圧で頭が上がらない

ボートはひとつの滝の前に着くと、停止して間合いを図った。それほど大きい滝ではないが、それでも水量はかなりありそうだ。緊張感が高まる沈黙の30秒の後、ボートは滝に向かってするすると動き出した。川に落ちる滝がみるみる近づいてくる。ボートはスピードを落とし、先端から滝の中へゆっくり入っていった。轟音と共に、視界はあっという間に水だらけに。滝に入る前はしっかり見てやろうと思っていたが、かなりの水圧で頭を上げることもできない。バケツの水を途切れることなく頭からかぶり続けているようなものだ。あちこちで乗客の悲鳴が上がるのが聞こえた。長いようで、そこにいたのは10秒もなかったかもしれない。やがてボートはバックで滝の外に出た。滝から出ると、急に雲ひとつない青空が急に目に飛び込んできた。

直撃する水はかなりの圧力と量なので、顔を上げるのも大変直撃する水はかなりの圧力と量なので、顔を上げるのも大変


周りを見回すと、乗客たちはみなびしょ濡れで興奮していた。その様子が何かに似ているなと思ったが、後にそれは夏の屋外音楽フェスのライブ中の雨の感じだと気づいた。大勢でイベントを楽しんでいる時の雨は、なぜか気分が上がるものなのだ。興奮冷めやらぬ中、ボートは次の滝へ移動を始めた。


今度は2度目とあり、みな余裕が出て積極的に楽しんでいた。最初は怖くても、次からはその怖さを楽しめるようになる。私にとってジェットコースターがそんな感じだ。再び大量の水を浴びて、体はぐっしょりになったが、日ごろ使っていない感情が湧き出てきたように気分は高揚し、脳内が活性化しているのを感じた。周りの乗客の声も悲鳴ではなく今度は歓声に変わり、不思議な高揚感がボートの中を包んでいた。


滝壺から出てくると、青空ときれいな虹が見えた滝壺から出てくると、青空ときれいな虹が見えた


ツアーが終わり、私はボートから降りて船着き場のそばの階段に腰を下ろしていた。高揚後の虚脱感もあるが、とにかくずぶ濡れなのでタオルで体を拭く。滝の音が遠くから聞こえている。観光とはいえ、滝に打たれた体験はかなり面白かった。頭で得られる快感や感動とはまた別の、水圧という自然の力を体で感じたことが新鮮だったからだ。今でも、滝壺の水煙を浴びたことや滝の水圧を感じたことは、「水の記憶」として自分の体が覚えている。もしかしたらそれが、無意識でも自分の創造力に影響を与えているかもしれない。映画「ミッション」ではないが、滝の上は天上の世界。そこに降り注ぐ水は、人間のイマジネーションを活性化させる力があるのだろう。

公園内には野生動物も現れる。これはハナグマ公園内には野生動物も現れる。これはハナグマ

  • プロフィール画像 旅行&音楽ライター:前原利行

    【PROFILE】

    前原利行(まえはら・としゆき)
    ライター&編集者。音楽業界、旅行会社を経て独立。フリーランスで海外旅行ライターの仕事のほか、映画や音楽、アート、歴史など海外カルチャー全般に関心を持ち執筆活動。訪問した国はアジア、ヨーロッパ、アフリカなど80カ国以上。仕事のかたわらバンド活動(ベースとキーボード)も活発に続け、数多くの音楽CDを制作、発表した。2023年2月20日逝去。享年61歳。

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