【連載】創造する人のための「旅」
2021.08.25
旅行&音楽ライター:前原利行
レンソイス・マラニャンセス国立公園(ブラジル)| 大砂丘に年に一度現れる青いラグーン
"創造力"とは、自分自身のルーティーンから抜け出すことから生まれる。コンフォートゾーンを出て、不自由だらけの場所に行くことで自らの環境を強制的に変えられるのが旅行の醍醐味です。異国にいるという緊張の中で受けた新鮮な体験は、きっとあなたに大きな刺激を与え、自分の中で眠っていた何かが引き出されていくのが感じられるでしょう。この連載では、そんな創造力を刺激するための"ここではないどこか"への旅を紹介していきます。
※本文の内容や画像は2014年の紀行をもとにしたものです。
南米の旅は、とにかく素晴らしい景色の連続だった。旧大陸では見たことがないような、ダイナミックな大自然に感銘したのだ。今回はその旅から、ブラジル北東部にあるレンソイス・マラニャンセス国立公園を紹介したい。白い砂丘の合間に、夏の間だけ現れる青いラグーン。ブラジルではイグアスの滝、アマゾンと並ぶ人気の観光地だが、日本では近年まではそれほど知られていなかった場所だ。
南米・レンソイスへの旅
2014年の夏、私は南米を約2カ月旅していた。ブラジル北東部にあるレンソイス・マラニャンセス国立公園(以下、レンソイス)を目指したのは、まだ旅の前半。ベネズエラから陸路でブラジルに入国し、アマゾンの川下りを1週間ほど楽しんだあとだった。ゲートウェイとなる都市は、大西洋に面した人口100万人のマラニョン州の州都サン・ルイス。夜に空港に着きタクシーで予約したホテルへ向かったが、その途中のほとんどの店がシャッターを下ろしており、町が真っ暗なのに驚いた。
旧市街のホテルに着いたときも、まだ夜の9時ぐらいなのに周囲で開いている店は1軒もない。また、道に人影もなかった。それほど夜の町は危険なのかと感じたが、その日は日曜の夜。あとで気がついたが住民はみな休んで家にいたのだろう。ホテルでは他の宿泊客と共にピザのデリバリーを取り、一夜を過ごした。
翌朝、頼んでいたツーリストバスがホテルに迎えに来て、目的地であるレンソイスへと向かった。公共バスもあるが、バスターミナル付近の治安はあまり良くないと聞き、ドア・トゥ・ドアのツーリストバスにしたのだ。バスは途中で朝食休憩を挟みながら、約5時間で観光の拠点となる小さな町バヘリーニャスに到着。旅行会社で宿のリストを見せてもらい、適当な安宿を選んで泊まることにした。そしてまだ昼前だったので、午後の「大レンソイスのサンセットツアー」に申し込み、14時の出発まで宿で休憩を取ることにした。
レンソイスの大砂丘がある国立公園への無断立ち入りは禁じられているので、個人の観光客は現地発ツアーを申し込むことになる。バヘリーニャスには多くのホテルやレストランのほか、旅行会社もいくつもある観光の町だ。ひとまずこの町に来てしまえば砂丘に行けないことはないだろう。
白い砂丘と青いラグーン
日本の鳥取砂丘のように、海沿いの砂丘は世界にはいくつもあるが、このレンソイスの砂丘はほぼ100パーセント"石英"という透明な水晶の砂から成っているのが特徴だ。大西洋に面したこの地域は強風が1年中吹いている。この風が川の水が運んだ土砂を吹き飛ばし、長い年月をかけて重い石英だけ残って砂丘が出来上がったという。砂に石英が含まれるのは普通だが、その成分が多いほど白くなる。ただし石英自体は透明で、それが太陽の光に反射して純白に見えるのだ。
見どころが多いブラジルで、この時期にわざわざレンソイスにやってきたのには訳があった。砂丘はいつでも見られるが、決まった時期にしか見られないものがある。それが砂丘の合間に点在する青いラグーン(水たまり)だ。白く輝く砂丘だけでも美しいが、そこに青いラグーンの水が加わるとより絶景度が高まる。
ツアーに参加して砂丘へ
午後2時になり、改造したツアー用の四駆小型トラックが宿に迎えにやってきた。荷台にベンチ式のイスが4列並び、最高16人まで乗ることができるが、屋根などないオープン仕様なので雨風や強い陽射しは直撃だ。町を出て5分ほどで川のほとりに到着した。ここでフェリーに乗って対岸に渡り、その後、砂丘まで40分ほどの道のりが続く。
水たまりや小川を越えフルスピードで走っていく四駆トラックは、座席が荷台にあるということもありスリル満点。道は途中から砂地の農道になるので、ふつうの車ではたちまちタイヤをとられてしまうだろう。また、こんな砂地なのに農地として利用されていることにも驚いた。
終点の砂丘そばの駐車場に到着したのは午後3時半ぐらい。駐車場には売店やトイレ、脱衣所があり、ツアー客の中にはここで水着に着替える者もいた。みなラグーンで泳ぐことを楽しみにして来ているのだ。
駐車場からは、砂丘が大きな壁のように迫っているのでまだ向こう側に何があるか見えない。砂丘の上りはかなり急で、張られたロープを頼りに何とか頂上へ上った。ちなみに砂丘は土足禁止で、ここからは裸足になる。振り返ると今まで通って来た道のりが緑の大地として眼下に広がっていた。そしてついに頂上へ。そこには想像以上のすばらしい絶景が目の前に広がっていた。
非現実的な世界を堪能する
まっ白な砂丘が、形容ではなく本当に地平線の向こうまで続き、その谷間に青いラグーンが点在して見えた。その白と青の素晴らしい対比が目に沁み、さらにそのパノラマからくる没入感が身体を包み込んだ。写真で何度となく見ていたレンソイスの絶景だが、実際に実物を目にするとその姿に言葉を失う。それは"感動"というより、"圧倒"という言葉の方が近いかもしれない。ただ、何か「すごいものを見ている」という感じがした。各国の旅行者たちも砂丘の上に着くと、この広がる景色を目にして歓声を上げた。
しばらくすると、ガイドが私たちをラグーンの1つに案内した。ガイドどうしが話し合い、グループが1カ所に集中しないようにしているのだろう。私たちのグループは砂丘を2つほど越えた場所に案内された。裸足で砂丘を歩くのは熱いだろうと思ったが、白い砂は反射率が高いため、陽射しが強くても足裏に熱さはほとんど感じなかった。
全部で10人ほどの私たちのグループは、1つのラグーンを独占した。少し冷たいが、砂の上は照り返しも強いので、水の中に入るととても気持ちがいい。ラグーンは井戸水のように透明度は抜群だったが、近くで見るとブルーというよりもややグリーンがかっている。現地ガイドによれば、7月以降はラグーンに少しずつ藻や水草が生え始めて緑がかっていくという。ラグーンが一番きれいに見えるのは水が澄んだ6月とのことだった。深さは、大人の男性のちょうど胸あたりとほどよい感じ。周囲は砂丘という天然のプールにいる非現実感。ふわふわと水面に浮いていると、どこか別の惑星に来ているような気分になった。
人ができるのは自然が創った傑作を壊さないこと
やがて日が傾いてきた。午後5時を過ぎた頃、ガイドから声がかかり、私たちはラグーンを出て高台にあるサンセットポイントへ移動した。砂丘のあちこちに散らばっていた他のグループもそこに集まってくる。夕日が砂丘を赤く染め、沈み行く夕日をみんなで眺めた。日没は毎日起きている事象なのに、見るたびに新鮮な気持ちになれるのはなぜだろう。ここから見るサンセットもまた、私を最高の気分にさせてくれた。
結局私はバヘリーニャスの町に3泊し、翌日も翌々日も別の砂丘へと足を延ばした。川下りをして大西洋沿いの小さな砂丘や町へ行くツアー、砂丘の中を1時間歩いて魚が棲むラグーンへ行くツアー。それぞれ素晴らしい景色だったが、やはり最初に行ったサンセットツアーの印象が強かった。とことんレンソイスを満喫したかったので、セスナの遊覧飛行にも申し込んだが、座席に着いてエンジンをかけるところで機体の不調が分かりキャンセルに。残念だったが、今となってはそれも思い出のひとつだ。
地球には、人の時間のスケールを超えて創り出された素晴らしい自然の造形物がある。このレンソイスの大砂丘も長い年月をかけ、川の土砂の堆積と強風により創り出された。そして今もまるで誰かがメンテナンスしているように、石英の粒だけが大地を覆っている。そんな景色を見ていると、そこに人が存在してはいけないような気もしてくる。ただ人ができることは、自然が創造したこの傑作を壊さないことぐらいだろう。
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【PROFILE】
前原利行(まえはら・としゆき)
ライター&編集者。音楽業界、旅行会社を経て独立。フリーランスで海外旅行ライターの仕事のほか、映画や音楽、アート、歴史など海外カルチャー全般に関心を持ち執筆活動。訪問した国はアジア、ヨーロッパ、アフリカなど80カ国以上。仕事のかたわらバンド活動(ベースとキーボード)も活発に続け、数多くの音楽CDを制作、発表した。2023年2月20日逝去。享年61歳。
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