趣味
2023.11.07
持田裕之さん ヒロユキモチダ ホースマンシップ 代表〈インタビュー〉
ホースマンシップは馬という動物を知り、馬の出す答えを受け入れることから始まる
馬は古くから人間のパートナーとして使役され、愛されてきました。現在でも、その美しい体躯と力強い運動能力、優しい性格は多くの人を魅了し、競馬や馬術、レジャーでの乗馬などさまざまなシーンにおいて、人と馬は触れ合いを続けています。しかし、人はどれほど馬のことを知っているでしょうか。そんな疑問にお答えいただくため、人と馬との関わりのメソッド「ナチュラルホースマンシップ」の日本国内における第一人者といわれる持田裕之さんにお話をうかがいました。インタビューは、持田さんが代表を務める乗馬クラブ「ヒロユキモチダ ホースマンシップ」(北海道帯広市)にて行いました。
写真:河野 俊之
1965年生まれの持田裕之さん。20代で勤めていたアパレル企業を辞め、生まれ育った広島からアメリカ放浪の旅へ出た。ニューヨークで暮らした後にアラスカへ。将来何になりたいか? ではなく、どんな生活がしたいか? アメリカではそう聞かれることが多かったが、その時にはまだ答えがなかった。アラスカ、カナダ、アメリカ本土のナショナルパークを回り、トレッキングやキャンプをしながら、バックカントリーで過ごす生活をしていた頃、カナダの小さな島で衝撃的な出合いを果たした。
田舎の小さなグロサリーストアで突然、白い馬に乗った女性が目前に現れた。彼女は馬に乗って、買い出しに来たという。普通の生活の中に馬がいる。そのことに強い衝撃を受けた。翌日も同じ女性が馬に乗っているところに遭遇した。その時に「そうだ、馬だ! 田舎に住んで馬を飼おう!」と決意。その後日本に帰国した持田さんは北海道へ向かった。
日高にある牧場に片っ端から電話して働くことになった
――アラスカから帰国してすぐに北海道へ行ったのですか。
そうですね。アラスカのフェアバンクスに住んでいたのですが、田舎に住んで馬を飼う決心をした後、フェアバンクスからアンカレッジへ行き、シアトル経由で成田に到着、そのまま羽田に行って札幌まで行きました。本当に一直線でした。
でも、馬なら北海道だろうと思って行ったけど、どういう産業があるかも知らなかったんですよ。当時は今みたいに情報がないので、札幌のユースホステルに泊まった時に置いてあったガイドブック見たら、馬といえば日高だって書いてあった。
次の日さっそく日高本線に乗って、新冠(にいかっぷ)という町まで行ったんです。でも、ツテも何もないので、日高にある牧場に片っ端から電話したら早田牧場(はやたぼくじょう)というところが、興味があるなら来たらいいと言うので、次の日から働くことになった。
――すごい行動力ですね。
なりたいものはなかったけど、こういう生活がしたい、という思いが強かったんです。その早田牧場はビワハヤヒデやナリタブライアンなど、GI優勝馬を多数輩出している牧場でした。
――持田さんは人と馬との関わり方のひとつ、ナチュラルホースマンシップを提唱されていますが、それは早田牧場で学んだことなのでしょうか。
早田牧場で働いていましたが、いつかは自分で馬を飼いたいじゃないですか。自分で馬を飼うには、未調教の馬も調教できないといけない。その当時、ブレーキングチームといって、未調教の新馬に鞍つけをして、乗れるようにしてから育成に出すというチームがあったんです。
ブレーキングチームは外国人メンバーと私の4人で、年間200頭くらいの新馬の鞍つけをやっていました。
――200頭......! ものすごくたくさんの馬がいたのですね。
早田牧場が大きな牧場でしたからね。チームのボスはニュージーランド人でしたがもともとロデオマンだったんです。そのボスがアメリカで生まれた「ナチュラルホースマンシップ」を勉強されていたので、その流れでずっとその考え方を教わってきました。
「言う」ことと「伝える」ことには違いがある
――ナチュラルホースマンシップは、それまでの馬の調教のやり方とは一線を画すものだったのでしょうか。
はい。それまで日本にそういう概念はなかったと思いますし、世界でもそこまで広まっているものではなかった。当時はオセアニアとかヨーロッパとか、そこそこ調教ができる外国人たちが日本に来て、日本人にやり方を伝えたりしていた時代なんですけど、そういう海外の人たちも我々の調教を見に来ていました。
――ナチュラルホースマンシップとは何か、という部分にも通じますが、それまでの調教とはどういうところが違っていたんですか。
それまでよりもっと馬の行動や習性、特にメンタル、心理的な面をしっかり見ていく中で、関わり方としていろんなメソッドが生まれてきたのがホースマンシップだと思います。ただ、大きな違いというのはなくて、昔から皆さんがやられてきたことを具体的に体系化したり、整理したり、というところもあります。
人って当たり前ですが人の目線なんですよね。我々は捕食動物だから、食べ物を得るために正面に目がついていて奥行きの感覚があって、瞬時に対象にピントを合わせることができます。だけど馬はそれができない。馬は草食動物だから食べることより、安全で快適である、ということを優先するので、目が横についていて、広い視野角を持っています。
じゃあ、馬とお付き合いする時に正面に私がいるんだよということを主張する場合は、馬の焦点が合う距離でそういう会話をしましょうとか。手綱を引けば曲がる、という行動ひとつとっても、手綱を引いたらなぜ曲がるのか、その行動心理を理解すること。そういう具体的なところですね。
ホースマンシップはやり方というよりも、考え方なんです。馬とコミュニケーションをとりたいのは誰ですか、あなたですよね、という。だったら、相手(馬)の出す答えを受け入れることから始めましょうということです。
――人とのコミュニケーションにおいても通じることがありそうですね。
ホースマンシップの考え方は、企業研修のプログラムなんかにも結構入ってたりするんですよ。例えば中間管理職の人が部下に指示したことをやってもらえない、とかって言うじゃないですか。部下(相手)に問題があるから伝わらない、という思考は、相手を否定することになって、ひいては自分自身も否定することになります。「言う」ことと「伝える」ことには違いがある。本当の意味で理解してもらうには伝え方を考えないといけないし、相手を理解して受け入れないといけない。
日本は勉強でも乗馬でも、方法論で習うことがほとんどです。だから今乗馬のインストラクターをやっている人たちも方法論で習ってきているから、「馬を発進させるには馬のお腹を脚で押す(圧迫する)」と習って、なぜお腹を圧迫すると馬が動くのかを知らない人が多いんです。
――なるほど。持田さんは、全国の乗馬クラブのインストラクターやJRA(日本中央競馬会)の厩務員(きゅうむいん)さん相手にも講習会をされているそうですが、そういうことを教えているのですね。
そうですね。講習会でも「なぜ馬のお腹を圧迫したら進むんですか?」と聞いても、考えたことがない、と答える方が多いです。馬のことは分からないけど、方法だけは習っているから、分からないままやっちゃう。だからホースマンシップを学んでもらうと、そうだったのかとスッキリすることが多いんですね。
――ちなみに正解は、お腹を圧迫されると嫌だから動く、とかそういうことなんでしょうか。
馬は快適さを好むので、それが不快と感じればアクションを起こします。左右から圧迫されて不快と感じたら前か後を選ぶ、みたいな。その選択で動きます。
地上で馬とコミュニケーションする「グラウンドワーク」
――先ほど体験させてもらったのですが、ヒロユキモチダ ホースマンシップでは一般的な乗馬クラブではやっていない「グラウンドワーク」というメニューがあります。グラウンドワークについて改めて教えてください。
もともと新馬調教の過程って、いきなり乗らないんですよ。乗れないんですけどね。まずは地上で関わりを持って、その関連性からつなげていって、ライディング(騎乗)に移っていく。馬と一緒に歩くリーディングから、人が馬のリーダーとなって思う方向へ馬を動かしたりと、地上で馬とコミュニケーションをとることがグラウンドワークです。
――ライディングに至るまで、少しずつならしていくということでしょうか。
ならしていく、というか教育していく感じですね。新馬調教のことをかつて「ブレーキング(breaking)」って言ったのは、その馬の概念を全部壊してしまって、人間の方に向けるっていう意味でした。でも今は「スターティング」って言います。スターティングというのは、馬に何がいいか悪いかを教えていくという教育です。ブレーキングっていうのはちょっと響き的にも怖い感じがしちゃいますよね。
――当時のブレーキングにはその名の通り、手荒い手段があったりしたのですか。
馬のメンタルを考慮せず、無理に調教するということはあったと思います。
――今はそんなことはないんですか。調教っていうと鞭でビシビシ叩く、多少はそういうイメージがあったのですが......。
例えば僕がロープを使うじゃないですか。ロープって自分の手の延長なんですよ。だからロープを使って優しく愛撫もするし、馬を動かしもします。昔は強制的にやらせようと、鞭でバンバンやっていたこともありますが、それとは全く使い方が違います。
――そうですね。今日はグラウンドワークを体験させてもらいましたが、馬と接する時は常に優しく、ソフトな触れ方でしたし、馬もリラックスしていて、「通じてる!」みたいな。きちんとコミュニケーションがとれている喜びと驚きがありました。
必要な時は大きな声も出さないといけないので、馬にとってそれは強い扶助(プレッシャー)だったりするんですけど、でも感情的に叩くこととは違います。例えばロープをブンブン回すことは、馬に当てることが目的ではなくて、もっと距離をとって離れなさいという意味。離れれば当たらないので、距離を伝えているだけなんですね。
――馬も分かっているんですね。
馬は嗅覚がすごいので、人間が感情的に怒っていたりすると、アドレナリンを介して発せられるといわれるニオイで分かってしまう。だから緊張してる人が乗ると、馬も緊張したり。マインドはすごく大事です。だから、やっぱり接する側もリラックスしつつ、あとは淡々と平常心でいることですね。
――本来は新馬調教の過程であるグラウンドワークをレッスンのメニューに入れているのは、いろんな人に体験してもらいたい、その必要性を理解してほしいということなのでしょうか。
日本は乗馬クラブ発信なんですよ。だから乗る世界から始まってますけど、馬との関わりって、地上で合った時から始まっているので、その辺をもう少し大切にしてほしい気持ちがあります。あと、乗るのは高齢の方にはリスクだったりするけど、一緒に歩くだけならそうでもなかったり。リーダーである人間は動かなくてもいいので、車椅子の人でも馬とコミュニケーションをとることができます。さまざまな関わり方があるんです。
分かったつもりになるのが一番よくない
――実際にグラウンドワークをやってみると、いろんなかたちで馬とコミュニケーションがとれることにものすごく感動しますし、楽しかったです。ここではグラウンドワーク、乗馬のほかに、ホースショーなども行っていますね。
曲馬とかショーっていうと、サーカスなどで強制調教された馬がやってるっていうイメージがあると思うんですけど、全く違う、ホースマンシップの理念に基づいて馬を育てた結果を、ショーにして皆さんに見てもらおうという思いでやっています。それでも少し時代に逆行してますけどね。
――そうなんですか?
アニマルウェルフェア(動物福祉)という考え方があるので、馬を意思に反してしつけるのでしょうと言う人もいます。でも、皆さんそう言うわりに馬に乗るのが好きだって言いますよね。乗馬は馬の意思に反していないのか? どこからラインを引くのかっていう。
――確かに。競馬もそうですよね。
だから僕は「ナチュラルホースマンシップ」という言葉は使わないんですよ。
――そういえば持田さんの著書は「ナチュラル」がない「ホースマンシップ」ですね。それはなぜですか。
ナチュラルって耳ざわりのいい言葉ですよね。きれいで自然に見えるというか。でもそんな優しいもんじゃないし、馬たちにとって実際はどうなのかは分からない。そこには人間のエゴがあると思います。
アラスカのフェアバンクスに住んでいた頃、同じ町に写真家の星野道夫*さんも住んでいたんです。2回ほど会ったことがあります。後に星野道夫さんがヒグマに襲われて亡くなったのは結構ショックで。僕らこうやって馬と付き合っているけど、生き物ってやっぱり分かんないなと思って、人もそうでしょうけど。だから分かったつもりになるのが一番良くないなと思います。
*星野道夫:写真家、探検家。アラスカの野生動物、自然、人々を撮影した。著書に「アラスカ 光と風」(1986年)など。1996年カムチャツカ半島でヒグマに襲われて死去。
「ホースマンシップ 人と馬との関わり方」
持田裕之著/株式会社エクイネット
馬に何かを伝えることができれば大きな自信になる
――話は少し変わって、いま、不登校の子どもたちが全国から集まるオルタナティブスクールで、カリキュラムにホースセラピーを取り入れているところがあります。子どもたちは馬に伝えるためにどうやってコミュニケーションするか、ということをすごく考えて学ぶのだそうです。ホースセラピーについてはどう思いますか。
いいと思います。実際にそういうふうな仕事に関わることもありますよ。馬との関わりは、こちらから馬に発信するしかない。だから人とコミュニケーションがうまくできない子どもが、馬との関わりの中で成功体験を得られる。そういう機会を持つことはすごくいいことです。
――例えば人間のパートナーになる動物としては犬がいますが、犬が言うことを聞かない場合、さほど大きくない犬なら強制的に抱えて黙らせたりと物理的に御しやすいところもあります。だけど馬はそうはいかないですよね。
馬は感情的に言うことを聞かせるとか、犬と同じようにはできないからコミュニケーションとしてはやりづらいです。向こう(馬)が特に人間と関わりたいと思っていないというか、犬みたいに興味を持って近づいて来るわけではないので。だからこそ、こちらから何か伝えることができれば、すごくクールだし、子どもからしたら、そんな大きな動物を動かせたって自信になりますよね。大きさが圧倒的に違うので。
そしてこれは同時に考えないといけないのですが、馬は喋らないじゃないですか。だから人間の勝手な思い込みも結構できてしまうので、そこに関して誤解がないよう、きちんと指導できる大人がいるのかどうか、ということです。子どもたちが感じることはすごくいいことなので、そこで教育する側の人たちに、馬のことをちゃんと伝えてほしいです。
――持田さんが今後やりたいことや夢はありますか。
ずっとやってきて新しいことではないんですが、ホースマンシップの普及ですね。ホースマンシップの普及っていうのは、馬に対して「なぜ?」「どうして?」ってことを具体的にみんなで考えましょうっていうのが当たり前にできる世の中になってほしいっていうことです。だから、そこに関わる人材育成も大切ですね。馬のことを深く知って、ちゃんとした指導ができるスタッフやインストラクターを育てていきたいです。
【撮影協力・場所】
Hiroyuki Mochida Horsemanship(ヒロユキモチダ ホースマンシップ)
https://www.hmhhorsemanship.com/
※記事の情報は2023年11月7日時点のものです。
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【PROFILE】
持田裕之(もちだ・ひろゆき)
1965年生まれ。広島県出身。20代前半、約3年間をアメリカで生活し、自然への憧れと美しい馬に魅せられ、北海道で牧場主になることを夢見る。帰国後、ナリタブライアンなどの名馬を輩出した早田牧場に就職。ブレーキングチーム(新馬調教)にて、ニュージーランド人のクリストファー・ラスベン氏から「ナチュラルホースマンシップ」の理論に基づく新馬調教を学ぶ。ラスベン氏の所属していたナチュラルホースマンシップの教育機関の通信教育を受けるかたわら、彼の主宰するアメリカテキサス州にある「C&C Colt Company」での研修や、独学などで自身の調教方法を構築する。
2004年4月に独立し、農業生産法人有限会社ウエスタンワールド(帯広)の代表取締役に就任。乗馬クラブ運営のかたわら「ホースマンシップ」の普及に努める。
また、競走馬の中期育成(コンサイニング)において大きな実績を残し、ジョーカプチーノなどを生産したハッピーネモファームへの馴致調教の指導にも関わり、競走馬界でも普及に努めている。その後、「オーストラリアン・ナチュラルホースマンシップ」を主宰するケン・フォークナー氏との出会いもあり、彼の考え方にも影響を受ける。
2016年に「Hiroyuki Mochida Horsemanship」として独立し、現在は「ホースマンシップ」の理論に基づいた、馬本来の性質や行動特性、心理などに着目した馬との関わり方をベースに、新馬調教、馬のしつけやマナー、リーディング(ひき馬)などについて各地で講習会を行っている。
公式ホームページ
https://www.hmhhorsemanship.com/
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