リジェネラティブ農業で北海道の菓子を世界へ

DEC 12, 2023

長沼真太郎さん 株式会社ユートピアアグリカルチャー代表取締役〈インタビュー〉 リジェネラティブ農業で北海道の菓子を世界へ

DEC 12, 2023

長沼真太郎さん 株式会社ユートピアアグリカルチャー代表取締役〈インタビュー〉 リジェネラティブ農業で北海道の菓子を世界へ 世界的に注目されるリジェネラティブ農業(リジェネレイティブアグリカルチャー=環境再生型農業)を実践するユートピアアグリカルチャーは、北海道の札幌と日高を拠点に、酪農、養鶏、菓子製造などを行っている農業法人です。札幌市民に愛される「洋菓子きのとや」などを中心にしたグループ企業6社の1つでもあります。「きのとや」の創業家に生まれ、ユートピアアグリカルチャーの代表を務める、長沼真太郎(ながぬま・しんたろう)さんにお話をうかがいました。(メイン画像提供:ユートピアアグリカルチャー)

働きがいも経済成長も 産業と技術革新の基盤をつくろう




長沼真太郎さんは2011年に父親の経営する「きのとや」へ入社し、新ブランドを展開していた新千歳空港店で「焼きたてチーズタルト」を大ヒットさせた。その後、独立して2013年に株式会社BAKE(ベイク)を創業した。BAKEは北海道以外の全国主要都市に店舗を構える、洋菓子メーカーだ。2017年に退任するまで代表取締役社長を務めた。

その後、米スタンフォード大学客員研究員を経て、2020年にユートピアアグリカルチャーに参画。2022年にはきのとやグループの持ち株会社、北海道コンフェクトグループの代表取締役に就任した。ユートピアアグリカルチャーの事業以外にも、グループの代表としてこれからの目標を語ってもらった。


牛は悪者なのか? 葛藤の中アメリカで見えた新しいビジョン

代表取締役 長沼真太郎さん(画像提供:ユートピアアグリカルチャー)代表取締役 長沼真太郎さん(画像提供:ユートピアアグリカルチャー)


──BAKEを退社した後、スタンフォード大学では何を研究されていたんですか。


学生として何かを学びに行ったわけではないので、大したことはしていないんです。スタンフォード内にある、アメリカ・アジア技術経営センター(US-Asia Technology Management Center)という機関で、ダシャー先生という人に付くポジションで入りました。ダシャー先生の専門が日米のスタートアップ研究で、アグリテック*やフードテック分野にも強く、ブラジルなどでアグリテックの支援もされていました。


*アグリテック(AgriTech):「Agriculture(農業)」と「Technology(技術)を組み合わせた言葉で、農業領域においてドローンやビッグデータなどのICT技術を活用すること。

先生のもとでは1週間メンタリングを受けたり、スタートアップの紹介をしてもらったり。イベントに一緒に参加したり、授業に参加したりと、活動としてはその程度でした。

ただ、次のビジネスのビジョンが見えたきっかけがアメリカだったのかもしれないですね。当時はリアルな牧場をやるべきかを悩んでいたんです。本物の生きている牛を飼うべきかどうか。

例えばアメリカの西海岸ではどんどんリアルな牧場が少なくなっていて、培養のアイスクリームや、植物性の牛乳で作るお菓子などが主流になっていたので、そっち側をやるべきなのか、お菓子屋としてすごく悩んでいました。

アメリカでリアルな牛が飼われなくなりつつあった背景には、メタンガスを出す牛は悪者で非効率的な生き物で、こんなのは今時やるべきじゃない、という考え方があったんです。

でも、1年間滞在するうちに、とあるスタートアップのブラジル人との出会いがあって、リジェネレイティブアグリカルチャー(リジェネラティブ農業)という文脈に触れることになりました。2016年当時のアメリカでも言われ始めていた言葉です。

もともと牧場をやりたいというモチベーションは、本物のお菓子を作るための原材料作りが目的でした。リジェネレイティブアグリカルチャーに出合った時に、本物を追求しながら持続可能性があって、今の時代に即したやり方で、本物の生乳を作れる可能性があるということを知って、これは日本で挑戦するべきじゃないか、と。

当時日本でその文脈を語っている人は誰もいなかったので、そこをいろんな学者の先生たちと一緒に研究できたら面白いんじゃないかと思い、帰国しました。

リジェネラティブ農業は日本語で「環境再生型農業」とも呼ばれる。土壌の有機物を増やすことでCO2を貯留し、環境負荷を軽減する農法だ。ただし、そこにはいろいろな解釈ややり方があり、決まった定義もほとんどないという。

実際にはどのような農法を実践しているのか、ユートピアアグリカルチャーの事業とその具体例を教えてもらった。

画像提供:ユートピアアグリカルチャー画像提供:ユートピアアグリカルチャー




放牧牛乳を使うと、とにかくお菓子がおいしくできる

──リジェネレイティブアグリカルチャーについて教えていただく前に、ユートピアアグリカルチャーはどんな会社なのか教えてください。


我々の事業は大きく分けると4つありまして、まず1つ目は「酪農事業」です。北海道の日高町で32 haの土地を所有して、放牧酪農の牧場を運営しています。

日本の酪農はつなぎ飼いといって、牛舎の中で牛をつなぎ、ほとんど歩けない状態で干し草を与え、できる限り生乳をとるというやり方が主流です。我々の牧場は、昼も夜も基本的には外で放し飼いです。

なぜ放牧をしているかというと、その牛乳を使うととにかくお菓子がおいしくできるから。青草を食べて育っている牛の生乳はカロチンとビタミンがものすごく豊富なんです。色も全然違っていて、黄色がかっています。青草を食べるから水分が豊富であっさりしているけど、例えばカスタードクリームやバターに加工した時にすごく風味が出ます。

2つ目は「養鶏事業」です。北海道の新冠(にいかっぷ)町というところで、6,000羽ぐらいの鶏を飼っています。ケージではなく地面に放して飼う、いわゆる平飼いの養鶏場ですが、施設としては日本にある他の平飼いの養鶏場とさほど違いはありません。

一番の違いは餌全体の20%以内に、我々のお菓子工場で出るスポンジ屑やクッキー屑、あとはイチゴのヘタなどをあげて育てていること。そうすることで卵にコクが出るんです。よりおいしくなりますし、今まで産業廃棄物として捨てていたものを循環させて生かせている、お菓子屋として運営しているからできることのひとつです。


札幌市内の「きのとや」ファーム店ではスイーツの他に、日高や盤渓の農場でとれた卵や牛乳、ヨーグルトを販売している。店内にある「KINOTOYA cafe」では卵かけご飯も食べられる。右は人気のチーズタルト札幌市内の「きのとや」ファーム店ではスイーツの他に、日高や盤渓の農場でとれた卵や牛乳、ヨーグルトを販売している。店内にある「KINOTOYA cafe」では卵かけご飯も食べられる。右は人気のチーズタルト




オンラインでの曜日限定発売、「チーズワンダー」は毎週完売

3つ目は「お菓子事業」です。お菓子事業では「チーズワンダー」と「メルティーマジック」というブランドをやっています。当初の計画にはお菓子事業は入っていなかったのですが、お客様との接点を作って知名度を上げることで、我々の取り組みを知っていただくきっかけにしようと立ち上げました。

「チーズワンダー」の販売は、毎週金曜日と土曜日の夜20時にオンラインのみで発売するという特殊な手法で行っています。おかげさまで好評をいただき、毎週完売という状況です。通年販売しているチーズワンダーの他に「チーズワンダーネロ(チョコレートタルト×ティラミス)」(冬限定)など季節限定の商品もあります。


チーズワンダー。オンラインのみでの販売に絞り込むことで、今までできなかったおいしさを提供。冷凍状態でお客様に届け、リアル店舗では実現できない柔らかいムースとザクザクしたクッキーの食感が楽しめる(画像提供:ユートピアアグリカルチャー)チーズワンダー。オンラインのみでの販売に絞り込むことで、今までできなかったおいしさを提供。冷凍状態でお客様に届け、リアル店舗では実現できない柔らかいムースとザクザクしたクッキーの食感が楽しめる(画像提供:ユートピアアグリカルチャー)


4つ目は「サブスク」です。我々が作った牛乳と卵、飲むヨーグルトをセットにしてサブスクリプションで毎月お届けしています。これはお菓子を販売していく中で、お客様から卵、牛乳も買いたいという声をいただいたのと、リジェネレイティブアグリカルチャーという言葉を掲げて始めた我々の活動に、日本でも興味を持った方がたくさんいらっしゃって、そこでコミュニティーを作っていくことが新しい取り組みになるんじゃないか、ということで始めました。




放牧酪農により土壌を回復させ、炭素の蓄積を多くする

──「リジェネレイティブアグリカルチャー」を提唱した初めての日本の企業として、ユートピアアグリカルチャーがその最前線にいると思いますが、事業の中でそれはどんなふうに実践されているのでしょうか。


リジェネレイティブアグリカルチャーという言葉は日本ではほぼなかったとお伝えしたものの、近いことをする農法はずっと昔からあるんですよ。日本では「再生農業」と言われています。

それなら我々の何が最前線かというと、リジェネレイティブアグリカルチャーというコンセプトでちゃんと情報発信したのがおそらく日本で初めて、というのが1つ。そして、発信するということは責任を持たなくてはいけないので、北海道大学大学院農学研究所と一緒に研究を行い、数値を測定して発表している、というのが最前線といえば最前線かな、と思います。

リジェネレイティブアグリカルチャーは本当にいろんな解釈があって、決まった定義もほとんどないんですよ。私の中では、土壌を回復させることで、炭素の蓄積をより多くし、空気中の炭素を吸収・隔離していく農法、またはそれを志していく農法、という理解でいます。

土壌を回復させるやり方はいろいろありますが、我々は放牧酪農など動物の力を使って土壌を回復させるというアプローチで研究しているのが特徴です。

下の図は2年前から取り始めた日高の牧場の数値です。1年前からは土壌の炭素に関しても数値を取り始め、そこから少しずつ分かってきたことをこのような形で発表し始めています。我々の日高の牧場の土地の性質では、CO2が毎年1haあたり11tほど溜まっていくことが分かってきたんですよ。

画像提供:ユートピアアグリカルチャー画像提供:ユートピアアグリカルチャー


牛は1頭あたり1年間で大体10tくらいのCO2(メタンガスからの換算含む)を出すといわれています。11t/haのCO2を吸収する我々の牧場は32haあるので、牛1頭あたりのCO2を10tとすれば、大体35頭分くらいの牛が排出するCO2をオフセット(吸収)する力があるということが分かりました。

いま日高の牧場には牛が80頭くらいいるんです。ですので、全部オフセットする力がないということも分かりました。仮に我々が35頭まで牛を削減すればその分をオフセットできるというところまで、一旦分かってきたということになります。




動物が入れば、山はドラスティックに変わっていく

──日高の牧場だからこの数値ということなのでしょうか。ほかの場所では違う結果になる、つまり土壌がいいとか悪いとかで、炭素の吸収量は違うのでしょうか。


そうですね。土壌の炭素量が多い=いい土壌と考えていいみたいなんですよ。すでに炭素量が多い、いい土壌であれば、吸収する余地は少なくなります。逆に言えば、そもそもの炭素量が少ない悪い土壌であれば、動物が入り込むことでいい土壌に改良していく余地があるということになります。またそうした土壌は、炭素を吸収するスピードが早いのです。

いま盤渓(ばんけい)という、札幌から西へ車で20分ほど行った所にある場所に農場を展開して、実験的な試みをしています。盤渓の農場は50年間くらい何もメンテナンスもされず、放置されてきた山です。山って炭素をすごい吸収していくイメージがありますけど、メンテナンスされていないと実は大して吸収しないそうなんです。

北海道の山は笹で覆われていて、日光が土に入りにくいんです。その山に動物、例えば馬が入り込むことで、笹を食べてくれるんですね。そうすると日光が入って、新しい植物の成長が促されていく。あるいは、牛や馬が植物を踏み倒すことで新しい光が入っていくとか、雨が土に降り注いでいくとか、あとは糞尿をすることで栄養素の循環を促していくとか。そもそも歩き回ることで栄養素の入り込み方を何倍にも活性化するとか。

動物が入り込むことで一気にドラスティックに山が変わっていくという仮説があるので、我々はこの盤渓の山に実際に動物を入れ込んで、炭素量の移り変わりを計測して数値化しています。これは5~10年スパンの話になるので、これからどういう効果があるのかが分かっていくと思っています。


盤渓の実験農場では馬が放牧されている。笹をよく食べる道産子を先に入れ、牛は1~2年後に入れるという計画がある。土壌や植物の調査、馬たちの糞の調査、体重測定などは定期的に北海道大学の学生たちが来て行っている"盤渓の実験農場では馬が放牧されている。笹をよく食べる道産子を先に入れ、牛は1~2年後に入れるという計画がある。土壌や植物の調査、馬たちの糞の調査、体重測定などは定期的に北海道大学の学生たちが来て行っている


盤渓の農場で平飼いされている鶏は1,000羽ほど。施設内に卵の無人直売所がある盤渓の農場で平飼いされている鶏は1,000羽ほど(画像提供:ユートピアアグリカルチャー)。施設内に卵の無人直売所がある


──そういった実験もそうですが、放牧酪農となると、北海道のように広い土地がある場所じゃないと難しいのかなと思うんですけど、北海道以外の場所でいまお話のあったようなリジェネレイティブアグリカルチャーができる可能性はあると思いますか。


ありますよ。東北も土地はたくさんあるみたいなので、別に北海道だけじゃないよねって、よくいろんな人と話します。あとは放牧酪農といっても、平らな場所は必要ないんですよ。ある程度斜面でも全然問題ない。そう考えると、日本の国土の7割は山なんで、山での放牧酪農っていう可能性はどこでもあるんじゃないかなって思ってます。


北海道発、全世界で流通するお菓子を作る




北海道発、全世界で流通するお菓子を作る

──では最後に長沼さんの今後の目標をお聞かせください。


ユートピアアグリカルチャーの話じゃなくて、グループ全体の目標として私が考えていることなんですけど、基本的に北海道のお菓子って過小評価されてると思っています。過小評価っていうのは、北海道ほどおいしいお菓子を"手ごろな価格で"作ってるところがない、と明確に思ってるんですよ。世界的にレベルは間違いなく高い。なぜなら競争がすごく激しい世界だから。ただ北海道のお菓子屋さんはどこも、基本的にはお土産に終始してますよね。

──確かに北海道のお菓子といえば、空港でお土産として買うイメージが強いですね。


ほぼお土産しかやらないんですよ。いまとにかく目指したいことは、これだけ可能性のあるお菓子をより広げていく、お土産ではない全世界で売れるような、単品のお菓子っていうものをしっかり開発して、流通させることです。

モデルとしてはイタリアです。日本にはそういう全世界で流通しているようなお菓子屋さんはほぼありません。ですが、イタリアやフランスを見るとたくさんあるんです。

──そうなんですね。例えばどこのメーカーのお菓子ですか。


イタリアだと有名なのは、フェレロ社のロシェです。あの、金色の紙で包まれてるチョコレートのお菓子です。

──あー!ありますね、丸いチョコレート。


イタリアのミラノに、ほぼあれだけを作る専門の工場があります。原材料の調達も全部地元でやっているので、付加価値も高くて、しっかり利益を取りながら地域貢献もして、全世界にインパクトを与えています。

そういったことがイタリア、ミラノという地名としてのブランドがあるからできているのもあります。逆に言うと、いま北海道は、全世界から観光客も増えてきて、ブランドとして知名度が上がってきている。まさにイタリアモデルになりつつあるので、北海道発のそうしたビジネスをやっていくのが、いま一番挑戦したい目標であり、夢です。


※記事の情報は2023年12月12日時点のものです。

  • プロフィール画像 長沼真太郎さん 株式会社ユートピアアグリカルチャー代表取締役〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    長沼真太郎(ながぬま・しんたろう)
    1986年、北海道生まれ。大学卒業後、商社に就職。その後、2011 年に父の経営する株式会社きのとやに入社し、大ヒット商品「焼きたてチーズタルト」を開発。
    2013年、株式会社BAKEを創業し代表取締役社長に就任。2018 年に同社を退社。
    スタンフォード大学客員研究員を経て、2020年に株式会社ユートピアアグリカルチャーの代表取締役として再始動。2022年、北海道コンフェクトグループ株式会社の代表取締役に就任。
    「Graze Experiments」をテーマに、地球・動物・人に優しい牧場運営と実験と、その材料を使ったおいしいお菓子作りをしている。

    〈会社概要〉
    社名:株式会社ユートピアアグリカルチャー
    所在地:北海道沙流郡日高町字豊郷916-6
    設立:1990年10月12日
    事業:放牧牧場の運営、乳製品の製造・販売、養鶏場の運営、自社牛乳や卵を使ったお菓子の企画・販売
    公式サイト:https://www.utopiaagriculture.com

    2020年 現状の形で始動
    2021年2月 「チーズワンダー」販売開始
    2022年2月 Forest Regenerative Project 発表・開始
    2022年10月 「盤渓農場」オープン

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