大気中で起こるすべての自然現象を見て理解して記録して、伝えたい

JUN 2, 2021

武田 康男さん 空の探検家〈インタビュー〉 大気中で起こるすべての自然現象を見て理解して記録して、伝えたい

JUN 2, 2021

武田 康男さん 空の探検家〈インタビュー〉 大気中で起こるすべての自然現象を見て理解して記録して、伝えたい 次々に色や形を変える雲や虹。夜には瞬く星や月。武田康男さんは小学生の頃から、空の魅力にとりつかれた。高校教師として生徒に大気中の自然現象の美しさと原理を語り、書籍やテレビ番組で見事な写真コレクションを披露。旅行企画でも自然の魅力を伝えてきた。NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」の番組中に映し出される美しい空の写真や映像、ここにも武田さんの写真が使われている。「空の探検家」で気象予報士でもある武田さんに、空の魅力を語っていただこう。※冒頭の写真は、富士山から見たつるし雲(撮影:武田康男)

――美しい空を求めて、国内外をあちこち歩かれているのですね。


私の仕事は、虹や雲、蜃気楼やオーロラ、星空といった、空に見られる自然現象の美しさを、写真や映像(動画)で伝えることです。旅行会社との共同でツアー企画の仕事も多いです。例えばアメリカ最北端のアラスカでのオーロラや、シベリア南東部にあるバイカル湖、ハワイ島の活火山の溶岩流などの見学ツアーです。


武田康男さん(空の探検家)


旅行先では、自然現象の仕組みについて解説したり、撮影テクニックの講義をしたりします。地球上ではまだまだ知られていない不思議な自然現象や、美しい光景が本当にいっぱいあるんです。今は新型コロナウイルスの影響で、ツアーを催せないのが歯がゆいですね。


ツアーでは寝転んで星空を楽しむことも。魚眼レンズを使って撮影した富士山と天の川(撮影:武田康男)ツアーでは寝転んで星空を楽しむことも。魚眼レンズを使って撮影した富士山と天の川(撮影:武田康男)


――世界中を旅していらっしゃいますが、このバイカル湖の写真は見事ですね。


とにかく水がきれいです。日本の摩周湖と1、2位を競う透明度の高さ。冬は湖水が1m以上の厚さで凍るんです。しかも透明な氷。それが盛り上がってきて、御神渡(おみわた)りみたいになると、透き通った氷が青色に見えます。そこに温度変化でヒビが入る。そのときにババーンと音がして。危なくはないんですよ。そんな不思議な体験ができるんです。夜は氷に星が映るんです。行った人は皆、びっくりですよ。そんな世界があるんです。


ツアーで行った春のバイカル湖。湖表に盛り上がる透き通った氷が空の青さに染まり美しい(撮影:武田康男)ツアーで行った春のバイカル湖。湖表に盛り上がる透き通った氷が空の青さに染まり美しい(撮影:武田康男)


――南極にも行かれたんですね。


2008年末から2010年春にかけて、南極観測隊の越冬隊員として赴任しました。行って初めて分かったことがいっぱいありました。南極はとにかく空気がきれいなんですよ。はーっと息を吐いても、それが白くならない。チリがないからですね。凝結する元がないと、水滴ができないから、吐いた息が白くならないんです。


昭和基地というのは、大陸の上ではなくて、大陸の近くにある島の上にあるんです。温度は0度付近からマイナス40度くらいの間で変化します。1年間いて風邪をひきませんでした。鼻水も出なかったですよ。細菌がいないからです。国内から持ち込まない限りは。空気がきれいということは、周りの雪も氷も汚れがない。溶かせば、煮沸とかせずにそのまま飲めるんです。


南極では空気が澄み切っている。息をはーっと吐いても白くならない(撮影:武田康男=第50次南極観測隊員)南極では空気が澄み切っている。息をはーっと吐いても白くならない(撮影:武田康男=第50次南極観測隊員)


空が澄んでいれば、雲も星もオーロラもきれいに見える。とりわけ雪の結晶が見事です。南極で見た雪の結晶は、サイズも大きくて、透明で、それはそれは美しい。日本国内で見る雪の結晶の直径は通常2~3㎜です。それが南極では7㎜以上もしばしば。日本でもそのくらいの大きさの結晶が見られるところもあるんですが、水滴とかが付いてしまって白いんですよ。それが南極では透明なんです。


日ごとに違う形の透き通った結晶がたくさん降ってくる。南極での大抵のことは予想していたので、まぁこんなもんなんだろうと思いましたが、雪の結晶の美しさは、まさかここまで素晴らしいとは、思いませんでした。


南極で撮影したオーロラと南天の星(撮影:武田康男=第50次南極観測隊員)南極で撮影したオーロラと南天の星(撮影:武田康男=第50次南極観測隊員)




自然の美しさを伝える「空の探検家」になるまで

――空に関心を持つようになったきっかけを教えてください。


小学校に上がる前のことです。夕方、母親と近所に買い物に行った帰り道で、とても大きくて明るい流れ星を見ました。びっくりしましたよ。今も時々、ニュースになる火球(かきゅう)です。こりゃ一体何なんだろうと。そこからですね、空に興味を持ったのは。


火球と呼ばれる大きな流れ星(撮影:武田康男)火球と呼ばれる大きな流れ星(撮影:武田康男)


小学校中学年のときに、父親の一眼レフカメラを借りて、星空の写真を撮るようになりました。天体撮影は全くの我流。失敗だらけで、試行錯誤しながら撮りました。高校生の頃まで、もらったおこづかいは、ほとんど写真に注ぎ込みました。フィルム代と、それから暗室も作り白黒の現像と紙焼きもやりましたから、現像液や紙代。金星や月はカラーでも撮影しましたよ。これは自分では焼けないし、カラーフィルムとカラープリントは高かったなあ。


――ひとりで手探りで天体撮影。何か情報源はあったのですか?


雑誌ですね。主に「天文ガイド」(誠文堂新光社)という月刊誌。毎月楽しみでしたね。時々、「天文と気象」(地人書館、2006年休刊)という雑誌も読みました。あとは近所の図書館に行って、天体の専門書籍を読んだりしていました。


武田康男さん


天体望遠鏡は高価で手が出なかったので、最初は自分で組み立てました。蚤の市で、昔の軍隊とかで使われた双眼鏡のレンズを買ってきて、自作キットの筒にはめ込んで作りました。それをカメラにも取り付けて望遠レンズ代わりに使ったり。小学5年生のときに父親が望遠鏡を買ってくれたんです。ミザールという光学メーカーの口径10cmの反射望遠鏡でした。自作の望遠鏡と比べてすごく良く見えて。うれしかったなあ。それで星を見ながら写真を撮る。星の観察に夢中でした。


――いつも空を見上げている、少々変わった少年だったようですね(笑)。


みんなを巻き込んでいく方でしたよ。小中学校の林間学校などで長野に行きましたが、そのときは30分でいいから星が見たいと先生に交渉して。キャンプファイヤーの後に、みんなで星を見る機会を作ってもらったり。先生方も含めて初めての経験で、みんな感動してくれたんですよ。


高校生のときは、土曜日に授業が終わったら、関東一円に電車で出かけました。お金がないので野宿ですよ。朝まで星の撮影や観測をしていた。夜明けを見て朝の電車で帰宅する。電車で往復1000円~2000円くらいでの距離です。今だったら補導されてしまいますね。


――星への興味は空、大気現象への興味につながっていくんですね。


高校生の頃にも流星群が話題になりました。流星群は夜明けにたくさん見られます。一晩中、星空を見上げていて、夜がしらじらと明けてくる。朝焼けの空の色彩が本当に美しくて感動しました。この頃から、地球の大気内で起こるすべての自然現象に興味を持ち始めました。雲や虹、雷、蜃気楼、流星、そしてオーロラも。すべてが高度数百km以内の大気中で起こる自然現象なんですね。それらが起こる理由を知りたい、確かめたい、記録したい。そして、この美しい光景を人に伝えたいと心から思いました。


1997年に観測したヘール・ボップ彗星(撮影:武田康男)1997年に観測したヘール・ボップ彗星(撮影:武田康男)


本を作りたいと思ったのも高校生の頃から。当時は天体や大気に関するビジュアルな情報はなかなか手に入りませんでした。百科事典は文章ばかりで、写真はちょこっとしか載っていない。載っていても白黒写真。実物の空はとてもきれいなのにね。それが伝わってこない。


文章を読んでも意外に適当だなあと感じました。大学の偉い先生が執筆してはいるけれど、実際に空や天体を自分でじっくり見ていないぞ、と感じた。こうじゃないんだ。自分で見て確かめて、それを自分の写真と文章で説明したいと思いました。テレビ番組などでも伝えたいなとも思った。


あらゆる自然現象を記録して解説するというスタイルをやってみたいと思いました。その中の1つとして南極に行きたいという気持ちも芽生えました。世界一美しい空に出合えるのは南極と思ったので。


天体マニアの少年がそのまま「空の探検家」に成長した天体マニアの少年がそのまま「空の探検家」に成長した




オーロラブームの火付け役に

――大学は杜の都、仙台ですね。


はい。進路については悩みました。まずは、空の魅力を伝えるには、高校の先生になるのがいいと考えました。高校の学科では地学が大好きだったので、そうだ、理科の教師になろうと。進学先は自然が豊かで、南極の研究にも力を入れていると聞いて、東北大学に決めました。


大学時代は仙台から日本中を旅しました。北海道から沖縄まで。半分はやはり野宿です。でもそれがとても楽しかったですね。外国にも行きたくて、根を詰めてアルバイトをして貯金したけれど、当時はまだ円が安くて、渡航費には全然足りなかった。


――社会人になって最初の海外旅行がアラスカなんですね。


大学を卒業して、高校教師になり、春休みにようやく海外に行けました。24歳のときにアラスカです。マイナス20度の世界。オーロラが見える場所まで行くため、空港でレンタカーを借りようとしたら、アメリカの規則で25歳以下は保証人が必要だと言われて。仕方ないからアンカレッジの街まで何キロも歩いて、毛皮屋をやっている日本人のおばちゃんのところまで行って、お願いしたら快く受けてくれて。それで何とか一番小さい車を借りました。この車が宿にもなりました。


1985年、初めてのアラスカで自撮りでオーロラと記念写真(撮影:武田康男)1985年、初めてのアラスカで自撮りでオーロラと記念写真(撮影:武田康男)


1週間アラスカを回り、オーロラを見たり、氷河を見たり。帰国して生徒たちに写真を見せて話をすると、へえー、そういう世界があるんだ! と、とても興味を持ってくれました。そのときに自分のやりたいのは、こうした自然現象を記録して伝えることなんだと、あらためて確信しました。


アラスカに持参したのが、小学生のときから20年以上父親から借りっぱなしだった一眼レフカメラ。そのとき撮ったオーロラの写真を、「天文ガイド」の編集部に送ったら、「月刊 天文ガイド」(1986年4月号臨時増刊)で8ページのカラーの特集に使ってくれました。それからなんですよ、国内でオーロラへの関心が一挙に高まったのは。それまでもオーロラを見に行った日本人はいたけれども、このようにちゃんと写真を撮った人がいませんでした。三脚を立てて天体写真を撮っていたから、その応用できれいにオーロラを撮ることができたんです。


アラスカで撮ったオーロラの写真が「月刊 天文ガイド」の臨時増刊に掲載され、その後のオーロラブームに一役買った。出典:写真は「月刊 天文ガイド」1986年4月号臨時増刊 スターウオッチング(誠文堂新光社)の誌面からアラスカで撮ったオーロラの写真が「月刊 天文ガイド」の臨時増刊に掲載され、その後のオーロラブームに一役買った。上の写真は「月刊 天文ガイド」1986年4月号臨時増刊 スターウオッチング(誠文堂新光社)の誌面から


――教師時代はお忙しかったそうですね。


高校では地学を教えながら、部活の顧問も山岳部と写真部と地学部のかけもちでやらせてもらいました。部員を引率して、野山に出かけて、美しい山々や、星空、夜明けなど、小学生の頃から自分が見て体験したものを見せてあげられた。雲が高いとか低いとか、こうした自然現象の理由も教えました。生徒にも喜んでもらえて、私も楽しかったですね。


50歳で高校教師を辞めるのですが、最後の赴任先は母校でした。写真部に暗室がありましたが、誰も使い方を知らない。生徒から教えてほしいと頼まれて。デジタルカメラの時代に、フィルム写真の暗室技術を生徒にイチから教えられたのはうれしかったです。


富士山からのぞむ朝焼け雲(撮影:武田康男)富士山からのぞむ朝焼け雲(撮影:武田康男)


――南極に行かれたのも高校教師のときですね。


高校教師のとき、南極観測隊員に応募したら認められ、大気などの研究観測の担当として昭和基地で越冬観測しました。南極からネット授業をやったんですよ。全校生徒を体育館に集めてもらい、スクリーンを置いて、静止衛星の回線を使いました。インターネット経由で昭和基地から生中継での授業です。回線の帯域が狭いから、滑らかな映像ではなかったけれど、中継はうまくいきました。自分の高校時代からの夢の1つがかなった瞬間でしたね。


南極で行ったお湯撒き実験の様子。南極基地と千葉県内の高校を通信衛星回線で結び、生中継の授業を行った(撮影:武田康男=第50次南極観測隊員)南極で行ったお湯撒き実験の様子。南極基地と千葉県内の高校を通信衛星回線で結び、生中継の授業を行った(撮影:武田康男=第50次南極観測隊員)


帰国して、生徒たちに南極の話をすると、1番人気がペンギンの話。その次が、私には意外でしたが、雪の結晶の話でした。オーロラよりも、蜃気楼よりも、雪の結晶なんですね。高校教師を50歳で辞めた後、南極の本のみならず、空に関するさまざまな本を出し、最近になって、雪の結晶の本を作りました。「楽しい雪の結晶観察図鑑」(緑書房)です。そのために、3年間ほど、冬に北海道や長野、群馬や栃木の山に出かけて、撮りためました。


「楽しい雪の結晶観察図鑑」にも収録された雪の結晶の写真(撮影:武田康男)「楽しい雪の結晶観察図鑑」にも収録された雪の結晶の写真(撮影:武田康男)


南極でも撮ったのですがうまく撮れなかったんです。昭和基地での任務外の作業なので、寝る前に屋外でトライました。雪を布に受けて顕微鏡に持っていき下から光を当てる間に溶けたり消えたり。ところが、帰国後しばらくして発売されたデジタルカメラの「Tough TG」(オリンパス)の顕微鏡モードを使ったら問題解決! 苦も無くブレずにきれいに撮れるんですよ。この本ができたのはこのカメラのおかげです。本には撮影方法も書いておきました。子どもたちの自由研究にもいいと思いますよ。


デジタルカメラの顕微鏡モードで撮影中の武田さん。青い板の上に雪の結晶、その上にカメラを乗せてシャッターを押すだけ(撮影:武田康男)デジタルカメラの顕微鏡モードで撮影中の武田さん。青い板の上に雪の結晶、その上にカメラを乗せてシャッターを押すだけ(撮影:武田康男)


「楽しい雪の結晶観察図鑑」では雪の結晶の撮影方法も紹介されている「楽しい雪の結晶観察図鑑」では雪の結晶の撮影方法も紹介されている


――定年前にお辞めになり、フリーランスで執筆や講演のお仕事を始められた。


振り返ってみて、高校教師になるという選択は間違っていなかったと思います。母校の後輩たちを教えられて、充実した教師生活を送れて。もう高校教師としては思い残すことはないな、これでいいなと思えました。後は、もう1つの夢だった、大学で地学を教えながら、本やテレビなどで、大気の自然現象の魅力を伝えること。それにチャレンジしたいと考えました。南極越冬隊の活動が1つの区切りだったとも思います。


――武田さんは合格率5%という難関の気象予報士の資格もお持ちですね。


天体撮影する際には雲のあるなしが重要です。ですから中学生の頃から必要に迫られて天気図を書いていました。こんな風が吹けば雲がなくなるとか予測する。快晴と判断したら撮影準備に入るわけです。元々気象予報士のようなことをやっていたんですよ。


「楽しい雪の結晶観察図鑑」では雪の結晶の撮影方法も紹介されている


いまは、リアルタイムの気象情報をスマートフォンでもチェックできるから便利ですね。気象庁が出している情報を基にした無料サービスもあります。使いこなすには気象の基本知識は必要ですけれど。「SCW」とか「Windy」はおすすめですよ。雲量や雨や風を予想できます。天体観測をする人にも、朝散歩する人にも便利です。


ネットの気象情報と共に利用したいのは「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」など昔からの知恵(撮影:武田康男)ネットの気象情報と共に利用したいのは「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」など昔からの知恵(撮影:武田康男)


――NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」の百音(清原果耶)が「未来を予測できる」と驚いたお仕事ですね。


例えば高校教師時代に、部活動や行事のときに、積乱雲の動きを見て、急な雨や雷が発生しそうだからと、校庭から早めに避難させることができました。台風接近のときでも、ピンポイントでいつ頃が一番風雨が激しくなるか予想して、それに合わせて生徒たちを安全に帰宅させるといった判断ができる。そういった点では、各地の教育機関に気象予報士がいると有益ですね。気象予報士なら数時間後を予測できますし、翌日以降のこともかなりの確率で予測できます。


スマホのアプリで手軽に気象情報をリアルタイムに入手できるようになったスマホのアプリで手軽に気象情報をリアルタイムに入手できるようになった


――気象の未来予測は、地球温暖化など環境問題にも応用できますか?


二酸化炭素は南極でも測定しましたが、確実に増えています。ただし、二酸化炭素が増えたことにより今の地球上の温度が上昇しているといった話がすべてではない。気温が上がれば二酸化炭素が増えるという事実もあります。温度が上がれば海水から出る二酸化炭素の量も増えますからね。


例えば、南極の透明な氷は太陽が当たっても溶けにくい。一方、アラスカやグリーンランドなどの北半球の氷は、空気の汚れが元で藻ができ、黒っぽい。氷に色が着けば、そこが光を吸収して温まりやすく溶けやすくなる。グリーンランドの氷が溶け出しているのは、気温上昇に加えて、空気の汚れという原因もあります。


南極で撮影した氷山(撮影:武田康男=第50次南極観測隊員)南極で撮影した氷山(撮影:武田康男=第50次南極観測隊員)


環境問題を考えるうえで、二酸化炭素の増加は重要な問題ではあるが、ほかにもいろんなことが起きている。それらをひっくるめて考えていかなければいけませんよね。地球上の自然現象を見ていると、そんな簡単じゃないよ、単純じゃないよ、人間の思い通りにはいかないよ、と痛感させられることが多々あります。今回の新型コロナウイルスという「疫病」のこともそうだし。地震とか火山とか、隕石もそうだけど。何が起こるか分からないのが自然なんですよね。人類はそれらにその都度対応していくしかない。


――これからの活動のご予定を聞かせてください。


やりたいことはすべてやれたかなと思ったら、まだ手付かずだったことが見えてきたのが最近のことです。まずは映像。今は4K画像でとてもきれいに撮れますね。伝えられる情報量も多い。写真は大体撮りためたけれども、映像はまだ不十分。映像でいろいろ伝えることも大事だと思っている。


武田康男さん


教育現場でも、まだ映像で伝える機会が少ないですよね。いまだに授業では教科書と黒板で伝えようとしている。もうちょっと映像で伝えられることがないかと模索しています。そのための動画のストックを用意していきたいです。


それから、あらためて、地球上のすべての自然現象をひっくるめて、考えていきたい。水のこと、空気のこと。きちんと確認しなければいけないことが、まだまだたくさんあります。


共著を含めれば著書は40冊以上。今後は映像による記録にも注力していくそうだ共著を含めれば著書は40冊以上。今後は映像による記録にも注力していくそうだ


――ありがとうございました。高校の武田先生は、生徒にとって頼もしく楽しい先生だったことでしょう。引率されて星を見たり山の撮影などの経験ができた生徒たちがうらやましいです。教え子の中から、気象や宇宙工学の専門家、教師、写真家なども生まれているそうです。皆さんも、書籍や映像で空の探検はいかがでしょう。

  • プロフィール画像 武田 康男さん 空の探検家〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    武田 康男(たけだ・やすお)空の探検家、気象予報士、空の写真家
    1960年、東京都生まれ。東北大学理学部卒業後、千葉県立高校教諭(理科/地学)に。2008~2010年、第50次南極地域観測越冬隊員を経て、高校教諭を辞し、2011年に独立。“空の探検家"として活動(「空の探検家」は武田さんの登録商標)。現在は大学の客員教授や非常勤講師として地学を教えながら、小中高校や市民講座などで写真や映像を用いた講演活動を行う。空の魅力を伝えるために、さまざまな大気の現象を写真や映像に記録して書籍やテレビなどに提供。2021年5月17日から放送開始のNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」は主人公が気象予報士を目指す物語だが、同番組中に武田さんは空の映像を提供している。日本気象学会会員、日本雪氷学会会員、日本自然科学写真協会理事。
    テレビ出演:「世界一受けたい授業」(日本テレビ系)、「教科書にのせたい!」(TBS系)、「体感!グレートネイチャー」(NHK)など。
    著書:「楽しい雪の結晶観察図鑑」「虹の図鑑」「今の空から天気を予想できる本」(緑書房)、「雲の名前 空のふしぎ」「不思議で美しい『空の色彩』図鑑」(PHP研究所)、「武田康男の空の撮り方: その感動を美しく残す撮影のコツ、教えます」(誠文堂新光社)、「世界一空が美しい大陸 南極の図鑑(草思社)、「空の探検記」(岩崎書店)ほか多数。

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