原愛梨|唯一無二の「書道アート」で世界に挑む

アート

原愛梨さん 書道アーティスト〈インタビュー〉

原愛梨|唯一無二の「書道アート」で世界に挑む

書道と絵を掛け合わせた「書道アート」を確立し、「書道アーティスト」として活動している原愛梨(はら・あいり)さん。2022年にはニューヨークのタイムズスクエアで書道パフォーマンスをするなど、日本国内だけでなく海外も視野に入れて活動する原さんに、書道との出合いや今後の展開についてお話をうかがいます。

写真:山口 大輝

姉のまねで始めた書道が、いつしか将来の夢に

――書道を始めたきっかけを教えてください。


書道をやっていた姉をまねして始めました。幼少期の私は、姉がやることを何でもまねしたがる性格で、ピアノや水泳、演劇など「お姉ちゃんがやっていることは何でもやる!」という気持ちで、いろいろな習い事をやっていました。その中でも「面白い」と思って一番力を入れていたのが書道でした。


――書道のどこに面白さを感じたのでしょうか。


とにかく褒められるのがうれしかったんです。上手くなればなるほど先生が褒めてくれるし、作品展で1番を取れるようになっていきました。だから、1番を取れなかった時は本当に悔しくて悔しくて......。「作品展に出す時は絶対に1番を取るぞ!」という気持ちが強くなるにつれて、書道がどんどん面白くなっていきました。


――「書道を仕事にする」と意識したのはいつ頃でしょうか。


小学生の頃、授業で将来の夢を「書道の上手な有名人になる」と書いて、学校の校庭のフェンスに貼り出されていました。今思い返すと、その頃から「将来は書道を生かした仕事をしたい」と考えていたんでしょうね。夢をかなえるために、大学では書道を専攻して、技術を磨きました。


書道の面白さについて話す原愛梨さん




「爆弾」だった自分。だから気づけた書道の力

――大学を卒業して、すぐ書道家としての活動を始めたのでしょうか。


実はそういうわけではないんです。大学を卒業する時に「書道家になりたい」と両親に話したところ「いったん就職して社会経験を積みなさい」と言われて。結局、母と姉が銀行で働いていたこともあって、大学卒業後は銀行で働くことにしました。


――銀行での働きぶりはいかがでしたか。


今まで書道でずっと褒められてきたから、「私は何でもやればできるんだ!」という気持ちだったのですが、いざ働き始めたらビックリするくらい仕事ができなかったんです。お客様にお釣りを渡し忘れて外まで追いかけたり、重要な書類やカードをシュレッダーにかけてしまうというような事件を連発していました。シュレッダーにかけた書類は、丸2日かけて貼り合わせました。


いつしか「爆弾」と呼ばれるようになっていたらしく、「爆弾をどうやって扱うか」を考えるミーティングが開催されたんです(笑)。このミーティングには私も出席したのですが、この時に初めて自分が「爆弾」と呼ばれていることを知りました。


――「爆弾」と呼ばれていたのは悲しいですね......。銀行で働いていた時に、書道の技術が生かされた場面はありましたか。


そのミーティングより前のことですが、支店長が結婚式に持っていくご祝儀袋に文字を書ける人を探していて、私の上司が「原さん書けますよ!」と推薦してくれたことがあったんです。実際に書いたら「お前、字上手いな!」となって、それを機に看板やお祭りで使用するプラカードに文字を書くようになっていました。


「爆弾ミーティング」でみなさんが「あいつの字の上手さを生かせる仕事はないか?」と考えてくれた結果、銀行から出す封筒の宛名や送り主名を私が書くということになりました。そこから、銀行員なのに窓口に立つわけでもなく、毎日書道の道具を持って出勤して、会議室にこもってひたすら字を書くという楽しい仕事が始まりました(笑)。


作品を制作する原愛梨さん


――原さんの技術を生かせる仕事が誕生したのですね!


最初は封筒だけだったんですが、しばらくしてお客様宛ての封書に筆でお手紙も手書きして添えるようになりました。すると、その手紙を受け取ってくれたお客様が私に会いに来て「お手紙うれしかった。ありがとう」とお礼を言ってくれたり、手紙をきっかけに口座を作ってもらったりするようになったんです。お客様が口座を作ってくださった時は、銀行で働いてから初めて褒められました(笑)。


それまで、私は「きれいな文字を書きたい」「1番を取りたい」という気持ちで書道をやっていましたが、お客様の反応を見て「自分の字を見て喜んでくれる人がいるんだ」「字を通じて思いは伝わるんだ」ということに気づきました。やっぱり、私は書道を生かしていきたい。そう考えるようになって、銀行を退職して書道家として活動していくことを決めました。


銀行員時代の出来事を話す原愛梨さん




唯一無二の表現スタイル「書道アート」ができるまで

――銀行を退職後、まずはどのような活動から始めたのでしょうか。


自分の過去の作品をまとめた資料を作って、地元の市役所に行きました。「今度の夏祭りの時に何かできることはありませんか?」「お祭りに横断幕を作るのはどうですか? 字、書きますよ!」という感じで市役所の方とお話しして、最初は完全ボランティアから始まって、仕事をもらっていました。


あと、花火大会で花火を見ている方たちに、ひたすら名刺を配って回っていました。営業の仕方が全然分からなかったんで、とにかく突撃していましたね(笑)。


そんな活動を続けた結果、「好評だったから、来年もまたやってください!」「次のイベントでも、字を書いてくれませんか」という依頼が少しずつ増えていきました。


――文字に絵を組み合わせた「書道アート」は、どのような経緯で生まれたのですか。


「海外で書道のパフォーマンスをすれば話題になるんじゃないか」と思って、シンガポールで漢字を書くパフォーマンスをしたんです。その時、現地の方が「何という文字を書いているの?」と質問してくれたのですが、当時の私は英語が話せず、書いた字をどう説明すればいいのか分からなかったんです。「もっと分かりやすく書道を表現できる方法がないかな」と考えて、書道と何かを掛け合わせようと思ったのがきっかけです。


バンドが演奏する音楽に合わせて書いてみたり、いろいろ試した結果、「絵は世界共通だから、文字を使って絵を書いてみてもいいかもしれない」と思い、文字と絵を掛け合わせた「書道アート」を始めました。


作品を制作する原愛梨さん


最初に、「鶴の恩返し」をテーマにした作品を書いてみました。小さい頃から昔話が好きだったから。その作品をとある方にプレゼントしたところ、すごく喜んでくれたんです。「これは面白いかも」と、いろんな文字と絵の組み合わせを試しました。そのうちのひとつが、もともと好きだった野球を題材にした書道アートです。


初めて書いた野球選手は、元福岡ソフトバンクホークスの髙橋純平投手でした。スラッとしたきれいな投球フォームを意識して書いてSNSに載せたら、髙橋選手本人から「この作品ください」と連絡が来て......本当に驚きましたね。それから、その日活躍した選手の名前でその人の投球フォームやスイングを表現する書道アートを書くようになりました。


元福岡ソフトバンクホークスの髙橋純平投手を書いた作品。名前の漢字を使って体の動きを表現している元福岡ソフトバンクホークスの髙橋純平投手を書いた作品。名前の漢字を使って体の動きを表現している


――書道アートは絵の素養も必要だと思いますが、原さんは絵の技術をどのように培ったのでしょうか。


祖父が画家だったので、絵を見る機会は多かったとは思いますが、絵は独学です。野球選手の時はその選手の投球フォームやスイングを見て「どんな書き方で、どこに文字を配置したら躍動感を表現できるか」を考えながら日々、試行錯誤しました。


文字で絵を書くので一般的な絵とはまた違って、「絵でもあり、書道としても認識してもらうためにはどうしたら良いのか」を、ひたすら考えましたね。


試行錯誤した当時の様子を話す原愛梨さん




「キーワードの組み合わせ」と「ワクワクする気持ち」で生まれる書道アート

――制作はどのような流れで進むのですか。


まずは「どのような作品を書きたいのか」「見た人にどのようなことを感じてほしいのか」を考えながらキーワードを出して、点と点を結ぶようにそれをつなぎ合わせて全体のデザインを決めていきます。キーワードは頭の中で考えることもありますが、思いついたものを書き出していくことが多いですね。書き出すことで、作品に対する理解を深めることができるんです。


よく「絵と文字どっちが先ですか?」と聞かれるのですが、「どっちが先にできる」というわけではないんです。出てきたキーワードの中でピタッとハマったものが作品になる、という感じです。


――作品制作において一番重要だと考えていることは何ですか。


「ワクワクすること」です。自分のモチベーションが文字に現れるので、「完成品を早く見たい!」「次はこういうものを書いてみたい!」「こうしたらもっと良くなるんじゃないか?」といったワクワクした気持ちがないと、いい作品は生まれないと思っています。


あと、書道アートを見てくれたお客様を喜ばせたい、驚かせたいという気持ちもワクワクするポイントです。いい意味で人の想像を裏切りたい気持ちはずっと持っていますね。


インスピレーションが浮かばなくて大変な時もめっちゃあります! そういう時は同時進行している別の作品のことを考えてみたり、散歩したり、カフェに行って気分転換したりしています。


作品制作前の準備をする原愛梨さん




心に刺さった「もっとわがままであっていい」という言葉

――これまでに制作した作品の中で、特に思い入れのある作品は何でしょうか。


とある企業とコラボレーションした作品で、流木と鉄と書道の3つを組み合わせた作品です。鉄に文字を書いて自分でカットして、立体的に配置した作品なんですが、さまざまな方と協力して完成させました。


構想から完成まで4カ月くらいかかりましたが、普段は一人で制作することが多いので、みんなでひとつの作品を作り上げることがすごい楽しかったですね。


流木、鉄、書道を組み合わせた作品流木と鉄と書道を組み合わせた作品。それぞれを立体的に配置し、躍動感が生まれている


その時一緒に制作したアーティストの方が「あなたはアーティストなんだからもっとわがままであっていい、自分のやりたいことをやりたいように突き進むことが大事。新しい価値観をつくっていきなさい。世の中の人に『良い』と言われたら、あなたの勝ちだから」と言ってくださって、その言葉がすごい心に刺さっています。「自分はアーティストなんだ」と自覚させてくれた言葉です。


影響を受けた言葉について話す原愛梨さん


――特に苦労した作品はありますか。


2021年の東京オリンピックに出場した日本代表選手全員のお名前と参加国名を書いたモザイクアートですね。ただお名前を書くだけでなく、遠くから見るとひとつの絵になるように文字の色や配置をものすごく考えた作品なのですが......。3日間くらいほぼ寝ずに書き続けました。


仕事ではなく自分が「やりたい!」と思って始めたのですが、書いている途中は「なんで始めてしまったんだ!」と後悔しました。苦労して完成させた作品なので、今となってはいろんな意味で忘れられない作品です(笑)。





やることが当たり前になれば「めっちゃ最強」

――2022年にニューヨークのタイムズスクエアで書道パフォーマンスをされましたが、手応えはいかがでしたか。


めっちゃ楽しかったです! 見てくれた方がダイレクトにリアクションしてくれたので、自分のテンションもこれまで以上に高めてパフォーマンスすることができました。



――海外で活動していて、印象的な出来事はありましたか。


アメリカのグランドキャニオンやユタ州にある自然の中でパフォーマンスしたことが印象的でした。山を登ったり砂漠の中を歩いたりして、大自然の中で感じたエネルギーを作品としてアウトプットできたことが自分の中で大きな刺激になりました。「自然と対話できた」といった感覚がありましたね。


――今後はどのような活動をしたいと考えていますか。


「アート=絵」というイメージが強いので、書道も「アート」として認識してもらいたいという気持ちがずっとあります。そのためにも、海外に拠点を移して書道を世界に広めたいと考えています。今年中にニューヨークに移住して、ニューヨークを拠点に、世界各国で個展を開いて書道の素晴らしさを伝えたいですね。


――原さんは「書道を世界に広めたい」という夢を実現するために活動されていますが、夢を実現したいけどなかなか踏み出せない人もいるのではないかと思います。そんな方々に、原さんはどんなアドバイスを贈りますか。


これまでの道のりを振り返ると、「言霊」と「継続」が大事だなと思います。


さっき、小学生の時に「書道の上手な有名人になる」と書いたと話しましたが、「友達にどういうふうに思われるんだろう? なんだか恥ずかしいな」と思って、書くのをすごいためらったのを覚えています。それでも書いたことで「言霊」となって自分の根底にあるし、今の自分を突き動かしてくれる大切な言葉になっています。だから、自分が「こうなりたい」と思うことを書くって、すごい大事だなと思いますね。


あとは「継続」です。私は小さい頃、夏休みの時は朝5時から夕方5時まで書いていたのですが、当時の自分はそれが「当たり前」だと思っていました。そこまでではなく少しずつでもいい、毎日歯磨きしているような感覚で「それをやるのが当たり前な環境」にできたら、めっちゃ最強だなと思います。


完成した作品と一緒に写る原愛梨さんアクティオの社訓「創造と革新」をテーマに、原さんに作品を制作していただきました。「モチーフは『龍』です。龍は強さとやさしさを象徴する生き物だと考えており、アクティオさんの社是にある『創造』の文字を龍が包み込むような構成にして強さとやさしさを表現しています」(原さん)


龍の瞳には「革新」からとった一文字「新」が書かれている龍の瞳には「革新」からとった一文字「新」が書かれている


ヘアメイク:大崎 ココ


※記事の情報は2024年5月7日時点のものです。

  • プロフィール画像 原愛梨さん 書道アーティスト〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    原愛梨(はら・あいり)
    1993年10月2日生まれ、福岡県出身。2歳から書道を始め、最年少で文部科学大臣賞受賞。多様な観点での文字を使った「書道アート」で、スポーツをテーマにした作品をメインにSNSに投稿したところ、各界のスポーツ選手から大きな反響を呼んだ。2022年3月には初の個展を東京・表参道で開催し、8日間で約1,200名が訪れた。同年4月にはニューヨークで書道パフォーマンスを披露。2023年3~4月にはニューヨーク、同年8月にインドネシア、シンガポール、10月にパリ、2024年4月にはドバイで個展やパフォーマンスを開催。世界にも活躍の場を広げている。

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