
【連載】映画の中の土木
2026.08.25
熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター教授 星野裕司
土木が映し出す女子高生たちの強さ【映画の中の土木⑥】
連載「映画の中の土木」第6回は、「女子高生と土木」をテーマに映画をセレクト。『セーター服と機関銃』『ラブ&ポップ』『下妻物語』の3作品を、熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター教授 星野裕司氏に、"土木"という視点を通して解説いただきました。
イラスト:広野りお
連載第4回と第5回は、土木的な対象物をテーマに映画を紹介してきました。そこで、今回は趣向を変えて、映画の主人公の属性に着目して映画を選んでみたいと思います。注目するのは、女子高生です。
土木は公共物ですから、どんな人たちにとっても意味のあるものでなければなりません。ならば、女子高生にとっても同じはずです。彼女たちを描く映画の中で、土木がどんなふうにあらわれるのか。実は私も、今回の連載をうまくまとめられるのか不安なのですが、みなさまと一緒に探索していきたいと思います。
〈目次〉
「セーラー服と機関銃」―映像によって「異化」された風景―

監督:相米慎二
出演:薬師丸ひろ子、渡瀬恒彦、風祭ゆき、大門正明、林家しん平、酒井敏也、柳沢慎吾、岡竜也、光石研、柄本明
【あらすじ】
父を亡くした女子高生・星泉(薬師丸ひろ子)は、ひょんなことから弱小ヤクザ・目高組の組長を継ぐことになる。組員の佐久間真(渡瀬恒彦)らに戸惑いながらも、泉は普通の高校生活とかけ離れた騒動に巻き込まれていく。未熟な少女と時代遅れの男たちの奇妙な関係を通して、暴力の世界に放り込まれた若者の戸惑いと成長を描く、青春と任侠が交差する物語である。
私が若い頃はまだ、シネコンやミニシアター以外の映画館がいろんな町にあって、場末の映画館ではロードショー落ちの映画を3本立てとかで上映していました。私は横浜郊外の育ちなのですが、バスで30分くらいの六角橋という町にあった映画館へ、友達が持っていたタダ券を使って何度か通っていました。
そこで(たぶん)初めて観た映画が、ここで紹介する「セーラー服と機関銃」です。小学校5年生だったか、友達だけで行った初めての映画だったので、場末の映画館のちょっと淀んだ空気と共に、なんか大人になったような気がしたことを強く覚えています。
私が小学校高学年から中学生にかけては、原作や主題歌と映画をセットで売り出す角川映画の全盛期で、それらの鑑賞は、私の映画原体験を形成しています。この映画も、今観るとずいぶんシュールな映画ですが、アイドル映画というフォーマットの中で、相米慎二監督の世界に、知らずに触れることができたのは、結構ありがたいことだったのかなと思っています。
「解剖台の上のミシンと雨傘の偶然の出会いのように美しい」とは、シュルレアリスムという芸術活動を象徴する有名な言葉ですが、通常にはない組み合わせが、それぞれの魅力を新鮮に発見させることを表現しています。この映画も、「セーラー服」(女子高生)と「機関銃」(ヤクザ)というあり得ない組み合わせが、それぞれの隠れた魅力(女子高生が持つ母性や度胸、ヤクザのうちに眠る弱さなど)を引き出すということがテーマの1つだったのではないかと感じます。
この映画における土木にはどんな魅力があるのでしょうか。80年代の新宿がロケ地の中心となっているのですが、主人公の女子高生・星泉(薬師丸ひろ子)の初登場シーンでは、ブリッジをして影像が逆さに映し出されています。このシーンから始まることで、何か特徴的な場所を映すというより、見慣れた風景も異質なものが組み合わさったり、視点を変えることで新鮮に見える、そんなふうに日常の場所の魅力を引き出すことを目指しているように感じます。
ただ、麻薬取引の黒幕・太っちょ(三國連太郎)のアジトは、江戸川乱歩の怪異小説に出てくるような場所ですし、殴り込みをかけ、機関銃をぶっ放しながら「カ・イ・カ・ン」という有名なセリフを呟く浜口物産の社長室にも古い日本映画が映し出されていて、こんな場所ないだろってくらい異常です。それらもまた日常的な風景とのコントラストをつくっているのかなと思いました。
子どもの頃初めて観た時から、ずっと印象に残ってるのが、暴走族のシーンです。今観返すと、お寺で高校生たちとヤクザがだべっているシーンから、星泉と若いヤクザが暴走族に合流し、最後は2人になるまで、5分近いワンカットの長回しです。最初に観た時は小学生ですから、そんなことにはもちろん気づきませんが、怖いお兄さんたちの映像がこんなふうにセンチメンタルな感じになるんだと驚いたことを覚えています。
お寺の境内から脇道、そして幹線道路へと、その移動は不自然ではないですし、それぞれは特別な風景ではありませんが、このように映されると、それぞれ異なる場所が一続きになっている不思議さと、グループ→2人→グループ→2人と、組み合わせによってあらわされる情景の変化も新鮮です。シュルレアリスムの、そのものが内在している新鮮な魅力を引き出す方法のことを「異化」と言いますが、これらの風景もまた、映画によって「異化」されたものと言えるのかもしれません。
またもうひとつ、エンディングも印象的でした。薬師丸ひろ子が自ら歌う大ヒットした主題歌をバックに、セーラー服に赤いハイヒールという奇妙なコーディネートの彼女が雑踏の中を歩く姿を望遠で映しています。そして最後は、子どもたちと出会ったところで主題歌が止まり、機関銃を撃ち合う遊びをしながら、地下鉄の通風口の上に立ち、マリリン・モンローのようにスカートをはためかせて、集まる雑踏に機関銃を撃ち続けます。
その時の、笑顔から不安そうな真顔に変わっていく表情が印象的です。見慣れた雑踏が、いつもと違う奇妙なものとして彼女には映ったのではないでしょうか。映画館を出た時に、いつもの風景がまったく違って見えることがあります。そんな私たち鑑賞者と同じ体験を、彼女も撮影を通して、していたように感じますし、その共感は、私たちの映画体験をより強いものにしてくれるのではないかと思います。
この映画は、土木を語るにはちょっと強引だったかもしれませんが、この連載にあたって、私の映画原体験みたいなものを振り返りたいと思い、紹介させていただきました。
「ラブ&ポップ」―渋谷の風景を収めた優れたドキュメンタリーのよう―

監督:庵野秀明
出演:三輪明日美、希良梨、工藤浩乃、仲間由紀恵、岡田奈々
【あらすじ】
夏休みを前にした女子高生・吉井裕美(三輪明日美)は、ショーウインドーで見た高価な指輪に心を奪われる。友人の野田知佐(希良梨)らと過ごす日常の中で、欲しいものと満たされない気持ちを抱えた裕美は、伝言ダイヤルを通じて大人の男たちと出会っていく。都市のノイズ、少女たちの会話、不安定な欲望を断片的に重ね、1990年代の東京に生きる女子高生の孤独と危うさを映す。
次は、もう少し、映画の主題と土木的な空間が関連していると思われる作品を紹介します。舞台は、これから大規模な再開発が始まろうとしている90年代後半の渋谷です。その頃の女子高生は、ルーズソックスや援助交際などを通して語られることが多く、この映画でもそのことが描かれています。
当時、設計事務所のビンボー所員だった私にとっては、全く縁遠い世界だったのですが、彼女たちのカリスマとも言われていた浜崎あゆみの「SEASONS」(この映画の2年後に発売)の歌詞が、全て過去形だということに気づいた時、今を謳歌しているだけのように見える彼女たちにも、いろいろあるんだろうなと思ったことを記憶しています(実際、この映画の主人公も常にカメラを持ち歩いて、その"今"を記録しています)。
ちょっと話はそれますが、アニメの魅力は絵がキレイとか可愛いとは別に、カメラの物理的な制約がないので、自由なところから好きなアングルで映せることにあると思っています。一方、描いた絵しか映せないので、作者のコントロールを離れた偶然性を導入できないのは欠点と言えるかもしれません。
この映画は、「新世紀エヴァンゲリオン」のTVシリーズを終えた庵野秀明監督が初めて撮った実写映画です(クレジットには新人と書かれています)が、アニメへの彼の洞察から生まれた映画なのではないかと感じます。
「セーラー服と機関銃」の1つのカメラでじーっと観察するような映し方とは異なり、この映画では1つのシーンの中で視点がコロコロと変わります。しかも電子レンジの中や動く模型の電車など、変なところにカメラがあります。
その中には、目のやり場に困るようなものもありますが、こういう映し方がアニメ的であると同時に、人では描けないような不思議な映像ともなっていると思います。この連載の第3回に、「鳥の目」「犬の目」「猫の目」というものを紹介しましたが、この映画は「物の目」で撮られているようです。原作は村上龍の「トパーズ2」ということらしいですが、物語の鍵となるトパーズの指輪の視点でも彼女たちは映し出されています。そのように映された彼女たちの暮らしは、日常というより何か戦場のドキュメンタリーを見ているような憂鬱な気分にさせられますが、多分、この頃の渋谷は、彼女たちにとっては戦場だったのかもしれません。
またカメラと同じように、女子高生たちも、デパートの中、カラオケなど、いかにもいそうな場所だけではなく、雑踏の中は当然として、歩道橋や建物の屋上、高架下、果ては線路の上まで、あらゆるところに出没します。彼女たちを追っていくだけで、その当時の渋谷の風景に関する優れた、しかも、普段は接することがないような裏側も含めた、ドキュメンタリーともなっています。その裏側感をより強く表現しているのが、街を支えている土木的な空間なのです。
あらゆる場所に出没する彼女たちを、あらゆる視点から映すこと。そのような映像から炙り出されるのは、渋谷の現在という表層的なものだけではなく、その深層を形成する地勢です。主人公の吉井裕美(三輪明日美)は電車で渋谷に向かいながら、「渋谷という街は井の頭線のトンネルを抜けたところにある。だから開放的で私たちが集うのかもしれない」と独白します。この感覚は、渋谷で東横線から乗り換えて、井の頭線でトンネルを越えた先にある駒場に通っていた私にとっても、しっくりくるものです。渋谷はその地名の通り、スリバチ状の谷地形の中で発展した街で、その最も低い中心が、スクランブル交差点です。まさに、地形的にも現象的にも渋谷を象徴する場所なのです。
このようなテーマを象徴するのが、この映画でもやはりエンディングです。主人公役の三輪明日美さんが歌っている「あの素晴しい愛をもう一度」をバックに、4人の女子高生が延々歩いているだけの映像です。その舞台は、渋谷ストリームの開発によってお化粧される前の渋谷川。童謡「春の小川」は渋谷川の支流・河骨川(こうほねがわ)のことを歌っていると言われていますが、スミレやレンゲも、エビやメダカも見つからない、コンクリート三面張りの、いわば剥き出しの土木空間です。
ルーズソックスをドロドロにしながら歩き続ける彼女たちの姿は、私たちに対して、都市化によって何を覆い隠してしまったのか、あるいは、普段見えないながらも街の中に生々しく存在し続けているものはなんなのか、そんなことを突きつけているように感じます。
「下妻物語」―物語のスパイスとなる田舎の土木空間―

監督:中島哲也
出演:深田恭子、土屋アンナ、宮迫博之、篠原涼子、阿部サダヲ、岡田義徳、小池栄子、樹木希林
【あらすじ】
茨城県下妻市に暮らす竜ヶ崎桃子(深田恭子)は、ロリータファッションと自分だけの美意識を何より大切にする高校生。周囲になじめず1人でいることを選んでいた桃子の前に、特攻服姿のヤンキー・白百合イチゴ(土屋アンナ)が現れる。価値観も言葉遣いも正反対の2人は、反発しながらも少しずつ距離を縮めていく。田舎町を舞台に、孤独、友情、自分らしさを勢いよく描く青春コメディ。
80年代、90年代ときて2000年代は、少し東京を離れて、のびのび生きているように見える女子高生を取り上げたいと思います。茨城県の田舎町に暮らす2人の女子高生、ロリータファッションをこよなく愛する竜ヶ崎桃子(深田恭子)と、特攻服命の白百合イチゴ(土屋アンナ)の友情物語です。
北関東の広大な風景が、2人の交流を魅力的に引き立てます。映画を観ていて不思議に思うのは、がっつりロリータファッションで決めた桃子が、田んぼの中のまっすぐな田舎道を歩いていたり、木造駅舎の待合室で電車を待っていたり、それらの姿に最初は強い違和感を持つのですが、それが少しずつ、しっくりくるように見えてくることです。それは、いかにも北関東のヤンキーといった感じ(漫画的にデフォルメされているでしょうが)のイチゴと桃子の距離が縮まっていくプロセスともリンクしているのでしょう。
そのような風景の中で展開される2人のやり取りが、この映画の魅力です。イチゴのかわいい本名を桃子が揶揄(からか)う、ネオンで照らされたパチンコ屋の駐車場のシーン、失恋したイチゴを適切な距離感で慰める、延々と続く土手に2人しかいないシーン、あるいは、2人で代官山(渋谷を縁取る起伏)をさまよう姿を8mmフィルムで記録したようなシーンも素敵です。その中で一番好きなのは、夕暮れに染まる駅のホームのシーンです。
「人間は幸せを前にすると急に臆病になる。幸せを勝ち取ることは不幸に耐えることより勇気がいるの」とは桃子が子どもの頃に母親へ言ったセリフですが、単なる服好きから、好きな服をつくることへの一歩を踏み出すか、母親に言った言葉そのままに迷っている桃子を、イチゴが励ますシーンです。反対側のホームに座っている桃子へ、線路を越えながら近づきつつ励ましていきます。
先にも書いたように、私は横浜郊外の育ちです。横浜とは言えないようなずいぶん鄙びた町で、最寄駅のホームから、駅裏に広がる田んぼを一望できるようなところでした。このシーンから、夏の日の夕方の寂しさと、誰がいても良いという、駅のホームが持つ優しさのようなものを同時に感じますが、その感じが、あの駅を毎日使っていた頃をなんとなく思い出させてくれるのです。
また、映画的にもこのシーンは重要で、牛久大仏のお膝元で繰り広げられるクライマックスの大乱闘のきっかけとなるものです。桃子が佇む駅にイチゴが向かうのは、初めて桃子から会いたいという電話がかかってきたからで、暴走族の集会をサボって会いにいきます。その結果、ケジメという集団リンチを受けることになってしまうイチゴを、桃子が助けに行くというのがこの映画のクライマックスです。よくある編集ですが、そこに向かって原チャリで爆走する桃子の姿が映画の冒頭にも置かれていて、茨城の田舎道と原チャリ、そしてロリータファッションの深田恭子という映像が強く私たちの印象に残ります。
この映画が爽快なのは、ロココ時代の"おフランスに"生まれたかったという、可愛いことだけが大事な桃子が、結局は一番カッコいいやつだったというところです。イチゴは、リンチを加えようとしている暴走族たちに向かって、桃子について啖呵を切ります。「こいつはよ、桃子はいっつも1人で立ってんだよ、自分で決めたルールだけを信じてよ」と。これは、カッコいい人の定義としては、1つの真実を突いていると思います。私もそういうカッコいい人間になりたいと思います。
大乱闘を桃子のハッタリで乗り切った後、原チャリに2人乗りして茨城を疾走する姿は本当に気持ちいいものです。よくよく観返してみると、2人乗りをしているシーンは、この映画の中でもここだけだと思います。自転車でもいいですし、同性でも異性でもいいのですが、二輪車の2人乗りほど青春を象徴するシーンはないのではないでしょうか。やはり、その2人乗りを支えるのも、道路という土木空間です。
なんとか、「女子高生」を軸に3本の映画を紹介できました。これらの3本を観てみると、「カッコいい女子高生に、土木はよく似合う」、こう結論づけても良いのではないかと思います。突然、落ち目のヤクザの組長になることを引き受ける彼女も、おかしな大人の男たちとの、食うか食われるかの戦場に身を置く彼女たちも、誰にどう見られようとも、自分の好きなことを貫く彼女たちも、みんな自分の足で立っています。もちろん、そのようなカッコよさは女子高生に限らないでしょう。土木の仕事は、マス向けのもののように思われますが、そういう一人ひとりが自分の足で立つための、しっかりとした足場をつくることでもあるのだと思います。
※記事の情報は2026年8月25日時点のものです。
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【PROFILE】
星野裕司(ほしの・ゆうじ)
熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター教授
1971年、東京都生まれ。1996年に東京大学大学院工学系研究科を修了し、株式会社アプル総合計画事務所入社。その後熊本大学工学部助手を経て、2005年博士(工学)取得。2023年より現職の熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター教授に就任。専門は景観工学・土木デザインで、社会基盤施設のデザインを中心にさまざまな地域づくりの研究・実践活動を行う。主な受賞に、土木学会出版文化賞、土木学会論文賞、グッドデザイン・ベスト100、グッドデザイン・サステナブルデザイン賞、土木学会デザイン賞最優秀賞、都市景観大賞など。
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