仕事
2019.05.21
久野義憲さん 株式会社アンビエンテック 代表取締役社長〈インタビュー〉
「まだ誰も灯したことのない光を、ambientecで生み出したい」
創造をキーワードに、各界のクリエーターにお話をうかがっている「創る」のコーナー。第3回は「ものづくり」の視点から、斬新なコンセプトとデザイン性の高さで注目を集めているコードレスランプ「ambientec(アンビエンテック)」を展開する株式会社アンビエンテックの代表取締役社長 久野義憲さんにお話をうかがいました。
やる意義のある「ものづくり」がしたくて起業。
――サラリーマンを辞めて独立・起業したきっかけを教えていただけますでしょうか。
地元の名古屋で大学を卒業し、新卒で写真プリントのフランチャイズの会社、プラザクリエイトに入りました。でも特に写真が好きだったわけではなく、会社がベンチャー志向だったので興味を持ったんです。入社後の7年間は、フランチャイズの店舗開発、香港駐在、デジタルイメージング関連製品企画の新規事業などさまざまなプロジェクトに携わっていました。当時は、ネットで世の中が変わり始めたところでしたが、自分としてはカタチとして残る「もの」への興味が強くなっていきました。そして最終的には、携わっていた事業の縮小を機に会社を辞めて「ものづくり」の道へ進むことを選びました。
――起業当時はどんなことをしていたのですか。
香港駐在時のパイプを生かし、中国の工場で作った製品、カメラ関連のものが多かったのですが、キャラクターのライセンシーやPR会社に対して中国製のトイカメラなどをカスタマイズして販売していました。しばらくするとフィルムカメラが斜陽になり中国から直接仕入れをする同業他社も増えてきたこと「さらに製品を仕入れて売る」ということからさらに独自性を高めるために、その仕事は終わりにしました。
――その後「ものづくり」としては、何を作ることにしたのですか。
生産拠点としてのパートナーであった中国の工場とのコネクションを生かし、何ができるかを考えたところ、デジタルカメラのハウジング(水中撮影用のケース)を思いつきました。当時デジタルカメラがどんどん出ていた時期でしたが、水中で撮影ができるハウジングが少なかった。それでさっそくデジカメを買ってきてパートナーとハウジングを設計し、金型を起こし、中国の工場でハウジングを製造しました。ところが初号機は大失敗(苦笑)。当時はまだダイバーではなかったので、水中をよくわかってなかった......。水圧でケースがたわんでしまって使い物になりませんでした。その後ダイバーの方々に協力をいただいて2号機を製造したところ、うまくいき、評判も上々で大型販売店などでも置いてもらえるようになりました。そうしたら、大手カメラメーカーから直接依頼を受け、純正品のオプション品としてOEMでケースを製造するようになりました。それが後のambientec(アンビエンテック)の開発母体となる株式会社エーオーアイ・ジャパンという会社で、水中撮影機材のOEMメーカーとして、設計開発、商品供給を行いました。
――水中撮影機材のOEMの仕事を得たことで会社は順調だと思いますが、なぜその後コードレスLEDライトに進出したのですか。
OEMの仕事はデジカメの発展や多くのメーカーから仕事を受注できたこともあって、しばらくは好調でした。ただ10年ほど前でしょうか、携帯で写真を撮ることが一般的になり、スマホも出てきたりして、この状況が長くは続かないだろうと感じていました。案の定、その頃からメーカーからの注文が減ってきましたし、開発中のプロジェクトが製品化直前でドタキャンになったこともありました。OEMは下請けですから、どんなに努力をしても依頼がなければ仕事になりません。これはまずいと思ったのがひとつ。それともうひとつ感じていたのは、環境に関することです。当時の携帯電話やデジカメなどのトレンド家電は、異常なサイクルで新製品の発売を繰り返していました。量販店による値下げ競争の煽りを、新製品を出し続けることでカバーするというサイクルに陥っていたんですね。せっかく作ったものが1年で使い物にならなくなるというのは、そもそもカタチとして残るものをつくりたいからこの世界に入ったことに矛盾するし、環境にも悪いに決まっています。それで水中撮影機材とは別に、ロングライフで環境に配慮した製品を作るメーカーを設立しようと思い、2009年にアンビエンテックを立ち上げました。
――アンビエンテックではどんなものづくりを行ったのですか。
最初は携帯電話などの充電ができるポータブルのソーラー充電器、そして二酸化炭素濃度が手軽に測定できる環境センサーを開発・製品化しました。しかしこれらは残念ながらあまり売れなかったんです。その時、水中撮影機材のエーオーアイ・ジャパンの方でも自社ブランドでLEDを使った水中ライト「RGBlue/アールジーブルー」を展開しはじめていたので、アンビエンテックでもLEDを使った製品に集中することにしました。そして開発したのがコードレスLEDライトの「ボトルド/Bottled」です。
夜が夜であるための「心地いい灯り」を目指して。
ーアンビエンテックで室内用のライトを手掛けたのはなぜですか。
私は音楽が好きで、音楽を聴く時はいつも照明を暗くして聴きたいんです。でも、そうした用途に向いたデザインのいいライトが世の中にありませんでした。できればコードレスライトが欲しかったのですが、懐中電灯のような屋外用の無骨なデザインで、しかも光の質も悪いものしかなかったんです。ちょうど、プロスペックの水中ライトを開発していたので蓄電池でもチラツキのない光量や色味を安定させることができるLED制御を独自の技術として持っていたこと、世の中が電球からLEDにシフトしている中で室内用の照明は単に電気代が安くなるというだけで使い方がなにも変わっていないこともあり、なんの迷いもなくambientecでコードレスLED照明を作ることにしました。パワーが求められる水中ライトとは逆に、発熱を抑え蓄電エネルギーをいかにして効率よく光に変えるか、多数のLEDをじんわりと光らせることで、長時間照らせるように設計しました。素子が多いぶんだけコストは上がりますが、長時間使えて発熱が抑えられるので子供が触っても安全、もちろん防水機能付きなのでどこでも安心して使えるシステムができました。それが2012年に発売した「Bottled/ボトルド」です。
水中ライトと違って、家庭用のライトは非常に競合が多いマーケットですが、幸いにも話題となって蔦屋家電やコンランショップなどデザイン感度の高いインテリアショップで取り扱っていただきました。自分が欲しいものでしたが、共感してくださるお客さまが一定数いたわけです。その後も「灯りをもっと自由にしたい」「使う方の感性に訴え、刺激する存在にしたい」という思いでコードレスのLEDライトのラインナップを増やしていきました。第2弾が「Xtal/クリスタル」、第3弾がタスクライトの「Torr/トア」、そして今年の3月には「TURN/ターン」と「Sage/セージ」を発売しました。
――ambientecが目指す光、とはどういうものでしょうか。
今の日本の夜は明るすぎるのではないでしょうか。私は以前からカメラ関係の国際展示会などでよくヨーロッパに出張していましたが、ヨーロッパでは、ホテルやレストラン、バーなどの照明って日本より暗めで、上質な光の柔らかい間接照明が多いんです。日本も以前は谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』でも書かれているように、陰影のある空間が好まれていたはずなのですが、戦後の急速な復興の過程で、部屋全体を明るく照らす照明になりました。でも、これは昼間の照明であって、夜、家で寛ぐための照明ではないと思うんです。ambientecが目指しているのは、「夜が夜であるための灯り」、「心地いい灯り」です。LED光源とコードレスの可能性を追求することで、これらが実現できると思っています。
――ambientecのライトは、グッドデザイン賞を受賞したり、ミラノサローネやミラノ・デザインウィークに出展するなど、デザイン性でも高い評価を得ていますね。
点灯時だけではなく消灯時も人を魅了するデザインを心がけています。ambientecのライトは手でもって運べるコードレスLEDライトですが、天井から吊す照明より、人の近くにある存在です。ですから触感や質感、そしてデザインは非常に重要だと考えています。さらに付け加えたいのは、人とモノとの関係性です。大量生産され、消費されて捨てられるのではなく、ライフの長い製品にしたいと思っています。そのためできるだけ分解してパーツが交換でき、修理がしやすい設計にしています。
創造をビジネスとして成立させるための「バランス」。
――AktioNoteは創造する人のためのノートですが、アートにおける「創造」と、ビジネスにおける「創造」とはどんな点が似ていて、どんな点が違うのでしょうか。
製品作りには音楽の創造と似た面があると感じています。普段は、アンビエント、ミニマルテクノ音楽を聴くことが多いですが、エクスペリメンタルなど実験的、前衛的なものも探して聴いています。そのあたりは、ambientecのものづくりにも影響があると思います。私も、まだ誰も灯したことのない光を、ambientecで生み出したいと常に思っています。ただ、アートとものづくりでは、違う面もあります。たとえば「自分が欲しいと思ったものを作る」と言っても、それが一人よがりでは事業として成り立ちません。製品づくりは、最終的にビジネスとして成立しなくてはいけません。投資をして金型を作り、工場で製品を製造し、お客さまに買っていただき、その方の暮らしに役立ったり、潤いを与えて満足していただくわけです。このバランスを取るのが一番難しい点だと思っています。ただambientecの場合はいわゆる大手メーカーではありませんから、製品のロットも数万個という単位ではなく、たとえば数千のロットでもビジネスが維持できますし、売れ残りをつくらず常に必要数量だけを生産することが私たちにとっての「適量」だと考えています。ambientecの灯りがいいな、という思いが共有できる数千のファンをどうつくるか。おそらくインディーズの音楽のようにニッチなファンだと思いますが、それをグローバルに展開していきたいんです。ニッチなファンから、その周辺に拡がって、最終的に質のいい照明に関心がある方がもっと増えるといいなと思っています。
ものづくりにおける「創造」とは、そこに込められた想いと、お客さまとの思いの共有、そしてそれを事業として成立させる経営的なバランスが重要であることがよくわかりました。それを高い次元で実現しているambientecのコードレスランプが、世界で高く評価されているのもうなずけます。どこかでAmbientecのランプをみかけたら、一度お手にとってみてはいかがでしょうか。
※記事の情報は2019年5月21日時点のものです。
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【PROFILE】
【PROFILE】久野義憲(くの・よしのり)
1969年愛知県名古屋市生まれ。愛知大学卒業後、株式会社プラザクリエイトに入社。香港駐在、フィルム映像のデジタル化に向けた新規事業などに関わる。同社退職後1999年株式会社エーオーアイ・ジャパン設立。2002年より水中撮影機材のOEM事業を大手カメラメーカー向けに開始する。2009年株式会社アンビエンテック設立、2013年よりコードレス照明ブランドとして製品展開をはじめる。現在は、水中撮影機材で培った独自の蓄電式LED制御技術と防水技術を強みとして、ダイビング用水中ライトの”RGBlue”、インテリア照明ブランドの”ambientec”という二つの柱で本格的照明機器のグローバルブランドを目指すことをライフワークとしている。プライベートでは、エレクトロニカ/ダブ/ジャズのエッセンスをサウンドに注入したバンド【MAS】(https://ja.wikipedia.org/wiki/Mas)にドラマーとして参加、3枚のアルバムを発売している。
AmbienTec https://ambientec.co.jp/jp/
RGBlue http://www.rgblue.jp/ja/
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