仕事
2019.08.02
興津螺旋株式会社〈インタビュー〉
女性は繊細できめ細やかというのは偏見
ありとあらゆる機械に使われている「ねじ」。それは産業の塩と言われるほど大切な、日本のものづくりの土台を支えている存在です。その「ねじ」をつくる女性たちが、ステンレスねじのトップメーカー興津螺旋株式会社にいます。彼女たちは、どんなきっかけでねじを作るようになったのでしょうか。興津螺旋株式会社の柿澤宏一社長と、ねじ作りの女性職人「ねじガール」の一人、森田知世さんに、お話をうかがいました。
――興津螺旋では今は工場では女性比率が3~4割、そして会社全体では半分以上が女性社員とのことですが、やはり女性ならではのきめの細かさなどは長所として生かされているのでしょうか。
柿澤社長:それはないです。
――え、そうなんですか。
柿澤社長:よくほかの経営者の方や、このような取材で「やっぱり女性は、すごくきめ細かだし、繊細だから、いろいろいい点があるでしょう」と言われます。いやいや、女の人だってがさつな人はいます。それは男も女も同じなんですよ。社内でも女の人で、ちょっと身の回りの整理整頓が苦手だと「お前、女のくせに」って言うおじさん社員がいました。「日本の女性はそんなんじゃない」とか言ってしまうんです。でも僕はそれをセクハラって呼ぶことにしているんですよ。だって同じことを男性がやっても言わないですよね。ですから「あなたの理想だけで日本の女性がどうこういうのは、やめてくれ」と注意しました。
――たしかに「女性ならきめ細やかだから仕事がていねいでしょう」と言ってしまいがちです。
柿澤社長:実際製造の現場に女性が入ってみても、男性と女性の違いって、そんなにあるとは思えません。あるとすれば、女性は正義感があるというか、いい意味で空気を読まないところでしょうか。男性ばかりの職場の時はもし手抜きがあって不具合が生じてもお互いに傷をなめ合うような所がありました。でも、女性はそんな空気を読まずに「それって手抜きですよね」ってハッキリ言ってくれます。それで今までみんながなんとなくモヤモヤしていたことがクリアになる、ということはあります。
――現実問題として体力などの面では男女差はありますよね。
柿澤社長:たしかに男女の違いのもう一つは、体格や体力という問題です。でもそれは道具や工夫でカバーできます。たとえば重いものを持ち上げていたところに電動リフトをとりつけるとか、あとはスパナなども柄を長くして力が入りやすくするといった工夫はしています。
――確かに体力面は機械でカバーできますね。
柿澤社長:よく考えれば重いものを運ぶのって、男性にとっても負担なんですよ。女性が現場に入ったことで、それに気づきました。たとえばグラインダーも、女性がグラインダーを使っていると、ちょっと危なっかしいなと感じますが、実はそれって男だって危ないよなっていうことで、研磨や削りの仕事をできるだけ機械化する方向で進めています。
高付加価値型へ転換の理由は、残業を減らすため
柿澤社長:もうひとつ体力面ではここ3年ぐらいで、残業を減らすということにも注力していて、今ではほぼ残業はありません。以前はうちも慢性的に残業していました。でも女性が現場に入ってきて、月曜日から金曜日まで毎日2時間残業してもらうと、もうヘトヘトになってしまいますし、さらに土曜出勤なんかあったら、これはもうダメだっていうのがわかるんです。やっぱり残業は女性には無理だぞと。それで価格競争になった規格品から、より付加価値の高い方向に業態を転換していったという経緯もあります。たまたまそれが働き方改革っていう時代と合っちゃったので、行政の方がよく褒めてくれるんですが。
――ねじガールの森田さんにうかがいます。森田さんが入社したころは残業があったんですか。
森田:ありました。
――やはり大変だったですか。
森田:はい、ちょっと大変でした(笑)。
――残業の面を含め、いろいろ改善されて、女性として働きやすい環境なのでしょうか。
森田:残業がなくなったことで、仕事の後、予定が立てやすくなりました。お酒を飲みに行くのが好きなので(笑)。ただ他のことは、私はこの会社が初めてなので、正直言って他と比べることができないんです(笑)。でも私は今、特に不都合を感じていないので、ねじガールの先輩が先に現場に入ってくれたことで、もう改善されているんじゃないでしょうか。ただ最近変わったことで私がいいと思っているのは、有休が1時間単位でとれるようになったことです。女性、特にお母さんの人って、どうしても子どもや家族の用件で休みを取らざるを得ないことってあると思うんです。今までだと、すぐに半日休まなくちゃいけなかったですけど、今なら必要な時間だけ休めばいいので、有休がとても使いやすくなったと思います。
柿澤社長:今までの有休って、半休だったら午前中休んで来るって感じが多かったと思うんです、でもたとえば事務職なんかだと、月の中では時期的に手が空く日もあると思うんですよ。そういう時「今日は仕事が終わっちゃったんで、今3時ですけど帰っていいですか」っていうような使い方もできるので、時間が有効に使えていいのではないでしょうか。
ねじには、まだまだ可能性がある。だから面白い
――ところで森田さんは、やっぱり世の中のねじが気になりますか。
森田:就職してからは本当にねじが気になりますね。ふとした時につい、ねじを見ちゃいます(笑)。なんとなくねじの頭を見ていて、ここもっと平らにしなくていいのかなとか......。
――ねじの魅力ってなんですか。
森田:ねじってどこを見てもあるじゃないですか。ねじがなかったら、世の中が成り立っていないと思うので、日々の生活を支えているんだなあと思っています。あと、ねじって全く同じ金型で同じ設備で作っても、人によってできるものが違ってくるんです。そこがすごく面白いです。たぶんこの会社のねじでも、検査の人なら誰が作ったのかわかると思います。
――そんなねじを作るのは楽しいですか。
森田:楽しいです(笑)。金型の調整や、その金型を設備につけて回すんですけど、セットしたら終わりじゃなくて、さらに細かい調整があって、それにすごく時間がかかるんです。セッティングも、数値だけではなくて指で触ってみて滑らかにするとか、触ったときの感覚とか、そういうのもあるので「あ、職人だな」って思える仕事で、私は楽しいです。
――自分で作ったねじは可愛いものなのですか。
森田:可愛いですね(笑)。
――「いいねじ」だなぁ、って感心することもありますか。
森田:ねじって調整がすごいうまくいくと、ピカピカですごく綺麗にできるんですよ。本当にピカピカ。そうなると嬉しいですね。ちょっとずれるだけでザラザラしちゃうんですけどね。
――最後に柿澤社長におうかがいします。ねじ作りの醍醐味は、どんなところでしょうか。
柿澤社長:ねじって「塑性加工」って言うんですけど、金属を潰して作るんです。その加工はコンピューターでにシミュレーション可能なんですが、シミュレーションで不可能だったことが、実際にはできてしまうことがあるんですよ。シミュレーターでできないと決まってるんだからやらないよ、というのが多い中、実はさらに踏み込める余地がある。うちみたいな中小企業の場合、設備投資をガンガンやらなくても、工夫と行動力でなんとかできる余地がある、そこが面白いところです。それともう一点は、お客様に寄り添うことでチャンスが生まれることです。最近はお客様の専用部品のねじを作ることも増えましたが、それってお客さんが製造上なにか問題を抱えていて、それでここに持ち込まれてくることがあるんですよね。それを我々がねじをつくることで解決するお手伝いができる、ということがあります。やっぱりお客さまに「他にやれるところがないからどうしても頼みたい」と言われて、実際にねじでそれに応えることができると、感謝してもらって、しかも売上にもなるので、我々としても技術を高めるモチベーションになります。
――ありがとうございました。
取材をして初めて気がつきましたが、ねじは、まさにものづくりの根幹を支える小さな巨人なんですね。ステンレスねじのトップメーカー興津螺旋株式会社は、ねじの可能性を常に追求し、より付加価値の高いものづくりを行いながら、同時に女性の登用にも成功しています。今後の興津螺旋、そしてねじガールの活躍を期待したいと思います。
※記事の情報は2019年8月2日時点のものです。
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【PROFILE】
興津螺旋株式会社は1939年に木ねじ工場としてスタート。1967年にはステンレスねじの可能性に着目し、1980年にはステンレスねじの専業メーカーへ移行しました。現在ステンレスねじ国内トップクラスの生産量。また加工が難しいチタン合金ボルトなどの設計・製造・販売も手掛けており、国内屈指のねじづくりの技能集団として高く評価されています。
興津螺旋株式会社 ウェブサイト http://www.okitsurasen.co.jp/
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