【連載】SDGsリレーインタビュー
2023.08.29
谷村佳宏さん 豊島株式会社 FOOD TEXTILE プロジェクトリーダー〈インタビュー〉
廃棄食材で染める衣料品。業界を越えた協業でファッションの価値を提案
廃棄予定の食材を染料として生まれ変わらせる、サステナブルなプロジェクトブランド「FOOD TEXTILE(フードテキスタイル)」。野菜やコーヒー豆、お茶などから染料を抽出して染めた衣料品は、天然染料ならではのやさしい色合いを生み出します。食品関連企業、農園、アパレル企業と提携し、さまざまな商品を展開するFOOD TEXTILEの取り組みについて、発起人でありプロジェクトリーダーの谷村佳宏(たにむら・よしひろ)さんにうかがいました。
写真:山口 大輝
食品メーカーの悩みから生まれたプロジェクト
──谷村さんは、2015年2月、豊島(とよしま)株式会社でFOOD TEXTILEのプロジェクトを立ち上げました。廃棄予定の食材を染料として活用するアイデアは、どのように生まれたのですか。
アパレル業界に閉塞感を抱いていた時期でした。価値の高い商品が安く売られるなど、モノの価値と価格が釣り合わないことに悩んでいました。モノづくりの中での工夫が価格に吸収されてしまうようなことが多く、何かできないかと思っていたんです。
そんな中で異業種交流会に参加して、大手食品メーカーさんから「残渣*(ざんさ)に悩んでいる」という話を聞きました。豊島は繊維を中心に扱う商社なので、染色メーカーや工場など広いネットワークを持っていることが強みです。それを生かせて、かつ消費者にとっても分かりやすい仕組みとして、食品メーカーと協業して染料を作るという方法を思いつきました。そのビジネスプランを大手食品メーカーさんに相談するところからスタートしました。
* 残渣:ろ過した後に残ったかす。
──アイデアが生まれてからプロジェクトの立ち上げまでは、どのくらいかかりましたか。
すぐでしたね。立ち上げ時点で大枠はある程度考えていましたが、細かいオペレーションはその後で考えました。実際に始めると理想通りにはいかず、不都合が出てくるので、そこを補う形で取り組んでいきました。
食材を染料にする難しさ。染色会社に断られても何度も通い続けた
──食材を染料にすること自体が斬新な取り組みだと思いますが、形になるまでにはどんな苦労がありましたか。
野菜は本来、染料には向いていないんですよ。日本に昔からある「草木染め」は同じ天然染色ではありますが、草木で染めています。例えば今扱っているさくらも、本来は花ではなく、茎や葉の方が染料に向いているんです。でも、さくらといったらピンクですよね。そんな皆さんのイメージにできるだけ近い色で染めたいと思ったのですが、なかなか色が出なかったり、思っていた色に仕上がらなかったりしました。
また、食べ物なので時間がたつと腐ってしまいます。腐る前に、染料として使えるようなオペレーションを組むにはどうするか、そこにも壁がありました。
そして一番の壁はセールスです。バイヤーさんに「同じ色のTシャツを1,900円で買えるのに、なぜキャベツで染めたものを4,000円で買わないといけないの?」と言われて、ハッとしたんです。なぜこの価格になるのかという背景を一から丁寧に説明して販売しないといけないなと、大きく学ばされました。
──染色の工程としても、化学染料と比べると時間がかかるものなのですか。
工程が多く、時間も手間も何倍もかかります。初めて染色会社さんに依頼しに行った時、「染色のことを分かっていない商社の人がやっても続かない」と言われて断られました。コンセプトは評価いただいたのですが、技術的に難しいですからね。通い詰めて信頼を得るまでにも時間がかかりました。
そもそも染色は、服ができるまでの工程の中でみんなが一番やりたがらない仕事なんです。作業場ではずっとボイラーを回しているので暑いし、手も汚れるし。だから染色だけ海外に依頼する企業も多いです。そういう意味で言うと、染色に目を付けて、特徴的な取り組みを行っている企業はあまりないので、注目されやすいという面はあったと思います。
──難しい技術でも、染色会社に受け入れてもらえたのはなぜでしょう。
「理解してから来い」と言われて、必死に勉強するんです。染色の工程や何が大変なのかを把握した上で、「じゃあこうしましょう」という提案をしました。だいたいみんな、そこでやめちゃうんですよ。賛同してもらえないと思ったら、次から行くのがおっくうになってやめてしまう。でも僕はやめずに通い続けました。それだけだと思います。
広がるパートナー企業。ブランドのキャラクターに添いたい
──最初に染料にした食材は何だったのですか。
コーヒー豆です。アパレルブランドが運営しているカフェから、コーヒーをドリップした後の出がらしを回収して、店頭で販売するトートバッグを作りました。コーヒー関連はパートナー企業が集まりやすくて、今でもコラボしたいというコーヒーチェーン店さんは多いんですよ。それから腐りにくいので、染料にしやすいです。
──今では多くの大手企業とコラボされていますが、どのようにパートナー企業を広げていったのでしょうか。
食品残渣をご提供いただく企業と、生地を買っていただく企業、両方広げる必要がありました。前者は、取り組みを一緒にスタートした大手食品メーカーさんから「こういう課題は業界全体でやらないと広がらない」と、数珠つなぎでご紹介いただきました。それで何社かそろったので信頼を得られたのか、今ではいろんなメーカーさんからご依頼いただくことが増えました。
後者は、今でも営業を行っています。最近はお声がけいただくことが多いので、以前ほどは営業していませんが。注目されるようになったきっかけは、2019年にCONVERSE(コンバース)さんに採用いただいたことです。皆さんが知っている有名なブランドなので、やっぱり反響が大きかったですね。
現在、契約を結んでいる食品メーカーさんは20社以上あります。2019年10月に食品ロス削減推進法が施行されてから、食品ロスに対する企業の意識が年々高まってきているように思います。今年に入って、企業からのお声がけがさらに増えている印象があります。
──プロジェクトに対して、パートナー企業からはどのような反応がありますか。
FOOD TEXTILEは、企業から出る残渣量のほんの一部しか使っていないので、根本的な解決策になっているわけではなく、あくまで解決策のひとつという位置付けなんです。だから、時にはにぎやかしだと捉えられることもあります。でも「活動自体が大事」と言ってくださって、CSR(企業の社会的責任)の面でアピールしていただくことも増えてきました。
一番うれしいのは、企業のユニホームやキャンペーン商品に使っていただく機会が増えたことです。例えば、お茶が主要商品の大手飲料メーカーさんでは、緑茶で染めたエプロンや布巾をプレゼントキャンペーンに使っていただきました。自社で出る廃棄物を自社の商品に変えて、ファンの人たちにお届けする。それが一番美しい形かなと思います。FOOD TEXTILEの代名詞と言えるような素材を作るというよりは、パートナー企業のブランドが持つ強いキャラクターに添う形を取りたいと思っています。
天然染料ならではのやさしい色味や風合い。消臭や抗菌効果も
──染色において、こだわっていることはありますか。
できるだけ食材が元々持っている色に逆らわずに染めています。そうは言っても、それがアパレルで売れる色かは分かりませんよね。当然「もうちょっと暗い方がいい」とか「明るい方がいい」とか言われるのですが、食材の色を生かして染めているので、そこで調整をせずに「これが僕らの考える色です」という提案の仕方をしています。その理解をしていただくのが、最初は大変でしたね。
──同じ食材から10種類ほどの色が出ることに驚きました。どのように色の違いを出しているのでしょうか。
酸性、中性、アルカリ性のpH(ピーエイチ、ペーハー)コントロールをベースとしています。例えば紫キャベツに含まれるアントシアニンはポリフェノールの一種で、酸性の時には赤色に、アルカリ性の時には青色になります。これは、学生時代に皆さんが経験したリトマス試験紙に見られた現象と同じです。食材が元々持っている成分に、pHを調整する反応をさせて色を作っています。
──食材で染めた商品の強みや特徴を教えてください。
天然染料ならではのやさしい色味や風合いが特徴です。染色自体、3層構造になっているので、斜めから見ると、直線的に見るのとは微妙に色が異なり、立体的に色を感じられるんです。分かりにくいかもしれませんが、角度によっては、光の反射の具合で色が違って見えます。また、食材によっては消臭や抗菌効果が得られるものもあります。
──やさしくてかわいらしい色味だと感じます。どんな食材でも色を出せるのですか。
水分が多い食材や、砂糖を含むなど調理されているもの以外は、だいたい色を出せますが、黒やネイビーは食材からは出ないんですよ。ブランドによっては黒やネイビーなど、濃い色が欲しいと言われるのですが。
青が出る食材ってなかなかなくて、実は赤カブから青が出ます。長野県木曽郡木曽町で、乳酸菌が取れる漬物として、赤カブの茎や葉を使った「すんき漬け」がブームになったのですが、普段ならよく食べられる根の部分が廃棄されているという問題がありました。その根の部分をいただいて染料にしています。青が出る食材は貴重なので、すぐに採用しました。パートナー企業にはそれぞれいろんなストーリーがあります。
──色落ちについてはどのように対策されていますか。
化学染料を10%未満含んでいるので、それがいわゆる接着剤のような役割をしてくれて、色が落ちにくくなっています。草木染めの商品が店頭であまり売られていないのは、色が落ちちゃうからなんです。化学の力を借りないと、固着しないんですよ。
モノの価値を考えるきっかけになってほしい
──染色の特殊技術は、国内外で特許を取得されているとのことですが、海外展開も視野に入れているのですか。
ちょうど今、海外のラグジュアリーブランドさんとプロジェクトを進めています。海外向けの展示会には毎年出展していて、こうした取り組みに対して日本よりも感度が高く、真っ先に声をかけられます。コンセプトが分かりやすいので注目していただけて、色味に対しても「ニューカラー」と評価いただくことが多いです。
──食材を染料にする取り組みは、日本ならではなのでしょうか。
日本でしかできないと思います。そこだけは自信があるんです。最近ちょっとずつ似たような話を聞きますが、手間がかかるため絶対に誰もやらないし続かないと思います(笑)。
日本の店頭では今、メイドインジャパンの服や日本で染められた服はほんの数パーセントしかありません。でも日本の技術や管理手法は、ほかの国ではできない素晴らしいものです。FOOD TEXTILEによって日本の染色技術を伝えて、仕組みを理解し評価して買っていただきたいと思っています。
──日本の染色技術の普及にもつながるのですね! ほかにFOOD TEXTILEが思い描く着地点としては、どんなことが考えられますか。
価値観のスイッチになればいいなと思っています。服を作るにはたくさんの手が必要で、いろんな思いが詰まって出来上がります。値段が安い方がいいのは当然なのですが、工夫されているモノの価値を理解して、そこにお金を払ってもらえるようになってほしい。なぜそれを買うのか、手に取るモノの意味や価値を考えられるようになってもらいたいなと。この活動自体が、そうした価値観を変えるひとつのきっかけになればと思います。
普段口にしている安心・安全な食品で染められた洋服を身にまとい、どこか落ち着いた色から、安心で健康な毎日を送る手助けにつながればうれしいです。
──今後、谷村さん自身が実現したいことや、FOOD TEXTILEの未来ビジョンについてお聞かせください。
2年ほど前にカジュアルアパレルを扱う部署から営業企画室へ異動し、豊島の素材をどのように消費者や企業に理解してもらうかを考える立場になりました。FOOD TEXTILEのほかに、リサイクル素材や機能素材のプロジェクトにも携わっています。川上から川下まで手広く事業を展開する豊島ならではのリソースを生かしながら、仕組みを分かりやすく伝えたいです。
FOOD TEXTILEにおいては、1つは海外販売を強化したいということ。また、糸や生地を生産するテキスタイルブランドとして広く理解してもらい、多くの企業に使っていただきたいです。お声がけいただいていない大手飲料メーカーさんやコーヒーチェーン店さんは、まだまだたくさんありますからね。もうすぐ来るんじゃないかなと思って、こちらからはお声がけせずにお待ちしています(笑)。
──食品残渣の利活用だけでなく、日本の染色技術の継承・普及や価値観の見直しにつながるなど、さまざまな可能性が広がりますね。背景にある仕組みやストーリーを知ることで、ファッションがより楽しくなりそうです。業界の垣根を越えたサステナブルな取り組みが、今後さらに広がっていくことを期待しています!
※記事の情報は2023年8月29日時点のものです。
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【PROFILE】
谷村佳宏(たにむら・よしひろ)
豊島株式会社 FOOD TEXTILE プロジェクトリーダー/営業企画室 課長
1984年、大阪府育ち。関西大学社会学部卒業後、2007年、繊維を中心に扱うライフスタイル提案商社の豊島株式会社に入社。人事部で新卒採用担当を経て、メンズカジュアルを主に扱う営業担当として過ごす傍ら、2015年2月、食品企業とアパレル企業を結ぶ自社独自のプロジェクトブランド「FOOD TEXTILE(フードテキスタイル)」を立ち上げる。2022年から営業企画室へ異動し、国内サーキュラーエコノミープロジェクト「WAMEGURI(ワメグリ)」など循環素材を世の中に普及すべく奔走中。
■FOOD TEXTILE
廃棄予定の食材に含まれる成分から染料を抽出し、染められた素材・商品を提供するサステナブルなプロジェクトブランド。ただ捨てられていくものを生まれ変わらせ、衣・食・住の生活シーンをファッショナブルに楽しんでもらうことの価値を提案している。
公式サイト:https://foodtextile.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/foodtextile/
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