【連載】SDGsリレーインタビュー
2022.07.19
菅野絵礼奈さん, 小松岳さん WHILL株式会社〈インタビュー〉
「新しい常識」をつくる革新的な近距離モビリティ。ポジティブに移動する人を増やして、社会全体を元気に
WHILL(ウィル)株式会社は、「すべての人の移動を楽しくスマートに」をミッションに掲げて近距離モビリティを開発し、革新的なプロダクトとサービスを次々に発表しています。歩行に困難や不安を抱える人の外出機会を増やし、ポジティブに移動するという「新しい常識」を広めたい──そんな思いでWHILLでの仕事にまい進されている、マーケターの菅野絵礼奈さんとデザイナーの小松岳さんに、挑戦の日々についてお話をうかがいました。
単なる「動くいす」ではなく、「自らの意思で移動する乗り物」。乗っている人がポジティブな気持ちになれるように
──お2人は2020年と2021年にWHILLに入社されたそうですが、まずはそれぞれの入社のきっかけと会社での役割について教えてください。
菅野さん:私はもともと広告代理店で働いていました。転職しようと思ったのは、子どもを産んだことがきっかけです。産休、育休を経て仕事に復帰した際、保育園に子どもを預けると、子どもが泣くんです。それで「自分にとって、子どもを預けてまでやりたい仕事とはなんだろう」と漠然と考え始めました。
WHILLのことはもともと知っていました。大学で人間工学を学んでいたので、なんて魅力的な製品なのだろうと注目していたんです。前職でも携わっていたマーケティングは、価値をつくって物を売るのが仕事。楽しくて、のめり込むように仕事をしていましたが、子どもを預けてまで仕事をするなら、より自分が心から社会にとって広める意義があると思えるものに自分のリソースを集中させたいと思うようになっていました。
縁あってWHILLにジョインすることになったわけですが、マーケティングプランニングという職種は広告代理店時代と変わりません。違いは、WHILLが事業会社であること。売る仕組みをつくるマーケティングから、その価値をどうやって伝えていくかというコミュニケーションの設計までが、WHILLでの私の大きな役割です。プランニングから数値管理、クリエーティブ制作や施策の実行まで、自分たちで責任をもって進められることが、めちゃくちゃ面白いです。
小松さん:私は前職では5年ほど腕時計のデザインをしていました。腕時計は嗜好(しこう)品でもあり、生活の中で気分が高まるものをデザインすることにやりがいを感じていましたが、単純に「かっこいい」だけではなく、社会の課題解決につながるような物をデザインしたいという思いが大きくなっていました。課題を解決したうえで、「かっこいい」とか「毎日が楽しくなる」「ちょっとおしゃれして出かけたくなる」ような製品に携わりたいと考えるようになったんです。
WHILLの製品はデザイン業界でも評価が高いので、知っていました。それでWHILLについて調べていく中で、会社のホームページでユーザーインタビューを見つけたんです。ユーザーの課題を解決して移動を快適にするだけでなく、それを超えて「WHILLのおかげでファッションを楽しめるようになった」「行きたい場所に行けるようになった」というようなことが書かれていて、僕がやりたいのはこういうことだと確信しました。
WHILLでは製品のデザインはもちろん、つくった製品を魅力的に見せていくためのビジュアルデザインにも関わっています。3人のデザインチームで、製品から会社の制作物まで外部の方の力も借りながらすべてを手掛けているので、やるべきことは多岐にわたりますが、製品をつくってからお客さまに届けるまで一気通貫してできることに、とてもやりがいを感じます。
──それぞれのお立場から感じている、WHILLの製品の魅力について教えてください。
小松さん:WHILLのデザインの特徴である斜めのベクトルを表現したスタイリングは、乗っている人をポジティブな気持ちにしたいというWHILLの思いを体現しています。WHILLは単に「座って動くいす」ではなく、「自らの意思でポジティブに移動する乗り物」になっていることが大きな魅力だと思います。
菅野さん:WHILLの製品はマイナスを補完してゼロにする従来の車いすではなくて、ゼロからさらにプラスにしていくポジティブな乗り物であることに、ものすごく可能性を感じています。実際にユーザーさんからはWHILLがあることで「外出頻度が上がった」「趣味を再開した」などといったうれしい反応をいただいています。外に出る機会が減ると、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)*が低下するという研究結果もあり、WHILLはライフスタイルをポジティブに変え、日本を元気にする製品だと確信しています。WHILLに乗って活動する人が増えることで、日本経済の活性化も期待できます。
現在、日本では運転免許証を返納される方が年間約60万人いるのですが、人生100年時代といわれる中、75歳で免許を返納した後、残りの25年は「何に乗って移動すればいいの?」となりますよね。WHILLは車とまったく同じようには使えないけれど、例えばちょっと近くのスーパーに買い物に行くときなど、免許返納後のモビリティとしての活躍が期待できます。
* QOL(クオリティー・オブ・ライフ):「生活の質」や「人生の質」を意味する。一人ひとりの生活や人生がどれだけ豊かであるかを表す指標のひとつ。
運転免許証を返納した後のモビリティとして。家族からWHILLを勧める文化を醸成したい
──2025年に団塊の世代が75歳を迎える日本では、免許返納後の移動手段を考えることも社会課題の1つですよね。WHILLはカーディーラー(自動車販売店)でも販売されていますが、カーディーラーとの取り組みは、どのようにして始まったのでしょうか。
菅野さん:設立当初は介護領域を中心に事業を行っていましたが、介護保険を利用したレンタルなどに加えて、購入を含め、使っていただける人をもっと増やしたいと考え始めました。販路を広げる際に、相性が良さそうだと候補に挙がったのが、カーディーラーさんでした。取扱店はこの1年で約7倍に増え、現在、全国700店舗以上で試乗や購入ができるようになっています。
──1年で7倍とは驚きです! 急拡大の理由は何でしょうか。
菅野さん:カーディーラーさんにとって、免許返納後にお客さまとのつながりが絶たれてしまうのは、経営にも直結する課題でした。そことマッチしたのが、非常に大きかったと思います。
「家族に贈る、新しいクルマ」という合言葉をつくって、全国のカーディーラーさんと一緒にクルマの次のモビリティとして身近に感じてもらえるような施策も行っています。そうした取り組みを通じて、家族からWHILLを勧める文化を醸成できたらと考えています。
──実際のユーザーさんは、どんな方が多いのでしょうか。
菅野さん:75歳以上の方だけでなく、50~60代の方も、そして歩行に困難を抱えている若年層の方も一定数いらっしゃいます。体力を温存するために使うという方も多いです。
──先ほど試乗させていただき、その滑らかな操作性に感動しました。単純に乗っていて楽しいですし、移動の可能性を広げてくれるモビリティだと実感しました。
菅野さん:ありがとうございます。WHILLって、乗ること自体が楽しいですよね。私たちは「すべての人の移動を楽しくスマートにする」ことをミッションに掲げているので、「疲れたから」「この場を楽しみたいから」という理由で乗っていただくのもアリだと思うんです。
現在のスキームでは販売とレンタルが中心ですが、今後は施設などで一時的に利用していただける法人向けのサービスも展開していきます。御殿場プレミアム・アウトレットをはじめ、さまざまな場所でサービスの実証実験も行っています。こういったスキームが普及すれば、いつでも、どこでもWHILLに乗れるようになる未来も待っていると思います。
変化するライフステージをポジティブに捉えてほしい
──WHILLの製品はぱっと見て分かる特徴がありますが、デザインする際に意識されていることはありますか。
小松さん:デザインチームで意識していることは、乗っていてポジティブな気持ちになれるか、見ていてポジティブになれるか、ということ。製品としてかっこいいデザインであることは前提として、主役はあくまで乗る人。誰でも、いつでも、どこでも乗りたくなる、日常に溶け込むようなニュートラルなデザインを大切にしています。
結局のところ、使いやすくて心地いい乗り物を追求していくことが、魅力的なアウトプットにつながるのだと思っています。エゴのない、使う人に誠実なデザインを心がけています。
それから、デザインチームで共有しているデザインフィロソフィーが3つあって、①どこにでも誰にでも受け入れられること、②生活にインパクトを与える新しさがあること、③手に取れる価格で実現すること、を大切にしています。すべての人の移動を楽しくスマートにしたいので、価格も非常に重要な要素だと思っています。
──今秋、また新たなモデルをリリースされますね。
小松さん:秋ごろに「WHILL Model S」を発売します。WHILLとしては初めてのスクータータイプとなっており、自転車よりも安定感があり、そしてかっこいい、いいとこ取りのモデルです(笑)。免許不要で歩道を走ることができるといった安全性もあり、免許返納後のモビリティとして、より多くの人に届けられるようなモデルをつくりました。
目指したのは、自転車のような気軽さ、軽快さと、安全の両立です。免許返納によって変化するライフステージを、ポジティブに捉えてもらえたらと思っています。
「つくる」から「つなげる」へ。WHILLをもっと当たり前の移動手段に
──これまで市場になかったモビリティをつくり、世の中に広めていくことはチャレンジの連続かと思いますが、仕事の熱量が高まるのはどんなときでしょうか。
小松さん:ユーザーからフィードバックをもらえることがうれしくもあり、楽しくもあります。腕時計のデザインは、自分たちの中でとにかくかっこよさを追求する、という面白さはありましたが、WHILLの仕事でユーザーの声を聞いて、自分がやってきたことが正しかったと分かったときに、熱量がぐっと高まりました。デザインのプロセスで細部までこだわって何度も試作を重ねていくうちに「なんかいいな」とすっと思える瞬間が訪れるのですが、そこまで完成度が高まってきた時にさらにやる気が出ます。
菅野さん:私は「ユーザーさんの中にすべてがある」と思っていて、ユーザーさんが喜んでくれることが私の喜びです。「WHILL Model F」を発表した際にファンミーティングを開いたのですが、「WHILLさん、頑張りましたね!」と直接声をかけてもらって感動しました。
ユーザーさんに喜んでもらうことを目的につくっているので、それを実感できる場はとても貴重です。仕事をしていると目の前のことに追われたり、些細なことで悩んだりすることもありますが、ユーザーさんのことを思うと「自分の小さな悩みなんて、どうでもいいな」と思えてきます(笑)。
企画を立てたりブランディングを考えたりする際に「この製品の良さってどこだろう」と価値を規定するのもマーケティングの仕事ですが、WHILLがつくっているのはほかのどこにもない価値なので、言い当てることが非常に難しい。ですが、それを言語化できたときも、めちゃくちゃうれしいですね。
──創業から10年。それぞれのお立場で、どんなことを感じていらっしゃいますか。また、今後はどんなことにチャレンジしていきますか。
菅野さん:ハードウェアから立ち上がった企業で、日本で10年も事業を拡大し続けているのですが、それはすごいことだと思っています。コロナ禍も乗り越え、会社の成長がますます楽しみです。
これまでの事業は「つくって売る」ことが中心でしたが、今後は「サービスで世界をつなげていく」ことも強化していきます。例えばそれは人と人だったり、人と場所だったり、人と企業だったり。「つくる」だけでなく、「つなげる」というサービスの領域まで広げていきます。
小松さん:この1年ほどで、街中でWHILLを見かけることがすごく増えたなと実感しています。今秋には「WHILL Model S」のリリースも控えており、WHILLがもっと当たり前の移動手段になってほしい。そのために、乗りたいと思ったときに、いつでも誰でも乗れる仕組みをつくっていきたいと思います。
──人生100年時代と言われる今、長い人生に伴走してくれる素晴らしい製品の存在とそのつくり手の熱い思いを知り、とても心強く思います。WHILLでポジティブに移動するという「新しい常識」が、日本を元気にしてくれることを期待しています!
※記事の情報は2022年7月19日時点のものです。
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【PROFILE】
菅野絵礼奈(かんの・えれな)
WHILL株式会社 マーケティング・コミュニケーション部 チーフディレクター
東京都出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、株式会社電通に入社。マーケティング・ソリューション部にて車、食品・飲料、玩具、電気機器、化粧品などのマーケティングのコンサルテーションおよびコミュニケーションプランニングを行う。2015年、2016年に産休・育休を取得し2児の母となり、2017年に再び電通に復帰、化粧品業界を中心とした数々のプロジェクトを実行。2020年1月より現職。「WHILL Model F」「WHILL Model S」のマーケティング・コミュニケーション戦略の立案と実行や、カーディーラーを巻き込んだ免許返納後の移動手段にWHILLを提案する施策のプランニングや実行を務める。 -
小松岳(こまつ・がく)
WHILL株式会社 デザイン・ブランディング部 デザイナー
秋田県出身。千葉大学大学院工学研究科デザイン科学コース卒業。2016年セイコーインスツル株式会社入社。2019年よりセイコーウオッチ株式会社に出向。SEIKOをはじめさまざまなブランドの腕時計のデザインに携わる。社会課題を解決して、ひとつの文化を形成するようなデザインがしたいとの思いから、2021年4月より現職。2022年秋発売予定の、歩道を走行できるスクーター「WHILL Model S」のチーフデザイナーを務める。
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