食
2024.05.14
原田麻子さん かき氷屋氷舎mamatoko店主〈インタビュー〉
原田麻子|20年間変わらないかき氷愛。「おいしい」がうれしい"究極の一杯"を目指して
かき氷といえば、その歴史は長く、暑い日本の夏を涼しくする食文化のひとつ。しかしこの20年でその存在は大きく変わり、夏だけでなくオールシーズン楽しめる食べ物になりました。そのブームの第一人者でもあるのが、"かき氷の女王"としても知られる「氷舍mamatoko(ママトコ)」の店主、原田麻子さんです。彼女の人生をも変えてしまった一杯のかき氷との出合いから、かき氷を作るこだわり、そしてとめどないかき氷への愛について語ってもらいました。
文:鴨井 里枝
写真:木村 文平
一杯のかき氷から、年間1,600杯食べ歩くように
――原田さんの運命を変えた一杯として、京都の老舗茶屋「京はやしや」の抹茶のかき氷"雪山"が知られていますが、その時の出合いについて教えてください。
大学生の時に京都を旅行中に立ち寄ったのが、「京はやしや」さんでした。かき氷って露店で売っているジャリジャリっとした氷に、きれいな色の甘いシロップがかかった食べ物というのが一般的だったので、お店で食べる"本格的" なかき氷は初めてでした。甘くなくてさっぱりとした味わいで、濃厚な宇治抹茶のシロップがかかったシンプルなかき氷は、とにかくおいしかったことを覚えています。昔ながらのかき氷とはあまりにもかけ離れた味に感動しました。
――そこから原田さんは"かき氷沼"にハマっていったんですね。
それが約20年前で、かき氷専門店なんてほとんどなかった頃です。それでもかき氷を好きになって、お店を探しては週に1度食べるほどに。就職してからも、職場の近くにあった「京はやしや」の東京の店舗に通ったり、休みの日にはおすすめのお店がまとめられたブログを見ながら、京都や大阪、奈良などにも遠征したり、食べたいかき氷を食べ尽くしていましたね。当時は抹茶と練乳のオーソドックスな味でも十分満足のいく氷がたくさんありました。
――趣味でかき氷を楽しんでいた原田さんが、ご自身のかき氷屋を構えるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。
大学在学中にいわゆる青文字系雑誌の読者モデルをやっていたことから、大学卒業後はその編集部に、アルバイトを経て入社しました。文章を書くのが好きだったこともあって、もっと専門的にチャレンジしようと、ファッションビジネスの新聞社の記者職に就きました。自分でネタを探して記事にするという、自由ながらやりがいを持てて経験も積める、魅力ある仕事でしたね。
その後は大手デベロッパー企業に入り、関東郊外のアウトレット店舗のキャンペーンなどを担当。東日本大震災の時は店長さんたちと団結して乗り越えたという思い出深いエピソードもあります。たくさんの方と関わり合うという楽しさはあったんですけど、なにせかき氷を食べに行く時間を捻出するのが大変で(笑)。仕事が終わったら今日はどこに行こう、みたいに、かき氷の事ばかり考えるようになっていました。そうしたこともあって、自分の働き方を改めて考え、独立しようと決意しました。
仕事をしながらも、ずっとかき氷の食べ歩きをして"好き"を深めていたので、かき氷を仕事にするのは自然な流れでしたね。少しずつお金を貯めつつ、友人がオーナーの代々木上原の飲食店を週末だけ間借りする形で「氷舎 mamatoko」をオープンしました。
ブームの背景に、地球温暖化対策の"昔ながらの涼"
――原田さんがかき氷を食べ始めた2005年頃はまだ専門店も少なかったということですが、その後のブームは何がきっかけだったのでしょうか。
2012年は震災による電力不足の影響もあり、クールビズよりも軽装のスーパークールビズが政府によって提唱されました。また地球温暖化対策への行動喚起もあって、昔ながらの涼の取り方を活用しましょうと都心でも打ち水をしたり、冷たいものを食べたりする流れが社会的に広まりました。
そこでかき氷も再注目されたんですよね。年間消費量が急増したというデータも発表されたほど、トレンドのフードになって。実際にそのあたりからかき氷屋さんも増えて、私の食べる回数も増えて......2013年には年間で1000杯は食べるようになっていました。
――それから一気にブームになったんですね。当時はどんなかき氷が人気でしたか。
2015年ぐらいに"ドルチェかき氷"と呼ばれる、ケーキのようなトッピングとデコレーションに、まるまるっとしたかわいらしいルックスのかき氷が爆発的に人気になりました。その後、韓国や台湾のご当地かき氷も日本に上陸して、原宿にかき氷のお店が一気に増えたことを覚えている方も多いのではないでしょうか。
当時、私はまだ会社員だったのですが、そのかき氷ブームに乗って、「マツコの知らない世界」(TBS系)に初めて出演させていただきました。テレビや雑誌でも「最近のかき氷ってすごい」と注目し始めましたよね。涼を取るためだけでなく、暑い中でも列をつくって涼しいお店の中で食べるっていう嗜好品に変わっていった時でした。
日本のかき氷の魅力は、"わびさび"を感じる余白
――年間1,600杯食べてきた原田さんがご自身で提供する究極の一杯。どんなこだわりが詰まっているのでしょうか。まずは氷について、美しいシルエットや口の中でさっと溶けるふわふわ食感の作り方の秘密とは?
私が作る氷は、とろっとしたクリームをかけても耐えられる硬さを残しつつ、スプーンはストレスなく入れられる柔らかさが特徴です。削るときは氷に一切触れずに、最後に山型に整えるときだけ軽く押さえます。
氷は削る前に必ず冷凍庫から出しておいて、氷の温度をしっかり上げてから削るようにしています。そうすることで刃にも氷にも負担をかけず、薄い氷を作ることができます。室内の温度も、氷の溶け具合やお客さんの食べやすさに合わせて、季節ごとに変えています。食べ終わったときにちょうどいい温度に感じられるように、冬場は27℃、夏場は24℃を目安にしています。
温度管理と機械の扱い方は、誰でも学べばできる基本のこと。でも氷はとても繊細です。温度だけでなく湿度によっても変化しやすいので、毎日同じ食感の氷ができるわけじゃないんです。だから乾燥する冬が一番おいしい氷を作れるんですが、溶けやすい夏は、あえて厚めに削って、お客さんの食べ頃やペースに合わせるようにしたり、シロップも溶ける氷に合うように季節で粘度を変えたりしています。
――旬の果物や野菜だけでなく、味噌や醤油、出汁(だし)といった日本の調味料を使ったシロップなど、ユニークなメニューばかりですが、どのように開発しているのですか。
かき氷を食べ始めたばかりの頃は、練乳などのミルク系が大好きで、かき氷はもうミルクと抹茶しか勝たん!って思ってきたんですけど、果物や野菜本来のおいしさを知ってからはシンプルな味付けを研究するようになりました。デパ地下の色鮮やかなサラダを見ては、その組み合わせを実際にシロップで作ってみたり、苦味や塩気を加えてアレンジしてみたり。野菜でも果物のような食感や味を引き出してみると、意外な発見があったりして面白いです。例えばホワイトアスパラやセロリなど、なかなか料理では煮込まれない野菜をシロップで煮込んでみたり。
日本独特の醤油ベースの甘じょっぱさが氷ともマッチするかもしれないと思って、調味料シリーズも作りました。 味噌や酒かすと組み合わせてみたり、金沢で食べた出汁ソフトクリームからヒントを得て白だしを使ってみたり。日々の発見や出合いからアイデアが生まれることも多いですね。
どんな味なら口の中で氷と合うのか。そしてどんな粘度なら溶ける氷に合うのか。そうやって作り出したシロップに、私がこの20年あらゆるかき氷を食べてきた自信と経験が生かされていると思います。
美大出身なので、色から考えるのも楽しいです。素材を同系色でまとめたメニューを出したりするのは、私がそういうものが好きというのもあるかもしれません。
――原田さんが考える"おいしいかき氷"とは?
かき氷のおいしさは、シロップの量と氷のバランスで決まります。このバランスが取れていれば、どのかき氷もおいしいと思います。でもその絶妙な配分はお店によって違う。その違いこそ店舗の個性であって、かき氷の面白さだと思うんです。
味のついていない氷にシロップをかけるのは、日本のかき氷の特徴です。韓国や台湾のかき氷は、氷に味がついていたり、いろいろなトッピングが盛られていたりしますよね。透明感のある真っ白い氷の余白を生かしながら、厳選した材料と味付けで一杯を作る。これって日本のわびさびに通じるものだと思うんです。理想のバランスを探求しながら、シロップだけのシンプルな味付けでも、「おいしい」「また来ます」って言ってもらえる一杯こそが究極の理想だと思っています。
食べる人が"おいしい"と思えば、こだわりなんてどうでもいい
――氷とシロップへの探究心は並々ならぬものですが、どのような思いでその一杯を提供されていますか。
私は日々たくさんのかき氷を食べていますが、他店ではただただ「きれいだな」「おいしいな」って思いながら食べていて、分析などしません。でも自分の作るかき氷はお客さんにお出しするものなので、厳しく評価します。多くのメニューではベースを選べるのですが、そのベースとなるみるくやレアチーズソースなどは何度も試作して行き着いたもので、ベストなバランスを追求しています。ほかの人に作ってもらうかき氷の方が断然おいしいので、自分で作ったものはあまり食べませんが、シロップは「うちのが一番おいしい」って思います(笑)。
こだわりを持って作っていますが、こだわりってお客さんに話すことではないし、「おいしい」って思ってくれれば、それでいい。でも作り手として、「おいしければ何でもいい」ってなったら終わりだと思っています。何でもいいのであれば既製品でいいし、このお店じゃなくていいってなると思うんです。だから私は古くさいかもしれないけれど、美しい山型の基本を崩したくない。やっぱり今のお客さんにはいろいろ盛られている方が喜ばれるし、シンプルなかき氷を支持してもらうのは簡単ではないけれど、理想とするシンプルな一杯を目指して日々作っています。
これまでたくさんのお店でかき氷を食べてきましたが、だからと言っておいしいものが作れるわけじゃない。ラーメン評論家の人がおいしいラーメンを作れるかっていうと違うし、フレンチや洋菓子店ですごくおいしいかき氷を出すお店もあります。だから、おいしいかき氷を作るのに必要なのって、センスなんだなって思います。
――この10年で大きく変わったかき氷。これからどのように進化していくと思いますか。
かき氷が"夏の風物詩"を超えて年中食べられるものになったのは、多くのお店が工夫を凝らした一杯を作って、私のようにその味に感動する人が増えたから。それってすごいことだと思います。かき氷ってほかの飲食店に比べてリピーター率がすごく高くて、ちょっと変わった世界ではあるんですよね。
うちのお客さんも週3回いらっしゃる方もいますし、だいたい1回に2杯は食べられます。多くて7杯注文される方も。
チェーン店は少なく個人店が多いので、その地域の小さなコミュニティーにもなっていて、その中で育ててもらっていると感じています。最近では外国人観光客も増えていて、異色の業界になりそうです(笑)。それぞれの輪が大事にされることで、日本らしいかき氷の文化が守られていくと信じています。
――最後に、原田さんの今後について教えてください。
かき氷を食べ続けて20年くらいですが、"好き"の熱量がまったく変わらないんですよね。それまで、生活が変わるほどの出合いはしたことがなかったし、自分でも驚いてます(笑)。今も変わらないペースでかき氷を食べているし、かき氷で稼いだお金でかき氷を食べるっていう、もう"好き"しかないループで生きているから、もういつ死んでもいいなんて思えるほど、今の生活を楽しんでいます。
今は他店のメニューのプロデュースなどもさせていただいていますが、大好きなかき氷をたくさんのフィルターを通して発信できることにも喜びを感じています。やっぱりかき氷が好きなんですよね。
※記事の情報は2024年5月14日時点のものです。
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【PROFILE】
原田麻子(はらだ・あさこ)
かき氷屋氷舎mamatokoオーナー。あらゆる食材とマッチするかき氷の無限の可能性に惹かれ、年間1,600杯以上食べる無類のかき氷好きでもある。「マツコの知らない世界」(TBS系)などメディア出演多数。
▼氷舎mamatoko
X(旧Twitter):https://x.com/hyoushamamatoko
Instagram:https://www.instagram.com/hyousha_mamatoko/
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