東京いちじく | 農業が街と自然のかけはしになる

SEP 8, 2020

フナキ ショーヘイさん いちじく農家〈インタビュー〉 東京いちじく | 農業が街と自然のかけはしになる

SEP 8, 2020

フナキ ショーヘイさん いちじく農家〈インタビュー〉 東京いちじく | 農業が街と自然のかけはしになる 東京の郊外、八王子。新宿から京王線で1時間あまりの山田駅を降りて少し歩くだけで、住宅地のすぐ裏には畑が点在し、牛や羊がゆったりと草を食む牧場まである。この地でいちじく農家を営むフナキ ショーヘイさんは、いちじくを東京を代表する商品に育てることを目指す「東京いちじくプロジェクト」、農業体験イベントを行う「畑会(ハタカイ)」などの活動も活発に行っています。今回はフナキさんに、東京でいちじくを作ることになったきっかけや、その醍醐味などについてお話をうかがいました。

造園家になりたかった

――ご出身はどちらですか。


八王子市です。実家は工務店でした。高校は府中市の東京都立農業高等学校で造園の勉強をして、東京農業大学へ進みました。大学での専門は林業でした。


――林業をやろうと思っていたのですか。


造園の仕事をしたいと思っていたんです。中学生の頃から実家の庭いじりをしていて、木を切ったり花の種を植えたりするのが楽しくて。それで造園には興味がありました。木を育てて眺めるのが楽しかったし、10年後や20年後の庭の姿を想像するのも好きでした。


フナキ ショーヘイさん[造園の仕事をしたいと思っていたんです。


――ではなぜ農業を始めたのですか。


残念ながら造園の会社には入れなかったんですけど、街作りや、地域の活性化に関わる仕事がしたいと思いました。それも町おこしイベントでマルシェの企画を出したり、野菜を仕入れる側ではなく、自分が農家というポジションでやってみたいと思ったんです。それで農業をやろうと思いました。


――農業って、やりたいと思ったらすぐに始められるのですか。


僕は2012年に正式に農家として就農しましたが、2年かかっています。基本的には、東京で農業を始めるためには農家さんのもとで1年間・週5日で働いたという実績が必要です。さらに就農に必要とされる広さの農地を確保しなくてはいけないので、そのくらいかかってしまうんです。




いちじくを選んだのは、育てやすさとマーケティング的な視点

――フナキさんは、いちじくがメインですか。


今はそうですね。僕も最初は野菜を作っていましたが、野菜って早いものだと1カ月スパンとか3カ月スパンで収穫しちゃうんです。種を蒔いて3カ月して収穫したら整地して、また耕しての繰り返し。これがちょっとせわしなくて。果実だと種を蒔いて収穫までだいたい3年から5年と言われていて、そのくらいのペースが自分には合ってると思って果実に切り換えました。ただ収穫まで時間がかかるので、今果実農家を始めようという人は少ないかもしれません。


――果物の中でもいちじくを選んだのはどうしてですか。


育てやすいんです。他の果樹もいろいろ調べたんですけど、この畑のように水はけが悪い所でも水気に強くて育ちますし、わりと荒れ地でも結構大丈夫。場所を選ばずにどこでも植えられます。増やすのも挿し木で簡単に増やせます。


果物の中でもいちじくを選んだのは育てやすいから。


――フナキさんは「東京いちじくプロジェクト」などでいちじくのブランディングもされています。いちじくを選んだ理由には、マーケティング的な観点もあるのでしょうか。


それもあります。いちじくは若い世代から年配の方までの幅広い層で認知されています。特に女性には高く支持されているようで、吉祥寺や元麻布のレストランなどでいちじくを使った食事会を企画すると女性の方がたくさんいらっしゃいます。


――いちじくは具体的にはどのように育てるのですか。


挿し木で育てるんですが、4月後半、5月ぐらいから、6月末ぐらいまで挿し木をします。実がなるのは早いものだと翌年の8月ぐらいからで、9、10、11月で熟し具合を見て収穫します。


――1本の木からどのくらいのいちじくが収穫できるのですか。


私が作っている桝井ドーフィン※1という品種は、おそらくいちじくでは一番実が大きいんですが、卵くらいの大きさになります。たくさん獲れる時は枝で10個ずつぐらい、1本の木で5、60個ほど収穫できます。ただし八王子の気温の関係でしょうか、下のほうから順番に熟していって、上の方は残念ながら完熟までいかずにそのまま冬になってしまいます。


果実園のいちじくの木は人の肩ほどの高さ。枝一本がおよそ10粒の実をつける。写真は初夏のころのまだ小さな実。果実園のいちじくの木は人の肩ほどの高さ。枝一本がおよそ10粒の実をつける。写真は初夏のころのまだ小さな実


※1桝井ドーフィンとは
日本の市場の約8割を占める代表的なイチジク。1909年に広島の桝井氏が米国から日本に持ち帰った品種で、樹が管理しやすい上に収量が多い品種で、いちじくの中では果実の皮が硬めで輸送性にも優れているという利点が多ある。



――すべてのいちじくが完熟するわけではないんですね。


そうなんです。しかも完熟って一晩でしちゃうんですよ。前日はまだ硬いなと思っても、一晩でジュクジュクになってしまうので、タイミングが難しいんです。畑で完熟まで待っていると、鳥に食べられちゃうんで、ちょっと硬いかなぐらいの時に収穫して、追熟させてから出荷します。


完熟って一晩でしちゃうんですよ。


――いちじくは、どんな料理に使われるのですか。


果実ですからやはりデザートが一番多いです。
生でももちろん美味しいのですが。煮なくても炙るだけでトロッとするので、スライスしてパイ生地の上に並べて、砂糖をまぶしてバーナーで炙るというデザートがとても美味しいです。それと最近では完熟いちじくをサラダに使うことも増えました。あと、私が知っているお蕎麦屋さんでは、いちじくを田楽みたいな甘い味噌にして、大根やこんにゃくに載せて出しています。また焼き鳥屋さんにはまだ青いいちじくを納めました。青いいちじくに火を通すとすごく柔らかくなって、ナスみたいな感じになるんです。それといちじくの葉っぱをフレンチレストランに納品しました。鶏肉の包み焼きの時に、いちじくの葉で包んで焼くといちじくの香りが鶏肉に移って、とてもいい香りになります。


――東京いちじくプロジェクトでは「ピュアいちじくペースト」も販売していますね。これはどういうものですか。


完熟しなかったいちじくを甘露煮にしたものです。もともとこの食べ方は、秋田や東北では結構普通に食べられているんです。向こうも寒いからいちじくが完熟しないんでしょうね。それを応用して製品化しました。ワインで煮たいちじくも美味しくてそちらも好評です。


東京いちじくプロジェクト「ピュアいちじくペースト」

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誰でも気軽に農業が楽しめる「体験農園」を運営

――フナキさんが今やっている畑はどのくらいの広さなのですか。


僕個人としては4000㎡の畑を借りてイチジク畑をやっています。それ以外に、5000ぐらいの畑が別にあって、そこでは貸し農園、体験農園をやっています。今は60人ほどの会員がいます。さらに余っている畑が3000ぐらいあって、そこでは野菜を作っています。


――体験農園というのは一般の人が農業を体験する畑なのですか。


そうです。こちらで種や資材などを全部用意して、お客さんには手ぶらで来ていただいて野菜づくりを楽しんでもらう、という趣旨の農園です。


――いちじくの生産だけではなく体験農園もやるというのは、一般の方に農業を体験してほしいという思いがあるからですか。


はい。今東京で農業をやりたという方って、たくさんいるんですよ。でも一般の方が畑を借りるのって、法律の面でとてもややこしくなっていて簡単じゃないんです。しかし資材代や経費をこちらが負担する体験農園という仕組みなら、わりと簡単に誰でも農業ができるので。


フナキさんの畑で。お手伝いに来ていたのは星智子さん(左端)サンディさん(右端)フナキさんの畑で。お手伝いに来ていたのは星智子さん(左端)、サンディさん(右端)


また一方で、まわりの農家さんから「遊んでいる畑があるんだけど、なんか活用できないか」という相談もよく受けます。その時、地の利が良い畑であれば「ここなら一般の方が来やすいから体験農園ができますよ」といった提案もします。


体験農園の一畝では「加賀節成きゅうり」が栽培されていた体験農園の一畝では「加賀節成きゅうり」が栽培されていた


――それは農家のコンサルですね。


相談自体が仕事になっているわけではないですが、提案をきっかけに体験農園を共同経営するケースはあります。じゃあ、体験農園をやりましょう、という話になっても、普通の農家の方が体験農園を運営するって荷が重いんです。例えば1000ぐらいの畑を体験農園にするとしたら、3、40人の会員の方々と直接やり取りをしなくてはなりません。そこでそういった作業は僕らがやって、忙しい時にはスタッフも派遣する、という形で一緒に運営していきます。




東京の農園を、人が集う場所、自然と触れ合う場所にしたい

――農業を始めてみて、楽しかったですか。


僕が楽しさを感じるのは、作物を作ることよりも農業を通じて人が集まってくることです。やっぱり庭を作っている感覚と同じなんですよ。庭を作る時にここに木を植えて、ここに花を植えて、人が集って、という感じが好きなんです。そんな風景が好きだから、農業を通じて人が集まるような環境を作りたいと思っています。


――地価の高い東京であえて農業をする理由はあるのですか。


東京にも美味しい野菜や果実はたくさんあります。でも量の勝負で言えば、地方には絶対勝てません。でもこの数十年の間「東京から農業がなくなってもいいんじゃないか」という流れが続いてきた中で、「いや、東京だからこれすごい、かっこいいね、東京らしいね」といわれるような農業を作りたいという気持ちは持っています。


「いや、東京だからこれすごい、かっこいいね、東京らしいね」といわれるような農業を作りたいという気持ちは持っています。


――実際、新宿から一時間ぐらいの場所に、こんなに畑があって素敵ないちじくができていると思いませんでした。


住宅地に隣接して小さな農地がたくさんあることが、東京の農業のいいところだと思います。生産緑地法という法律があるおかげで、東京には都心でもあちこちに農地が点在しています。家の近くに、それこそコンビニみたいな感じであちこちに畑があることっていいと思うんです。例えば、ニューヨークにしてもパリにしても他の国際的な都市って、都市の中に農地が複雑に入っている、ということはありません。
農道がいい散歩コースになっていて、僕も農作業をしていると、よく「これ何ですか?」って散歩をしている方から声をかけられます。そんな自然なコミュニケーションができる「場」を作れるのが、東京の農園の面白さだと思います。だから僕の体験農園って「アルッテファーム」って言うんですよ。


歩くから「アルッテ」


――なるほど、歩くから「アルッテ」なんですね。


はい。歩いて楽しむ農園、という意味です。


――東京の小さな畑って潰れてどんどん宅地になってしまいますが、そうではなくそれを農地のまま近隣の方々に親しんでもらえるような存在にしたいということですね。


はい。今はなかなか新規就農ができないので、農地はやめて不動産にしよう、となりがちですが農地が広い庭、広い公園みたいな場所に感じてもらえるといいなと思っています。


――ここが成功例となって「八王子モデル」として全国の都市圏に拡がるといいですね。


できる場所があれば僕はどこでもやりたいと思っています。今後は老齢化や人口減少が進んで農業者はどんどん減っていきます。耕地を整理する畑の大規模化も進むでしょうが、農地が点在する都市圏ではできないでしょう。それなら都市の近くに人が安らぎ集う場所、自然と触れ合う場所としての農園は、ありじゃないかなと思っています。


できる場所があれば僕はどこでもやりたいと思っています。



――ありがとうございました。コロナ禍で私も散歩が日課になりましたが、宅地の中にある農地の緑は、都会の中で安らぎを感じさせてくれる場所だと痛感します。そしていちじくの上品で控えめな甘味は、都会で作る果実のイメージにピッタリです。この秋は東京いちじくをじっくり味わいたいと思います。


※記事の情報は2020年9月8日時点のものです。

  • プロフィール画像 フナキ ショーヘイさん いちじく農家〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    フナキ ショーヘイ

    一般社団法人畑会理事/畑ディレクター/アルッテファーム農園主/ 東京農業大学非常勤講師 1987年、八王子市生まれ。2010年に東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科卒。卒業後は、農業が主軸となる「町の活性化」に関わる仕事をしようと、まず自ら農家になることを決め、2012年に八王子市で新規就農した。2013年には、同じ志を持つ仲間と農業事業を行う株式会社を設立し、野菜・ハチミツの生産販売、農業体験イベント企画運営などの事業を展開。2018年には、畑会の設立に加わり、畑の空間を活用したサービスやイベントを提案している。このほか、自らの畑で『東京いちじく』というブランドを立ち上げ活動を行っている。

    東京いちじく
    https://tokyofig.com/

    東京いちじくオンラインショップ
    https://funaki.official.ec/

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