池袋の超個性派書店が選んだ「富士山」の本

AUG 4, 2020

コ本や honkbooks, アーティスト:青柳菜摘 池袋の超個性派書店が選んだ「富士山」の本

AUG 4, 2020

コ本や honkbooks, アーティスト:青柳菜摘 池袋の超個性派書店が選んだ「富士山」の本 「革新する人のためのブックレビュー」は毎回テーマを設定して、リレー形式で書籍のプロにオススメの本をご紹介いただきます。「書籍」は人類が永年蓄積した叡智が凝縮されている膨大なアーカイブ。書籍をどう上手に使いこなせるか。現状を革新し新たな価値を創造するためには、自らの経験だけではなく、書籍からどれだけ多くの知見を得られるかがカギと言えるでしょう。星の数ほどある本から、今回はどんな本がセレクトされているのでしょうか。

「コ本や honkbooks」を主宰している、青柳菜摘です。外出自粛中に家で過ごす時間は、窓の外の景色を見直す時間でもあったのではないでしょうか。SNSでは工夫をこらした手軽な料理や、日々の暮らしを新鮮に、豊かにする知恵で溢れていたものの、春から夏への季節の移り変わりや外の空気を感じることは大分減ったように思います。多くの人は、買い出しや通勤で外に出てはいますが、この状況下で「家の外」の話をすることすら無意識に自粛していたのかも知れません。


コ本や店内(photo by aki toishi)コ本や店内(photo by aki toishi)


「コ本や honkbooks」は、池袋に「本屋」としての拠点を構えるプラクティショナー・コレクティヴ(芸術活動を実践する集団)です。東京藝術大学出身の3名が主宰となり、2016年から活動を続けてきました。2019年11月に池袋へ移転してからすぐに新型コロナウイルス感染拡大に伴う休業要請を受けていましたが、現在(2020年7月13日時点)では対策をした上で通常通り営業しています。実空間だけでなく、オンラインでの取り組み、Twitter上でアーティスト2名が毎日朗読をし合う〈往復朗読〉*1や、お絵かきアプリとZoomを利用して1冊の本を朗読しながらドローイングを描く〈Daily drawing, Daily page〉*2など、これまでの活動を拡張して今後も展開を続けていく予定です。


また、遠出がしにくい今、コ本やでは新たなブック・プロジェクトとして"2つのキーワードから選書をする古書パック" を始めました。ありがたいことに全国の方から人気を博して、多種多様なキーワードから本を選書する日々が続いています。


BOOK PROJECT〈2 KEYWORDS 古書パック〉

BOOK PROJECT〈2 KEYWORDS 古書パック〉https://honkbooks.com/bookpack/



ちょっと「近所」の「富士山」へ

そこで今回は、STAY HOME の中で始めた古書パックと同様に、キーワードとして「近所」と「富士山」という、近からず、しかし決して遠くはない2つを元に、厳選した4冊をご紹介します。


『富士山文化』
著:竹谷靱負(祥伝社新書、2013年)

『富士山文化』著:竹谷靱負(祥伝社新書, 2013年)

https://www.amazon.co.jp/dp/4396113250/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_1l-iFbKS0X7FY


富士山の信仰文化について「登拝」、「遥拝」の2点に着目しながら、富士山とその周辺のみに留まらず、富士講の流行から見える江戸の町との関わりから、"富士に見立てられた石"までが語られています。富士講というのは江戸時代に富士信仰が隆盛して現れた講社ですが、同時に江戸には「富士塚」と呼ばれる、富士山を模した塚が至る場所に築造されました。女性や子供、遠方で出向けない人々のために、ここを登るだけで富士山に登頂した時と同じ御利益があるとしたのです。著者は富士吉田の御師*3 の末裔であり、夏休みは富士吉田にある家で過ごしたそう。白黒図版ですが資料から多く引用され分かりやすく、富士信仰について触れることができる、入門書としてもよい一冊です。



大江戸のお富士さん
東京都神社庁教学委員会 富士信仰研究部会

大江戸のお富士さん

https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027799087-00


東京都内に現存する七十基の「富士塚」を紹介する、東京都神社庁発行の本です。全編カラーでそれぞれの富士塚の写真と、お山開き・お祭りの様子も掲載。毎年各地で行われているお山開きの日程リストも付いています。富士山はユネスコ世界文化遺産に登録され、構成資産として登山道や富士五湖、御師住宅なども併せて入っていますが、信仰遺跡として重要視される富士塚はこの中に1基も入っていません。道路拡張工事のため移設や縮小を余儀なくされたり壊されてしまうことが後を絶たないため、富士塚の記録として今後も貴重な資料になるでしょう。この本は絶版になっていますが、下谷坂本の富士塚がある小野照崎神社には若干数在庫があるとのこと(2020年6月22日時点)。今後重版も検討されているそうです。



はとがや三志さまご伝記
著:岡田博(小谷三志翁顕彰会、1990年)

はとがや三志さまご伝記

日本の女性解放思想は明治時代に西洋の思考が持ち込まれたところから語られることが多いですが、江戸時代にもフェミニズムの動きを富士講から見ることができます。小谷三志(別名、はとがや三志)は富士講の身禄派から派生した「不二道」を庶民に広めた人物です。三志が元祖と尊敬する食行身禄(じきぎょうみろく)は、山嶽信仰で根付いていた女人禁制という考え方に反対していました。その教えを継いだ三志は、四民平等、男女平等を目指し、幕府が定めた制約をも打ち壊していったのです。その一つとして、1832年に高山家のたつという女性を連れ、富士山に初めての女性登山を実行したという記録が、この本に残っています。



富士日記
著:武田百合子(中央公論社、1977年)

富士日記 著:武田百合子(中央公論社、1977年)

https://www.amazon.co.jp/dp/4122067375/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_Ou-iFbCTPD65W


不二小大居百花庵日記と副題されたこの日記は、作家である武田泰淳が妻の百合子に「おれと代るがわるメモしよう。それならつけるか?」と言ったことがきっかけで始まります。気取らない百合子の書き振りは、本を開くとまるで彼女が話しているかのように感じられ、富士山の麓の生活が日々の食事とともに淡々と書きつけられた文章に引き込まれていきます。麓に暮らしてはいますが、富士山の描写よりも、保存が利きそうなおいしい肴や、手軽に作っている姿が想像できる食事がよりいっそう引き立ちます。ここで登場する「ふかしパン」*4 はおそらく蒸しパンのようなもので、甘いと思いきやベーコンやチーズが入っていたりで、どうしても気になり作ったことがあります。「富士日記」について様々な雑誌に掲載された書評や、書き下ろしエッセイなどが所収された『富士日記を読む』(中公文庫、2019年)*5 も併せて読むと、気づかなかった些細な日常が見え、人々と共有しながら読み直すような体験を愉しめます。



*1〈往復朗読〉アーティストである佐藤朋子と青柳菜摘がTwitter上で毎日互いに朗読し合うプロジェクト。https://honkbooks.com/cn-02/


*2〈Daily drawing, Daily page〉アーティスト・コレクティヴであるオル太とコ本やhonkbooksの共同企画。2016年から毎月開催している、朗読しながらドローイングを描くイベントをオンラインでも展開。https://honkbooks.com/dddp/


*3 御師:富士信仰の指導者として、宿舎の提供や教義の指導などを行う者。


*4 ふかしパン:強力粉25g、薄力粉25g、牛乳50ml、ベーコンとチーズ適量を混ぜてマグカップに入れ、600Wの電子レンジで3~5分。(想像して作成したレシピです。)


*5 「富士日記を読む」https://www.amazon.co.jp/dp/4122067898/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_yA-iFbNN9ERJM

  • プロフィール画像 コ本や honkbooks

    【PROFILE】

    コ本や honkbooks(こほんや)
    2016年6月より活動するプラクティショナー・コレクティブ。映像や書籍の制作、展覧会やイベントを企画するメディアプロダクションとしても活動する。活動拠点として「コ本や honkbooks」というブックショップを運営し、オルタナティヴスペースとして「theca(テカ)」を併設する。青柳菜摘/だつお(アーティスト)、清水玄(ブックディレクター)、和田信太郎(メディアディレクター)主宰。3人ともに東京藝術大学大学院映像研究科出身。
    https://honkbooks.com/
    営業時間|12:00-20:00、月曜定休日
    住所|〒171-0014 東京都豊島区池袋2-24-2-2F
    入店方法|https://honkbooks.com/access
    TEL|03-6907-2239
    MAIL|honkbooks@gmail.com

  • プロフィール画像 アーティスト:青柳菜摘

    【PROFILE】

    青柳菜摘(あおやぎ・なつみ)
    アーティスト。ある虫や身近な人、植物、景観に至るまであらゆるものの成長過程を観察する上で、記録メディアや固有の媒体に捉われずにいかに表現することが可能か。リサーチやフィールドワークを重ねながら、作者である自身の見ているものがそのまま表れているように経験させる手段と、観者がその不可能性に気づくことを主題として取り組んでいる。2014年東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。近年の活動に「彼女の権利──フランケンシュタインによるトルコ人、あるいは現代のプロメテウス」 (NTTインターコミュニケーション・センター、2019)、「冨士日記」(NADiff Gallery、2016)、「孵化日記2014-2015」(第10回 恵比寿映像祭、東京都写真美術館、2018)、「家の友のための暦物語」(三鷹SCOOL、2018)など。「だつお」というアーティスト名でも活動。
    http://datsuo.com/

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