アート
2019.04.16
西山雅子さん 絵本編集者〈インタビュー〉
いつか再び手にとって欲しい。それが絵本編集者の願いです。
プロを支えるプロの仕事。第2回は「絵本編集者」です。作家を陰で支える編集者の仕事とは? 絵本や児童書でフリーの編集者として活躍されている、西山雅子さんにお話しをうかがってきました。
大人のカルチャー誌を編集していたのに、その日からダンゴムシを追いかけることになった(笑)。
―― 西山さんはもともと絵本の編集者を目指していたのですか?
いいえ、全然そういうわけではないんです。雑誌が今より元気だった80年代を中高生として過ごしましたから、最初に目指したのは雑誌の世界でした。大学生時代はミニコミ誌をつくったり、情報誌でアルバイトをしたり。出版関係に就職したいと思いながらも、地元の関西の大学を卒業後、就職難もあって新卒のときはアパレルメーカーに入りました。結局1年でやめて、しばらく京都の制作会社で芸術文化関係の記事を配信するウェブマガジンのライターをやっていました。美術とか映画とか文化的なことに興味があったんです。
―― 絵本ではなくて、アートやサブカルチャーが好きだったんですね。
そうですね。その後、編集者としての力をもっとつけたいと思って、それまでに書きためたいろいろなジャンルの作家さんのインタビュー記事をブックにして上京しました。それでようやく美術雑誌の編集部で仕事ができるようになったのですが、アートの世界って食べてくのが本当に大変で...。正社員にはなれず、全然違うジャンルのライター仕事とかけもちしながら、美術雑誌の編集をやっていました。
そんなときに仕事でつながりのあった版画家の方から、絵本にしたいという作品を預かったんです。知り合いの紹介である児童書出版社に持ち込みをしたら、その企画は通らなかったのですが、話の流れで編集者を募集しているのでよかったら受けてみないかと言われて。最初は子どもの絵本かぁ? うーん...みたいな感じでした。
―― あまり乗り気ではなかったんですね。
なにぶん経験がなかったので。ただ当時、出版業界で雑誌そのものも低迷していましたし、それまで個人事務所みたいな職場を渡り歩いていたこともあって、いったんアートやカルチャーのことは脇において、大きな組織のなかで働いてみよう、そこで自分に何ができるのか試してみようと思いました。
入社して最初に担当したのが幼児向けの月刊科学絵本でした。動植物や食べものなどひとつのテーマを掘り下げて11見開きで紹介するんです。それまで横尾忠則さんとか、舟越桂さんほか現代美術作家の全仕事を100ページで特集、といった仕事をやっていたのに、その日からデスクで毎日ダンゴムシを観察することになった(笑)。
保育園や幼稚園に通って子どもたちの反応をモニターする日々。
―― ダンゴムシ!?(笑)。
ほかにもザリガニ、カエル、カブトムシ、ハムスター...いろいろ飼育しましたよ。同じ編集でも子どもの絵本は、大人向けの雑誌とは180度違います。編集は集めて編むと書きますけれど、大人向けの雑誌はおもしろいネタさえ集まれば、ほぼ編めたも同然です。絵本は10集めたら9削ぎ落とす、内容の検討にとても時間をかけます。テキストにしても、その科学絵本では、ひと見開きひらがなで60ワード程度におさめるとか、当時の私にとっては俳句を詠めと言われるようなものでした。
物語絵本と違って、科学絵本の文は絵本作家だけでなく編集者や専門家が書くこともあります。私の担当した月刊科学絵本も編集者が構成と文を担当していました。やってみたらこれが、なかなかおもしろかったんですよ。絵本の世界にどっぷりはまって。ただし、受け手である子どもの感覚は、作り手の大人には失われているわけですから一筋縄にはいきません。子どもに伝わる表現とはなんだろう、と保育園や幼稚園に毎月通って、自分の担当した絵本を園の先生に読み聞かせしてもらい、子どもたちの反応を見て、という日々でした。
―― 児童書出版社には12年ほどいらっしゃって、その後フリーになられて。フリーの編集者になると少し立場が変わると思うのですが。
編集の仕事そのものは出版社から依頼を受ける場合と、自ら企画を持ち込む場合があります。社員編集者からフリーになって絵本の業界を見渡したとき、求められる役割とはなにかとは常に考えます。児童書出版社は女性が多く、編集現場で力を発揮してくる30代、40代は子育ても忙しく、とにかくみんな時間がない。編集の実務的なお手伝いや新しい企画の提案のほか、新人作家の発掘も、フリー編集者としてより力を入れていきたい仕事のひとつです。
―― 持ち込みの企画は、どんなふうに立ち上げるのですか?
まずは作家さんとお会いして、どんな企画をご一緒できそうかお話しすることからはじまります。その作家さんの持ち味や大切にしているテーマ、お子さんやご家族のことなどプライベートな関心事についても想像しながら、いろいろな球を投げて企画になりそうなことを探ることが多いですね。企画の大筋が固まった段階で出版社に提案します。絵本を出している出版社にも、それぞれカラーがありますから、合いそうなところを考えて。
―― 絵本ができるまで、作家さんとのやりとりや流れを教えてください。
テーマや登場人物が決まったら、大まかな構成案を見せていただきます。子ども向けの絵本は、だいたい32ページ、見開きで15画面が基本なので、それを目安に話の展開が一覧で見えるよう絵コンテにまとめたものをお預かりすることが多いです。映画やアニメーションで使われるものと同じようなものです。次にダミーといって、実際の絵本のサイズに近い32ページの白い紙の冊子に、大まかな絵と文を入れたものでページをめくったときの展開を見ていきます。このダミーで内容の検討を重ねて、最終的に固まった段階で、実寸のラフの作成、本描きと進めていただきます。
絵本編集者の仕事には、このような作家さんの創作活動を下支えすることのほか、刊行までの全体の進行管理があります。刊行予定の時期までに間に合うよう、作家さんからお預かりした原稿をレイアウトを担当するデザイナー、印刷所へとバトンを渡してやりとりをします。営業担当者や書店さんと協力して原画展など販促計画にも携わることもあります。作家さんの思いや作品の魅力を、それぞれの担当者に伝え、製品としての質やモチベーションを高めていくことも大切です。
―― 例えばいちから絵本を作るとき、こういう作品にしたいというゴールのイメージは最初に共有されるのでしょうか?
テーマや対象などの大枠は早い段階で共有します。それまでの絵本にはない魅力をどのように出していくのか、作家さんと内容の検討を重ねるなかでゴールのかたちが定まってきます。例えば、フリーになって最初にご一緒した松田奈那子さんの『やさい ぺたぺた かくれんぼ』は、松田さんが主宰されている子どもの造形ワークショップの導入のための紙芝居を作るお手伝いしたのがきっかけでした。読み聞かせ絵本として楽しめつつ、実際に野菜スタンプで遊ぶときのヒントにもなる。でも、子どもたちにとっては、絵本より主体的に遊べるワークショップのほうが楽しいかもしれない。絵本ならではの魅力となるキャラクターを大事にしています。こちらは後にちぎり絵遊びの『いろがみ びりびり ぴったんこ』、こすり出し遊びの『でこぼこ ぬりぬり なにがでる』とともに3作で造形遊びのシリーズとなりました。
きくちちきさんの『パパのぼり』『パパおふろ』は、お子さんとの日々の生活をテーマに絵本を作れないか、ということでスタートした作品です。毎日のお子さんのご様子を書きとめた短い日記みたいなメールを数ヶ月間やりとりさせていただくなかで生まれました。今の時代をふまえ、お父さんの子育てをもっと応援したい、という願いがあります。どんな絵本にも、作家さんの大切な人生の一部をわけていただくような感覚はありますね。
―― 今、新人作家さんの企画が進行中とのことですが、絵本を作る上での大変さみたいなものはありますか?
ベテランの作家さんであれば、最初からある程度まとまったダミーが出てきますけれど、新人作家さんの場合は、絵コンテやダミーの段階でやはり時間がかかります。絵と短い文からなる絵本は、表現方法として一見、とてもシンプルですよね。特に物語絵本の場合は、実際に自分で構成を考えていくうちに、さまざまな要素がいくつも組み合わさった複雑さをもっていると気づく。ちょうど丘の上の一軒家を見るようなものだと思います。
遠くから眺めているうちは、ひとつの景色みたいに平面的にしか目に映らないけれど、家に近づいて実際に扉をあけて中へ入ってみると柱はあるし、地下に基礎もあるし、窓や奥行きも必要だよね、とか。新人作家さんの場合は、頭からそのことを説明しても伝わらないので、実際に手を動かしてもらって出てきた構成案に対して、どうしてそうだとひっかかるのか、ひとつひとつ自分なりに気がつくところをお伝えしていきます。時間はかかりますけれど、一緒に作り上げていく楽しさはひとしおです。
大人になって、再び子どもに読んでもらえたら。それが一番の理想です。
―― 子どもの頃に出会った絵本で、印象に残っている作品はありますか?
小さいとき引っ越しが多かったので、親に読んでもらった絵本が手元に残っていないんです。一番幼い頃の絵本の記憶は、小学校1年生のときに担任の先生が読んでくれた『100万回生きたねこ』(作絵・佐野洋子)と『はらぺこあおむし』(作エリック・カール/訳もりひさし)です。どちらもロングセラーでとても有名な作品ですが、絵本の業界に入ったばかりの頃、思い出して少し不思議に思ったんです。小学1年生にこの絵本?って。『はらぺこあおむし』はどちらかというと幼児向け、『100万回生きたねこは』は大人向け、とされています。しかも2冊続けて読んでくれたのをよく覚えていて。気になって奥付を見たら、どちらも当時、刊行されたばかりでした。まだ今のような評価が定まらないうちに、その先生は読んでくれたんですね。先生にすごく絵本を見る目があったのか、書評などで話題になっていたからなのか、わからないですけれど。
『100万回生きたねこ』の中に「きらいでした」というセリフが何度も出てくるんです。ふだんお友達と仲良くしなさい、とか言われるのに、そんなこと誰かに言っていいの?ってびっくりしたことだけが鮮明に残っていて、あまり内容は理解していませんでした。大人になって読んだとき、あぁ、これは愛についての物語だったのか、と。すんなりテーマを理解できる大人になってから読んだとしたら、それほどショックは受けなかったと思います。子どもの頃に種が蒔かれていたから、余計に深く響いたんです。
『はらぺこあおむし』にしても科学絵本を担当したばかりの頃、ハッとしたことがあって、あおむしがいろいろなものを食べて大きくなるんですが、途中、あおむしがふつうは食べないケーキやアイスクリームなんかも食べちゃう。その晩、あおむしはお腹が痛くなって泣くんですけれど、子どもたちが大好きなおやつを盛り込む遊び心も自然の摂理を裏切らない方法でうまく挿入されている。子どものときには、気づかなかったことです。
絵本を作るとき対象年齢は、商業的な都合である程度、設定せざるを得ないのですが、本質的な部分ではあまり関係ないとは思います。子どもには子どもなりの、大人には大人なりの受けとめ方があり、時間を経て再び出会うことによって、新たな気づきやおもしろさがある。すぐれた絵本のもつ魅力としてよく言われることのひとつですが、そんな絵本を作れたらと思います。
―― 絵本は装丁もしっかりしているから、年月に耐えやすいというか、かたちとしても残りやすいですよね。
そうですね。気に入ってずっと手元に持っていてくれたら一番嬉しいですけれど、大きくなっていろいろなことに興味が広がっていくうちに、さよならしてしまうことのほうが多いかもしれない。でも、子どもの頃に出会った絵本と再会する喜びは特別な気がします。「この本知ってる」とか「懐かしいなぁ」とか言いながらいつか再び手にとって、自分の子どもに読み聞かせてくれたら。そんな希望を胸に抱きながら仕事をしています。
―― 西山さんありがとうございました。小さい頃に読んだ絵本は、なぜこんなに記憶に鮮明なのかなと思っていましたが、作家と編集者の思いが詰まっているのはもちろん、子ども目線の作品として緻密に考えられた、完成度の高さもあるのだと実感しました。
※記事の情報は2019年4月16日時点のものです。
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【PROFILE】
西山雅子(にしやま・まさこ)
美術雑誌、児童書出版社の編集職を経てフリーランスに。絵本の出版企画・編集・書評執筆等の活動をしている。著書に『さがして みつけて なんじゃこりゃ! まつり』(絵/中垣ゆたか ひさかたチャイルド)、編集した主な絵本に、松田奈那子「造形遊びの絵本」シリーズ(アリス館)、『パパのぼり』『パパおふろ』(作/きくちちき 文溪堂)、『きりの なかのサーカス』『1945シリーズ』(作/ブルーノ・ムナーリ 訳/谷川俊太郎 フレーベル館)などがある。
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