音楽
2019.05.28
森下幸路さん 大阪交響楽団首席ソロコンサートマスター〈インタビュー〉
コンサートマスターの仕事は「弾くより、聴く」
指揮者のすぐ脇に座る首席第一バイオリン奏者。重要な演奏者であるだけでなく、100人近い演奏者を率いてオーケストラを支える「コンサートマスター」という役割を担っています。コンサートマスターの仕事とは具体的にどんなものなのか、大阪交響楽団首席ソロコンサートマスターを務める森下幸路さんにお話をうかがいました。
拍手がもらえるから、勉強よりバイオリンを選んだ。
――バイオリンを始めたきっかけを教えてください。
4歳で始めました。父がすごくクラシック好きだったので、親に勧められて習い始めました。物心がついたときにはすでにバイオリンを持っていたわけです。練習は嫌いでしたけど、発表会が好きでした。演奏して拍手をもらうのが好きだったんです(笑)。
――本格的にバイオリンをやっていこうと決めたのはいつですか。
進路を決める中学3年生のときですね。父が勤務医でしたので、家庭の雰囲気的に、このままバイオリンをやるか、勉強して医者になるかの二者択一でした。はっきり言葉では言われたわけではありませんが......。それで、私は勉強よりもバイオリンを選びました。拍手ももらえるしね(笑)。高校は普通科に進学して、吹奏楽部で打楽器を担当したりしながらバイオリンを続けました。大学は桐朋学園大学に進んで、桐朋在学中に2年間、奨学金を得てアメリカのオハイオのシンシナティ大学に留学しました。
――アメリカの音楽教育は日本とは違いましたか。
全然違いました。アメリカらしく、合理的で教え方もすごくシステマティックなんです。この音を弾くときの肘はこの角度 、など、その通りやれば誰でも上手くなれるメソッドがあって、全ての技術がマニュアル通りになっているんですよ。それも新鮮で面白かったです。でも2年ぐらいしたら、システマティックな教育はもういいかなと思い、日本に戻りました。
――その後はどのような形でプロの演奏家になったのですか。
桐朋に戻って卒業して、最初は弦楽四重奏団に入りました。プロの演奏家になった当時、実はオーケストラはあまり考えていませんでした。当時の桐朋はソリストを育成する教育方針でしたし、自分としてもオーケストラのような、いわば「大企業」に勤めるよりも、フリーランスのように個人で動くソリストをやったほうが楽しいと思っていました。でも、幸運にもオーケストラへのお誘いがあり、僕としても「もう少し広い世界を見たいな」と思ったので、28歳で仙台フィルハーモニー管弦楽団にコンサートマスターとして参加しました。
コンサートマスターが大変なことは知らなかった。
――最初からコンサートマスターだったのですか。
そうです。日本のコンサートマスターはそのオーケストラに所属している団員から選ばれることは少なく、たいていオーケストラの外から誰かをスカウトしてくる 一本釣りなんです。たいていは指揮者が連れてきます。私の場合も円光寺雅彦さんというマエストロが「森下君、コンサートマスターをやってみない?」と声をかけてくださいました。とても光栄なことでしたので、ぜひやらせてください、と、お受けしたわけです。
――コンサートマスターという仕事が大変であることをわかったうえで、引き受けたんですよね。
いいえ(笑)。その頃はコンサートマスターが大変だなんて、全然わかりませんでした。それまではフリーだったわけですが、コンサートマスターは、いわば会社の経営者のような役割ですから、必要とされる能力が全然違うんですが、最初はそんなことも知りませんでした。
――ではコンサートマスター就任当初はかなり苦労されましたか。
はい。若い頃は、団員や指揮者からさんざんダメ出しされました。でも尖っていた最初の頃は、何を言われても図々しくどこかで「自分は正しい」と思っていましたから大丈夫でした。生意気で、いわゆる空気が読めないKYだったんです(笑)。でも思い返すと、あのときに芯の部分がぶれていたら、そこで潰れていたと思います。
「森下、弾くより、聴け!」と言われた。
――でも「聞く耳」を持たないと、団員をまとめてリードしていけないですよね。
そうなんですよ。実はコンサートマスターで一番大事なのは「聞く」ことなんです。それも音を聴くだけではなく、言葉や、人の気配を聴くっていうことがものすごく大事です。
――「気配を聴く」とは、どういうことですか。
コンサートマスターとしてオーケストラの真ん中で弾いているとき、演奏の場に出ている音だけではなく、共演者の気配、さらに演奏を聴いてくださっているお客様の気配もキャッチできるような、アンテナを常に持つべきだということを、コンサートマスターをしていく中で学びました。コンサートマスターを始めたばかりの頃、指揮者の円光寺さんに「森下、弾くより聴け!」って言われたことがあるんです。当時、私は必死で、とにかくコンサートマスターとして誰よりも弾かなければいけない、だから「僕の音を聴いてくれ」と思っていた、そこでそう言われたんです。当時はその意味がよくわかりませんでしたが、今なら、その言葉の大切さがよくわかります。
指揮者の指示を解釈し、演奏で具体的に示す。
――リハーサルを拝見しましたが、オーケストラを代表して指揮者とコミュニケーションする役割も担っているんですね。
指揮者とのやりとりはコンサートマスターにとって非常に大切な仕事です。たとえば指揮者が「ここはもっと速く、フォルテで」と言っても、それが具体的にどのくらいのテンポで、どのくらいの音量なのか。団員はたくさんいますから、それぞれの解釈をしてしまいます。そこで指揮者の意図を理解し、テンポや音量を具体的に演奏で示すのがコンサートマスターの役割です。ただここで大切だと思うのは、コンサートマスターは、いつも団員の側に立つ、ということ。もしオーケストラにあわない方向性の指示であれば、指揮者に対して「オーケストラの方針はこうですよ」ということを、直接言葉では言いませんが、演奏で示すこともあります。それもコンサートマスターの仕事だと思っています。
――リハーサル中に雰囲気が険しくなったとき、森下さんの一言で場の雰囲気が和らいだシーンがありました。コンサートマスターはオーケストラで最も「弾ける」だけではなく、オーケストラをリードし、支える仕事なのだとよくわかりました。
オーケストラの雰囲気が悪くなっては、決していい演奏ができませんから、オーケストラをどう運営するかについてはいつも気を配っています。今日は誰が出番で、前の現場の雰囲気はどうだったのか、ということを把握しながら、現場の雰囲気をコントロールします。時には純粋に音楽ではないことに起因する問題もあります。でも、ただここを見失っちゃいけないんだけども「全てが音楽ありき」のことなんですね。指揮者の指示も、全て音楽のためですし、音楽以外の些末な問題も、最終的には音楽のためだと私は思っていますし、そこを忘れないようにしています。
※記事の情報は2019年5月28日時点のものです。
Vol.2へ続きます
■森下幸路 演奏スケジュール
2019年6月15日
ストラディヴァリウスの響き [pdf:1.4MB]
会場:長野市 竹風堂 大門ホール
2019年6月22日
浜松フィルハーモニー管弦楽団
会場:アクトシティ浜松(中ホール)
2019年6月28日
アンサンブルガブリエル
会場:宇都宮短期大学長坂キャンパス須賀友正記念ホール
2019年11月21日
大阪交響楽団 第234回 定期演奏会
会場:大阪 ザ・シンフォニーホール
2020年4月5日
森下幸路リサイタル
会場:東京文化会館小ホール
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【PROFILE】
森下幸路(もりした・こうじ)
京都市生まれ。4歳よりバイオリンを始め、幼少を米国で過ごし、小林健次、田中千香士、江藤俊哉 アンジェラ夫妻、三善晃 等の各氏に師事。桐朋学園大学を経て米国シンシナティ大学特別奨学生としてドロシー・ディレー女史に学ぶ。94 年、リサイタルデビューを果たし絶賛された。96年からリサイタルを東京と仙台でスタート、京都も加わる(本年が22回目)。97年にはスペインのセヴィリアでのリサイタルをはじめ、2011年より北ドイツ音楽祭(ドイツ)毎夏、13年からたびたび台湾に招かれ、そして14年にはガーク音楽祭(オーストリア)にも出演。15年にはバルカン室内管弦楽団のゲストコンサートマスター、18年にはモスクワにソリストとして招かれた。2000年まで仙台フィルコンサートマスター。現在は大阪交響楽団首席ソロコンサートマスターおよび浜松フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターの任にある。CDは「La vie」「esprit」
※レコード芸術誌特選盤、「彩り」、「夕べのうた」、「夢」、「カンタービレ」、「ブエノスアイレス組曲」をリリース。2013年より大阪音楽大学特任教授を務めている。
※使用楽器は将軍堂(株)(H.Hiruma)の貸与Antonius Stradivarius,1680
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