【連載】創造する人のためのプレイリスト
2019.09.06
ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ
The One and Only ~唯一無二の音楽世界を創る女性たち
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。新企画「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
あれから30年、ぼくはあのビルの向かいで
ドーナツを片手にライブを見ている。
日曜日の夜のオフィス街は、光が少ない。今夜はとある女性アーティストの帰国ライブがあると聞き、この街に足を運んだのだが、会場はなぜかドーナツカフェ。街灯も消えた界隈、人が集うその店内だけがポワッと闇の中に浮かび上がるようだ。ライブチャージは、ドーナツとドリンク代込み。気張らぬアットホームな雰囲気で音楽を楽しんでもらおうとする配慮が感じられてうれしい。ライブの編成はアコースティックギターとボーカルのシンプルなセットだが、途中からヒューマンビートボックスも加わり、コンテンポラリーなジャズのグルーヴがじつに心地よい。
評判のドーナツを頬張りながら、ぼくはふと気づいた。ここは、昔、別の仕事をしていた時代によく来ていた仕事先の真向かいの場所じゃないか。当時のそのビルは、巨大なオフィスビルに姿を変えているが、たしかにそうだ。スーツにネクタイを締めてイベントの運営に走り回っていたあの頃から30年以上の時が経った。途中でキャリアを変えたぼくは、今はそれなりの経験を積んだクリエーターとして生活している。そして仕事のかたわら、趣味の音楽好きは年を経るごとにますます高じて、50代の今も、創造欲をかきたててくれる新しい音楽を求め続けている。
30年前の自分と、今ここにいる自分。思えば、仕事も、住む場所も、立場も外見も、ずいぶんと変わった。でも、変わらない部分もたしかにある。人生って、おもしろい。人はそれぞれ、日々小さな選択を積み重ねて、誰でもない自分だけの道を歩んでいく。似たようにみえても、一つとして同じ道はない。そして、その自分で選んだルートの最新の到達地点が、まさに今のこの瞬間なのだ。そう思うと、なぜだろう、見ているこのライブが唯一無二のモノに思えてくる。わけもなく楽しくなってきた。いいぞ、もう少し聴いていこう。誰かの歌詞ではないけれど、あの頃の未来にぼくらは立っている。
プレイリスト「The One and Only ~唯一無二の音楽世界を創る女性たち」
皆さんはじめまして。この特集の第1回担当、シブヤモトマチと申します。なんだか、ドーナツ一個でこんなことを考えてしまう自分もどうかと思いますが(笑)、いつだって新しい世界をひらいてくれるのは、誰でもない自分だけの道を歩もうとする熱意ではないかと思います。ここでは、「The One and Onlyの音楽世界を創りたい」という強い意志をその作品から感じる海外の女性アーティストを勝手に10人セレクト。創造するための刺激にあふれた音楽を、どうぞご一緒にお楽しみください。
1. Camila Meza 「Atardecer」
南米チリ出身で、現在は米国ニューヨークを拠点に活動するジャズ・ギタリストで作曲家・歌手の、カミラ・メサ(Camila Meza)です。コアな音楽ファンの間で話題の最新作「Ambar」の収録曲ですが、空高く飛翔するようなギターのフレージングとボーカルが素晴らしいです。初来日時にライブを見に行きましたが、その演奏力に唖然としました。
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2. Solange「Dreams」
ビヨンセの実の妹でもあるシンガーソングライター(以下S.S.W.)、ソランジュ(Solange)の最新作「When I Get Home」から。生演奏と、現代のビート・ミュージックの要素が融合したそのサウンドは、幻影を見ているかのようなドリーミーな世界を生み出しています。
3. Isis Giraldo 「Work It Out」
コロンビア出身で、現在カナダで活動するS.S.W.&ピアニスト、イシス・ヒラルド(Isis Giraldo)です。彼女の別名プロジェクトであるチキータ・マジック名義の新作「It's Different」から。作曲、演奏、歌唱はもちろん、ミックス、レコーディング、プロデュースまで、マスタリングを除くすべてを彼女一人で制作したというアルバム。ローファイなサウンドとエレクトロニックなビートにのせて歌われる浮遊感のあるメロディーが妙に印象的な一曲です。
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4. Noname「Window」
シカゴを中心に活動する女性ラッパーの2作目「Room 25」からの一曲。私、ラップの歌詞の内容はよくわかっていないのですが、ストリングスを加えたジャジーで優美なサウンドが素晴らしい。このアルバムは、昨年の個人的ヘビーローテーションでした。
5. Meshell Ndegeocello「I Wonder If I Take You Home」
R&Bグループのリサ・リサ&カルト・ジャムの代表曲「I Wonder If I Take You Home」のカバーですが、どんな曲もミシェル・ンデゲオチェロにかかると彼女のカラーに染まります。彼女は米国のS.S.W.であり、ラッパー、ベーシスト。ファンク、ソウル、ヒップホップ、R&B、ロック、ジャズ、レゲエ、ダブといった様々なジャンルを横断する彼女の音楽性は、90年代以降まさに唯一無二の光を放ち続けています。
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6. Adriana Calcanhotto「Tua」
ここからはブラジルの個性的なアーティストを3人続けてご紹介しましょう。現代ブラジル音楽界でも屈指の才女といわれるS.S.W.のアドリアーナ・カルカニョット(Adriana Calcanhotto)。サンバのリズムや伝統的な音楽をベースにしつつ、それらを斬新な解釈で再構築した彼女の知的でモダンな音楽作品は最高。パルチンピンという名義で子供向けのアルバムも作っています。数年前の来日コンサートで披露された演劇的なステージングと甘美な歌声が忘れられません。新作「Margem」からの一曲。
7. Anelis Assumpcao「Segunda a Sexta」
サンパウロの女性S.S.W. アネリス・アスンサォン(Anelis Assumpcao)。彼女のアルバム「Taurina」から軽快なナンバーを。父親はブラジル・ロックのレジェンド、姉もS.S.W.という音楽一家に育った彼女は、その生まれながらのセンスで、アフロ・サンバ、ロック、レゲエ、ダブといった音楽要素を積極的に取り入れ、ちょっと他にはないおもしろい音楽を創り出しています。
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8. Tulipa Ruiz「Tu」
ちょっとアコースティックに、ブラジルのS.S.W.トゥリッパ・ルイス(Tulipa Ruiz)のアルバムタイトル曲を。弟であるグスタヴォ・ルイスのギターと打楽器奏者の演奏をバックに歌うトゥリッパ。その軽やかで個性的なボーカルは、世界を明るく照らすようです。
9. Klo Pelgag「Les ferrofluides-fleurs」
さて、9曲目は北米に再び移動しましょう。カナダ・ケベック州出身のS.S.W. クロ・ペルガグ(Klo Pelgag)。アルバムジャケットの絵柄が毎回とても奇妙で、歌詞の内容もユニーク。基軸にシャンソンやポップスを置きながら、クラシックやプログレなども好きだという彼女の多様な音楽性は、予想もつかない曲の展開を生み出します。来日ライブを見たことがありますが、その表現力とたしかな歌唱力が印象に残りました。収録アルバムは「L' etoile Thoracique」。
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10. Esperanza Spalding「Thang (hips)」
ラストは、米国のジャズ・ベーシスト・作曲家・歌手である、天才エスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)。エスペランサはアルバムを出すたびに毎回違うことをやってのけるのですが、この曲は最新作「12 Little Spells」の収録曲。身体の様々な器官、機能、エネルギー、ヒーリングを題材にした新曲とミュージック・ビデオを12日連続で公開するという画期的なプロジェクトでした。ジャズにとどまらない、ジャンルを超越した音楽を創造し続けるエスペランサ。また来日してほしいですね。
Camila Meza | Atardecer |
Solange | Dreams |
Chiquita Magic (Isis Giraldo) | Work It Out |
Noname | Widow |
Meshell Ndegeocello | I Wonder If I Take You Home |
Adriana Calcanhotto | Tua |
Anelis Assumpcao | Segunda a Sexta |
Tulipa Ruiz | Tu |
Klo Pelgag | Les ferrofluides-fleurs |
Esperanza Spalding | Thang (hips) |
第1回「創造する人のためのプレイリスト」、いかがでしたか?
次回の担当、ケージ・ハシモトさんの選曲もお楽しみに。
※記事の情報は2019年9月6日時点のものです。
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【PROFILE】
シブヤモトマチ
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。ジャズ、南米、ロックなど音楽は何でも聴きますが、特に新譜に興味あり。音楽が好きな人と音楽の話をするとライフが少し回復します。
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