【連載】創造する人のためのプレイリスト
2020.04.21
ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ
創造するシニアたち Life starts at 50
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。新企画「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
歳をとっても創造力が衰えない、その秘訣とは?
告白します。私は今50代なのですが、50歳を境にしてめちゃめちゃ体力が落ちていまして...ちょっと動くとすぐに筋肉痛、やたら眠くなるし、根気も昔より全然なくなって、いわゆるヘタレオヤジ化しているのですね。創造欲はあれどもなかなか腰が重い。何をするにもドッコイショ。しかし、世の中には50歳どころか70歳、80歳になってもフットワークも軽く、新しい表現に挑戦するアーティストがたくさんいて、そうしたセンパイ方の作品を見たり聴いたりするたびに、自分も頑張らなくちゃと思うのですね(少なくとも一瞬は)。
今回は、そうした老齢期にあっても若々しい感性で新しい作品を創り続ける真のクリエーターたちの特集です。題して「Life starts at 50」。なぜ彼らの創造力が衰えないのか、その秘密は何なのか、私の勝手な想像と妄想を交えつつ解き明かしてみたいと思います。これから先の自分のためにも。
1.ジルベルト・ジル「イントロ・ショーロN.1」
2.ジルベルト・ジル&ホベルタ・サー「アフォガメント」
ジルベルト・ジルをご存じでしょうか。1942年ブラジル出身のシンガー&ソングライターで、カエターノ・ヴェローゾやミルトン・ナシメントといった同世代のレジェンドたちと並び称されるブラジル・ポピュラー音楽界の大物です。1960年代から活躍し、ブラジル音楽とロック・フォークを融合した音楽スタイルは国内だけでなく欧米でも人気を獲得。現在まで多数のアルバムを発表しており、グラミー賞も獲得しています。
しかも、驚いたことにこのお方、活動は音楽だけにとどまらず、2003年から5年ほどブラジルの文化大臣も務めるなど、マルチな才能を発揮。その後、再び音楽一本になってからもそのクリエイティビティーは衰え知らず。近頃、その名も「GIL」という先鋭的なアルバムを出しています。一曲お聴きください。
なんでしょう、この尖り方。そして若々しい感性。これで当年とって77歳。絶句...
おそらく、この人、政治家をやるくらいなので、人脈が豊富でコミュ力が高いのではないでしょうか。日本だと「オヤッさん」とか呼ばれそうな、いわゆる親分肌の人?
2018年発表のアルバム「OK OK OK」では、ゲストに天才ギタリストのヤマンドゥ・コスタや、人気の女性シンガー、ホベルタ・サーといった今が旬の一流どころの人たちと共演しているのですが、これがとてもいい仕上がり。まるで若い生き血を吸ってますますパワーアップする妖怪のような...。
ここでこのアルバムから一曲、ホベルタ・サーとの共演曲である「アフォガメント(Afogamento)」を聴いてください。ゆったりとしたテンポで息苦しいほどの熱愛を唄う素晴らしい曲です。オヤッさん、歌い方もセクシーで現役感ハンパないです。
3.ポール・サイモン「リストバンド」
さて次はポール・サイモン、言わずと知れたサイモン&ガーファンクルの、あのポール・サイモンです。先頃、ツアー活動からの引退を表明しましたが、2018年には77歳にしてアルバム「イン・ザ・ブルーライト」を出すなど、まだまだお元気。 彼の凄いところは、その楽曲はもちろん、バックに当代一流のメンバーを揃えることにもあります。最新作にも、ジャズ・トランペット奏者のウィントン・マルサリス、ギタリストのビル・フリゼール、ドラマーのジャック・ディジョネットやスティーヴ・ガッドなどの超一流ミュージシャンが参加し、作品の質を高めています。
また、つねに音楽の新境地を開拓するチャレンジ精神も凄いです。ソロ活動を開始した70年代以降、アフリカの民族音楽を取り入れた「グレイスランド」(1986年)やブラジルのミュージシャンと共同で制作した「リズム・オブ・ザ・セインツ」(1990年)、アンビエント・ミュージックの巨匠ブライアン・イーノを迎え電子音楽に挑んだ「サプライズ」(2006年)など、同じことを二度とやらないその姿勢はまさに芸術家。2016年に発表した「ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー」は、現代音楽家との共同プロデュースと、イタリアのエレクトロ音楽アーティストとのコラボレーションが実を結んだ傑作です。同アルバムに収録されている「リストバンド」の映像をどうぞ。
この曲、曲調からもあきらかに大ヒット曲「ハッピー」に刺激されてできた気配がムンムンしますね。そのことも含めて、サイモン先生まだまだ意欲衰えずという感じがしてうれしいです。
4.アート・リンゼイ「ペリ・ヂ・ペルト(ライブ)」
次は、坂本龍一をはじめ日本人アーティストとの交流も多い、1953年米国生まれで現在はブラジル在住のギタリスト&シンガーソングライター、アート・リンゼイです。1970年代後半から、DNA、ラウンジ・リザーズ、ゴールデン・パロミノス、アンビシャス・ラヴァーズといった革新的なバンドへの参加を経て、90年代からはソロで継続的に活動を展開。ノンチューニングでエレキギターをかき鳴らす特異な奏法と、ニューヨークのアンダーグラウンドシーンの空気と自身が少年時代に育ったブラジルのポピュラー音楽に影響を受けた独特のサウンドが特徴。まさに奇才と呼ぶにふさわしいアーティストです。
近年のライヴ・パフォーマンス映像をご覧ください。曲は最新アルバム「ケアフル・マダム」に収録されている「ペリ・ヂ・ペルト」。眼鏡に無精ひげの文学者のような風貌と頼りなげなヴォーカルに油断しかけますが、2分頃から始まるギタープレイを聴けばこの人のヤバさがおわかりいただけると思います。唯一無二の個性。
80年代にアンビシャス・ラヴァーズとしてテレビの音楽番組に出演したときの映像なども動画サイトで見られますのでご興味が湧いたらチェックしてみてください。昔も、年齢が60代後半になった今も、彼の創造のスタンスは何一つ変わらないということがよくわかると思います。
5.デヴィッド・クロスビー&ザ・ライトハウス・バンド「ウッドストック(ライブ)」
デヴィッド・クロスビーと聞いて懐かしく思うオールド・ファンもいらっしゃることでしょう。彼は今年79歳になりますが、じつはバリバリの現役(ツイッター活動もバリバリ現役)です。
彼は、1941年ロサンゼルス生まれ。60年代に入りバーズを結成し、数々のヒットを飛ばしますが脱退し、68年「クロスビー・スティルス&ナッシュ」を結成。その後ニール・ヤングを加えた「クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)」は大成功を収め、今もフォーク・ロック界のレジェンド・グループとして高い評価を受けています。その後、様々な逆境の時期を過ごしましたが、リハビリを受けて社会復帰。以後は、精力的に音楽活動を続けています。
これから紹介する映像は、最近の彼のライブの一コマ。2016年、若者に人気のジャズ・バンド、スナーキー・パピーのリーダーであるマイケル・リーグとの共同制作によるソロアルバム「ライトハウス」をリリースしたクロスビーは、2018年には、マイケル・リーグのほか、ベッカ・スティーヴンス(ギター/ヴォーカル)、ミシェル・ウィリス(キーボード/ヴォーカル)という新進気鋭のミュージシャンを加え、アルバム「ヒアー・イフ・ユー・リッスン」を発表します。このアルバム収録曲のライブパフォーマンスをご覧ください。この曲は、CSN&Y時代にも歌われていたジョニ・ミッチェルの名曲ですが、今が旬のアーティスト達に囲まれて、御大の歌唱の存在感がさらに増している気がします。
この「ザ・ライトハウス・バンド」が結成されたそもそものきっかけは、クロスビーが「スナーキー・パピーは素晴らしい」とSNS上でつぶやいていたのをマイケル・リーグが見つけ交流が始まったのだとか(注1)。私は以前からこの4人のツイッターをフォローしていますが、ベッカ・スティーヴンスがクロスビーにツイッターで絶賛されたお返しに「あなたは私のヒーローです」とつぶやいたのを憶えています。そこから、こんなバンドにまで発展するのですから、まさに世はSNS時代ですね。そして、79歳にしてSNSを駆使し、軽々と人的交流を図り、新しい音楽世界に飛び込むデヴィッド・クロスビー、恐るべしです。
この4人で出演したNPR Music Tiny Desk Concertの映像も素晴らしいので、よかったら検索してご覧ください。クロスビーの昔のソロアルバムの曲もやっています。
6.ウーゴ・ファットルーソ「アンテス/ゴールデン・ウィングス」
7.ギンガ「ネン・マイス・ウン・ピオ(ライブ)」
南米からあと2人ご紹介しましょう。まずは、ウルグアイのキーボーディスト&コンポーザーのウーゴ・ファットルーソ(Hugo Fattoruso)です。1943年生まれですから、今年で77歳。1960年代にはウルグアイでビートルズ的な人気を誇ったロス・シェーカーズのメンバーとして活躍。その後、70年代には伝説的フュージョン・グループのオーパ(OPA)で活動し、現在はパーカッショニスト&ドラマーのヤヒロトモヒロ(八尋知洋)とのドス・オリエンタレスやソロで精力的に活動しているアーティストです。この曲は、まさにオーパの現代的解釈とも言える最新アルバム「イ・バリオ・オーパ」からの一曲。アフロ系ウルグアイ音楽とジャズ・ロックが融合したサウンドは77歳のものとは思えぬ若々しさ、かっこいい...。若者に人気の英国のレーベルからアルバムが出ているだけのことはあります。彼は日本にもよく公演に来るので、機会があればレジェンドの生の音楽に触れてみてください。
続いて、ブラジルのギタリスト&コンポーザーのギンガ(Guinga:本名はカルロス・アルチエール・ヂ・ソウザ・レモス・エスコバール)の曲。アメリカはボストンのバークリー音楽大学にあるパフォーマンス・センターでのライブ映像です。この方は1950年リオデジャネイロ生まれ、今年で70歳。ミュージシャンズ・ミュージシャンという言葉がありますが、その卓越したギター演奏はもちろん、変拍子とユニークな和声、予想のつかない展開など彼の唯一無二の作品はブラジル国内のみならず世界の音楽家に高く評価されています。ギンガは10代の頃から作曲を始めましたが、自らの作品を発表し始めたのは40歳を超えてから。生活のために長らく歯科医を兼業していましたが、その後音楽一本となり、70歳になる今は毎日作曲しているのだとか。で、これは驚くべきことですが、彼は楽譜を読めないのだそうです(注2)。そのことが誰にも似ていない音楽性を発揮する理由の一つなのかもしれませんね。2019年には初来日を果たし、日本各地のブラジル音楽ファン、ギター音楽ファンを感動させたのも記憶に新しいところです。自分の音楽を生涯追い求めるその真摯な姿勢と完璧主義、そして謙虚な人柄。真面目にコツコツ、一つのことに取り組む姿勢、見習いたいです。
8.デヴィッド・ボウイ「アイ・キャント・ギヴ・エヴリシング・アウェイ」
最後はこの人。2016年1月10日、「ブラックスター」として宇宙に還っていくまで、真のクリエーターとして同じイメージに安住することなく変化を続け、自らを演出し切った不世出のアーティストでした。この曲は彼の69回目の誕生日に合わせて発表された遺作「ブラックスター」の最後を飾る一曲。マーク・ジュリアナ(ドラムス)、ダニー・マッキャスリン(サックス)、ジェイソン・リンドナー(キーボード)ら当代一流のジャズ・ミュージシャン達が参加したことでも知られるこのアルバムは、つねに新しい世界を創造し続けたデヴィッド・ボウイらしい、永遠の輝きを放つ作品です。最期まで、かっこいい人だったな~。
最後に
いかがだったでしょうか。今回紹介した7人のシニアアーティストの例から、歳を重ねても創造力を発揮するためのポイントを、勝手に七箇条にまとめてみました。
その一。若い人とつながるコミュニケーション力。若い人からの刺激を常に受けるべし。
その二。若い優秀な人の力を借りて自分の創造力を再燃させるべし。
その三。自分のスタイルを貫く勇気も大事にすべし。
その四。SNSで新しい仲間を積極的に見つけ、新しいツールに親しむべし。
その五。センスを磨き続けるべし。
その六。真面目に毎日コツコツ創作を続けるべし。
その七。今までの実績をあっさり捨て、新しいことに挑戦する勇気を持つべし。
こんなところでしょうか、何やらやる気が湧いてきました。
それでは、次回のプレイリストもお楽しみに。
(注1)参考:シンコーミュージック・ムック「Jazz The New Chapter 6」(シンコーミュージック・エンタテイメント刊)
(注2)参考:月刊「ラティーナ」2016年2月号(ラティーナ刊)
※記事の情報は2020年4月21日時点のものです。
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【PROFILE】
シブヤモトマチ
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。ジャズ、南米、ロックなど音楽は何でも聴きますが、特に新譜に興味あり。音楽が好きな人と音楽の話をするとライフが少し回復します。
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