音楽
2019.09.17
亀山敏昭さん トシ・トランペット・アトリエ主宰〈インタビュー〉
マウスピース作りを通じて世界中のトランペッターを支える
人が息を吹き込むことで音が生まれる管楽器。管楽器の息を吹き込む部分をマウスピースと言います。マウスピースは奏者の唇の振動を音に変換する重要な部分で、わずかな違いが演奏性や音色に大きく影響します。静岡県浜松市にある「トシ・トランペット・アトリエ」の亀山敏昭さんは、トランペットのマウスピース製作で世界的に有名な職人です。マウスピース作りを通じて世界中のトランペット奏者を支えている亀山さんに、マウスピースに懸ける思いなどをうかがいました。
トランペットが好きで、トランペット作りの道へ
――トランペットと出合ったのはいつですか。
小学校の時に校内放送で吹奏楽の演奏を聴いて「いいな」と思い、中学で吹奏楽部に入ってトランペットを吹き始めました。そして高校の時、たまたま岐阜国体があって、国体のファンファーレを演奏するメンバーに選ばれたんです。その国体のファンファーレ隊に、ヤマハの方が指導に来てくださったのですが、その方からヤマハ吹奏楽団のお誘いを受けて、高校を卒業してヤマハに入りました。
――ヤマハではトランペットに関連した仕事をしたのですか。
後で知ったのですが、当時のヤマハは管楽器を本格的に開発し始めた時期で、若くて管楽器が吹ける人材を探していたようです。私は実習を兼ねて管楽器作りの工程を一通り学んだところで、21歳ぐらいから管楽器の設計の仕事を始めました。そして30歳になったころドイツのハンブルグにヤマハ管楽器のアトリエができ、駐在となりました。ヤマハの楽器をヨーロッパの演奏家に使ってもらって評価をしてもらい、そのフィードバックを本社に戻すのが仕事でした。あとはヨーロッパのオーケストラでヤマハの楽器を使っている演奏家のところにいってメンテナンスをし、コネクションを築くのも仕事でした。
モーリス・アンドレのマウスピースを一晩で製作
――マウスピース製作を始めたきっかけを教えてください。
ヨーロッパで演奏家のサポートをしていている延長で、演奏家に頼まれるままにマウスピースのカスタマイズや製作もするようになりました。そうしたらものすごく喜ばれたんです。その話がだんだんヨーロッパ中に広がっていって、一流の演奏家たちがマウスピースを作ってほしいとハンブルグのアトリエに訪ねてくるようになりました。
――なぜそんなに喜ばれたのでしょうか。
当時はまだ個人の演奏家のためにマウスピースを製作したりカスタマイズする、ということは行われていなかったんです。でも優れた演奏家ほど、マウスピースの細かい部分について、もっとこうしたいという希望を持っていましたし、自分でマウスピースをヤスリで削ってしまう人もいるほどでした。これだけ悩んだり困ったりしているのなら、同じ管楽器奏者として助けてあげたい気持ちになりました。
――トランペットのスーパースター、モーリス・アンドレもやってきたそうですね。
ある日、急にアトリエにモーリス・アンドレが来ました。僕も驚きました。演奏旅行の途中だったようで、明日までにマウスピースを4本作ってほしいという無茶な依頼でした。普通ならお断りしますが、トランペット吹きとして憧れていたアンドレさんの頼みは、断れません。同僚にも助けてもらってなんとか一晩で4本作り上げました。翌朝アンドレさんが来て、できたばかりのマウスピースを喜んで持って行ってくれました。アンドレさんの笑顔を見た時、「ああ、これが自分の天職なんだ」と感じました。
マウスピースは管楽器奏者にとって命の次に大切な存在
――「トシ・トランペット・アトリエ」はどんな経緯で立ち上げたのでしょうか。
ヨーロッパから帰国しトランペット設計の仕事やアーティストのサポート業務をしていましたが、管理職になって楽器作りの現場から離れることになりそうだったので50歳でヤマハを早期退職し、アトリエを立ち上げました。それが20年前です。アトリエではトランペットの修理やメンテナンスも行っていますが、今はマウスピースの仕事が95%以上です。
――マウスピースの依頼はどんな内容なのでしょうか。
一番多いオーダーは「高い音を楽に吹きたい。狙った音に当たらない。それができるマウスピースを作ってほしい」という依頼です。また自分の音が明るいから暗くて柔らかい音にしたい、といった依頼も多いです。
――依頼というよりお悩み相談みたいな感じですね。やはり「困っているな」という感じは分かるんですか。
分かりますね。ですからトランペット吹きとしては、なんとかしてあげなくては、という気持ちになります。
――マウスピース次第で高音が出やすくなったり音色が明るくなったりするのでしょうか。
ある程度はマウスピースで助けることができます。マウスピースのカップの大きさや深さ、バックボアと呼ばれる円錐部分の形状などを調整するんです。ただし1/100mm以下の非常に緻密な作業で、実際に吹いて確認しながら調整を繰り返す必要があります。
――マウスピースとは管楽器奏者にとってどんな存在なのでしょうか。
命の次に大切なものじゃないですかね。楽器本体よりマウスピースの方が大事だと僕は思うし、プレーヤーの方もそう感じている人が多いと思います。特にトランペットは非常にメンタルが影響する楽器なので、自分として信じられる、気に入ったマウスピースを持つことは演奏家、特にプロの演奏家にとっては、大切なことだと思います。
――マウスピース作りを通じて心に残るエピソードはありますか。
チェコフィルでずっと首席トランペット奏者だったミロスラフ・ケイマルという方がいて、彼のためにもマウスピースを作ったのですが、この方は演奏だけでなく、人間的にも素晴らしい方なんですけど、私に会うといつも「トシのマウスピースに出合ったことで演奏家生活を続けられる」と言ってくださるんです。そしてコンサートで僕が見に行くとアンコールが終わった後で必ずマウスピースを掲げて「トシのマウスピースを使っているよ」とアピールしてくれます。本当に嬉しく思います。
音楽を通じて地域に貢献したい
――亀山さんは地元、浜松でコンサートを企画するなど、地域へも積極的に貢献されていますね。
このアトリエがある場所は妻の実家があったところです。浜松の砂山町といいますが、縁あってこの場所で仕事をさせていただいていますので、地域になにか恩返しがしたいと思って、定期的に音楽イベントを行っています。たとえば毎年夏に開催している「サザンクロスの音楽会」は、アトリエのすぐ近くにある砂山銀座「サザンクロス」という商店街で行っている無料コンサートです。東京佼成ウインドオーケストラのトランペット奏者である安藤真美子さんのおばあさまがこの商店街にお住まいで、安藤さんが自分の演奏をおばあさまに聴かせたいという話があったので、じゃあ二人で協力してやりましょう、ということで始まったコンサートです。かれこれ20年も続いていますが、今では商店街あげてのイベントとなっています。
――亀山さんの今後の夢をお聞かせください。
今まで多くの演奏家の方々に私が作ったマウスピースを使っていただいたので、今度は地元浜松からいいトランペットの演奏家が出てくるといいなと思っていて、そのお手伝いをしたいと思っています。そのためにマウスピース作りを通じて多くのプロのトランペッターに浜松に来ていただき、地元の若いトランペット吹きにいい刺激を与えられたらと思っています。
マウスピースで世界中のトランペット吹きを支えてきた亀山さん。そのマウスピース作りの根底に、トランペット吹きとして困っている仲間を助けてあげたいという強い思いがあることを感じました。日々の私たちの暮らしを癒やしてくれる音楽。その音楽を奏でるアーティストたちを目に見えないところで支えている楽器職人の方々。これぞ「プロを支えるプロ」ではないでしょうか。
※記事の情報は2019年9月17日時点のものです。
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【PROFILE】
亀山敏昭(かめやま・としあき)
新入社員としてヤマハ株式会社に入社し32年間勤務。その間トランペット設計者、ヨーロッパアトリエ駐在、アトリエ東京で金管スペシャリストとして活躍し、世界的な金管奏者との交流を深める。後にヤマハを退社しトランペット奏者のための技術工房「Toshi TP Atelier」を浜松にて設立。モーリス・アンドレ氏、ホーカン・ハーデンベルガー氏、トーマス・スティーブンス氏、ミロスラフ・ケイマル氏、オーレ・エドワルド・アントンセン氏など、世界でも超一流アーティストのマウスピースの製作を行っている。
Toshi TP Atelier
浜松市中区砂山町 362-23
http://www.toshi-tp.com
053-458-4143
Toshi TP Atelier Facebook
https://www.facebook.com/pages/トシトランペットアトリエ/266734893352580
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