【連載】創造する人のためのプレイリスト
2020.01.21
スーパーミュージックラバー:ケージ・ハシモト
限りなく透明に近い、音楽
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。新企画「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
正しいBGMとはなにか
私はBGM、つまりバックグラウンドミュージックに非常にうるさい男である。
音楽ライターでもあるが、自分でジャズやロックなどの演奏もするので、今どきのしゃれたラーメン屋などでジャズがかかっているのが我慢できない。
たとえば神がかったチャーリー・パーカーの「ソング・イズ・ユー」の鬼気迫るアドリブを聴きながら、どうして落ち着いた気持ちでラーメンのスープが飲み干せるというのか。味がしなくなってしまうではないか!
チャーリー・パーカー「The Song Is You」
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じゃあ、寿司屋でボサノバはいいのか? ダメに決まってるだろ! 深遠なアントニオ・カルロス・ジョビンの「3月の水」を聴きながらトロを食べても、シャリが喉に詰まって慌ててお茶を飲んだあげく、お茶が熱くてむせるに決まっている。やめてくれ!
アントニオ・カルロス・ジョビン「3月の雨」
では、正しいBGMとは何か。たとえばパチンコ屋の「軍艦マーチ」はイケイケドンドン精神を鼓舞するし、スポーツの表彰式などで使われる「得賞歌」は、まさに勝者を称えるに相応しい正しいBGMと言えるだろう。
また多くの店舗で「閉店の音楽」として多用されている「蛍の光」も、ああ、お店も終わりだな、帰ろうかという気持ちにさせる。ただし「蛍の光」がちょっと小粋なジャズアレンジだったりして、しかもメロディがテナーサックスでむせび泣く感じで吹いているアレンジだと、そのまま呑みに行きたくなってしまうのでNGだ。
クリエイティブな気持ちになるアンビエントミュージック
そして、今回の「創造する人のためのプレイリスト」だが、アイデアを考えたり、イメージを練ったりとクリエイティブな仕事をするときに、私がBGMでお勧めしたいのは、アンビエントミュージック、つまり環境音楽である。
アンビエントミュージックには音やリズムがもたらす「ムード」はあるが、そこには明確なストーリーはないし、言葉もなく、意味も非常に淡泊で、そこには作曲者や演奏家のエゴもほとんど感じられない。そんな音楽がクリエイティブな空間には望ましい。
環境音楽というものは、ブライアン・イーノ(なんと元ロキシー・ミュージック!)が提唱したと言われているが、その源流をたどれば、フランスの作曲家、エリック・サティの楽曲「家具の音楽」に遡る。家具のように「存在はするが意識はされない」という音楽を目指しているものだ。その曲には、終わりもなければ始まりもない。まさに壁紙の模様、タペストリーのように、あるモチーフが淡々と繰り返されているだけだ。音楽は「気配」や「ムード」は演出するが、始めと終わりがない。だからストーリーはない。そこにあるのは、限りなく透明に近い音楽なのだ。
エリック・サティ 「家具の音楽より『県知事の私室の壁紙』」
19世紀末のサティの時代には自動演奏はないので、楽器に熟練した演奏家が演奏する。すると、タペストリーのような繰り返しの音楽であっても、そこに人の営み、隠しきれない演奏者の音楽性が滲み出てしまう。それはそれで慈しみ深いものではあるが、現代の電気・電子を駆使するテクノロジーをもってすれば、もっと淡い、限りなく透明に近い音楽を作り出すことができる。今回のプレイリストは「そんな限りなく透明に近い音楽」をご紹介しようと思う。
プレイリスト「限りなく透明に近い、音楽」
1. Brien Eno「Ambient 1 Music for Airport」
まず1曲目は、アンビエントミュージックを提唱したブライアン・イーノの名作「Music For Airport」から。空港のBGMとして作られたというこの音楽は、始まりもなく、終わりもなく、緩やかなフレーズがまるでたゆたう水面に反射する光のように、何度も繰り返される。
アンビエントミュージックの嚆矢(こうし)であるこのアルバムはすでに完成された素晴らしさを持っており、私自身、正直に言えば「アンビエントミュージックはこれだけでいい」とも思える。ただ、たった1枚だと一日に何回も聴いて飽きてしまうので、他のものも選んでおく、というぐらいの金字塔だ。ちなみにこの曲は実際にニューヨークのラガーディア空港で使われているそうだ。「透明」であるべきアンビエント音楽の本旨からははずれるが、ぜひ現場で半日ぐらい実際に空港の中で聴いていたいと切望する。
2. Brien Eno「Fullness Of Wind (Variation On 'The Canon In D Major' By Johann Pachelbel)」
2曲目は同じくブライアン・イーノの名作「Discreet Music」から。
実はこちらは1曲目の「Music For Airport」よりも先に発表されているので、いわゆるイーノの意識としては、この作品はまだアンビエントミュージックではないのかもしれない。しかしこの「Fullness Of Wind」という曲は、バロックの名曲パッフェルベルのカノンの弦楽四重奏の演奏を、音響的な操作によってパート別にバラバラの長さに引き伸ばしてどんどん遅延するように操作される。そのため曲の冒頭はパッフェルベルのカノンだが、だんだんと脱構築されていき、やがてターナーの機関車の絵のように、具象と抽象の間のような鮮やかで不思議な音場空間が現れてくる。形ではなく色そのものを味わうように、音楽ではなく、音そのものを聴くことができる、そんなクリエイティブな気持ちがかき立てられる音響空間が体験できる。ぜひ御一聴を。
3. Harold Budd & Brien Eno「A stream with bright fish」
3曲目はピアニストのハロルド・バッドとブライアン・イーノの共作アルバム「パール」から。またイーノかと思ったかもしれないが、冒頭にも書いたように、アンビエントミュージックはイーノに始まってイーノに終わる、といっても過言ではない、と私は思っている。
ピアノは、直接息を吹き込んだり、直接指で弦を弾いたりできない楽器であり、それゆえアコースティック楽器の中では人間くささが出にくい楽器である。そのせいかアンビエントミュージックとの相性は極めていい。冒頭のピアノの音を聴くと、柔らかい何かに包まれながらカラダが浮いていくような気持ちになる。集中するというより、自由な発想で今までにないことを考えるときにいい気がする。
4. エリック・サティ「グノシエンヌ 第一番」
4曲目は環境音楽のルーツに戻ってエリック・サティをセレクトした。作為を極限まで削り落としたピアノの演奏は、現代的なアンビエントほど透明とは言えないものの、人力による淡い色合いの演奏が逆に心地良く、ちょっとしたアイデアを練るにはいいではないだろうか。
5. 坂本龍一「energy flow」
「energy flow」はご存じ美しいピアノのフレーズが繰り返される。CMに使われて人気を集めたピアノ曲で、実はインストゥルメンタルのシングルとしては初めて、週間のオリコンチャート1位を記録した記念すべき曲でもある。こちらも「透明に近い」というより、むしろ色を感じさせる音楽だが、坂本龍一が弾くピアノの音色の、決してしつこくない淡さは心地いい。こちらは集中した後にぼーっとしたいときに私は聴きたい一曲だ。
6. 坂本龍一「disintegration」
もう一曲坂本龍一の作品を聴こう。「disintegration」は、おそらくピアノの弦を直接指で弾いて録音されたものだろう。アンビエントというよりは、むしろ現代音楽かもしれないが、ノイズと楽音のギリギリの境界にある音色は、一般常識を超えたイマジネーションを喚起させ、さらに柔らかなシンセサイザーの静かな音色が被せられることで、調和が生まれる。
7. Alva Noto「disintegration - Alva Note Remodel」
7曲目のアルヴァ・ノトはドイツ人の前衛アーティストで、コピー機から出るノイズを収集して音楽を作っていたりする。そちらも極めて興味深い作品なので別途ご紹介したいが、今回は坂本龍一「disintegration」の曲素材をアルヴァ・ノトが電子的に再構成させたコラボ作品を選んだ。
坂本龍一の楽曲にある作家性、人為性をはぎ取りつつ、よりアンビエントミュージック的に再構築している。楽曲とノイズと静寂の間にある何か、としかいいようがない音世界は、集中している時のBGMには最良ではないだろうか。
8. John Cage「Four Walls」
8曲目は現代音楽の雄、ジョン・ケージのピアノ作品。ジョン・ケージといえば、演奏者がステージ上でまったく演奏を行わない「4分33秒」が有名だが、それが「限りなく透明に近い音楽」なのかというと、私見だがこれは全く逆だ。4分33秒間の無音は、極めて濃密で、聴き手にも非常に高い緊張度を求める、かなり強度が強い音楽だと思う。ちなみについ最近YouTubeでみたデスメタルバンドの「4分33秒」は出色だった。興味がある方は検索してほしい。(演奏前に耳栓をする、イントロとカウントがついている、さらに途中でギタリストがエフェクターを踏んだりもする!)
しかし今回セレクトしたケージの「Four Walls」は、舞踏家マース・カニングハムの舞踏劇のための音楽として作曲されたもので、ピアノの白鍵のみを使用するように書かれている。墨絵のような濃淡だけで作られた、ゆるやかで透明に近い現代音楽だ。
9. Keith Kennif「Flow & Branch」
9曲目「Flow & Branch」はKeith Kennifの作品。Keith KennifはポストクラシカルではGoldmund、環境音楽・エレクトロニカではHelios名義で活躍する音楽家だが、このアルバム「Branches」では本名名義でリリースされている。
本作は主にCMや映像のために制作された曲を集めたアルバムだが、これらはまさに現代の「家具の音楽」というべき環境音楽だと感じる。環境音楽と呼ぶにはポストクラシカル寄りで、淡いながらもストーリー性とある種の作家性、そして音楽的な深みも備えているが、このくらいの味付けがあるほうが、むしろ無意識に聴ける。ある意味でいちばん現代的な「限りなく透明に近い音楽」なのかもしれない。
10. カッチーニ「アヴェ・マリア」
そして最後はカッチーニのアヴェ・マリアをSlavaのカウンターテノールで。これはすいません、まったくもって、アンビエントミュージックではない。ちょっとした息抜き。
カウンターテノールとは女性の音域で歌う男性歌手でSlavaはその第一人者。中世のヨーロッパの聖歌隊では女性が参加することを禁じられていたため、男性がファルセット、つまりうら声で歌っている。歌詞はただ、アヴェ・マリアを繰り返すだけ。コーヒーでも飲みながら、疲れた頭を休めたい。さて、このあたりで、仕事も一息いれるとしよう。
それでは次回の「創造する人のためのプレイリスト」もどうぞお楽しみに。
※記事の情報は2020年1月21日時点のものです。
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【PROFILE】
ケージ・ハシモト
あるときは音楽ライター、あるときはミュージシャン、あるときはつけ麺研究家と正体不明の超音楽愛好家。音楽の趣味もジャンルレスでプライスレス。
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