【連載】創造する人のためのプレイリスト
2023.08.01
音楽ライター:徳田 満
夏に聴きたいイージーリスニング12選
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
「夏に聴きたいイージーリスニング」と題してはみたものの、ある世代以下にとっては、もしかすると「イージーリスニング」という言葉自体が「?」かもしれない。一見和製英語のようだが、れっきとした英語(Easy Listening)である。
日本では基本的にヴォーカル(歌)のないインストゥルメンタルの音楽を指し(インスト)、特にポール・モーリア(Paul Mauriat)やパーシー・フェイス(Percy Faith)など、オーケストラによる演奏曲が人気だった。「ムード音楽」とも呼ばれ、1950年代から70年代にかけては、AM・FMラジオや商業施設などでよく流れていた。90年代までは、どんな小さな町のレコード・CDショップにも「イージーリスニング」のコーナーがあったはずだ。
ただし、アメリカではジャズ・ヴォーカルやラテン、ソフト・ロック、ニュー・ソウルなどの歌ものも、イージーリスニングとして聴かれていたという。
今回は日本の伝統(?)に沿って、インストものを中心に、定番曲から意外と思われる曲まで、夏にピッタリな楽曲を選んでみた。
1.Percy Faith & His Orchestra/Theme from "A Summer Place"(夏の日の恋)(1960年)
まずは定番中の定番であるこの作品から。1959年公開のアメリカ映画「A Summer Place(邦題:避暑地の出来事)」の主題曲をカバーしたものだが、なんとこのカバー・ヴァージョンは翌60年に全米9週間連続1位を記録する大ヒットとなり、61年のグラミー賞まで受賞してしまう(映画音楽・インスト曲としては初)。まさにイージーリスニング、ムード音楽を代表する1曲である。ちなみに筆者は65年生まれだが、映画を観ていなくても、このメロディーは物心ついた頃にはすでにおなじみだった。
今回、YouTubeでマックス・スタイナー(Max Steiner)作曲の原曲(オリジナル・サウンドトラック)も聴いてみたが、パーシー・フェイスはオリジナル版よりキーを1音半上げて明るさを出し、テンポも遅くしている。なるほどこちらの方がよりムーディーで一般受けしそうだ。全米1位、グラミー賞は伊達じゃないのである。
2.Michel Legrand/Summer Of '42(1971年)
同じく映画音楽だが、こちらは正真正銘、作曲者本人によるオリジナル。「シェルブールの雨傘」や「ロシュフォールの恋人たち」、ジャン・リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)監督作品など、数多くの映画音楽を手がけたフランスを代表する作曲家、ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)である。
この1971年のアメリカ映画「Summer Of '42(邦題:おもいでの夏)」は(筆者は未見なのでなんとも言えないが)、少年と人妻の性体験を描いた内容ゆえか、映画としてはそれほど高い評価を受けたものではなかったようだ。ただし、ルグランの書いたテーマは聴いてお分かりの通り、ピアノによる繊細で流れるようなメロディーが、まさにひと夏の感傷を見事に表現しており、同年の英国アカデミー賞、翌72年のアカデミー賞で作曲賞を受賞している。
3.田辺信一/Prison Gate Island Theme(獄門島のテーマ)(1977年)
ここで、日本の映画音楽からも1曲紹介したい。「『ポップス』としての日本映画音楽 昭和篇」でも少し触れた「獄門島のテーマ」である。
「獄門島」は、大ヒットした「犬神家の一族」と「悪魔の手毬唄」に続く市川崑監督、石坂浩二主演による金田一耕助シリーズ第3弾。題名の通り、おどろおどろしい殺人事件が続発する話で、その冒頭とエンディングに流れるのがこの曲だ。
1970年代後期の気だるい雰囲気とともに奏でられるメジャーセブンスのメロディー、そして女性のスキャットが見事に夏を表現していて、そのシーンだけを見れば、石坂演じる金田一耕助が小さな船で本土と獄門島を行き来する場面が、まるで避暑地との行き帰りのようにも思えてくる。映画を離れ、一つの楽曲としての再評価を切に望む。
4.Walter Wanderley/Summer Samba(1966年)
夏は、やはりブラジル音楽、それも清涼感あふれるボサノバが聴きたくなるのは筆者だけではないだろう。その代表的な作品として、アントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)の「Wave(波)」とともによく紹介されるのが、これである。
サンバというとリオのカーニバルを連想させ、暑苦しいイメージを持つ人もいるだろうが、自ら「ブラジルのオルガニスト」を名乗ってしまうワルター・ワンダレイ(Walter Wanderley)奏でる、この曲のオルガンの音色と旋律は、聴いた瞬間に涼しくなってしまうほど魅惑的。
なお、原曲はマルコス・ヴァーリ(Marcos Valle)が作曲し、その兄のパウロ・セルジオ・ヴァーリ(Paulo Sergio Valle)が作詞したもので、先ごろ亡くなったアストラッド・ジルベルト(Astrud Gilberto)をはじめ、さまざまなアーティストによるヴォーカル・ヴァージョンも存在する。
5.Laurindo Almeida/Twilight In Rio(リオのたそがれ)(1964年)
続いて紹介するのもブラジル出身のローリンド・アルメイダ(Laurindo Almeida)。古いジャズファンにはスタン・ケントン(Stan Kenton)楽団のギタリストとして有名のようだが、リーダーアルバムも数多く発表している。
中でも、この曲が収められた1964年の「Guitar From Ipanema」は、発表当時から評価が高かったようだ。筆者がこのアルバムを買ったのは、おそらく日本で初CD化された95年。浜辺でクールにたたずむ水着姿の女性に惹かれた「ジャケ買い」だったが、口笛が主旋律を奏でる「イパネマの娘」をはじめ、全曲がジャケットの印象を裏切らない、クールかつお洒落なセンスで統一された内容に「当たり!」と喜んだことを覚えている。
今回、この曲を取り上げたのは、ハーモニカやフルートの涼しげな音色が、「リオのたそがれ」という夏っぽい曲名と相まって、魅力的に感じたからだ。
6.The Ventures/The Lonely Sea(1963年)
さて、夏といえばやはりエレキ。「寺内タケシ追悼 エレキ・インストの素晴らしき世界」でも触れたように、特に日本の夏はザ・ベンチャーズ(The Ventures)を忘れるわけにはいかない。これまで、彼らの音楽はあまりイージーリスニングとしては捉えられていなかったように思うが、それは代表作の「パイプライン」「ダイヤモンド・ヘッド」「ワイプ・アウト」「ウォーク・ドント・ラン」などのバンドサウンド=けたたましい(うるさい)というイメージゆえのことだろう。
確かに、イージーリスニングにふさわしいのは音楽自体が過度に主張せず、ソフトに聞こえる作品であることは間違いない。しかし、リズムギター担当のドン・ウィルソン(Don Wilson)が書いた、この「ロンリー・シー」は、ギターの音色がとても魅惑的なバラード。冒頭の波の音とも相まって、「終わりゆく夏の海」を絶妙に表現している。
7.山下達郎/ノスタルジア・オブ・アイランド(1978年)
山下達郎といえばコーラス→ビーチボーイズ(The Beach Boys)というイメージが強いかもしれないが、1953年生まれの彼は、ビーチボーイズやビートルズ(The Beatles)の前にベンチャーズで洋楽の「産湯」を使った世代。以前、(とても内容の濃い解説とともに)「ベンチャーズ・フォーエバー」という2枚組ベスト盤を監修・選曲したこともある。
今回紹介するのは、「Pacific」というオムニバス・アルバムに提供した、山下達郎の珍しいインスト曲(10数秒ほどのヴォーカル・パートもあり)。上記の「ロンリー・シー」にも似たギターの音色など、ベンチャーズへのオマージュが随所に感じられる隠れた名曲で、彼の味のあるギタープレイも満喫できる。なお、この「Pacific」には細野晴臣や鈴木茂も良作を提供しており、今回のコンピレーションにはアルバムごとおすすめしたい。
8.高橋幸宏/BIJIN-KYOSHI AT THE SWIMMING SCHOOL(1980年)
高橋幸宏も山下達郎と同年代なので、もちろんベンチャーズの影響は大きい。のみならず彼は1980年、加藤和彦プロデュースによるベンチャーズの(当時の)新作アルバム「カメレオン」にも、YMOのほかの2人や、加藤らサディスティック・ミカ・バンドの盟友たちとともに曲を提供している。
それをセルフ・カバーしたのが、この「BIJIN-KYOSHI AT THE SWIMMING SCHOOL」だ。ベンチャーズ版が(当たり前だが)いつもながらのベンチャーズサウンドであるのに対し、幸宏版はYMO絶頂期ならではのクールなテクノ・ベンチャーズといった趣。YMOのワールドツアーのメンバーでもあった大村憲司が奏でる、ディレイを目一杯効かせた涼し気なギターの音色が、とにかく心地良い。
9.Les Baxter/Sea Nymph(1961年)
ここから2曲、「魅惑的で摩訶不思議なExotic Musicの世界」でも取り上げたアーティストによる、夏にふさわしい作品を紹介する。
まずはExotic Musicのパイオニアであるレス・バクスター(Les Baxter)。華麗なオーケストレーションとともに多種多様な曲、アルバムを残しているので、楽曲選びは迷うところだが、今回は1961年のアルバム「Jewels of the Sea」からこの曲を選んでみた。
「Sea Nymph」とは「海の妖精」を意味しているそうで、そのタイトルにふさわしく、エコーをたっぷり効かせたサンバ調のドラミングと、海の底から聞こえてくるようなフルートの音色は、(Too Much Echoで知られる)フィル・スペクター(Phil Spector)の深海インスト版のような、20世紀のドリーミーさにあふれている。
10.Martin Denny/Manila(1959年)
そのレス・バクスターと並ぶExotic Musicの代名詞的存在、マーティン・デニー(Martin Denny)。彼はアメリカ本土からハワイに移住して、東洋の楽器や鳥の声をまねるメンバーとともに演奏し、YMOにカバーされた「ファイアー・クラッカー」などの作品の印象から、「東洋を誤解したヘンテコリンな音楽を作る西洋人」と思われがちだ。だが「魅惑的で摩訶不思議な~」で書いたように、本来はジョージ・シアリング(George Shearing)系のクール・ジャズを志向していた。
デニー自身のピアノと、アーサー・ライマン(Arthur Lyman)のビブラフォンの絡みが美しいこのオリジナル曲には、それがよく現れている。ラウンジ・ジャズの傑作と言っても過言ではない、クールで洒落たアレンジメントは一聴の価値あり。
11.多羅尾伴内楽團/ジャワの夜は更けて(1978年)
大滝詠一が「ロング・バケーション」で大ヒットを飛ばす以前の1970年代後期に作ったインスト・アルバム、それが多羅尾伴内楽團(たらおばんないがくだん)である。東西の名曲をエレキ・ギターでカバーするというのがコンセプトで、冬編の「vol.1」と夏編の「vol.2」があり、後者に収められているのが、この「ジャワの夜は更けて」だ。
もともとはニュー・オリンズ出身のソングライター&ピアニスト、アラン・トゥーサン(Allen Toussaint)が作曲し、同郷のトランペット奏者、アル・ハート(Al Hirt)が63年に発表したもの。アップテンポのリズミカルな原曲を、大滝は超スローにして、スティール・ギター奏者の駒沢裕城にメロディーを弾かせているが、これが夏のけだるさを絶妙に表現していて、なんとも心地良い。
ちなみに大滝は「ロンバケ」ヒット後、井上鑑の編曲で、オーケストラ編成による「ナイアガラ・ソングブック」を出しており、こちらも別の意味で本セレクションにふさわしい作品が何曲も収められている。
12.Tokyo's Coolest Combo/ME JAPANESE BOY(1992年)
最後は、1990年代に一世を風靡(ふうび)した渋谷系の代表的存在、ピチカート・ファイヴ(Pizzicato Five)の小西康陽がプロデュースした、トーキョーズ・クーレスト・コンボ(TCC)で終わりたい。ビブラフォンをフィーチャーしたアコースティックな編成で、さまざまな名曲をバンド名の通りクールなアレンジで演奏する、マーティン・デニー楽団と多羅尾伴内楽團のいいとこ取りのようなバンドだった。
ここで紹介する「ME JAPANESE BOY」は、ハル・デヴィッド(Hal David)作詞、バート・バカラック(Burt Bacharach)作曲で、現在ではソフト・ロックの代表的存在とされる、アメリカのハーパース・ビザール(Harpers Bizarre)というバンドが68年に発表したものがオリジナル。TCCのヴァージョンは、夏の恋の甘酸っぱさとはかなさが漂う名アレンジだと思う......のだが、残念ながら彼らの残したアルバムは全て廃盤になってしまっているので、中古のCDなどで、そのサウンドの素晴らしさを体感してほしい。
なお、ピチカート・ファイヴも、TCCとほぼ同じアレンジで野宮真貴のヴォーカルを乗せたヴァージョンを発表しており、そちらは現在、一部の音楽配信サービスで聴くことができる。
※記事の情報は2023年8月1日時点のものです。
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【PROFILE】
徳田 満(とくだ・みつる)
昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。
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