魅惑的で摩訶不思議なExotic Musicの世界

MAR 10, 2020

音楽ライター:徳田 満 魅惑的で摩訶不思議なExotic Musicの世界

MAR 10, 2020

音楽ライター:徳田 満 魅惑的で摩訶不思議なExotic Musicの世界 ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。新企画「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。

カルチャーギャップがもたらした「どこの国でもどの時代でもない=どこにもない音楽」

辞書で「Exotic」を引くと、ふたつの意味が出てくる。ひとつは異国の情緒、雰囲気。もうひとつは風変わりで、奇妙。そこには、自分たちと異なる風俗・習慣を持つ地域への興味や憧れと、蔑視が入り混じっている。文化というものは常にそうしたアンビバレンツな思いとともに発展してきたとも言えるが、音楽でもたとえばデューク・エリントンの「キャラバン」のように、西洋人が未知の世界である東洋をイメージして創り上げた作品が数多く存在する。それらは確かに「誤解されたアジア」ではあるのだが、東洋人が聴いても魅力的に響くのはなぜなのだろう。おそらくそこには、「現実にはこの地球上のどこにもない風景」が描かれているから、ではないだろうか。ともあれ今回は、一度聴いたら忘れられなくなる、摩訶不思議なExotic Musicの世界を存分に堪能していただこう。



1. ホーギー・カーマイケル「香港ブルース



「スターダスト」や「我が心のジョージア」など、現在ではスタンダード・ナンバーとなっている名曲の数々を生み出したホーギー・カーマイケルが、1942年に発表したナンバー。1944年公開の映画「脱出(原題= To Have and Have Not)」には、「カサブランカ」の名コンビでもあるハンフリー・ボガートとローレン・バコールが泊まるホテルのピアノ弾きに扮したホーギー・カーマイケルが、この曲を歌うシーンがある。中華風のメロディーと、随所で銅鑼や三線かバンジョーのような弦楽器が鳴り響く音世界は、まさにExotic Musicの元祖であり王道。日本では1976年に細野晴臣がソロアルバム「泰安洋行」の中でカバーしているが、これもまたExotic Musicの名盤だ。


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2. マーティン・デニー「禁じられた島



その細野晴臣がYMOでカバーした「ファイアー・クラッカー」の作曲者がマーティン・デニー 。ニューヨーク生まれ、ロサンゼルス育ちのジャズピアニストだった彼の運命は、たまたま半年間の仕事でホノルルを訪れたことから一変する。1956年に発表した初のリーダーアルバム「エキゾティカ」が50万枚を超える大ヒットとなり、シングルカットされた「クワイエット・ヴィレッジ」はビルボード4位を記録。以後、ハワイに永住したマーティン・デニー は、このジャンルの代表的存在として知られるようになる。もともとはクロード・ソーンヒルやジョージ・シアリングのようなクール・ジャズを志向していた彼は、やがてアジアやアフリカの民族音楽に興味を持ち、現地の楽器を積極的に使用。さらに鳥やカエルなどの鳴き声(バード・コール)が達者なオージー・コロンもメンバーに加えた。「南国の楽園」を感じさせる、都会的なクールさと土俗的テイストが絶妙に入り混じったそのサウンドは唯一無二で、60年以上を経た現在でも全く古さを感じさせない


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3. レス・バクスター「クワイエット・ヴィレッジ



マーティン・デニーを一躍有名にした「クワイエット・ヴィレッジ」。多くのカバー作品がある(サーフ・ロックのアストロノウツにまで!)が、オリジナルは作曲者でもあるレス・バクスター。残念ながらYouTubeの認証チャンネルには入っていなかったが、ピアノによる土俗的リフを用いたミニマル的な趣もある、永遠の名曲である。しかも、バクスターがこの曲を含むエキゾテイスト満載のアルバム「リチュアル・オブ・ザ・サベージ」を発表したのは、デニーよりも早い1951年。なのだが、収録曲の多くをデニーがカバーしてヒットさせたため、バクスターは彼に対し不満を漏らしてもいる。Exoticものだけでなく、本業(?)の映画音楽や普通のラウンジミュージックの作品も多数発表しているバクスターのサウンドは、基本的にフルオーケストラで、ストリングスやブラス、コーラスを駆使したゴージャスで華やかなアレンジメントが魅力。他にも多くのExoticな名盤・名曲があるので、ぜひ聴いてみてほしい

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4. アーサー・ライマン「カヴォヒクカプラニ



マーティン・デニー、レス・バクスターと並ぶExotic Musicの重要人物が、このアーサー・ライマン。ハワイ州オアフ島出身の彼はわずか14歳でマーティン・デニー・グループの一員となり、ヴィブラフォン奏者として初期のデニー名義作品やライブに多大な貢献をした。その後、独立してアーサー・ライマン・グループを立ち上げ、デニーとはまた違った、独自のExotic Musicを展開。本作のようなハワイの伝統曲から映画音楽まで、多彩なジャンルの楽曲を取り上げており、洗練されたトラックやこの曲のような和みテイストの作品がある一方で、「荒城の月」や「夜来香」、「お富さん」といった日本や中国の楽曲のカバーでは、特に意図はないのだろうが、日本人からすると悪趣味としか思えないようなとんでもないアレンジが施されているのも特徴。逆に筆者のようにそこにハマってしまうと抜けられない、コアなファンが存在するアーティストでもある


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5. エセル・アザマ「リンゴ追分



ここからは、、Exotic Musicを語る上で欠かせない歌姫たちを紹介する。まずは、父親が沖縄出身の日系ハワイアンというエセル・アザマ。この曲が収録された「Exotic Dreams」(1958年)は、マーティン・デニーのプロデュースによる彼女のデビュー・アルバムだ。琴と銅鑼で始まるオープニングのこの曲から、ファンに人気の高いジャジーな「フレンドリー・アイランド」や「トゥー・レディーズ・デ・シェイド・オブ・デ・バナナ・ツリー」、「リンゴ追分」と同じく日本語で歌うラスト曲「枯葉」に至るまで、捨て曲が一切ない完成度の高さ。また、どこか色香漂う独特の声質も魅力的だ。その後は「普通」のジャズを歌うヴォーカリストになった彼女のExotic作品はこの一枚きりだが、おそらく後世まで語り継がれる名盤だろう



6. ソンディ・ソッサイ「バリ・ハイ



続いては、これも1958年発表のアルバム「ソンディ」から、映画でも大ヒットしたミュージカル「South Pacific(南太平洋)」の挿入歌「バリ・ハイ」を。ソンディ・ソッサイはタイ・バンコック出身で、アメリカ留学中に女優デビューし、その折にこのレコードを出したという。プロデュースは、マーティン・デニーとともに「ジャングル・マッドネス」などの楽曲を生み出したハル・ジョンソン。オリジナル曲のほか、戦前の日本の歌謡曲「支那の夜」や、ナンシー梅木が歌った映画「Sayonara」の主題歌「ジャパニーズ・フェアウェル・ソング(サヨナラ)」、レス・バクスターの名曲に詞をつけた「ラブ・ダンス」などバラエティに富んだ選曲で、ソンディ・ソッサイ自身も作詞を手掛けている。このレコードの魅力は、なんといっても、英語とタイ語がチャンポンになった彼女の歌声。特にこの「バリ・ハイ」は、まるで耳元に囁かれているような特殊な録音処理がなされ、ソンディの蠱惑的なウィスパーヴォイスにKOされること必定だ。エセル・アザマ同様、これもYouTubeで承認されていないもののアップはされているので、探してみてほしい

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7. イマ・スマック「タキ・ラニ



最後に控えるExotic歌姫は、ペルー出身のイマ・スマック。なんと5オクターブ半という驚異的な声域を持つ歌手として、ギネスブックにも登録されているという彼女の歌声は、とにかくパワフルでエネルギッシュ。「ホホホホホ~」という超高音のスキャットが必ず入ることもあって、一度聴いたら絶対に忘れないはずだ。真偽は定かでないが、「インカ帝国の末裔」という触れ込みでデビューし、1950年代を中心に活躍。1972年にはレス・バクスターのプロデュースでロックテイストのアルバム「ミラクルズ」もリリースしているが、エレキギターやオルガンなどの電気楽器によるサウンドにもまったく引けを取らない、見事なヴォーカルを披露している


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8. イスタフール「ザ・ローズ・オブ・ブハラ



今回のExotic Music特集の最後を飾るのは、なんとスウェーデン出身の5人組。ヨーロッパでExotic Musicを演奏するグループというだけでも珍しいが、結成されたのは2011年で、この「ザ・ローズ・オブ・ブハラ」のリリースは2014年。つまり、現在も活動中の若手バンドなのである。一聴すればわかる通り、ここまで紹介してきたマーティン・デニー、レス・バクスター、アーサー・ライマンたちの生み出したExotic Musicをこよなく愛しており、レコーディングでもライブでも電気楽器は使わず、デニーやLymanのグループ同様、ピアノ、ヴィブラフォン、ウッドベース、パーカッションという小編成コンボで、バードコールまで再現するという徹底ぶり。ライブではオリジナル曲のほか、「クワイエット・ヴィレッジ」などのエキゾ名曲もカバーし、美女ダンサーも出てくる魅力的なステージを展開している。ぜひ末永く活動し、日本でもライブを行ってほしいものだ

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それでは次回の「創造する人のためのプレイリスト」もどうぞお楽しみに。


※記事の情報は2020年3月10日時点のものです。

  • プロフィール画像 音楽ライター:徳田 満

    【PROFILE】

    徳田 満(とくだ・みつる)
    昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。

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