「伝統×現代」の接点で、名前を付けられない新しい音楽を創造する人びと

APR 26, 2022

ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ 「伝統×現代」の接点で、名前を付けられない新しい音楽を創造する人びと

APR 26, 2022

ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ 「伝統×現代」の接点で、名前を付けられない新しい音楽を創造する人びと ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。

人は何を「新しい」「クリエイティブ」と感じるのか? 革新的なアイデアはどのようにして生み出せばいいのか? 何かを創造する仕事に携わる人なら、誰もが気にしていることではないでしょうか。


発想法の基本書のひとつに、「アイデアのつくり方」(原著は1940年刊)という名著があります。この本の中で著者のジェームス・W・ヤングは、"アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない"と述べています。つまり、新しいコンセプトは、既にあるコンセプトを互いに結び付けることから生まれるというのですね。


このことを音楽に当てはめてみると、最近考えていたあることに思い当たりました。それは、真に新しい表現とは、伝統的なものとコンテンポラリーなものとが結び付く「接点」で生まれるのではないかということです。


例えば、伝統的な音楽の世界で修養を積み、卓越した技術をもつ音楽家たちが従来の形式から自由になろうと外の世界に打って出るとき、あるいは異質な音楽文化が出合う瞬間に、これまでに聴いたことのない革新的なサウンドが生まれる。私にはそんな気がしてならないのです。今回の特集は、この仮説(?)を確かめるべく、「伝統×現代」の接点で、ジャンル名を付けようのない新しい音楽を創造するアーティストを独断でピックアップ。創造のヒントを探ります。


目次

1.パンチ・ブラザーズ
2.クリス・シーリー&ブラッド・メルドー
3.ジュリアン・レイジ
4.ベッカ・スティーヴンス&ザ・シークレット・トリオ
5.マイケル・リーグ
6.ティグラン・ハマシアン
7/8.ヴィトール・アラウージョ




1.パンチ・ブラザーズ「ジャンボ」


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最初に、現代アメリカーナ*1・シーンを担う超絶技巧の"プログレッシブ・ブルーグラス・バンド" パンチ・ブラザーズ(Punch Brothers)をご紹介します。彼らの2018年のミュージック・ビデオから1曲。インティメートな空間で伝統的なアコースティック楽器を弾く5人のメンバーが寄り添い、リラックスした中にも解像度の高い演奏を聴かせます。


*1 アメリカーナ:カントリー、ブルーグラス、ルーツロック、フォーク、ゴスペルなど、アコースティックなアメリカのルーツ音楽のスタイルを組み込んだ現代的な音楽を指す呼称。


ブルーグラスは1940年代にカントリー・ミュージックのひとつとして生まれたジャンルとされ、マンドリン、ギター、フィドル、ウッドベース、バンジョーといった伝統的なアコースティック弦楽器のアンサンブルにより演奏される音楽です。パンチ・ブラザーズは楽器編成こそ伝統的なスタイルを踏襲していますが、旧来の形式の枠を越えてクラシックやポピュラーミュージックの要素を取り入れた楽曲とアンサンブルは、モダンな音楽性を感じさせます。


メンバーは、クリス・シーリー(Chris Thile:マンドリン、ボーカル)、ゲイブ・ウィッチャー(Gabe Witcher:フィドル)、ノーム・ピケルニー(Noam Pikelny:バンジョー)、クリス・エルドリッジ(Chris Eldridge:ギター)、ポール・コワート(Paul Kowert:ベース)。それぞれの楽器の名手が集結したスーパー・グループです。中心人物はマンドリンのクリス・シーリー。彼の卓越した演奏力と歌唱力、スター性、さらにはブルーグラスだけでなく多彩な音楽ジャンルに通じる彼の幅広い音楽性が、このグループの現代的イメージをつくる核となっています。


このパンチ・ブラザーズの「新しさ」や「都会的で洗練された印象」がどこから来るのか? 私はブルーグラスやカントリーには詳しくないので私見にすぎませんが、伝統的なブルーグラスではフィドルとバンジョーの音が前面にフィーチャーされる印象があります。その点、彼らの場合はクリス・シーリーの軽快で繊細なマンドリン&ボーカル、ポール・コワートの堅実なベース、クリス・エルドリッジのギターの3者がサウンドの骨格をつくり、そこにゲイブ・ウィッチャーのフィドルとノーム・ピケルニーのバンジョーが装飾的な音を重ね、全体のアンサンブルを構成しているように思えます。


そのせいか、いわゆるカントリー色は薄めで、むしろクラシックのチェンバー・ミュージックにも通じる洗練された音を形づくっているのではないでしょうか(もちろんこれは、フィドルとバンジョーの2人の都会的でモダンなセンスによる部分も大きいと思います)。


私は2015年のアルバム「The Phosphorescent Blues」を聴き、その斬新なサウンドに衝撃を受け、2016年春に東京で行われた来日公演に足を運びました。そのステージは、中央に立てた1本のマイクを囲むように5人が立ち、アンプなしで歌い演奏するという完全アコースティックなものでしたが、ハーモニーの美しさと響き、高度なアンサンブルに度肝を抜かれたことを思い出します。彼らがこれからどのような形でアメリカン・ミュージックを革新していくのか、引き続き注目したいと思います。



2.クリス・シーリー&ブラッド・メルドー「マーシー」


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マンドリンの名手であるクリス・シーリーはパンチ・ブラザーズのほかにも、現代ジャズ・ピアニストの第一人者であるブラッド・メルドー(Brad Mehldau)やチェリストのヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma)、レジェンド・ベーシストのエドガー・メイヤー(Edgar Meyer)とのコラボレーションなど、幅広い活動を展開しています。


こちらは同じノンサッチ・レコード(Nonesuch Record)のレーベル・メイトであるブラッド・メルドーとの共演作から。ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)の曲のカバーですが、ナイーブで叙情的、原曲に対する彼らの敬意が感じられる素晴らしい演奏です。クリス・シーリーのソロアルバム「Thanks for Listening」もおすすめです。1981年生まれというのでまだ40代前半。現代アメリカーナの旗手の1人として、ますますその活動から目を離せません。



3.ジュリアン・ラージ「ファミリアー・フラワー」


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同じくブルーグラスやカントリーなどにつながりの深いギタリスト、ジュリアン・ラージ(Julian Lage)にも触れておきましょう。1988年米国生まれ、10代から並外れたギターの才能を発揮した彼は、カルロス・サンタナ(Carlos Santana)、デヴィッド・グリスマン(David Grisman)、ゲイリー・バートン(Gary Burton)といったビッグネームにその才能を認められ、2009年には初リーダー作「Sounding Point」をリリース。その後も次々とギターのインスト・アルバムを出しており、2017年にはパンチ・ブラザーズのクリス・エルドリッジ(ギター)とのアコースティック・ギター・デュオ作「Mount Royal」をリリース。


そのほか、ネルス・クライン(Nels Cline)とのデュオ作や、現代を代表するジャズ・ピアニストたちとの共演など精力的な活動を展開しています。そのタッチはじつに繊細で、フレージングやボイシングも多彩。その卓越したギター表現は、ビ・バップ以前のジャズ、ブルーグラス、カントリーといった伝統的アメリカン・ミュージックから現代のインディー・ロック、ジャズなどコンテンポラリー・ミュージックまでのさまざまなジャンルをブレンドし、彼だけの「旧(ふる)くて新しい」音を聴かせてくれます。アメリカ音楽の再発見と新しい価値の提示を続ける稀有なアーティストと言えるでしょう。曲は、2021年のアルバム「Squint」から「Familiar Flower」。彼の音楽的な引き出しの豊富さを感じる演奏ですね。



4.ベッカ・スティーヴンス&ザ・シークレット・トリオ「パスウェイズ」


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ベッカ・スティーヴンス(Becca Stevens)は米国ノースカロライナ州出身、ギターだけでなくウクレレ、チャランゴ、コラといった南米やアフリカ起源の弦楽器も演奏するマルチプレイヤーであり、シンガーソングライターです。優れたフォーク&ジャズのボーカリストとして、レベッカ・マーティン(Rebecca Martin)、グレッチェン・パーラト(Gretchen Parlato)とのユニット「ティレリー(Tillery)」ほかでも活動し、デヴィッド・クロスビー(David Crosby)のバンドでも巧みなコーラスとギターを聴かせています(記事はこちら)。


今回のアルバム「ベッカ・スティーヴンス&ザ・シークレット・トリオ」は、ニューヨークを拠点に活動するアルメニア出身のウード*2奏者、北マケドニア出身のクラリネット奏者、トルコ出身のカーヌーン*3奏者からなるザ・シークレット・トリオとの共演作です。中東や東欧にルーツをもつ3人と、アメリカのベッカ・スティーヴンスとマイケル・リーグ(Michael League)との間に、これまで聴いたことのないような美しいアコースティック楽器の響きと国籍不明のハーモニーが生まれています。


アルバムには、マケドニアの詩人や16世紀アルメニアの詩人の詩に曲を付けたトラックもありますが、ドイツの詩人リルケの詩にベッカが曲を付けた「Pathways」をお聴きください。アコースティックな表現を深める彼女の最新作は現代弦楽アンサンブルの最高峰、アタッカ・クァルテット(Attacca Quartet)とのコラボレーションです。


*2 ウード:リュート属に分類される琵琶に似た撥弦楽器。主にアラブ音楽で使われる。
*3 カーヌーン:台形の箱に24~26コースの3重弦が張りめぐらされ、それを箏のようにつまびいて演奏する撥弦楽器。主にアラブ諸国およびトルコの古典音楽で使われる。



5.マイケル・リーグ「イン・ユア・マウス」


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アルバム「ベッカ・スティーヴンス&ザ・シークレット・トリオ」のプロデューサーであり、ともにデヴィッド・クロスビーのライトハウス・バンドにも参加していたマイケル・リーグ。彼は数度のグラミー賞を受賞した大編成ジャズ集団、スナーキー・パピー(Snarky Puppy)のベーシストでありリーダーでもあります。そんな彼がすべての楽器を1人で演奏・多重録音したのがこのソロアルバム「So Many Me」(2021年)。モロッコやトルコをはじめ世界各地のさまざまな打楽器、弦楽器を曲ごとに取り入れてサウンドに異なる色彩感を与えています。


彼はこれらの楽器を、以前からそれぞれの国のトップ演奏家から習い、弾き方を身につけていったのだとか*4。このアルバムは「So Many Me」のタイトル通り、自分の中のさまざまな「自分」を世界各地の楽器やリズムを使って多彩に表現した1枚なのかもしれません。多文化が共存するこれからの世界の音楽的可能性を予感させる良作です。


*4 参考:note「interview Michael League『So Many Me』:ドラムセットは世界各地の打楽器の認識からすると異質なものだ」(取材・構成・編集:柳樂光隆 通訳:染谷和美 協力:コアポート)



6.ティグラン・ハマシアン「レヴィテーション 21」


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「ベッカ・スティーヴンス&ザ・シークレット・トリオ」のウード奏者アラ・ディンクジアンの出身国であるアルメニアといえば、トルコやアゼルバイジャン、ジョージア、イランなどの国と国境を接し、音楽的にもマルチ・カルチュラルで多くの優れた音楽家を生み出している国です。そのアルメニア出身の音楽家の中でもティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)は現代ジャズ・シーンにおいて最も注目を集める気鋭のピアニスト・作曲家の1人と言えるでしょう。現時点での最新アルバム「The Call Within」から1曲お聴きください。


1987年にトルコとの国境近くの街で生まれた彼は、幼少期にピアノを始め、クラシックとジャズを高いレベルで学びながら、地元のアルメニア民謡やスカンジナビア、インドなどの伝統的な楽曲に親しむ一方、父親の影響で聴いたレッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)、ディープ・パープル(Deep Purple)、ブラック・サバス(Black Sabbath)、クイーン(Queen)といったハード・ロックにも傾倒したそうです。16歳でアルメニア移民が多く住むカリフォルニア州に移住し、現在も米国を拠点に活動中です。


18歳でファーストアルバムをレコーディングし、20代でチック・コリア(Chick Corea)、ブラッド・メルドー、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)といったレジェンドから、最もホットなジャズ・ピアニストと賞賛されました。しかし、海外のインタビュー記事によると、彼自身はコード・チェンジを駆使するビ・バップよりも、モーダルなアルメニアの民族音楽が彼の即興演奏の基本にあると語っています。


アルメニアをはじめとする東欧や中東、インドの民族音楽、ヘビーメタルやジャズ、クラシック、エレクトロニカを組み合わせた彼の楽曲は、複雑な変拍子リズムと耳に残る強いメロディーが特徴。彼の音楽の前ではジャンル分けの呼称など意味をもたないようにも思えてきますね。



7.ヴィトール・アラウージョ「カントn.3」


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最後に、ブラジルから若き才能を1人ご紹介したいと思います。作曲家でありピアニストのヴィトール・アラウージョ(Vitor Araújo)です。
10代の頃から作品をリリースし、2016年に発表したサードアルバム「Levaguiã Terê」は、2CDの大作。クラシックのラージ・アンサンブルにアフロ・ブラジリアンの伝統的なリズム、さらにオルタナティブ系のロックや実験的なサウンド要素を融合させた、全編壮大なスケールの傑作です。


アルバム収録曲の「Canto n.3」をお聴きください。ピアノ・シンセとボーカルがアラウージョ。そのほかのメンバーはギターが2名、ドラムス1名とパーカッション2名という編成。エレクトロニックなロックを連想させる冒頭部に始まり、パーカッショニスト2名がスルドやアタバキといった伝統的な打楽器でアフロ・ブラジル系のリズムを叩き出し、そこにボーカルとギターのハーモニーが多層的に加わり、大きな音のうねりを創り出していきます。


この多様性に富む楽曲は、ブラジルの先住民、ヨーロッパ系、アフリカ系の住民などが共生する彼の故郷であるブラジル北東部の都市文化と関係しているかもしれません。そして彼の楽曲には、伝統的なブラジルの音楽、教会音楽やクラシック音楽、アフロ・ミュージック、さらにエイトル・ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos)やアントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)といったブラジルの偉大な作曲家、あるいはスティーヴ・ライヒ(Steve Reich)やカールハインツ・シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen)といった実験的な現代音楽家、さらにはレディオヘッド(Radiohead)などのロックの影響が複雑にミクスチャーされているように思えます。



8.ヴィトール・アラウージョ「バイオゥン」


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もう1曲、こちらは2012年のソロピアノ映像です。題名のバイオゥン(Baião:バイオン、バイヨンとも)はブラジル北東部の奥地で生まれた軽快な2拍子のリズムがやがて都市部でダンスミュージックとして洗練された音楽スタイルの名前。その強烈なリズムを刻みながら、美しいメロディーとパーカッションを重ね、さらにはラジオ放送の音声も交えて、ダイナミックな音楽の流れと表情を生み出しています。


日本では彼の名前は一部のブラジル音楽ファンを除き知られていないと思いますが、そのピアノ演奏力とジャンルを超えたスケールの大きな作曲・編曲能力は要注目。1991年生まれというので、現時点でまだ30歳そこそこ。これからブラジル音楽を革新していくポテンシャルを秘めた若き音楽家だと思います。


※現在彼のアルバムは、CDやLPレコードなどの入手は難しくなっていますが、サブスクリプションサービスや配信・ダウンロードで一部の作品を聴くことができます。




最後に

名前の付けられない新しい音楽特集、いかがでしたか。こうしたアーティストたちの音楽的な発展を支えているのが、とくにニューヨークや西海岸(あるいはブラジル)のシーンなどに顕著な「文化的多様性に基づく音楽文化の異種交配」、そしてここ数年の「アコースティックな表現やラージ・アンサンブルなどへの回帰」の2つにあるのではないかと感じています。そして、彼らの音楽を特徴づけている自由さと多様性、繊細さと叙情性、スペースとダイナミズムなどは、こうした大きな流れの中でこれからますます磨かれ、表現の輝きを増していくと思います。


やはり創造のポイントとなるのは、「もっとも現代的なものと、伝統的で基本的なものを1つの表現の中に融合させることのできる高い技術」と、「新しい表現を求め既存のジャンルや形式を逸脱しようとする強い意志」、この2つのような気がしてきました。次回のプレイリストもお楽しみに。


※記事の情報は2022年4月26日時点のものです。

  • プロフィール画像 ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ

    【PROFILE】

    シブヤモトマチ
    クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。ジャズ、南米、ロックなど音楽は何でも聴きますが、特に新譜に興味あり。音楽が好きな人と音楽の話をするとライフが少し回復します。

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