筒美京平Covers|カバーだからこそ見えてくる不世出のメロディーメーカーの醍醐味

【連載】創造する人のためのプレイリスト

音楽ライター:徳田 満

筒美京平Covers|カバーだからこそ見えてくる不世出のメロディーメーカーの醍醐味

ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。

2020年10月に亡くなった、昭和歌謡を代表する作曲家にして、J-POPの生みの親のひとりでもある筒美京平。メロディーメーカーとしての彼の素晴らしさは語り尽くされているが、ただ楽曲を作るのではなく、ヒットを生み出すことを終生自らに課していたというエピソードから分かる通り、どうすれば大衆に支持されるかを常に考えていたという意味でも稀有(けう)な存在だったと思う。人々の好みが多様化・細分化してしまった現代では、もはや二度と現れないであろう音楽職人による名曲の数々を、今回は多彩なアーティストによるカバーバージョンで振り返りたい。オリジナルと聴き比べると、また新たな発見があるかも。



1.德永英明/ブルー・ライト・ヨコハマ


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まずは、1968年にリリースされた、筒美京平の出世作であり、いしだあゆみの代表作でもあるこの曲。団塊の世代に属する女性歌手が、「それまでの歌謡曲とは違って、筒美さんには洒落た洋楽のテイストがあったの」と語っていたが、確かにそれまでの歌謡界は、中山晋平~古賀政男ラインのような「和」の情緒を感じさせるものが主流だった。ところが、この「ブルー・ライト・ヨコハマ」は、歌詞だけを見るとハッピーなのに曲調はマイナー、それでいて日本的情緒からも遠いという、今風に言えばクールな肌触りの作品となっている。ただそれだけにレコーディングでは苦労したようで、いしだあゆみは歌入れの際、何度も筒美にダメ出しをされて困り果てたそうだ。德永英明によるカバーバージョンは、2012年に発表。女性の歌を表現できる男性アーティストとしては一、二を争う彼だけに、楽曲の持つ微妙なニュアンスを見事に表現している。




2.森高千里/17才


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オリジナルは、1971年に発売された南沙織のデビューシングル。当時流行っていたリン・アンダーソンの「ローズ・ガーデン」が唯一歌える曲と彼女から聞いた筒美京平が、それをもとに作ったという逸話は有名だが、単なる真似ではなくちゃんとしたクオリティーの作品にして、さらにヒットもさせるというところが彼のすごさだ。そして、その18年後にこれをカバーしたのが森高千里。当時世界を席巻していたユーロビート調のアレンジで、このヒットにより彼女は一躍有名になる。PVや歌番組で、超ミニスカートの衣装をまとい、振り付きで「17才」を歌う森高千里の姿は、バブル時代の日本のアイコンでもあった。YouTubeの方は、一時引退から復帰後の2015年に行われたライブでのスローバージョン。これはこれで、80年代のブラコン風テイストがあって味わい深い。




3.岩崎宏美/さらば恋人


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やはり1971年、堺正章がザ・スパイダース解散後のソロデビュー曲としてレコーディングしたのが、この曲。元ザ・フォーク・クルセダーズの北山修が描く、それまでの男性ポップスには見られなかった、自分の弱さや欠点を認めながら別れるという男性の繊細な心情にあふれた歌詞を得た筒美京平は、逆にオーケストラを前面に押し出し、「マイ・ウェイ」のような大バラードに仕上げている。それだけに、男女を問わず幅広い年代のアーティストにカバーされている曲でもあるが、今回は2003年に岩崎宏美が発表したものを紹介。ここでは、アコースティック楽器による穏やかなサウンドと、しっとりとした彼女の歌唱がマッチした静かなテイストで、原曲に勝るとも劣らない、聴き応えのある作品となっている。こうした音数の少ないサウンドで聴くと、メロディーの良さがより際立つのも、筒美京平の魅力のひとつ。




4.宮本浩次/木綿のハンカチーフ


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1975年に発売された太田裕美の代表作にして、作詞家・松本隆と筒美京平のコンビによる最初の大ヒット曲。筒美は当初、「こんな(4番まである)長い歌詞に曲が付けられるか」と作曲をキャンセルしようとディレクターを探し回ったが、連絡がつかずに仕方なく作り始めたら思いのほかいい曲ができたという。そしてこの「長い歌詞」は男女の掛け合いでできているが、男性の心が時間と空間を隔てるにつれ変わっていってしまうところが、女性だけでなく男性にも切なさを感じさせるのか、筆者の周囲でもこの曲が好きだという男は多い。その代表格が、この宮本浩次(みやもと・ひろじ)なのだろう。2020年11月にリリースされたばかりのカバーアルバム「ROMANCE」では、オーケストラをバックに、エレファントカシマシでの歌い方とは異なり、優しくしっとりと歌い上げている。




5.にがい涙/東京スカパラダイスオーケストラ


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オリジナルは、「天使のささやき」で知られる女性ボーカルグループ、スリー・ディグリーズが1974年に日本で制作・発売した日本語によるシングル。つまり、日本限定の企画モノである(余談ながら、この制作ディレクターは上の太田裕美のディレクターと同じ、CBS・ソニーレコードの白川隆三)。筒美京平の洋楽咀嚼度が存分に発揮されたフィリー・ソウル調*の仕上がりで、安井かずみによる女の情念満載の歌詞を片言で歌う彼女たちに「歌謡」を感じたのか、日本でのスリー・ディグリーズのシングルとしては最高の売り上げだったという。そしてその16年後にこの曲をカバーしたのが、東京スカパラダイスオーケストラ。彼らのメジャーデビューアルバムとなる「スカパラ登場」で、スカアレンジにリメイクされた「にがい涙」は、今はなきクリーンヘッドギムラによる本家以上のソウルフルな歌唱も相まって、現在もなお怪しい輝きを放ち続けている。

*フィリー・ソウル:フィラデルフィア発のソウルミュージックの一形態




6.八代亜紀/飛んでイスタンブール


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筒美京平は終生「ポップス」にこだわり、演歌はほとんど書かなかったが、歌い手のほうでは石川さゆりや坂本冬美といった女性演歌歌手も、筒美作品をカバーしている。ただ、いつもの演歌調では歌いづらいのか、普通のポップス歌手のようにコブシを回さずさらりと歌っている場合が多い。そんな中、自分の個性をしっかり保ちながらカバーしているのが、この八代亜紀だ。オリジナルは、庄野真代の代表曲となった1978年の作品。2013年発表の八代亜紀バージョンは、中近東風のイントロからしてほぼストレートコピーながら、歌唱はいつもの八代節で、特に「イスタンブ~ウルゥ~」と巻き舌やコブシを惜しみなく使っているところが素晴らしい。これを聴くと、もっと演歌歌手にも書いてくれていたら、日本独自の新たなポップスが生まれていたかもしれないという気もしてくる。




7.デーモン閣下/魅せられて


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1979年にジュディ・オングが歌い、同年の日本レコード大賞も受賞した大ヒット曲。今回紹介するのは、女性シンガーによるヒット曲をハードロック/ハードメタルにアレンジした2010年のアルバム「GIRLS' ROCK Best」に収められたバージョンで、デーモン閣下のきれいなハイキーによる歌唱が堪能できる。また、この曲に限らず、筒美作品にはイントロが印象的なものが多く、筆者もイントロ込みで曲を覚えているが、そこには「曲の冒頭でどれだけ人の心をつかむか」を重要視していた彼の姿勢が出ている。アレンジを編曲家に頼む場合も任せきりにはせず、必ずその出来具合をチェックしていたという。つまり、歌謡曲のイントロがこれだけ華やかだったのも筒美京平がいたからこそで、平成になって歌謡曲がJ-POPに取って代わられると、イントロも消滅してしまう。現在、昭和歌謡が人気なのも、ひとつはこのイントロの魅力ゆえのことではないだろうか。




8.吉川 友/夏色のナンシー


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1980年代前期はアイドルの一大ブームが芸能界に押し寄せ、筒美京平も数多くのアイドルに楽曲を提供し、70年代以上に多忙となる。そんなさなかの1983年にリリースされた早見優5枚目のシングルがこれ。当時中学生だった筆者の弟は彼女の大ファンだったが、筆者自身もこの曲は好きだった。ハワイからの帰国子女である早見優が「If you love me」を「エフ ユー~」と発音するところも、従来のアイドルにはない新鮮さがあったが、曲の全編に漂う浮遊感と疾走感、そして開放感は、数あるアイドルソングの中でも群を抜いていると思う。その早見優の娘世代にあたる吉川友が2012年にカバーしたこのバージョンも、原曲のアレンジをしっかりと継承したサウンドメーキングと歌唱で、一聴に値する。




9.YUKI/卒業



「木綿のハンカチーフ」と並ぶ、松本隆&筒美京平コンビによる名曲。それが、1985年にリリースされた斉藤由貴のデビューシングル「卒業」である。歌詞は、都会に出ていく男の子と地方に残る女の子という、「木綿のハンカチーフ」と同じ構図になっているが、筒美京平はシンセサイザーのアルペジオを使ったきらびやかなイントロからAメロを経て、サビの「ああ卒業式で泣かないと~」で満を持して盛り上げるメロディー職人の技を遺憾なく発揮。今では卒業シーズンで必ず歌われるスタンダードとなっている。オリジナルからちょうど30年後にカバーしたYUKIも、中学生の頃に「卒業」を耳にして、いつかは自分も歌ってみたいと思っていたはず。アカペラでサビ部分を歌う始まりに変え、素直に歌い上げているこのバージョンも、また素晴らしい。




10.人魚/安室奈美恵


最後は、2018年に惜しまれながら引退した安室奈美恵で。オリジナルは、1994年にNOKKOが8cmシングルとしてリリース。作詞もNOKKO自身で、その胸の内を素直に吐露したと思える歌詞を、筒美京平は静かに盛り上げるバラードとして表現。ソロシンガーとしての彼女の代表作になり、今では数多くのアーティストからカバーされる名曲としても知られている。安室奈美恵は、2006年にシングルとして発表。昔から好きでよく口ずさんでいたというだけあり、「平成の歌姫」にふさわしい豊かな表現力で歌われたこの「人魚」は、まるで最初から安室奈美恵のために書かれたように馴染んでいる。もしかすると今、故郷である沖縄の海を見ながら、彼女はこの歌を口ずさんでいるのかもしれない。


※記事の情報は2021年2月24日時点のものです。

  • プロフィール画像 音楽ライター:徳田 満

    【PROFILE】

    徳田 満(とくだ・みつる)
    昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。

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