【連載】創造する人のためのプレイリスト
2023.02.14
スーパーミュージックラバー:ケージ・ハシモト
追悼 ジェフ・ベック「さよなら、永遠のギター少年」
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。本連載「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
ここのところ偉大なミュージシャンの訃報が続く。最近、特にギタリストにとって痛恨だったのが、ロックギタリスト、ジェフ・ベック(Jeff Beck)の訃報ではないだろうか。もちろん全ての音楽ファン、ロックファンにとっても偉大な音楽家であることは間違いない。しかし一度でも真剣にギターを弾いたことがあるものにとって、ジェフ・ベックの偉大さは言葉にできないほど大きい。永遠のギター少年だったジェフ・ベックを悼みつつ、選び切れない名演からほんの一部を紹介したい。
1.ジェフ・ベック・グループ「Shapes of Things」
3大ギタリストといえば、エリック・クラプトン(Eric Clapton)、ジミー・ペイジ(Jimmy Page)、そしてジェフ・ベックだ。3大ギタリストと言っているのは日本だけ、という話もあるが、実際この3人がロックギターのベストスリーなのだからしょうがない。ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)を別格とすれば、だが。(あくまで個人の感想です)
そして興味深いことにこの3人はなんと、時期はそれぞれ異なるが「ヤードバーズ(The Yardbirds)」というバンド出身のギタリストなのだった。3人はその後大出世する。エリック・クラプトンは「クリーム(Cream)」、ジミー・ペイジは「レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)」というロック史上に名を残すバンドを結成するが、ジェフ・ベックはメンバーが対等なバンドを組むのではなく、自分の名を冠したジェフ・ベック・グループ(The Jeff Beck Group)を組むのが面白いところ。まずはジェフ・ベック・グループの1枚目のアルバム「TRUTH」から「Shapes of Things」を聴いてほしい。
2.ジェフ・ベック・グループ「All Shook Up」
ジェフ・ベックは同じメンバーでのグループが長く組めないタイプなのか、ジェフ・ベック・グループは途中でメンバーがガラリと変わる。便宜上第1期と第2期に分けられるジェフ・ベック・グループだが、1曲目の「Shapes of Things」とこれからご紹介する「All Shook Up」はいずれも第1期ジェフ・ベック・グループの演奏。ボーカルがロッド・スチュアート(Rod Stewart)、そしてベースが現在ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)でギターを弾いているロン・ウッド(Ron Wood)だ。
当時は2人とも無名だったが、すでに歌も演奏も実に素晴らしい。この頃のジェフのギターは鋭角で、まるでカミソリみたいな切れ味だ。ちなみにこの曲はエルビス・プレスリー(Elvis Presley)のヒット曲のカバー。ジェフはカバーの名手でもあり、この後も生涯にわたって素晴らしいカバーを連発する。
3.ベック・ボガート・アンド・アピス「Superstition」
第2期ジェフ・ベック・グループも素晴らしいが、紙幅の都合で泣く泣く割愛。その後束の間だが、ヴァニラ・ファッジ(Vanilla Fudge)のリズムセクションであるベースのティム・ボガート(Tim Bogert)、ドラムのカーマイン・アピス(Carmine Appice)と共にバンドを結成する。それがベック・ボガート・アンド・アピス(Beck, Bogert & Appice)、略称BBAだ。しかしBBAもスタジオアルバム1枚と短期間で解散してしまった。
BBAも名演は多いが、スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)が作曲した「Superstition」がダントツで素晴らしい。BBAが日本公演した時の演奏を記録したライブ盤が日本だけで発売されているが、このアルバムの1曲目が「Superstition」で、これがもうめちゃくちゃカッコイイので、聴いたことのないギター少年・元ギター少年は何としてでも聴いてほしい。
なお、ご紹介できるBBAは公式の動画が見つからなかったので、YouTubeにあったスティービー・ワンダーとジェフ・ベックが共演している動画を貼っておく。これも近年のジェフの奏法(ある時期からジェフはピック弾きから指弾きに変えている)による「Superstition」で、やっぱり素晴らしい。
4.ジェフ・ベック「You Know What I Mean」
※YouTube Music Premiumのメンバーのみ視聴可能
さてBBAがわずか1枚のアルバムを残して空中分解した後、ジェフ・ベックは最高傑作の誉れ高いソロアルバムを連続して発表する。それがアルバム「ブロウ・バイ・ブロウ(Blow by Blow)」、「ワイアード(Wired)」、「ライヴ・ワイアー(Jeff Beck With the Jan Hammer Group Live)」だ。
「You Know What I Mean」はアルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」の1曲目。これまでとはレベルが違うタイトなリズムであり、1975年にこんな音楽が生み出されたとは信じられない。もはやロックの範疇(はんちゅう)ではない。筆者はエレキギターを弾き始めた高校生の頃にこのアルバムを聴いたが、何が何だか全く分からなかった。エレキギターから出ている音だということすら信じられなかったが、とにかくすごい、ということだけは分かった。
「ブロウ・バイ・ブロウ」の当時の邦題は「ギター殺人者の凱旋(がいせん)」。これまたものすごい邦題だが、当時のジェフに「ギター殺人者」という形容はピッタリだ。ちなみに「ブロウ・バイ・ブロウ」は全曲、名曲である。とりあえず1曲目を取り上げたが、ギタリストであれば絶対全曲100回は聴いておくべきだろう。
5.ジェフ・ベック「Led Boots」
※YouTube Music Premiumのメンバーのみ視聴可能
「ワイアード」は金縛りという意味だと思うが、1曲目の「Led Boots」からとんでもないエネルギーが放出されていて、聴き手がまさに金縛りにされてしまう。このアルバムでジェフ・ベックの殺人的なギターに真っ向勝負して死闘を繰り広げるのが、シンセサイザーのヤン・ハマー(Jan Hammer)。イギリス人ギタリスト、ジョン・マクラフリン(John McLaughlin)が結成したジャズ・ロックバンドであるマハヴィシュヌ・オーケストラ(Mahavishnu Orchestra)のキーボーディストだ。
このアルバムではジャズ、ロック、そしてインド音楽にまで影響を受けたサウンドがものすごい高精度で展開される。この時点ですでにもうどのロックギタリストも追いつけない、完全独走状態に入っている感がある。まさに「孤高」のギタリストだ。もちろんこのアルバムもギタリストなら100回聴くべき。
6.ジェフ・ベック「Scatterbrain」
※YouTube Music Premiumのメンバーのみ視聴可能
ジェフ・ベックが本当にすごいのは、ライブだ。「ブロウ・バイ・ブロウ」、「ワイアード」に続いて発表されたのが、この時期のライブを収めた「ライヴ・ワイアー」。あの音と超絶テクニックが果たしてライブで再現できるのかと思ったが、それどころではない。その殺人的なギターは、ライブではより凄(すご)みが増し、冴え渡っている。
アルバムの1曲目の「Freeway Jam」時点ですでにスピードメーターが振り切れる疾走感だが、「Scatterbrain」では脚がもつれそうなインド音楽的変拍子を、目にもとまらないスピードで弾きこなしている。当時、前述のジョン・マクラフリンや、アル・ディ・メオラ(Al Di Meola)が同じように猛スピードの速弾きで名を売ったが、あくまでジャズ・フュージョンの語法だった。しかしジェフのギターのアプローチはあくまでロックであり、荒ぶる魂がある。そこが死ぬほどかっこいいところだ。
7.ジェフ・ベック、ロッド・スチュアート「People Get Ready」
「ブロウ・バイ・ブロウ」、「ワイアード」、「ライヴ・ワイアー」と立て続けに名作をリリースしたジェフ・ベックは、すでに孤高の域に達していた。が、孤高ではあるが人付き合いが悪かったわけではない。1985年に初期のジェフ・ベック・グループのボーカルであり、すでにロック界を代表するスターとなっていたロッド・スチュアートを迎えてレコーディングしたのが「People Get Ready」だ。
この曲はカーティス・メイフィールド(Curtis Mayfield)の作詞・作曲によるもの。ゴスペル風の曲だが、イントロのギターの音色から、すでにただものではない、剣豪の所作のような凄みを感じさせる。ジェフ・ベックはボーカルのものの楽曲でのギターソロも、音色、ニュアンスともに実に素晴らしい。3:30あたりで、印象的なリフがさっと転調するあたり、抜群のセンス! とにかく抜群に歌うギターだ。
8.スタンリー・クラーク「Rock 'N' Roll Jelly」
ジェフ・ベックは圧倒的なテクニックと独特の切り口で、フュージョン系のアーティストからもお呼びがかかっていた。スタンリー・クラーク(Stanley Clarke)はチック・コリア(Chick Corea)と共に「リターン・トゥ・フォーエバー(Return to Forever)」を結成したジャズ・フュージョン界きってのスターベーシスト。そのスタンリー・クラークは何度もジェフ・ベックを招いてレコーディングを行い、ジェフとのツアーも行っている。
「Rock 'N' Roll Jelly」はスタンリー・クラークのソロアルバムの1曲だが、まるでジェフ・ベックのために作られたような曲だ。スタンリー・クラークの怒濤(どとう)のスラッピングベースのリフの上で縦横無尽に駆け巡るジェフはとても楽しそうだ。
9.ジェフ・ベック「What Mama Said」
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80年代から90年終わりまでのジェフ・ベックの活動は散発的だったように思える。ギター界ではエドワード・ヴァン・ヘイレン(Edward Van Halen)、ロックバンド「TOTO」のギタリストであるスティーブ・ルカサー(Steve Lukather)、スティーブ・ヴァイ(Steve Vai)、イングウェイ・マルムスティーン(Yngwie Malmsteen)をはじめ、新世代のテクニカルなギターヒーローたちが大活躍した時代だ。その頃のジェフ・ベックは神格化されつつも、過去の存在になりつつあったと思えた。
ところが1999年にジェフ・ベックは突然「Who Else! 」という、現代的なデジタルロック調のアルバムを出す。ちょうど新世代ギターヒーローが音楽的に飽和してしまった頃に、最も新しいロックスタイルを引っ提げて再登場したのだ。「俺のほかに誰がいる?」というタイトル通りのこのサウンドを聴いてほしい。
当時のギター雑誌でジェフ・ベックが「レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(Rage Against the Machine)のサウンドを聴いてデジタルロックは俺もやるべきだ」と発言していて、その現役感がすごいと思ったものだった。ちなみにその頃エリック・クラプトンはMTVアンプラグドで枯淡の域に達しており、ジミー・ペイジはもはや事実上、活動休止状態だった。
10.ジェフ・ベック「Nadia」
※YouTube Music Premiumのメンバーのみ視聴可能
2000年、「Who Else! 」発表から間髪を入れずにデジタルロック調のアルバム「You Had It Coming」 をリリース。ここではさらに進化したジェフ・ベックのギターが聴ける。どこまで進化するのか! と驚きを禁じ得ない演奏が繰り広げられている。
ちなみにギタリストにしか分からないと思うが、ジェフ・ベックは1985年のアルバム「FLASH」(ジェフ・ベックとロッド・スチュアートの「People Get Ready」が収録されている)あたりでピック弾きから指弾きに移行した。この頃からギターのトーンが明らかに以前のアルバムの音とは異なっている。ピックをやめることで、ジェフが愛用するストラトキャスター*1のトレモロアーム*2を常に右手で保持できるようになった。
*1 ストラストキャスター:アメリカのフェンダー社が1954年に発売したエレキギターのモデル。
*2 トレモロアーム:ビブラート・アーム(レバー)とも呼ばれる、エレキギターに取り付けられた装置。弦のテンションを変えてピッチを変化させることで音程を上下(ビブラート)させる効果がある。
ギターという楽器はピアノと同じように通常はいったん弦を弾いたら、その音程を変えることはできない。音を出しながら音程や音量を変えられるバイオリンや管楽器との大きな違いはそこだ。ジェフはほとんどのギタリストが使っているピックをあえてやめることで、ギターの弱点であった変幻自在の音程変化を獲得している。
ここで紹介する「Nadia」は前述のアーム、さらにスライドバー、ハーモニクス、ハウリング、ボリューム奏法などあらゆる技法を駆使することで、フレットというギターの音程の限界を軽々と超えている。ちなみにこの曲はインド系英国人アーティスト、ニティン・ソウニー(Nitin Sawhney)の楽曲のカバーだ。
スペースの関係で紹介できないが、ぜひジェフ・ベックのカバーと原曲を聴き比べてほしい。インド独特の節回しをギターで完全に再現していることが分かる。個人的な見解だが、この演奏は、現時点でのエレキギターの表現の最高到達点のひとつだと思う。
11.ジェフ・ベック「Over the Rainbow」
最後に2010年に発表されたアルバム「Emotion & Commotion」 から「Over the Rainbow」をご紹介する。いわずと知れたディズニーの名曲だ。美しいオーケストラをバックに、ジェフのギターはメロディーを美しく奏でる。もはやそこにはソロもない、わずか3分の演奏。ギター殺人者と称されたほどの切れ味を持ったギターは、ついにこれほどまでに静謐(せいひつ)な境地にまで達したのか。仙人のような境地である。
ここで聴けるギターの音はまるでボーカルか、バイオリンのように思えるが、実はボリューム奏法、ハーモニクス、フィードバックなどの高度な技法が駆使されている。特にギター弾きなら驚愕すると思うが、1:13からのフレーズは1回ハーモニクスで弦が弾かれた後は、全てアーミングだけで音程を変化させている。もはやエレキギターの化身の域だ。
ちなみにギター歴40年の筆者は2010年頃に東京国際フォーラムでジェフのライブを観たことがあるが、ジェフが弾くところを目の当たりにしながらも、どうやってその音を出しているのか、さっぱり分からないシーンが多かった。この話をとある取材の折にChar にしたところ、Char ですら「ジェフの家に遊びにいって、目の前でジェフが弾いているのを見たけど、どうやって弾いているのか全然分からなかった」と言っていた。エレキギター弾きとしての前人未踏の境地だ。
12.Tal Wilkenfeld & @JeffBeck Bass Duet - New York 2009
最後におまけを1つ。ジェフ・ベックは若干21歳の女性ベーシスト、タル・ウィルケンフェルド(Tal Wilkenfeld)を2007年頃にレギュラーグループに迎え入れた。そして彼女をまるで実の娘のようにかわいがった。タルは現在トップクラスの女性ベーシストとして大活躍している。そのタルがジェフの訃報を受けて、この動画を公開した。1台のベースを2人で弾く二人羽織だ。
「ギター殺人者」「孤高」「ギターの化身」などと仰々しい形容をされがちなジェフだが、この動画は、まるで軽音学部の仲間と遊んでいるようで実に楽しそうだ。ジェフはとにかくギターを弾くことが死ぬほど好きで、最後までそのままギターを弾き続けた永遠のギター少年だったのだ、と思う。1人のギター弾きとして心から深く追悼したい。ジェフ、めちゃくちゃかっこいいギターだった。本当に、ありがとうございました。
※記事の情報は2023年2月14日時点のものです。
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【PROFILE】
ケージ・ハシモト
あるときは音楽ライター、あるときはミュージシャン、あるときはつけ麺研究家と正体不明の超音楽愛好家。音楽の趣味もジャンルレスでプライスレス。
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